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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第一章:剣と魔法の世界
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第2話:夢はもう終わったのか?

 目を開けると、ぼやけた視界が広がった。いつの間にか眠っていたみたいだ。……茶色い仮眠室? どこで寝たっけ? とりあえず、メガネだな。メガネメガネ……。


「あなた! 起きたわ!」

「おおっ! 早速、手ェ動かしちょるな! ……どれ……」


 私の手は、目の前に差し出された指のようなものを無意識に掴んだ。よく見えないが、位置から考えて恐らく小指のDIP関節。……しかしどういうことだ? 私の手で掴みきれない。私の親指には、自分の指が当たる感覚がない。どうやら触覚も寝ぼけているらしい。もしくは、掴んでいるものが極めて太いか。


 そういえば、今の声は誰だ? 今さら気が付いた。まだ意識もぼんやりしている。


「ガッハッハ! 力強い! さすがワシの子だな!」

「ええ、とっても元気そう」


 やたらでかい声と、とても落ち着く声。声の主を探そうにも、首に力が入らない。


 そのまま、にぎにぎしていると、目の前にとても大きな顔が近づいてきた。まるで巨人だ。驚いて握る手に力が……そんなに籠もらなかった。


 一体どうしたんだ? 身体は言う事を聞かないし、不思議と怖くもない。むしろ安心すらする。この指のようなものが、やけに暖かいからだろうか。


 やや丸顔で立派なヒゲの強面は、締まりのない顔で私を覗いている。よく見ると巨人ほどは大きくない。そういう類で言えば、ドワーフがこんな感じだ。


「よし、決めたぞ! こやつの名はドコウだ! ドワーフ族の族長ドームの息子、ドコウ! ……ど、どうだ?」

「あら、やっと決まったのね。ふふっ。……ええ、すごく良い名だと思うわ! よろしくね、ドコウ……」 頭をそっと撫でられる、優しい感触。


 確かに私の名は土公(どこう)だが、『決めた』? それに今、本当にドワーフと言ったか?


 ……落ち着こう。考えるためには、まず状況整理だ。……候補は二つ。


 候補その一。夢。こちらを採用したいが、それにしてはリアル。徐々に意識がはっきりしてくるほど、リアルさは増した。


 この状況は、どう考えても赤子と父の対面、そして名付けのシーンだ。母もいる。その中において私の視点は、明らかに二人の赤子。


 やはり、何度考え直しても結論は変わらない。とても信じられないが、候補その二が濃厚。整理された情報から導かれた結論。私はドワーフの赤子、ドコウとして生きている。


 自分が導いた非現実的な結論に、実感は湧かなかった。


「あらあら、なんだか不安そうな顔してるわ」 母の優しい声が聞こえた。


 直後、私の身体がふわりと浮かんだ。いや、抱き上げられた。そのまま身体を包みこまれると、驚異的な眠気が襲ってくる。


 私は土公(どこう)。三十六歳のロボット研究者だ。精神的にはともかく、身体的には赤子ではなかった。何がどうして、こうなったのか?


 私はまどろみながら、思い出してみる。最近、印象に残った出来事は何だったか——。




   *




「先生! ロボットが動きました!」

「マジか!」


 ああ……そうだ。その日の仕事を始めてすぐ、ノックもせずに司曜(しよう)さんが飛び込んできた。輝くような表情と興奮する様子から、実験成功の喜びがすぐに伝わってきたことを覚えている。心底嬉しかった。久々の感覚だった。


 私がロボットをちゃんと研究し始めたのは数年前。それまでは色々な仕事を転々とし、目の前のことにただ必死に取り組んでいた。ある日、ふとロボット分野に興味が湧いた。アクチュエータ、センサ、コンピュータ。様々な要素が入り混じる。その奥深さの中に自分の生き甲斐が見つかると予感し、飛び込んだ。


 幸いにもその予感は的中した。最近、自分が生涯をかけてもやりたいこと、つまり自分の夢が何なのか、ようやく分かってきたのだ。どうやら私は、あまりにも便利で凄くて、誰もが利用したくなるような技術……いわゆる『基盤技術』というものを創りたかったらしい。いや、らしい、ではない。もう確信している。


