第38話:ただの魔力
大きな湖。美しい青緑色の水面は神秘的で、観光地になっていてもおかしくない。しかし周囲はモンスターも少なくない森。整備された交易ルートがあるとは言え、一般市民が気安く立ち寄れる場所ではない。『星曜湖』。マギアキジアの北東に広がる『恵みの森』の中心。恵みの源と言われる湖。俺達はその中央に降り立った。足場は俺が作った。
「確カにこの場所ナラ交信できそうデス」 シヨウさんが、カタコトで言った。
朝起きた時、シヨウさんとクレアは応接間でクマを作っていた。目の下のやつだ。それはもう立派だった。聞けば、一晩かけて言葉を叩き込まれていたらしい。結果、シヨウさんはイントネーションが多少おかしいものの、ある程度の会話ができる状態になっていた。驚異的である。二人とも。
俺は早速、簡素な機人を生成する。駆動源とセンサは不要だろう。計算機も必要ない。
「じゃあシヨウさん。この身体を依り代にして、ここに来るように頼めるかな?」
「分かりマシタ。ヘイヘイ——」
「星霊」 傍にいるクレアが即座に訂正する。スパルタだ。
「——星霊に呼びかけてみマス」 シヨウさんは目を閉じ、集中し始めた。
俺は振り向いた。同行してくれたニナさん・レティ・スゥ・クレアに話す。
「出発前に話したように、星霊との対話は俺とシヨウさんに任せてほしい。俺達の仮説が正しければ、星霊とのやり取りにはコツが要る。皆には一部始終を見ていてほしい」
全員が頷いた。事前に了承を得ている。しかし、レティとスゥは緊張しているようだ。人智を超える存在が相手であれば、当然だろう。しかし。
「そんなに怖がる必要はないよ。星霊はただの——」
シヨウさんがこちらを振り向いた。
「……ピマシタ」
「来ました」 クレアが訂正する。
「……来まシタ」
「——ただの、魔力だ」
俺が生成した機人の身体に変化があった。土魔法を使ったように外形が変わり、等身大の人の形を取る。長い髪に尖った耳。筋肉質な身体にシンプルな布を纏っている。男性を選んだか。頭部には犬科の耳があり、腰からは尾。
「……我は星霊。我を阻みしドワーフよ。我に何を問う」 機人に宿った星霊は言った。
なるほど。いかにも威厳のある口調だ。人間に神託を伝えるには最適だろう。
「問いの前にまずは指示だ。人類の殲滅を諦めてほしい。シヨウさんはこちらに付いた」
星霊は首を変形させて俺を見た。 「我は魔力の枯渇を避ける別の手段を取る」
「必要ない」 俺は断言した。 「俺達が炎魔法の使用頻度を下げる。最終的にはゼロだ。別の技術で代替する。これは目的に直接必要な分だけ魔力を使う。問題ないだろう?」
淡々と。間を繋ぐ言葉は最小でいい。情報を与えれば十分だ。
「問題ない」 星霊はあっさり認めた。
状況が変われば判断を即座に変える。もう間違いない。星霊は人間の人格を模倣しただけの魔力。魔力が何らかの情報と処理を記述できることを、俺達はよく知っている。
膨大な年月に渡り、膨大な数の人間に触れてきた魔力。それが学んだ疑似人格。こいつはそう。大規模言語モデルのようなものだ。魔力の枯渇を防ぐために自然発生した星の防衛本能。人間にアクセスするためのインターフェース。神ではない。
「次に問いだ。星霊」 一つの目的を達した俺は、情報収集に移る。 「魔力の枯渇は防げる。では、人類はどうなる?」
星霊はただ淡々と、推測結果を出力する。 「滅亡する」
「ど、どういうことですか!?」 星霊の答えに思わず声を上げたのはレティだ。 「私達が星の危機を救ってみせます! 確かに絶対上手くいくかは分からないけど、もし失敗しちゃった時は原因を調べて、それで!」
「我とてこの星に生物が栄えることは喜ばしい。しかしこれは、汝らの行いに依るもの」
「私達が何かしたんですか!? 教えてください! 魔力以外にも悪いことを——」
「レティ」
瞳に涙を浮かべて懇願するレティが、静止した俺を見る。
「大丈夫。大丈夫だから」 と俺はレティに微笑んだ。
意見を出し合った案が採用された次の瞬間、落とされたのだ。苛立ちと焦燥を押さえるのは大変だろう。
「そうじゃないんだ。誰も悪くない」 俺は星霊に視線を戻した。 「異世界から来た人間。それが原因だな、星霊」 境界条件の確定を試みた。
