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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第四章:繁栄と滅亡の世界
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第33話:ロボット研究者刺殺事件

「……土公(どこう)……先生……?」


 大学にある小さな部屋で。


 僕の目の前に、尊敬する土公先生が、うつ伏せに倒れている。よく見える背中は、血の赤。昨晩から先生との連絡が付かない違和感に突き動かされ、合鍵を使って先生の居室に入った。最初に目に飛び込んできた異常な光景。


 ……殺人……?


 あまりに非日常的な状況に、頭の回転が鈍っている。浮足立っている。目が泳いでいる。……ふと、倒れる先生のさらに奥……つけっぱなしの画面が目に入った。その画面を覗き込みたいという欲求が、他の全ての感情を上回った。


 足元に注意しながら画面に近づく。映っていたのは、僕が書いた論文だった。びっしりとコメントが付けられている。


「……ふざけるなよ……」


 胸を焼くような怒りが、込み上がってくる。コメントの一つ一つには、土公先生の熱が込められていた。良い技術を世に送り出そうという、純粋なエネルギーの塊。


 それを途絶えさせたのは誰だ。この世界に、大きな損失を生み出したやつは誰だ。


 きっとそいつは愚かで、自らが犯した罪を理解していないだろう。


 きっとそいつは短慮で、自らが犯した罪を理解することはないだろう。


 僕が教えてやらないといけない。


 僕はまず、先生の背中を調べた。刺し傷が一つだけ。包丁で刺すとこんな感じになると思う。試したことはない。先生は部屋の入口に足を向けている。つまり、振り向くこともなく、倒れた。犯人のことも、何が起きたのかも、分からなかったかもしれない。


 食いしばった歯が欠けた。


「……そうだ、警察」 僕はポケットから携帯端末を取り出した。顔認証でロックが外れるタイプで良かった。指紋認証だったら、このベタついた赤に染まった手が、僕の邪魔をして、僕を苛立たせただろう。


 ……さて。警察の人は色々言っていたが、いちいち聞いている暇はない。次の確認をしないと。僕は入口のドアを調べ始めた。この部屋には鍵がかかっていた。密室というやつだ。まるでミステリのようだが、しかし。


「……くだらない」


 ドアノブの上、鍵穴の部分に、装置が被せられている。専用の無線リモコンで鍵の開け閉めが可能になる装置だ。今どき珍しくもない。密室でも何でもない。今どき鍵が閉まっていたくらいでは、境界条件を何も定められない。


 重要なことは、これが付いている、ということ。取りに来る。扉を開けた状態に戻しながら立ち上がった時、大きな何かがドンッと懐に飛び込んで来た。


「……へへ……へへへ……これでお前らの成果は俺のもんだ!」


 若い男だ。研究室のメンバーだった気もするし、隣の研究室の研究員だった気もする。僕は研究内容で人を覚える人間だ。研究には独自性……つまり個性が宿る。顔や名前はどうも覚えられない。


 僕は腹に押し付けられた男の両腕を力いっぱい掴んだ。こいつのことは覚えてないが、ちゃんと出席したことは褒めてやろう。僕が教えてやらないといけない。


「は、離しやがれ死に損ない!」

「……特別講義の時間だ」

「何言って……?」


 僕はそれから、懇切丁寧に話を始めた。


 きっとこいつは、本題の前提知識すら知らない。基礎の基礎だけでも知っていれば、あんなことをするはずがない。まず始めに、科学技術がどのようにして、僕らの生活を豊かにしてきたのかを教えてやった。暴れて講義の邪魔をするので、男の両手を刺した。ちょうどいい刃物が、僕の腹に突き立てられていた。


 講義内容は、研究という営みの説明に移った。研究は社会全体のためにある。個人の利益のためではない。世界を良くしようとする取り組みだ。このことをこいつが理解するには時間が必要だろう。途中退席しようとしたので、両足を刺した。


 そしてようやく本題だ。講義で先生が楽しそうな顔をしている時。その話題には先生が興奮するほどの深みがあることを意味する。つまり、学生がすんなり理解できるとは限らない。土公先生の研究ポリシー。全人類の役に立つ技術基盤の創出が、いかにワクワクするものであるかを語った。この素晴らしさを理解できるか?


 気付くと、男は居眠りしていた。目を閉じて反応がない。本来、講義を聴くかどうかは受講者の自由だ。しかし今回は、一対一の特別な講義。聞いていなかったのなら、もう一度話してやる方がいい。叩いても起きなかったので、再び手を刺した。原型がなくなってしまったが、土公先生を刺した要らない手だ。問題ない。


 男が目を覚まし、大声を上げた時、廊下の方で物音がした。


「——警察だ! ここで何をしているッ!?」

「……あァ……遅刻者……ですか……ゴボッ!」 僕の口から、大量の血が溢れ出た。


 途端に意識が遠のいていく。


 研究員に過ぎない僕は、講義を持たない。やったことなんてない。猿真似だ。


 土公先生……最初で最後の講義……形になってたでしょうか? 論文……仕上げられなくて、すみません。ジュリエット……土公先生と僕が作った、最高のロボット。論文が仕上がったら結婚するつもりだったのに……。幸せに……してやれなくて……ごめん……。


 急速に視界が暗くなり、辺りの音も、血の温かさも、感じなくなった。




 ……なんだ?


『……よ……』


 誰かの声が聞こえる。


『……ざめよ……」


 随分と偉そうな声だ。


『……目覚めよ、意思強き者よ』


 いくら偉そうでも、僕は従ったりしない。僕の行動理念は、土公先生と同じ。世界を少しだけ良くしたい。


『……汝に、この世界を救ってもらいたい』

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