第4話:この世界でどう生きるのか?
「ドコウッ! 起きちょるか!?」
再起動に成功したようだ。まだ朝の早い時間だが、父は張り切っている。私もワクワクして早起きしてしまったので、準備万端だ。
「よし、工房に向かうぞ!」 父は私を肩に乗せて歩き出した。
そう、ついに入れるのだ! ドワーフの工房に!
父は鍛冶師だった。昨日プレゼントにもらったハンマーは、父特製の鍛冶用ハンマーである。赤ちゃんが使えるハンマーなんて普通あるわけない。
二歳になるまで拳術と土魔法の基礎を鍛え、今日、次のステップとして父に鍛冶の技を見せてもらう約束になっている。ドワーフといえば鍛冶、鍛冶といえばドワーフだ! ワクワクが止まらない。
「よォし、ここだ!」
早速工房に到着した。様々な机と棚、よく分からない道具に、鉄床がある。炉がない。
「早速やるぞ! よォく見とけよォ! まずは……こいつだ!」
父は棚から茶色い剣のようなものを取り出し、鉄床に乗せた。岩を変形させたものに見える……。
父は腰のハンマーを手に取り、高く振りかぶる! カーンッと父のハンマーが剣に当たる瞬間、金色の光が弾けた。
カーンッ! カーンッ! カーンッ!
父が何度もハンマーで叩くと、茶色かった剣の色が、鈍い銀色に変わっていく。……鉄? 剣の色が完全に変わるまで叩き続けた後、父はハンマーを振るのをやめた。
「どうだ! アイアンソード、いっちょあがりだ!」
父が見せてくれた剣は確実に岩製ではなかった。名前の通り、鉄の剣にしか見えない。……うん。えっと……? どゆこと……?
「とぉさん」 俺は父に尋ねるように言った。
「ああ、すまねェ! 説明すんの忘れてた! ドワーフ族の鍛冶は岩を鉄にする!」
……少し落ち着く必要がありそうだ。岩を鉄に? それは鍛冶というより、錬金術……、もしくは魔法じゃないか!
「次はこいつだな」
そう言うと父は大事そうに何かを取り出した。私が昨日プレゼントした、父の顔の形の魔岩だ。大きな両手で包み込むように持っている。
父はそれを慎重に慎重に鉄床に置くと、ハンマーを手に取り、振りかぶった!
カーンッと鳴ったが、魔岩は割れなかった。金色の光が弾けるたび、みるみる材質が変化していく。そこで気付いた。ハンマーで叩いていると思っていたが、よく見ると当たっていない! 魔岩に当たる寸前、ハンマーは見えない何かを叩き、気持ちのいい音を鳴らしている。……カーンッ!
「よォし、できたぞ……。見てくれ!」
魔岩の形はまったく変わっていない。色は今回も銀色だが、少し白っぽく輝いている。これはもしかして……プラチナ?
「魔岩は脆くてすぐ壊れちまうからよォ。頑丈なプラチナにしたんだ」
完成品を見つめる父の目はとても優しく、嬉しそうだった。
「ちなみにな、魔岩からやるよりずっと時間がかかっちまうから今日は見せられねェが、ワシは岩もプラチナにできるぞ! これができるのはこの村でワシだけだ!」
得意げである。いや、実際すごい。二回とも完全に違う材質に変化した。しかも父の口ぶりから察するに、材質をコントロールできるようだ。
……間違いない。これは魔法だ! この世界の鍛冶は、前の世界の鍛冶……つまり金属の性質を利用する加工法とは、まったく異なるようだ。……さながら、鍛冶魔法。
だとすると、このハンマーは魔法を補助する道具、いわゆる魔道具というやつだろう。
「とぉさん、ぼくも……」
「ああ! やってみろ! まずはこれからだ!」
二歳にしてはちょっと上手く発音しすぎた気がするが、父は気にせずに小さな岩のプレートを鉄床に置いた。キレイに整形されている。なるほど、叩きやすそうで最初の課題にぴったりだ。
……しかしどうすればいいんだ? 岩を鉄に変える感覚がさっぱり分からない。
「……説明してやりてェが、鍛冶はドワーフ族だけに伝わる技術。理屈がよく分かってねェ。とにかくハンマーを振って、自分で感覚を掴むしかねェんだ。最初は上手くいかねェだろうが、何度も何度もハンマーを振るんだ」
これまでの拳術や土魔法とは難易度が違うようだ。だから二歳まで待ったのか……。さすがの父も、すぐに出来るとは思っていないらしい。昨晩の母がなぜ珍しく『頑張って』と言ったのかも分かった。
根気がいりそうだが、とにかく頑張ってみよう! 新技術のためならなんのその、だ!