「そうだ。外から魔力を扱えぬ者が混入し、種を変えた」
「異世界から来た人間について何を知ってる?」 俺は駄目押しの質問をする。
「時折この世界に混ざり込む者達。魔力を扱えぬ代わりに筋の扱いに長け、現れる度に大きな爪痕を残す。短い時しか生きぬが、その短い間に多くの種をばら撒いていく。その種が芽吹き、この世界を壊している」
確定した。問題は明らかになった。次は解決策の模索だが、既に案はある。ここで確認すべきなのは、その実現可能性。
「次は別の質問だ。倒すと魔力に還る生物。貴方が作ったんだろう?」
「そうだ。人類を殲滅するために」
「どう作った?」
「汝らドワーフの術を真似、魔力を素にした。内は身体能力に優れる異世界の者達に似せ、外はこの世界を逞しく生きる動物たちに似せた」
なるほど。ゴーレムを作る技術を模倣したのか。……だったら俺にもできる。
そして外見のモデルは動物……か。聞きたかったこととは別だが、他の仮説が裏付けられた。半魚人や蜥蜴人、竜人の外見は動物とは違う。モンスターだ。つまり、認識が逆ということだ。飛び抜けて凶暴で強力な『動物』。それがモンスター。魔力を活用する能力を獲得し、他を害して利益を得やすくなったものたち。
俺はさらに星霊から情報を引き出す。 「外側だけか。貴方が作った者たちはこの世界で何年生きられる? 異世界から来た人と同じ?」
「そうだ。およそ十年」
「中身はどこまで似せた?」 俺は訊いた。この問いは重要だ。
「全て。我には細部に分けて真似ることは出来ない。内の全てを真似ている」
理解なき模倣。つまらないが、仕方ない。そもそも理解しようという仕組みはない。
シヨウさんが俺の横に立ち、星霊に問い掛ける。 「なぜ僕を利用シタ?」
星霊は首の角度を僅かに変えた。 「魔力より生み出した者たちには意思がない。意思ある者らに打ち勝てない。肉体を持たずに混ざり込んだ強き意思を核に用いた」
「僕が死んだトキ、再利用シタ方法ハ?」
学会で鍛えた無駄のない質問だ。鼻が高い。
「拡散する前に再び核に用いた」
俺とシヨウさんは頷きあった。十分だ。満足いく情報を仕入れることができた。
俺は最後の問いを投げる。 「南半球を使うけど問題ないか? この星を救うために」
「問題ない」 と星霊は即答した。
「十分だ。星霊。あとは観ているといい」 と俺は言った。
「汝らと共に」 という声と共に、星霊だったものは岩に戻った。
俺とシヨウさんはハイタッチした。成功……大成功といえるだろう。
「……ドコウさん」 ニナさんの声。 「私の父と母は、あの声を聞いたのですね」
俺は振り向き、ニナさんを真っ直ぐ見て答える。 「そうだね。それが最適だと判断された。ニナさんの両親は当時、最も星を救う可能性の高い二人だった」
ニナさんは黙って頷いた。
「あの……ドコウさん」 ニナさんの隣に立つレティが口を開いた。 「誰も悪くないのに私達が滅んじゃう……。それがサイトウさんのような異世界から来た人の影響で……」
涙が乾いた真剣な瞳。考えを述べる。 「えと……違うかもですけど。それって……魔力が毒だから……ですか?」
「よく頑張って理解したね、レティ」
レティは自信なさげだった表情に少し力を取り戻し、 「ドコウさんの講義、頑張って受けるって決めましたから!」 と応えた。
考えを理解し、吸収し、利用する点でレティに比肩するものはいない。研究は、天才や超人一人によって成されるものではない。巨人の肩に乗る。先人たちが残した膨大な情報を読み解き、新たな一点を穿つ。全ての先人たちの英知を束にしたその一撃は、あらゆる難問を打ち崩す。
「毒……? どういうことじゃ……?」 とスゥが訊いた。
この好奇心と探究心がスゥの強みだ。
「俺達は普段から魔力の恩恵を受けている。魔法を使う時だけじゃなくてね」
「普段も……かの……?」
「うん。一番わかり易いのはニナさんかな。ヴァルさんよりずっと細身なのに、なぜ誰よりも素早く動けるのか。当然、身体には質量があるし、質量があるものを加速させるには力が要る。じゃあ、その圧倒的な加速を生む力は、どうやって発揮されてる?」
