第36話:剣聖の墓
俺達の前で、暗闇が口を開けていた。ミミカに案内されてやってきたのはグリムホルドの外れ、森の中にある洞窟の入口だった。この洞窟にサイトウの墓があるらしい。いや、正確には、この洞窟全体が墓なのだそうだ。
「それじゃ、付いてきてニャ」
案内役のミミカに続き、俺、レティ、スゥ、ニナさんの順で洞窟に侵入する。
内部の構造は非常に複雑で、案内なしでは確実に遭難してしまうらしい。時間をかければ徐々にマッピングできそうだが、あちこちに溜まる有毒ガスがそれを許さない。十分に探索されていない未開の地。代々この洞窟を管理してきたミミカの一族も、途中までしか道が分からないそうだ。
呆れるほどに多すぎる分岐を迷わず選び、ミミカはどんどん先に進んでいく。
入口からの距離も分からなくなってきた頃、俺達は広い空間に辿り着いた。それぞれが手に持つランプの灯りを合わせても、空間全てを照らせない。ただ、広間の中央に立つ腰ほどの高さの石柱が、陰を作っていることは分かった。
石柱には、くっきりと文字が彫られている。
『剣聖サイトウ ここに眠る』
実にオーソドックスな墓標だ。それ以外に目立つものは見当たらない。これが旅の目的地だとしたら、あまりの何もなさに落胆してしまうだろう。しかし俺達は、目的地がここではないことを予め聞いている。
ミミカが墓標に近づいて言う。 「ここが最初に話した、サイトウの墓だとされているところニャ。ウチの一族は、ここまでの道のりをずっと伝承してきたニャ」
「えっと、ミミカちゃんのご先祖様がこの道を知っていたのは、サイトウさんから直接教わったから……だったよね?」
「レティの言う通りだニャ。ウチのご先祖様は、御伽噺に出てくる獣人のお姫様ニャ」
世界は狭いとはよく言ったものだ。俺がジーナスさんから譲ってもらった本に書かれていたのは、ミミカの祖先だった。
「晩年、サイトウはこの洞窟によく出入りしていたそうニャ。そしてある日、ご先祖様達に挨拶もせずに姿を消して、そのまま戻ってこなかったみたいニャ」
スゥは墓標をランプで照らしながら調べている。 「不思議じゃのぅ。剣聖や英雄と呼ばれ、慕われていた割には、寂しい」 何もなかったらしい。立ち上がり、今度は広間全体を確認している。
「ウチも同感ニャ。ご先祖様もそう思ったみたいニャ。サイトウはこの洞窟のどこかにいると考えて待ち続け、自分が亡くなる前にここに墓を立てた。と言われているニャ」
つまり、サイトウの亡骸は見つかっていない。それどころか、サイトウがなぜこの洞窟に通ったのかも、ここで何をしていたのかも分かっていない。転生者だと思われるサイトウは、死の間際に何を考えたのか。それを調べることが今回の旅の目的だ。
「気が落ちる話だけど、早速始めよう。サイトウの亡骸を探すんだ」 と俺は言った。
皆が頷くのを確認し、俺は六脚機人を複数体生成する。これまでは荷物運びで活躍していた機人だが、探索の主役もこいつらだ。ただし、かなりの改造が必要になる。
「……よし、それじゃスゥ。頼むよ」
「うむ。前面だけでなく、全身を覆うのじゃったな?」
「そそ、顔だと思うと不思議だけど、その方が合理的なんだ。大変だと思うけど……」
「大丈夫じゃ! しばし待て」 と元気よく答え、一体一体の表面を変質させ始めた。
魔岩の表面を変化させ、熱を生じる加熱魔岩を実現したスゥ。この加熱魔岩に熱を加えると魔力が生じる現象……最初の『動魔変換』を発見したのもスゥ。
そしてさらに他の弟子の協力も受けながら、スゥは魔力を光に変換する魔岩を開発してみせた。熱はほぼ発生しない。『発光魔岩』と名付けられたこの魔岩は、早くもマギアキジアのあちこちに採用されている。そしてやはり、発光魔岩に光を当てると魔力が生じることも、スゥによって示された。
詳しい理屈はスゥにも説明できないらしい。加熱魔岩の時と同じだ。膨大な試行から得られる微かな手がかりを頼りにして、発見的に確立したようだ。理論を主軸とする俺には真似できない。真の探究者がスゥなのだ。本当に、つくづく努力家である。
