第3話:もう二年経ったのか?
「ドコウ、二歳のお誕生日、おめでとう!」 手料理を用意してくれた母の声だ。
テーブルには、もう、とにかく肉。すごい肉。
そのテーブルに、コトッと小ぶりのハンマーが置かれた。 「ドコウ! 祝いだ!」
「とぉさん、かぁさん、あぃがとう」 と私は言った。
泣き崩れる父と母。
私、ドコウの両親は親バ……子煩悩だ。 エスカレートする勢いはまだ落ちていない。
転生してからもう二年が経った。ドワーフの成長速度は前の世界の人間と大差ないようで、この二年間は基本的な身体の動かし方などを覚える期間……になるはずだった。
とにかく私を天才だと信じ切っているこの両親だ。今振り返ると、のんびりした子育てをするはずなどないことは、明らかだった。
「いよいよ明日から鍛冶の練習なのね……。もう拳術と土魔法は身に付いたかしら?」
「うん!」
二年で、私は幼児らしい振る舞いをマスターした。しかし、それだけではない。
「よォし。飯の前だが、成長を確認するってェのもいいかもな!」
「あら、そうね!」
私が返事をする間もなく。父は岩製の床を変形させ、あっという間に直径三十センチほどの円柱を作り出した。高さは私の背丈と同じくらい。土魔法だ。
「ドコウ! こいつを拳で砕いてみろ!」
「……とぉさん。ちぃしゃいよ」
晴れの誕生日に失敗させまいとしたのだろう。豪快でいて優しい父らしいが、それは私がゼロ歳の時に砕いたものだ。成長の確認には不適切である。
私は椅子を降りてよちよち歩き、父が作った岩の柱の前に立った。父がしたように床を変形させる。流動的な岩が柱を覆い、さらに大きな柱となった。太さは直径およそ二百センチ。父が両腕を広げたのと同じくらい。
一呼吸置き、パンチを繰り出す。と同時に、魔力を放出!
ペチンッと赤ちゃんボディが触れた途端、岩の柱が豪快な音を立てて崩れた。
これが拳術。父の言葉を借りれば、相手の攻撃をバチンと弾き、ドカンと魔力を一発お見舞いするドワーフの得意技だ。
そう。この世界には『魔力』がある。そして父も母も私も、それを自然と操れる。
「お、おォ……。たいしたもんだ」 と父が言った。
「ふふっ。……じゃあ、私からは魔岩の生成をリクエストしようかしら?」
「お、おいおい。そりゃワシにだって出来んぞ」
「あら、あの日のこと忘れたの? ドコウは私より凄いんだから!」
あの日か……。あの日は私にとっても忘れられない。それは父から拳術を教わり、魔力を放出する感覚を覚えた直後だった。あの時、まだゼロ歳児。流石に英才教育すぎるだろうと思ったのも束の間、今度は母が土魔法を教えると言った——。
*
「ほら、どうかしら?」
精巧な飾りが施されたブレスレットを私に見せながら、母が言った。腕を通したそれは、ついさっきまで直径五センチほどの岩だったものだ。母によく似合っている。
母の外見は、ドワーフのイメージをそのまま形にしたような父とは少し違う。まず父よりずっと若く見えるし、体型もやや細身。耳が尖っているのでエルフを彷彿とさせるが、しっかり筋肉がある。
第一印象の通り物腰は柔らかいが、どこか芯がある。そんな彼女に、岩製の繊細な装飾品はピッタリだった。しかしこれは練習用に作っただけのもの。母はいつも、もっと上質なブレスレットを付けている。左右に二つずつ。これ以上は多すぎだ。
「じゃあ今度はドコウの番ね。岩に魔力を這わせて、ギュッて感じ!」
……まあ、夫婦は似るらしい。とりあえず言われたまま、渡された直径五センチほどの岩に意識を向けてみる。
意外にも、変形させるだけならすぐに出来てしまった。いびつで、精巧さのかけらもないが、元の塊とは明らかに違う形。母の言う通り、岩を覆うイメージで少しずつ放出した魔力に対し、ギュッとしたら岩が変形した。嘘じゃなかった。母は驚き、喜んでくれたが、このときはまだ普通だったと思う。
喜ぶ母の顔を見上げた時、その後ろ、壁の高い位置にある棚の上に、キラキラ輝く岩があることに気付いた。ちょっと白っぽいクリスタルのような。
母は私の視線に気づき、「これが気になるの? 触ってみる? 優しくね」 と言った。
輝く岩を棚から取り、渡してくれた。直径は十センチくらい。間近で見れば見るほど、前世で知る鉱石とは全く違うと思った。
「それは魔岩っていうのよ。キレイでしょう? 我が家の宝物の一つよ。もちろんドコウ以上の宝物はないけどね!」
魔岩か……。明らかに前世にない物質。宝物というくらいだから貴重なのだろう。何かに使えるのだろうか? とても気になる。成長したら詳しく調べてみよう。どんな性質を持っているんだろうか……。
そう思いながら母に魔岩を返そうとした。が、この時、私は見誤っていた。赤ちゃんの非力さを。腕を伸ばすことで増大したモーメントに負け、私の腕は魔岩をゴンッと机に置いた。その衝撃で、魔岩は真っ二つになった。割ってしまった! 母の宝を!