「もしや、魔力を使っておるのか?」 スゥがニナさんを見た。
「ええ」 とニナさんは頷いた。
「ニナさん程じゃないにせよ、皆も色んなところで、ちょっとずつ魔力を使ってる。きっとそうしないと、この星では生き残れなかった」
「うん。僕達の代謝。治癒魔法で促進できる」 とクレアが言った。本質を見通す強み。
「流石だよクレア。そう。ヒントは手元にあったんだ」 俺は小さな魔岩を手のひらに生成した。 「つまりね、時に物を動かし、時に物質に変わり、時に身体を癒やす……。魔力は様々なものに影響を与える純粋なエネルギーなんだ。そんなエネルギーが、この星には満ちている。この星に住む全ての者は、常にそんなエネルギーに曝されている」
「……様々なもの……ボク達も、例外じゃない……」
「そういうこと。注がれるエネルギーを上手く処理できなければ、俺達の身体に好き勝手に作用する。代謝の暴走。どうやらその作用は、最終的に老化を促進するようだね」
「……そうか……サイトウじゃな」
頷く。サイトウが短命だった理由。それはこの世界の空気が合わなかったこと。異世界の人間にとっては、処理できない魔力が常に身体を蝕む世界だったこと。
そしてもう一人……ジゼルさん。この件が落ち着いたら、すぐに会いに行こう。
「さて、皆お疲れ様。一旦区切りにして、続きはマギアキジアで話そう」 俺は岩バイクの生成を始める。レティとスゥが乗る分だ。 「安心してもらうために言っておくと、帰ってから話すのはこの対策について。考えがある」
残りの話は一大プロジェクトに繋がる。ヴァルさんにも聞いてもらう必要があるし、帰ってからの方が何かと都合がいい。俺の言葉を信じてくれた皆が、それぞれ飛び立った。クレアはシヨウさんの翼にお願いしている。
もう一台の岩バイクを生成し、ニナさんと乗る。
「……あのさ、ニナさん」
「はい」
「凄く長い時間がかかることを、やる必要があるみたいなんだ」
「それは、楽しみですね」
「その間、ニナさんは何がしたい?」
「そうですね……。……私はドコウさんとの食事が好きです」
「あ、俺も」
「ドコウさんの好きなモノも知りたいです。……ドコウさんは、何が好きですか?」
好きなモノか……。俺は基本的に好き嫌いがない。前世でもそうだった。それでも毎日、口にしていたモノはある。研究者の血液となり、アイデアを脳の隅々まで運ぶ燃料。ああ、久しく飲んでないな……。この世界で見たことはないけど、時間はある。ニナさんは木魔法に精通した植物のスペシャリスト。のんびり目指すのも悪くない。
望みを込めながら、熱くて黒い液体の名を口にした。 「コーヒー……だね」
マギアキジアに着いた時には、日はすっかり暮れていた。とはいえ、ここを発ったのは今朝。一日もかからずに帰ってきたのだから凄いことだ。しかし数日は離れていたような感覚がある。そう感じるのは、今日の濃さのせいだろう。
「……そろそろ良いかの。ドコウ殿。妾は、話の続きを聞きたいのじゃが……」
セバスさん達がデザートを並べてくれることに感謝しながら、スゥが切り出した。
炎魔法を封印したとしても、人類は滅亡する。メインディッシュを堪能できていたのは、俺だけだったのかもしれない。悪いことをした。
「そうだね。皆も食事楽しめないよね。ごめん」
ヴァルさんが手で遮った。 「いや。ここまでを噛み砕くのにも時間が必要だった」
「どう?」
「魔力が必ずしもいいものではない、ということまでは」
「十分」
俺は運ばれてきた二色の冷たいデザート、恐らく赤いベリー系のアイスとバニラアイスにスプーンを差し込み、一口食べる。やっぱりバニラだ。
「さっきレティが説明してくれた通り、この世界とは違う世界の人間……サイトウ達は魔力に対する耐性がなく、短命だった」
「……達……やはり他にもいるのか」 とヴァルさんが訊いた。
「うん。星霊の言い方からして間違いない。サイトウが書いた遺書にもそれっぽい記述があったし、ジーナスさんからもらったこの本……」
古い本を食卓の中央付近に置く。アイスで汚すわけにはいかない。それは短編集で、サイトウの話以外にもたくさんの御伽噺が収録されていた。