「……思い返せば思い返すほど、スゥには驚くばかりだな……」
「な、なんじゃ急に」
スゥの作業を妨げないよう、俺はスゥの近くに立って話し始めた。
「研究は大きく二つのアプローチに分けられると言われててさ。大雑把に説明すれば、まず調査や実験から始める研究を『帰納的研究』と呼ぶ。一方で、まず理論や仮説を考えてから、調査や実験で検証する研究を『演繹的研究』なんて呼ぶんだよ。……この二つはきっぱり分けられるものじゃなくて、状況や段階に合わせて、どっちのアプローチも必要になる。だけど、やっぱり得意不得意ってのはある」
「得意不得意かの……」
「うん。俺はどちらかというと『演繹的』なアプローチが得意だ。考えてばかりにならないように注意が必要だね。スゥは『帰納的』なアプローチが得意なんだと思う。その探究力は、俺にも真似できない強みだ」
スゥは機人を見ているが、手が止まっている。結局邪魔をしてしまったようだが、もう一言だけ続けさせてもらおう。
「もう何度も俺が困っていた問題を解決してるよね。これからも頼りにしてるよ」
「……そうか。……ふふっ。そうかの!」
「ごめん邪魔しちゃったね」
「構わぬ!」
スゥはニナさんに目を合わせ、ふふっと笑い合った。
意気揚々と作業を再開し、すぐにこちらを振り返る。 「ほれ! 一機できたぞ!」
「おお! じゃあ次はレティ! 出番だよ!」
レティは、遠くでミミカと一緒に墓標の周りを調べていたようだ。呼びかけを聞いてすぐに駆け寄ってくる。
「流石スゥさん! 早いです!」
「ふふっ。後は頼むぞ!」
「はい! ……ドコウさん、まずは普通に歩かせる指令ですね?」
もちろんレティも事前に説明と練習を済ませている。これから作るのは、洞窟を自動で探索する機人。まず移動能力を与えておく。
「そそ。それが済んだら、元いた道の方に移動しようか。ここだと広すぎて、センサの確認に向かないからね」
「はい!」 レティは魔力プログラミングを早速開始した。
スゥが済ませたのは、全方位の光学式センサの実装だ。光が当たると、どの方向からどんな強さで光が当たっているのかを魔力信号から読み取れる。洞窟は真っ暗なので、全身をぼんやり輝かせる機能も付けてもらった。これによって、機人から放たれた光が洞窟の壁などで反射し、その反射光が再び機人に当たることになる。その反射光の偏りや強さの情報をもとに、機人の周りがどんな地形なのかを推測するのだ。
……なんてことをぼんやり考えていたら、レティが消えていた。
「ドコウさん! センサも大丈夫そうですよ!」
声のする方……俺達が来た方を見ると、ぼんやり輝く六脚機人と、その横で手を振るレティがいた。仕事……早いですね……。
急いで駆け寄る俺に、レティの報告が続く。 「地図の生成と自己位置の推定もできました! あとは魔力貯蔵用の魔岩に魔力を込めたらいけそうです!」
驚きのあまりに足がもつれ、転がってレティのもとに到着する俺。
「だ、大丈夫ですかドコウさん!?」
「う、うん……グッジョブ」
全部レティが書き込んでしまった魔力プログラミングは、確かに書き込むルール自体はシンプルだ。いくつかある手法の中から、書き込みやすいのを選択した。それにしても、出発前に教えた内容だけでやってのけるとは……。岩車の時もそうだったが、レティは座学で学んだことを実践するセンスに優れているようだ。
レティが書き込んだのは、『自己位置と地図の同時推定』と呼ばれる技術。前世では英語にした時の頭文字を組み合わせて、SLAMと呼ばれていた。自動車の自動運転技術に欠かせない技術とされ、盛んに研究されていたものだ。
今回は、事前情報が全くない洞窟で機人を動かす必要がある。すると、いくつかの問題に直面する。
一つ目は、悪路をどうやって進むかといった単純な問題。これは最初から対処済み。六脚機人には擬似的に柔軟性を与えてある。スゥに説明した、力センサを使う方法だ。
これで動けるようになるのだが、違った視点の問題があと二つある。
