第34話:試作一号機だから、アルファ
「クレアさん……大丈夫でしょうか……」 と焚き火を見つめるレティが言った。
ここは獣人の森。以前ボレアリスに向かう際に通った森だが、今回の目的地は違う。俺達はサイトウの墓があるというグリムホルドの外れに向かっていた。同行者はニナさん・レティ・スゥ・ミミカの四人だけ。いつも一緒だったヴァルさんやクレアは留守番だ。
「最近、ちと張り切りすぎておるからの……。心配な気持ちは分かる。しかし、セバス殿がおる。安心して良いじゃろう」 とスゥがレティの隣で言った。
「そう……ですよね!」
クレアが今回の旅に付いてこなかった理由は、もちろん研究だ。魔機研で初めてのビッグプロジェクトが進められている。
思い返せば、クレアと二人で作業を進めていたあの日。あの日から、クレアの目の色は変わった。
魔機研で最も大きな実験室は、皆で共同研究するために作った。その部屋の中央で、俺は汗を拭った。こんなに集中して魔岩生成を行ったのは、いつぶりだろう。ジンロウさんの刀を作った時も集中したが、造形の細かさで言えば今回の方がずっと高難度だ。
「……ふぅ……。どうかな……?」 と俺は訊いた。
「す、す、すば、素晴らしいです我が主!」 と興奮するクレアは、俺が生成した機人をあちこちから観察している。
俺とクレアの目の前にあるのは、等身大の機人。正確にはその、外殻のようなものだ。
「やはり我が主は神……!」
「はは。それはちょっと……背徳感を煽られるな」 俺はクレアの熱視線を手で遮った。
これまでの機人は、ゴーレムらしい外見をしていた。ひと目で岩っぽい印象を受ける。一番華奢だったのは運搬用に作った六脚機人だが、やはりゴツゴツした脚が必要だった。
対して、目の前の機人の表面は滑らか。手足は細く、女性らしさすら感じられる。強度と軽さを併せ持つ材料に変質させた結果、白に近い鼠色の肌になった。……思わず『肌』と表現させるその機人は、人型だ。二本の脚は人間と同じ。しかし、腕は六本にした。
理由は二つ。
一つ目は、人にとっては難しいことも機人ならできる場合がある、とアピールするため。ただ人の代わりを作っても仕方がない。それなら得体の知れない機人なんかより、信頼のおける人の方が良いに決まっている。まだ一般の民衆に機人が受け入れられていない過渡期では、機人を選ぶ明確な理由が必要だと考えた。
そして二つ目は、不気味さを減らすため。腕が六本もある方が不気味だ、と思うだろう。もっと徹底的に、人に似せた方が良いと。実はそれこそが逆なのだ。人の感覚は鋭い。僅かな違和感にも気付いてしまう。そして人は、自分と同じだと思っていたものに僅かな違和感を覚えた時、強い忌避感を抱く。自分と同じ存在として理解すべきか、違う存在として理解すべきか、分からなくなるからだろう。人は理解できないものを恐れる生き物。ヴァルさんも前に言っていた。六本の腕は、機人である目印だ。
……それにしてはちょっと人間に寄せすぎたかな。もっと腕も足も太くしといた方が……? しかし、それでは、この後に実装するクレアの技術を活かせない。
クレアはまだ機人を観察している。関節の一つ一つ、指の一本一本まで。
「……クレア、もっと外見を……。いや、いいや」 クレアに意見を求めようとして、止めた。たぶん、参考にならない。
クレアも他の弟子達と同じように、ゴーレムっぽい見た目でも愛着を持てるタイプだ。きっとクレアにとっては、外見が人っぽいとかぽくないとか、そんなことは重要ではないのだろう。
「……はぁ……本当に美しい……。我が主。本当にボクも手伝えるの?」
「うん。美しいと言ってくれたこのフォルムのまま動かすためには、クレアの新技術……魔岩人工筋が絶対に必要だね」
「これまでと同じ動かし方だと……太くなる?」
「そう! 魔力を溜める魔岩も、力に変換する魔岩も要る。全部関節に集中しちゃうんだよね。魔岩糸で魔力を伝達すれば、タンク代わりの魔岩は胴体とかに移せるけど……」
「動かす力を出すための強い関節は、必要……」