「ここに書かれている他の英雄のうち、何人かは異世界から来たんじゃないかな」
星霊はその複数の英雄が多くの子孫を残したと言っていた。英雄、色を好む。前世でも、ファンタジーな世界で女の子たちに囲まれる男性主人公の話が流行ってたな……。
「ところで、ヴァルさんに聞きたいんだけど」
「む? なんだろうか?」
「この世界の総人口って把握されてるのかな?」 と俺は訊いた。
「……ふむ。正確ではないが、各国が自国のことを調べている。レグナムグラディはおよそ百二十万人だ。ドコウ殿と巡った各国の様子から察するに……全世界では一千万から一千五百万人ぐらいだろう」
「やっぱり、そのくらいか」
これを聞いて、一番驚いているのはシヨウさんだ。気持ちはよく分かる。少なすぎる。
「先生、この星の大きサは前世と大差ないデス。……アア、道理デ、都市が少ない訳だ」
「そう。都市も少ないし国も少ない。北半球を巡ったけど、大きな都市は七つだけ。中規模の町も二つしか見かけなかった。……小さな村は他にもあるって言ってたよね?」
「う、うむ。数十人程度が暮らす村がある。ちょうどドワーフの村のようなものだ。しかし、二人は何をそんなに驚いているのだ……? 少ないのか?」
ヴァルさんだけじゃない。俺とシヨウさんを除く全員が、『この二人は何を言ってるのか』と言わんばかりの顔を向けている。
「実はね、俺とシヨウさんがいた前世、たぶんサイトウらにとって故郷と言える世界では、人口は八十億人くらいなんだ」
一瞬の静寂。大きすぎる数字を急に聞かされると、しばらく何もイメージできない。
「……待ってくれ。八十億? この星の八十倍ではないか!」 とヴァルさんが言った。
「都市もそこら中にあるんだよ。人が住んでいない場所を探すのが大変なほど」
「……まさに異世界だな。この世界の人口は、これでも昔より遥かに増加している。それは確かだ」
そう。昔は少なかった。恐らくサイトウが来る前は、ドワーフ村くらいの集落が基本だったのではないか。それが仮に百や二百……五百あったとしても、せいぜい一万人ほど。きっとそれがこの星の普通で、ちょうど良い数だったのだろう。
「俺が産まれたドワーフ村ってさ、数十人しか居ないんだよね。それで生活が成り立ってる。ニナさんに連れて行ってもらったエルフの里も、人は少なそうだった」
「あの里には、二十人程度しか住んでいません」 とニナさんが補足した。
「あ、そうだったんだ。……まあともかく、この星に住んでいた種族は、小さな集落での生活を基本にしていたんだと思う。……星と共生しながらね」
その具体的な方法の一つは、ニナさんが果樹園で教えてくれた。
「それがサイトウ達、英雄の存在によって変わった。求心力が高かったのはもちろんだけど……恐らくサイトウ達、つまり前世の俺やシヨウさんの種族は、この星の種族よりも繁殖力に優れてるんだと思う。そうでないと、圧倒的な人口の差は説明しにくい」
レティが言う。 「サイトウさんの遺書にも書いてありましたね。エルフにもたくさん子孫が出来て喜ばれたって……」 的確な根拠だ。
「その通り。そうして人口が増えていって……異世界人の血が濃くなっていった結果。エルフやドワーフ、獣人族の特徴を持たない人が産まれるようになった。それがヒト族と呼ばれるようになった新種族。サイトウの文書で、ヒト族は書かれてなかった」
俺は言い難かったことを一息に言い切った。ヒト族の起源。それは異世界の人間であり、この世界にとっての、外来種。ベリーとバニラのアイスはとっくに溶けてしまって、混ざり合っていた。
「我々は異世界人と同様、魔力を扱えない……?」 ヴァルさんが混乱した様子で呟く。
実際、かなり混乱している。
「そんなことはない。そうでしょ? 皆は魔力を使ってる。でも、それがあと何世代続くかは分からない」
「そ、そうか。確かにそうだ。……そうだが……絶望的だな」 と言ってヴァルさんは髪をぐしゃっとかき上げた。
あらゆる生物に共通する目的。それは子孫繁栄。しかしヒト族は、子孫を残すほど、この星で生きられなくなっていく。
全員の表情は暗い。それは当然だ。でも大丈夫。……大丈夫……だろうか?
