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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第四章:繁栄と滅亡の世界
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第35話:もう少し、お話ししたい

 ドコウさんも皆も、もう眠っているみたい。私は自分が建てた木の小屋で少し、考え事をしていた。長く伸ばした黒い髪に手櫛を通す。これまで、こんなことはしなかった。この黒い髪があまり好きじゃなかった。おばあちゃんが切るなというから伸ばしてただけ。でも今は好き。凄く大事な髪になった。


 扉の外に気配がした。


「……どうぞ。スゥ」 と私は呼んだ。


 木で作った扉が静かに開いて、スゥが入ってくる。別の小屋で寝ているレティとミミカを起こさない配慮。ううん。ドコウさんの小屋を気にしてる。


「すまぬ。……少し話したいのじゃが、良いかの?」


 私が気配に気付くことは分かっていたみたいで、全く驚いてない。でもその声は、いつもの気高さがなかった。


「ええ。魔岩布はありますか?」

「うむ。持ってきておる」

「こちらに座ってください」 私はベッドの隣を示した。他に座るところがない。

「……とても嬉しいが、今日はそなたの正面に座りたい。すまぬが、椅子を頼めるじゃろうか?」


 理由があるみたい。私が木の椅子を作ると、スゥは丁寧にお辞儀した。


「我儘を言ってすまぬ」

「いえ。気にしないでください」

「つい顔を逸らしてしまいそうでの……。どうしても、顔を見て話したい」


 なんだか歯切れが悪い。スゥとは出会った頃から、よく話す。この旅の道中も、大抵はスゥと話してた。そこでは話せなかった話題。


「もうドコウ殿も眠っておるようじゃの。あやつがおらぬ場で……。二人だけで話したかったのじゃ」

「皆、ぐっすり眠っていますよ」

「うむ。ありがとう」


 スゥは息を吸い、改めて私の目を見た。紅玉色(こうぎょくいろ)の瞳が、微かな月明かりを受けて美しく輝いている。


「……ニナ殿。妾は、これからもドコウ殿の傍にいたい。どんどん進むあやつを、追いかけたいのじゃ」

「スゥは既に、ドコウさんの弟子です」

「うむ。そうじゃな。しかし一つ、そなたには知っておいて欲しいことがあるのじゃ」

「私に……」


 まだスゥが何を話したいのか分からない。スゥはドコウさんの弟子。ドコウさんが苦手なことを次々に解決するパートナー。


 スゥは深呼吸した。 「妾はドコウ殿に惹かれ、研究の弟子になることを志願した」

「ええ」

「しかしの、ニナ殿。妾は、異性としても、ドコウ殿に惹かれておる」


 スゥは真っ直ぐ私を見ている。その瞳に、敵意のようなものは感じない。真剣な目。


「同時に、妾は、ドコウ殿の隣にはニナ殿……そなたに居てほしいと思うておる。あやつと対等なパートナーは、そなたしかおらぬのじゃ」

「……スゥ、貴女は……」


 スゥはにっこり笑った。 「ニナ殿、妾は我慢している訳ではない。妾もようやく自分を理解できたところじゃ。上手く言葉にまとまらぬやもしれぬが、聞いてくれぬか?」

「……聞かせて」 私の口から、自然と言葉が出た。

「おお、なんだか嬉しい言葉遣いじゃ」 スゥはまたにっこり笑った。 「妾は、あやつを好いておる。これは間違いなさそうじゃ。あやつといると、どうしても胸が高鳴ってしまう。……じゃが、妾を好いてほしいとは思っておらぬようなのじゃ」

「……ごめん、スゥ。私、気持ちを分かるの苦手で……」


 友達と呼べる人は、いなかった。皆との色んな初めて。スゥは、初めての友達。


「例えばの話じゃ。あやつの隣にニナ殿でなく、妾がいるところを想像してみる。……するとな、全然嬉しくないのじゃ。いや、嬉しいのであろうが、それ以上に落ち着かぬ」

「……どうして?」

「妾は、あやつを対等な存在とは思っておらぬようじゃ。圧倒的な憧れ。この恋慕も、その憧れの一つじゃ」

「……憧れ……」


 スゥの表情は話すほどに晴れやかになっていく。ずっと悩んでいたことが解消されていくみたい。……何に悩んでいたの?


「好いてほしいとは思わずとも、嫌われたくもない。服装も気にしてしまうし、褒められれば顔がほころぶ。じゃがの、妾は、それでニナ殿に嫌な思いをさせたくないのじゃ」

「……それが悩み……?」

「……バレておったか。その通り、悩んでおった。胸の高鳴りは抑えられそうにない。いっそ妾が離れようと考えたが、それは妾に期待してくれている多くの者を、裏切ることになってしまう。……悩んだ末、全ての我儘を、ニナ殿に話そうと考えたのじゃ」


 スゥは私のために悩んでいた。自分の大事な気持ちと天秤にかけて。


「ニナ殿の気持ちを、聞かせてもらえぬだろうか? やはりニナ殿が嫌であれば、他の形を探して——」

「スゥ。私は、今までも嫌な思いなんてしてない」 私はスゥの言葉を遮った。

「……ニナ殿……」

「それに私も、スゥに遠くに行ってほしくない」 勇気を出して、言ってみた。

「ありがとう。妾の悩みは、一番理想的な形で解消されたようじゃ」


 スゥは肩の力を抜いた。私の言いたかったこと、伝わらなかったかもしれない。


「……話はそれだけじゃ。夜遅くにすまなかったの」 そう言ったスゥは立ち上がろうとしてる。部屋を出ていこうとしてる。


 いつも他人のことを考えるスゥが話してくれた我儘。私も我儘を言ってもいい? 私もスゥに伝えたい。もう一度、勇気を出したい。


「スゥ。私、ずっと友達がいなかった。話では聞いたことがあったけど、どんな存在なのか、よく分からなかった」


 スゥは浮かせかけていた腰を降ろし、姿勢を整えて私を見てくれた。


「レティは私を姉のように慕ってくれる。スゥ、貴女は、私の最初の友達だと思ってる」

「奇遇じゃの。妾も同じように思うておる。ニナ殿は初めての友達なのじゃ」

「ありがとう。……なら、もっと気軽に呼んで欲しい」

「……そうじゃな、そうじゃった。……ふふっ、ありがとう。ニナ」

「もう少し、お話ししたい」

「おお! 実はの、妾もじゃ。ではもう少しこの椅子を借りるかの」


 道中でもたくさん話したはずなのに。私とスゥのお喋りは、遅くまで止まらなかった。

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