まず、ロボットが洞窟のどこにいるのか分からない問題。このせいで、機人はそもそもどっちに進めばいいのか判断できない。自分の位置、すなわち自己位置の推定問題だ。この問題は洞窟の地図があれば解決できる。周りに見える景色と地図を見比べ、現在地を知るという行為は、我々も日常的に行っているだろう。
ところがここで、最後の問題が浮上してくる。見比べるための地図、つまり洞窟の事前情報がないのだ。この問題は自分の位置を手がかりにして、観察した洞窟の様子を記録することで解決できる。しかし、自己位置が分からない状況では目に映る景色を地図のどこに書き込めばいいか分からない。これが地図生成の問題。
SLAMの難しさは、ニワトリと卵のように因果関係が絡み合うこの問題を解くことにある。様々な手法が開発されたが、俺達が採用したのは比較的シンプルな方法。自己位置も地図も『仮ぎめ』しながら両者の推定を交互に行う方法だ。自己位置を推定する時は地図に誤りがある可能性を考慮し、地図を更新する際は自己位置が推定と異なる可能性を考慮する。複雑な理論だが、計算を工夫することでシンプルに実装できる点がいい。
要は、六脚機人は少しずつ情報を集め、自分の位置を割り出し、洞窟内を着実に探索できるようになったのだ。
「……ふぅ。これで二十機……全部じゃの」
「スゥさんお疲れ様です! 後は書き込んどきますね!」
流石に疲れが見えるスゥに、ニナさんが木の椅子と温かい飲み物を用意した。いつの間にか広い空間の隅に木小屋を建てている。そう、しばらくはここが調査拠点だ。
「……ドコウさん! 皆さん! 終わりました!」
「ありがとう皆! それじゃ早速……機人達! 洞窟を隅々まで調査せよ!」
一斉に動き出す機人。
こうして俺達は、有毒ガスの影響を受けない機人を使い、未開の地の探索を開始した。
洞窟での探索を開始してから三日が経過した今日、俺達は当たりを引いた。そこは突然現れた小さな空間。十人は入れそうだが、拠点にしている広間よりは小さい。似たような空間は何個も見つけてきたが、他にはないものがこの空間の片隅にはあった。
白骨と錆びた刀。
六脚機人を洞窟内に放った後、機人が集めた地図情報を頼りに自分の目で現場を確認することが俺達の役割だった。岩っぽくないものが地図に示されていれば、総当りで調べて回った。刀かと思ったものは、全て鍾乳石のようなものだった。今回を除いて。
「この方が……サイトウさんでしょうか……?」 とレティが恐る恐る言った。
「地面に刺さった武器。あれは本にあった『カタナ』と特徴が一緒ニャ。だから……」
「間違いなさそうじゃの……」
恐らく間違いないが……もう一つ気になるものを見つけた。白骨の死体の手元に転がるガラス製の小瓶。綺麗に残ったその瓶が、やけに目立っていた。
「……ドコウさん。これを」 ニナさんの声。骨や刀とは反対側の壁を調べていた。落ち着いたトーンだった。 「何かの文字が彫られているようです」
「……!」 俺はランプに照らされた壁を見た時、言葉を出せなかった。
レティ達の視線も壁の文字に集まる。
「確かに文字のようですが……」
「読めぬな……ミミカは何か知っておるかの?」
「うーん……ウチも見たことないニャ……」
それはそうだろう。
「複雑な文字が使われてますね……。種類もたくさんです」
レティ。それは『漢字』だ。
「でも凄くシンプルな文字も間に書かれてるニャ。変だニャ!」
ミミカ。それは『カタカナ』という。
「……この尖った石で彫ったようじゃな」
スゥが見つけた石の他にも、握りやすいサイズの石が無数に転がっている。これだけの数が潰れる程の文字数。壁一面にびっしりと、日本語が書かれていた。
「……大丈夫ですか? ドコウさん」 ニナさんが俺の様子を窺っている。
日本語を目にするのは転生してから初めてだ。年月が経っても忘れないものはあるらしい。意識しなくても、壁に書かれた内容が頭に入ってくる。
「……ああ、大丈夫。……俺はこの文字を……読めるよ」
「なんじゃと!」
ニナさんが俺から壁に視線を移した。ランプの灯りが揺れる。 「……前世の文字」