コンッ……ゴッ……コンッ……と鈍い音が鳴る。父のように豪快にハンマーを振る筋力はない。しかし拳術の経験を踏まえると、たぶん物理的な力の強さは必須じゃない。魔力の強さと使い方だ。
岩のプレートにはまだ何の変化もなさそうだが、いつかきっとできる。そう信じて毎日、ハンマーを振り続けた。
*
鍛冶の訓練を開始してから一年半以上が過ぎた。私は三歳。四歳の誕生日も近い。
「父さん、これを見てくれませんか?」
「どれ……。おォ、かなり均質になってきたな! コツは掴めてきたか?」
「はい!」
拳術や土魔法に比べるとかなり時間がかかったが、私はようやく鍛冶魔法のコツを掴んできていた。
拳術はインパクトの瞬間、魔力をボンッと鋭く放出するイメージだ。拳を勢いよくぶつけると、この放出のイメージが自然にできる。土魔法の変形は、対象の表面に魔力を這わせ、それを操作するイメージだ。魔岩生成もやはり同様で、魔力全体を固めるというより、殻でキュッとまとめるイメージの方が上手くいく。
一方で鍛冶魔法は、対象のもっと深いところに魔力を押し込むようにイメージすると、上手くいくことが分かった。魔力をハンマーに込め、叩く瞬間にギュッ、だ。拳術の要領で叩き込もうとすると、対象は砕け散ってしまう。拳術ではこうして岩なんかを砕いているのだから、当たり前だ。つい数週間前、ようやくこのイメージの違いに気づいた。
「これなら、アレに挑戦してもいいかもしれねェ」
そう言った父は工房に向かって歩き出した。アレがなんなのか、おおよその見当はつくが、とりあえず黙って付いていく。
「こいつを鉄に変えてみろ」
父が最初に鍛冶を見せたときと同じ、岩製の剣だ。
「おお、いよいよ……。分かりました!」
ちなみに、幼児っぽい喋り方はしばらく前にやめた。意思疎通しにくいし、もう今さら天才だと騒がれたところで五十歩百歩だ。
カーンッ! カーンッ! カーンッ! と私はハンマーを振り始める。いい感じだ。手応えはプレートと大差ない。
……カーンッ! しばらくハンマーを振った後、私は手を止めた。それまで私をじっと見つめていた父が、完成品を手に取る。
真剣な表情で出来栄えを確認しているその後ろには、いつの間にか母が立っていた。それどころか他の村人も見える。工房の入口越しでよく見えないが、騒がしい。もしかして全員いるんじゃないか? 何人かは、真剣な表情で工房を覗き込んでいる。
「……よし。上出来だ! 店に出しても問題ねェ。正真正銘、ドワーフ族のアイアンソードだ!」
母と村人たちの顔がぱっと明るくなった。
「よくやったなドコウ、これでおめェは一人前のドワーフだ! 四歳にもならねェうちにやっちまうとはな……。本当に、よく頑張ったな!」 ガッ! と父が私の肩を掴む。
「父さん……。ありがとう!」
「……それとなドコウ……。一人前のドワーフの男はな、自分のことは『俺』、だ! 百歳を超えたら『ワシ』になる! ドワーフ族の力強さの表れだ!」
父は私を見て、ニッと笑った。 「おめェもドワーフらしく、もっと豪快にいけ!」
豪快に……。確かに転生してからずっと、どこかで自分を世界の異物のように感じ、遠慮していたかもしれない。今ひとつ、実感が湧かないまま、生きていたかもしれない。
前世の個性が無くなる訳ではないが、せっかくのドワーフライフ、父の言うように豪快に生きた方が楽しそうだ!
「……分かった!」
その晩、村人総出で盛大な宴会が開かれた。
前世では数十人規模の宴会がどうも苦手だった。話題の引き出しが多く、さらにたくさんの知り合いがいない限り、どうしても手持ち無沙汰な時間が出来る。研究のことしか話せない人間も例外ではない。しかしどうだ? 悪くない。いや、良い。
俺は、村人たちと思いっきり宴会を楽しみ、思いっきり、笑った。