 そんな技術を創れるのは本当に一握りの研究者だけだし、大それた夢であることは分かっている。しかし、この夢を意識すると、不思議とやる気が湧いてきた。


 夢に気づくと同時に、もっと早く気づきたかった、と思った。三十六歳。もう若手賞の対象ではない。周囲には、二十代から脚光を浴びている研究者が大勢いる。夢を諦めるつもりは毛頭ないが、もっと早く気づいていれば、今より軽い足取りで、夢に突き進んでいたかもしれない。


『——司曜(しよう)さんは朝まで休息を取るのがいいでしょう。いい論文を書くには、体調を整えることが重要です』


 そういえば、こんなメッセージを送った。司曜(しよう)さんは幼い頃からロボット研究に強い思い入れがあったらしい。まだ二十代で若く、賞にも、何にでも挑戦できる。


 大きな研究成果というものは、しょっちゅう得られるものではない。しかし、今回の成果は大きな研究成果に違いない。司曜(しよう)さんの努力の結晶だ。良い論文に仕上げたい。


「……よし、まずはこんなもんかな」


 時刻は二十時。コメントを付け終わった。椅子から立ち上がり、居室内の少し広い場所に移動する。両手をバンザイのように上げ、肘が直角になるまで下ろす。またバンザイをして、下ろす。何度か繰り返した。腰痛と肩こり対策のため、一息ついたときにはこうして肩甲骨を動かすようにしている。


 耳には周囲の雑音を消すイヤホン。音楽は何もかけていない。夜の大学は静かだが、エアコンや換気扇の音を消すと、さらに集中できる。


 ——ドンッ。突然、イヤホンでは消せない、自分の身体を伝わる音が聞こえた。同時に背中を、熱いような、痛いような感覚が襲う。刺された?


 あまりにも強烈な痛みに、私はあっけなく意識を失った。




   *




 ——そうか、刺されて死んだのか……。私はベビーベッド……というか岩? くり抜かれた岩に敷かれた布の上で目を開け、ぼんやり茶色い天井を眺める。あれも岩だろう。


 刺された、ということは誰かの恨みを買っていたということだ。心当たりはないが、自分が知る世界が全てじゃない。何か私が知らない事情があり、私を恨む人がいた。


「……ばぶ」


 私はため息をついた。赤ちゃん流ため息だ。赤ちゃんってため息するんだっけ?


(あなた! ドコウが喋ったわ! バブって!)


 急に周囲が騒がしくなったが一旦置いておく。


 終わってしまった、私の夢。見つけてから終わるまで早かった。


 私には家族はいなかったので、そういった未練はない。司曜(しよう)さんのことは気になるが、間際に良い成果が出たのは幸運だった。あれを発表すれば大丈夫だろう。


(なにィ!? 刃舞(ばぶ)だと!? そいつァ確か……高等剣技じゃねえか! こやつめ、剣術の才能まであんのか!?)


 親バカの波動を感じるが、やはり一旦無視して考え続ける。


 もう少し、夢に挑戦してみたかった。関連する技術の知識を深め、色々なことを試し、コツコツ理論を創り上げてみたかった。それも、死んでしまったなら仕方ない……。


 ……あれ? 身体の感覚を確認する。背中にはやや硬い岩の感触。腕を上げると、小さなクリームパンのような手が見えた。


 私は今、生きている。土公(どこう)ではなく、ドコウとして。 新たな生命として確かに。


 いわゆる転生。にわかに信じられないが、これはむしろ、チャンスじゃないか? しかもどうやらドワーフ族。ドワーフといえば技工に優れた種族というのが定番だ!


 気づきが、確信に変わっていく。


 そう……。そうだ。この世界で夢を叶えればいい。ようやく見つかった一生の夢に、二生(にしょう)をかけて挑むとは滑稽。でも、良いじゃないか! 突然始まった転生後の人生。しかし生きる目的は、そう簡単には変わらない!


(あなた見て、ドコウの顔……!)

(なんて良い目しやがる。……よォし分かった! ワシに任せとけ! ……だがすまねェ、ワシが教えられるのは拳術(けんじゅつ)だけだ。しばらくは、それで我慢してくれよ!)


 生きる気力が湧いてきた。父と母も興奮している。


 まずはこの世界、何より、この世界の技術について知る必要がある。ドワーフがいるくらいだから魔法だってあるかもしれない。きっと前世では考えもしなかった技術体系が広がっているはずだ! 頭がまだ見ぬ技術への期待で満たされていく。


 赤子の仕事は食べて寝ることらしい。妄想にふける私は、瞬時に意識を手放した。

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