「ふぇ……っ」
「あら、割れちゃったわね。ケガはなかった?」
赤ちゃんをやっていると、涙腺が緩くなる。泣き出しそうな私を見た母は、割れた魔岩に手を伸ばし、元の形に変形させた。……えっ!? ……あ、そうか。これも岩の一種。土魔法で変形できるのか。……良かった……。
それにしても、変形の様子がさっきの岩とちょっと違う。より流動的というか……仕上がりが滑らかというか……。
「魔岩は純粋な魔力の塊だから、ちょっと不安定なの。だからさっきみたいにすぐ割れちゃうのよ。……といっても分からないわよね」
……ちょっと待って? 魔力の塊?
笑いながら言う母に、私は大げさに頷いたり目を見開いたりしてみせた。話を促せるなら何でもいい。
「あら、興味があるのかしら? そうねえ……。じゃあ見てて?」
母は両手で何かをすくうようなポーズを取り、目を閉じた。両手の中には何も無い。
なんだろう?
母は深呼吸し、魔力をこめ始めた。すると、両手の中がわずかに輝いた。輝きはすぐにまとまっていき、キラキラした小石になった。魔岩だ。
母は目を開けた。 「ふう。練習すればこうやって魔力を魔岩に出来るのよ。魔力を固めるの。……さっきのみたいに大きなものはなかなか出来ないけどね。あれは昔、私が一日かけて作ったの。土魔法の師匠に出された試験で。一人前になった記念ね!」
……まさに魔法だ。変形させる土魔法も十分に魔法だった。しかし変形という現象は前世でも身近だったし、なんとなく想像の範疇だった。今のは違う。何もないところから物体がうまれたのだ! 私の知る物理法則では全く説明できない!
凄い! 私にもできるのか!? 衝動に駆られ、両手を前に突き出して目を閉じた。腕が短いので、すくうポーズを続けるのはしんどい。
「あら? ……ふふふ、お母さんの真似かしら?」
魔力を放出して固めるイメージ。魔力の放出は少し分かってきた。なんとなく、拳術で岩を砕くときの感覚と重なる。対して、母が言っていた魔力を固めるイメージは、さっきの変形と近そうな気がする。岩の形を整えるのと同じ要領で、魔力の形を整えて固めるんじゃないだろうか?
そう思うと、むしろ固めるイメージは掴めた気がしてきた。放出が足りない気がする。母でさえ小石サイズだったのだ。私が適当にやったら塵すら出ないだろう。もっと放出しなければ! もっともっともっと!
……うん。しばらくやってみたが、全然わからん。なにかこう、ズドンと出来た手応えがない。思いっきり放出できた感覚もなかった。私は諦めてゆっくり目を開け——。
——目の前にある、キラキラと輝く魔岩を見た。直径三十センチくらいはある。
……母よ。いくら我が子を喜ばせたいからといって、これはやりすぎだ。大きいのを作るのは大変だと言ってたじゃないか。どこかに隠してたのを、こっそり置いたのか?
母を見ると、両手を口にあて、目を大きく見開いて固まっていた。
*
ふと、アイデアが浮かんだ。母のリクエストに応え、ただ魔岩を作るだけなら簡単だ。しかし、それはやはりゼロ歳で達成済みのこと。一年半の成果としては物足りない。
私は直径十センチほどの魔岩を生成し、母の顔に似せて変形させた。純粋な魔力の塊である魔岩は、土魔法で変形させやすい。今の私にはこのくらい余裕だ。
母に渡す。 「あぃ」
「え!」
突然のプレゼントに驚きつつ、母は涙を堪えて震えている。落とさないようにしているのだろう。とにかく喜んでくれているみたいだ。
「あぃ」 父の分も同様に作って渡す。
「お……」
父はゆっくりと天井を見上げた。母と同じように涙を堪えているのだろう。
「ドコウ、大切にするわね」
「……」
「あなたも何か言って! …………あなた?」
「……」 父は動かない。
母は父の顔を覗き込み、 「……気絶してるわ……」 と言った。
父の手から魔岩を取り上げると、自分のと一緒に大事そうにしまう。
「明日は頑張ってね」 笑顔で母が言う。
珍しい言葉だと思ったが、深い意味はないだろう。確かに明日が楽しみで仕方ない。
私は机に置かれた小ぶりのハンマーを抱えて寝床に向かった。ハンマーをくれた父は固まったままだ。まあ、明日になれば再起動しているだろう。