「うん。俺がいた世界には言語がたくさんあって、使う文字も様々だった。……でもどうやら、サイトウは俺と同じ国にいたようだ。……名前から察してはいたけどね……」
びっしりと書かれた文章は縦書き。書き出しの位置を予測して探すと、やはりそれらしい一文を右上に見つけることができた。長文になることを見越して書き出したようだ。
「なんて書いてあるニャ?」
「……あまり気持ちの良い文章じゃないみたいだ。知りたい?」
俺の問いに対し、同時に全員が頷いた。ここまで付き合ってもらって隠すのはないだろう。本人達の了承を得た俺は、サイトウの遺書に目を向けた。
『我ハ斎藤。死ニ場所ヲ求メ、コノ地ニ来タ。——』
非常にワクワクしない導入。少々分かりにくい文章なので、意訳しながら読み上げる。
私は斎藤。死に場所を求め、この地に来た。誰にも見つからぬ場所を探し続け、この迷宮に潜った。ミコトにはつい途中までの道を教えてしまったが、ここまでは辿り着けまい。洞窟はまだ続いているようだが、ここを死に場所と決めた。
あとは自らの命を絶つのみ。それだけのつもりであったが、突如、得も言われぬ虚無感に支配された。落ち着かぬ。きっと私自身、私の半生を理解できていないからだろう。
ここに誰か来ることはなく、ましてや祖国の言葉を解するものなど居るはずがない。心を落ち着ける写経のように、ここに半生を綴ることにした。
——ある時気付くと、この世界の森に立っていた。衣服に変化はなく、刀も腰にある。しかし、空気はこれまで感じたことのないものだった。
何事か理解するより先に、耳に悲鳴が飛び込んできた。若い女の声。血の匂いがすることなど珍しくはないが、女性の悲鳴と組み合わされば只事ではない。事態は分からぬが、私の足は勝手に、声の方へと走り出していた。
状況は何度も経験したものであった。追い詰められた女が一人と、追い詰める男が六人。肉塊が八つ。今まさに一つ増えようとしていた。
男たちの身のこなしは驚くほどに素早かった。顔を覆面で隠し、闇に溶ける服を纏ったその姿から、忍びの類と想像した。しかし、異様に技が未熟。知らぬ言葉でまくし立て、問答無用で斬りかかってきたので、峰打ちにて制した。事情を把握できぬうちは殺生を避けるべきと考えたのだが、結局、事情が分かってからも斬ったのは数回だけだった。
その後の衝撃は、今でも鮮明に思い出せるほどに大きかった。助けた女が私の目の前で被り物を取り、獣の耳が付いた頭を見せたのだから。モノノ怪と思い刀に手をかけたが、害意がないことは容易に感じ取れた。悩んだ末、行く宛もない私はこの女……ミコトの世話になることになった——。
俺は補足する。 「モノノ怪っていうのは、人じゃない何かだね。ビックリしたらしい」
「ミコトはウチのご先祖様の名前ニャ。御伽噺と同じ話だニャ」
「そうだね……。一つ、御伽噺を読んだ時も気になったことが確信に変わったよ。やっぱりサイトウは突然、元の世界にいた時と同じ年齢、同じ状態でこの世界に来たみたいだ」
「……そなたとはまるで違うの」 とスゥが言った。
つまり、サイトウは転生者ではない。転移者とでも呼ぶべきか……この世界とは異なる世界の人間、そのものだ。
「御伽噺はここまでって聞きましたけど、壁の文章はまだまだありますね」 とレティ。
「そうだね。帰りが遅くなるのも困るし、どんどん読み進めよう」
——ミコトはこの世界の言葉、常識を教えてくれた。私がこれまで生きてこれたのは、この時の懸命なミコトに依るところが大きい。
この世界の大前提として、まず種族の話をされた。理解は追いつかなかったが、ミコトと同じように、獣の特徴を有する獣人族だけは飲み込めた。現に目の前に存在する。ミコトの耳や尾は温かく、生きていることを疑う余地はなかった。
魔法に優れ、木々を操るエルフ族の話では、魔法とやらがさっぱり分からなかった。大地を操り、拳で全てを破壊するドワーフ族は、脅威としてしか認識できなかった。