対策があると言った。考えがあると言った。では禁忌を犯す覚悟は?
人の創造は神にのみ許されている。それが定説。しかしその一方で、人は人を造ることに惹かれ続けてきた。多くの者が空想上に無数の人を造り、動かし、ドラマを見せる。人は造られた人に魅了され、時に愛すら抱く。
ヒューマノイド。合理的でないなどと指摘されながらも、常に多くの研究者を魅了する人造人間。空想ではなく、実際に手で触ることのできる人が、人によって造り出される。
その実現が眼前に迫った時。輝かしい未来がその先に見えた時。その先にしか見えなかった時。人はその存在を受け入れられるだろうか。
残念だが、駄目だろう。我々は人と断定できる相手にすら警戒を怠らない。国や種族、信じるものの違いがあるだけで。打ち解けるには時間が必要だ。唯一の薬は時間。
周到な計画が不可欠だ。時間を作り、世界を救う。やるしかない。俺達で。
俺は混ざったアイスを食べ、スプーンを器に戻した。金属音が響く。全員が俺を見た。
「俺は、あるプロジェクトに挑戦しようと思う」
「プロジェクト? 我々に、救いの道があると言うのか?」 とヴァルさんが言った。
「ある。……簡単ではないし、途方もない時間がかかるだろうけど」
「聞かせてくれ」
「もちろん。それがスゥが聞きたかったことだよね?」
スゥは、ずっと黙っていた。お待たせした。
「うむ。そなたは星霊にいくつか質問した後、南半球の使用許可を取って満足した。なぜじゃ? そなたは南半球で何をしようとしておる? 妾達には何もできぬのか?」
「むしろ皆の協力が不可欠なんだ。たぶん、全員の人生を預かることになる。だからちゃんと説明させてほしい」 俺は全員の顔を一人ずつ、ぐるっと見た。そして宣言する。
「世界を救うためのプロジェクト、『魔機人計画』を」
「『魔機人計画』……。魔機人というのは、機人とは違うのじゃな?」
「うん、違うね。シヨウさんのような魔人の身体に機人の技術を導入して生み出す、魔力耐性のある新種族。それが魔機人だ」
レティが訊く。 「えと……種族を……生み出す……ですか?」
「そう。そしてヒト族と交流させる」
「……異世界の者と交流したように……じゃな」
「そうだ。スゥ」
続けてスゥが質問する。 「つまりそなたは、異世界人の血が人類を変えたように、新たな種族……魔機人の血で再び人類を変えよう、と。そう言っておるのじゃな」
「その通り。毒をもって毒を制す……ってところかな」
「理屈は理解できる。じゃが……そう上手くいくのじゃろうか? 異世界人は皆、英雄となったから多くの相手を得たのじゃろう? 魔機人を英雄に仕立て上げるのかの?」
俺はセバスさんが淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。スゥは鋭いな。
俺は小さく首を横に振った。 「いや、英雄が生まれるには人類共通の困難が必要だ。それはまさに今の話題だけど、条件を一つ満たさない。人類の多くがその問題を認識することだ。俺は無理だと思ってる」
無意識にニナさんを見てしまった。目が合った瞬間は『しまった』と思ったが、表情を見てその後悔は逆転した。背中を押された俺は補足する。 「問題を問題とも思ってない人を説得するのは、大変なことなんだ。まず間違いなく、何度も争いが起きる」
スゥも頷いた。 「確かに、ここまでの話を信じるものは少ないじゃろうな。ましてやドワーフのそなたが率いる魔機研の発表ともなれば……ヒト族を否定されたと騒ぐものが出るじゃろう」 苦い顔をして続ける。 「恥ずかしながら……ボレアリスは確実じゃ。父上でも抑え込めぬじゃろう」
「どこもきっとそうだよ。かといって、都合良く他の問題が生じるなんて期待できない。なので、英雄路線は選択しない」
俺は『魔機人計画』の詳細を説明した。この計画の難しさは、直近の問題に対処しつつ、長い年月がかかる対策を仕込む必要があること。