「そそ! そこで人間と同じように、全身の筋肉を使って身体を動かそうって訳だ」
魔岩人工筋は、最近クレアが開発した新技術の一つ。クレアは電子や分子に魔力で干渉するのが得意だ。その技術を応用した。魔岩人工筋に魔力を通すと、構成する分子の一つ一つが少しずつ力を発揮する。それらがいくつも合わさり、強い収縮力となるのだ。
『魔岩人工筋が完成した時はお祝いだ』と約束していたので、クレアに希望を聞いたのが昨日。『一緒に研究したい』というのがクレアの願いだった。それなら、ということで、温めていたプロジェクトの開始に踏み切ったのが、まさに今。
「それともう一つ。クレアのお陰で魔岩人工筋は伸縮性もある。つまり、これまでのガチガチに硬い機人と全く違って、俺達のように柔軟な機人になる!」
「おお! ボク、この方の役に立てる……」
『この方』って。愛着どころか、ちょっと尊敬の念まで抱いてるようだ。こういうところは、彼に似ている。弟子であり、協力者だった彼。もう会えない。
「この六本腕の人型はね、前世で最後に作ったロボットと同じ形なんだ」 懐かしくなった俺は思い出話を始めた。
「前世……我が主が一人で……?」
「いや、弟子であり共同研究者でもあった人と二人で。二人ともボディを作るのは得意じゃなくてさ、協力して何とか形にしたんだよ」
あの時は本当に苦労した。今、目の前にある外殻だけだって、設計と試作を何度も繰り返してようやく使えそうなものになったのだ。土魔法に感謝しなければならない。
「……その後は……?」
「その後は、基本的な動作を行う制御を俺が組んで……。もう一人が、『意識』に当たる仕組みを作った」
「『意識』? それはレティが習ってるのとは、違う……?」 クレアは立ち上がって俺を見上げる。興味があるようだ。
「うん。よく似てるけど、ちょっと違う。言葉を理解したり、状況に合わせてどんな行動をするか考える部分。一方で、俺がレティに教えてるのは、何かの行動をしようと決めた時に、どう身体を動かせばいいかを決める部分……で伝わるかな?」
クレアは黙って考え始めた。この辺りは明確な境界がないので、教えるのも難しい。
俺が補足を思いつくより先に、クレアが口を開いた。 「……我が主が得意なのは、普段無意識にやってること……筋肉に力を入れる具合の調整、とか……?」
「おおっ! 凄いなクレア。概ねそのイメージで正しいよ。それだけではないけどね」
「へへ……何となく、理解った」
そういえば、こうしてクレアと二人で研究するのは初めてだ。楽しそうな様子を見ていると、話すこっちも熱が入る。
「そんなこんなでボディができて、身体の制御も実装して、最後に意識の仕組みが揃った。ようやくロボットは、狙い通り動いたんだよ」
「す、凄い! それを我が主とその人で、大々的に発表した!」
「いや、死んじゃった」
「え……」
「俺がこっちの世界に転生したのは、ロボットが初めて動いた日だったんだ」
大きく開かれた淡黄色の目に、涙が滲み始める。
「あ! 違う違う! 大丈夫!」
「……違う?」
「うん、確かに俺は死んじゃって、この世界に転生したんだけど。転生する直前に、論文はほぼ出来てたんだよ。残った彼が、ちゃんと発表してくれてる」
「……良かった……。研究は、発表しなかったら無いのと同じ……」
クレアは弟子達の中で唯一、俺と出会う前から研究者として活動していた。研究という営みをよく理解している。ほんとこの若さで……大したもんだ。
「……ボク、頑張る」
「あ、いや俺も手伝うからね? 魔岩人工筋の実装は、かなり根気のいる作業になると思う。無理せずぼちぼちやっていこう」
「……我が主、前世で作ってたロボットの名前は?」
「え? ……試作一号機だから、アルファ。……もう気付いてると思うけど、名前つけるの苦手なん——」
「じゃあこの機人もアルファ」
淡黄色の瞳が、俺に向けられる。涙の代わりに、強い意思が滲んでいた。
「我が主の研究の続き、ボク、全力で手伝いたい」