しかし、そのように様々な種族が生きるこの世界で、争いが絶えず起こっていると聞いた時、不思議と親近感を覚えた。争いは他種族間だけでなく、同種族の中でも起きているという。実際、ミコトを襲ったのは獣人族だそうだ。どこの世界であっても争い続けるのが人間。彼らも私と何も違わない、人間なのだと納得した。
私はミコトと出会って一年で言葉と世界を理解し、二年で獣人族の争いを治め、三年で子を授かった。ミコトは私の伴侶であり、この世界に生きる意味そのものであった。
しかしミコトからは、他にも妻を娶るように勧められた。獣人族は一夫多妻制なのだ。各地の争いを鎮める度、結婚の申し出は後を絶たなかった。強い血を残すのが獣人の喜びだという。結局、私は多くの妻と共に、多くの子宝に恵まれた——。
ミミカが言葉を挟む。 「今でも獣人族は、他の相手がいることを気にしないニャ。……だから調べ終わったらひっそり帰るニャ」
「同意じゃ」
ミミカとスゥが二人でウンウン頷き合っている。
「ここまでのお話だと、サイトウさんはミコトさんや他の奥さん、お子さんと、とっても幸せそうですけど……」
レティが首を傾げながら言うと、ミミカとスゥも同じような表情をした。
「どうしてこんなに寂しいところで、独りで死んでしまったんでしょうか……?」
「……その答えは、この先に書いてあると思うよ」
俺は再び、壁の文章に向かい合った。
——私が獣人の争いを鎮めた噂でも広まったのか。エルフ族とドワーフ族からも協力を要請された。ミコトや妻子達が心配であったが、この手で救えるものがあるなら救いたい。そう伝えると、皆は背中を押してくれた。体力を取り戻したミコトは、同行まで。
かくして私とミコトは各地を巡り、同じように各地から争いの火を消した。いつしか私は英雄と呼ばれるようになり、やはり多くの女性から関係を迫られた。
美しいエルフ族は子を成しにくい種族らしく、戦争で減ってしまった一族、そして自然の復興のためにと何度も懇願された。ドワーフ族は気持ちの良い者ばかりで、悲観的なことを言うものは少なかった。しかし、やはりエルフの者たちと同じように考え、願い出る者がいた。結局、ミコトは全てを認め、私は様々な子孫を持つに至った——。
俺が言葉を切ると、レティが怖い顔でこちらを見た。 「……ドコウさん。私、ドコウさんが色んな女の人と居たら、ちょっと嫌かもです!」
「え? いやいや、サイトウの状況と俺の状況は全然違うよ。この時、人類は余程弱ってたんだろうね」
「そ、そうですか。……良かった……」 レティはニナさんを見ながら言った。
ここで話を止めておくのは具合が良くない気がするので、さっさと次を読み始める。
——子を授かりにくいと聞いていたエルフ達との間にも、順調に祝福は訪れた。そして、子の誕生を一番に喜んだのもエルフ達だった。エルフ族は男性も女性も美しい黒髪であったが、産まれてきた赤子は皆、髪の色が茶色や金だった。聞けばエルフ族には、髪を茶色に輝かせて一族を救う英雄の伝説が伝えられているらしい。私が英雄と呼ばれていることも、エルフ達の興奮に拍車をかけた。その噂は一気に広まり、私はエルフの妻を多く娶って多くの子を——。
再開して間もないが、中断してしまった。ニナさんの顔を見る。
「おばあちゃんの話と一致します。この時から、純血のエルフは減っていったのですね」
「そうみたいだ」
「……続きをお願いします」
——世界から大きな争いが全て消えたのは、私がミコトと出会ってから七年が過ぎた頃。それからミコトの故郷に帰るまでに、一年半がかかった。
故郷では大勢の私の子が出迎えてくれた。太陽のような笑顔に囲まれ、子供達の大きな成長を確認したあの瞬間、何にも代えがたい幸福感を得た。ミコトはもちろんのこと、妻たちも皆美しい。私達が旅発った時のまま、元気な姿で帰りを待ってくれていた。
変わったのは私だけだった。
この頃、私の体力は大幅に衰えていた。刀を満足に振ることも出来ない。手や顔のシワが深くなった外見は、老人と呼ぶべきものとなっていた。争いの影響ではない。私はここまでの戦いを、一切の傷を負わずに切り抜けてきた。しかし、私だけが老衰する。日に日に身体の違和感が増していく。