星の魔力枯渇が直近の問題だ。星霊は人類がいずれ滅ぶことを知っていてなお、枯渇を防ぐために強硬策に出た。つまり、人類が滅ぶより枯渇の方が早い。
この対策は魔工学の普及だ。スゥ達が考えてくれた。魔工学の普及には多くの人員が必要になる。学校を設立するならなおさらだ。そこで魔機人にも、魔工学に関する各所で活躍してもらう。役立つものに人は友好的だ。
魔人と機人は、魔力が素である点で共通している。ゆえに組み合わせは可能なはずだ。しかし、意思を持たない点も共通している。与えられた指令を忠実にこなすが、自ら学び、成長することはない。このままでは、道具の延長線上に乗ったままだ。
「——そこでシヨウさん。君の協力が不可欠だ」
「なんダカ懐かしいデスね。空白がありまスガ、もちろん協力しマス」
スゥが片手を挙げて尋ねる。「シヨウ殿は、前世でどんな研究をしておったのじゃ?」
シヨウさんは思い出すように答える。 「『学習する』という仕組みヲ、人工的に造る研究でス。機械学習なんて呼ばれてまシタ」
「学習……。なるほど、まさにピッタリなのじゃな。それと、妾達に敬語は不要じゃ。シヨウ殿の方が先輩……なのじゃろう?」
スゥに問い掛けられ、俺の方を向くシヨウさん。釣られてスゥも俺を見る。
「……うーん、一緒に研究してる時間の長さでいえば、スゥ達の方が長いかな? シヨウさんの方が先だけど。総合的に考えて、上下なしってのが妥当じゃないかな」
「分かりまシタ。……では、クレア」 とシヨウさんは隣のクレアを見た。
「ん」
「先生カラ聞いたヨ。こっちのアルファは君が作ったッテ。知能にも興味があるトモ」
「うん。我が主とシヨウが研究してたアルファ。その続きをボクも手伝いたくて……」
「じゃア、僕を手伝ってくれナイカ? 僕は魔力を扱えないカラ、書き込みができない」
「うん、分かった」 クレアは嬉しそうに、へへ、と笑った。
ヴァルさんが立ち上がった。もう絶望の顔ではなかった。
「私は研究に直接貢献できない分、環境整備を任せてもらおう。まとめると、レティとスゥ殿が中心となって魔工学の普及を進め、クレアとシヨウ殿がアルファを試験体として魔機人の知能を開発する」 俺を見た。 「ドコウ殿は全てに関与するのだろう?」
俺は片手をうなじに当てた。 「うーん。いや、俺は南半球で身体を造る」
ヴァルさんはハッとして、 「そうか、そうだったな」 と唾を飲んだ。
俺はまだちょっと重い話題に触れる。 「最初の魔機人達は、機人生成の技術を応用して俺が造る。広大な未開の地である南半球で。未開の地なら、これまで全く交流のなかった新人種がこっそり繁栄してたとしても、おかしくないかなってね」
ヴァルさんとスゥ、そしてセバスさんが頷いた。この三人の同意を得られれば、人々の反応については大丈夫だろう。
「オズさんにも人体のことを教えてもらわないと。……とにかく時間がかかる」
「その時間を稼ぐのが妾達じゃな?」
「ただの時間稼ぎじゃないぞ? 魔機人が当たり前になった世界でも、魔工学は必要だ。レティやスゥが言うように、多くの人が豊かに暮らすためにね」
スゥが頷くのを確認し、俺は立ち上がった。それを見てヴァルさんが座る。雰囲気を察してくれたようだ。
俺は大きめの声で皆に尋ねる。 「馬鹿げた計画かもしれないけど、これしか思い浮かばない。どうだろう? 皆の人生、俺の計画に賭けてくれないかな?」
全員が、希望に満ちた顔で俺を見ていた。
「当然です! スゥさん、一緒に頑張りましょうね!」 とレティ。
「もちろんじゃ! 責任重大じゃな」 とスゥ。
「僕達もシャリシャリやるゾ、クレア!」 とシヨウさん。
「え? ……バリバリ?」 とクレア。
「……バリバリ……」
笑い合う弟子達を見て俺は確信していた。やれる。
そうして俺達は、人類の存亡をかけた一大プロジェクトに着手した。