私は怖くなった。
皆は私を愛し続けてくれている。妻たちは見惚れるような美しさを纏い、私の傍に居てくれる。しかし私の心は、孤独感で塗り潰されていった。私と妻たちが生きる時間の流れが違う……そうとしか思えない。眩しい笑顔を見せる子どもたちが立派な大人になる姿を、私だけは見ることが出来ないのだ。
妻子と過ごす時間に耐えられなくなった私は、ここに辿り着いた。何度も調べてこの洞窟の癖を掴み、愛刀と小瓶を持って深く深く潜った。一滴で死に至る優れた毒と聞く。
心を落ち着かせることには成功したようだ。振り返れば、誰よりも恵まれた人生。何も悔いることはなかった。
少々気になることと言えば、世界のことだ。争いをなくして三年が経った。しかし争うのが人間。各地で再び争いが起きつつあると聞く。だが同時に、遠い地で目を見張る戦果を挙げる者がいるという噂も聞いた。恐らく次の英雄となる。その者は孤独に苛まれることのないよう、祈るばかりだ。
文字を彫る力も、限界に近づいてきた。小瓶を開けられなくなっては困る。
ここで私の三十年の人生に、幕を下ろそう——。
「……これで全部だ」 俺は、サイトウの遺書を全て読み終わったことを告げた。
「サイトウ殿は……短命だったのじゃな」 と言ったスゥの声は震えていた。 「そなたは……何ともないのじゃな?」
「うん。大丈夫。三十歳か……。ヒト族としても異様に短い。しかも老衰……」
ヴァルさんとあまり変わらない年齢。サイトウに何が起きた? 何がヒト族と違う?
「どうですか? 何か分かりそうでしょうか」 隣にいるニナさんが訊いた。
「うん……。……うーん……」
ニナさんの問いに何と答えたらいいのか、自分でも分からない。サイトウの文章からは、多くの新しい情報を得た。しかし、はっきりしたことが何も分からない。転移者はこの世界に何をしたんだ? 特別なことはなく、波乱万丈を生きた、ただの人?
「分かりそうで分からない。靄がかかった感じ」 と俺は素直に言った。
「そうですか……」 ニナさんは引き下がってくれた。
「あのっ」 レティが俺を見ている。 「ドコウさんは……どうしてサイトウさんのことが気になったんですか?」
……核心を突いた質問。そうだ。俺は何で調べに来た? 何を期待していた?
同じ前世から来た人間がいるかもしれない。そう知った時、ただ調べたいと感じた。自分が転生した理由を知りたかったから? ……不思議とそのことには興味が湧かない。俺は今ここで生きている。それが事実。では、同じ転生者に会いたかったから? ……よくあるパターンな気がするが、そんなことは今初めて考えた。例え転生者に会ったから何だと言うのか。前世の話に花咲かせたところで意味はない。今、この世界が俺の世界だ。
……この世界……。
「この世界のことをもっと知りたかったから……かな……」
「世界……ですか……?」 とレティがキョトンとした。
「うん……。ずっと気になってることがあるんだ。この世界って何かちょっと……」
俺の口は、その先の言葉に待ったをかけた。言葉にしていいのか? 何を言おうとしたんだ? まとまらない。
レティ達はこの世界の住人。俺は前世と比較しようとした? 根拠が不十分な批判。それは難癖と変わらない。この世界に難癖を付ける俺は、この世界の住人なのか? 最期に日本語で心を落ち着けたサイトウと同じ。異世界に頼る、この世界の異物?
寒気がしてきた。
「……ごめん。もうちょっとハッキリしてからでもいいかな……」
「はい……。……あの、暗くてよく見えないですけど、ドコウさんの顔色、凄く良くない気がします」
レティだけでなく、全員が心配そうな顔で俺を見ている。もう余計な心配はかけたくない。考え事なら、後でいくらでもすればいい。
「ごめんごめん、ちょっと考え事をね。……さて。とりあえず目的は達成したし、この文章を書き写したら帰ろうか!」
六脚機人を生成し、その背中にサイトウの遺書を写し始めた俺は、皆の視線に気づかないふりをした。




