第29話:ずっと
目を開けると、ぼやけた視界が広がった。いつの間にか眠っていたみたいだ。……白い……部屋? どこで寝たっけ? とりあえず、メガネだな。メガネメガネ……。
……ん? ……私は誰だ?
俺は、ドコウだ。ドワーフのドコウ。研究都市マギアキジアの、研究者。
マギアキジア。皆と作った、皆の居場所。
……皆?
「……ニナさんッ!」 俺は、マギアキジアの自室のベッドから飛び起きた。
「…………ここに居ます。ドコウさん」 ニナさんの声が聞こえた。
次第にハッキリしてきた視界を向けると、 部屋の隅に、ローブのフードを深く被ったニナさんが居た。
俺はベッドから降り、ニナさんの方へ歩く。少しふらつくが、大丈夫そうだ。
ニナさんはじっと立ったまま、動かない。
フードに手をかけ、ゆっくり外す。透き通るような白い肌。輝くような白銀の髪。美しい桔梗色の瞳。大粒の涙。俺はニナさんを抱きしめた。
「ごめんニナさん……!」
「……ドコウさんッ……」
ニナさんは、声を上げて泣いた。
俺はしばらくそのまま、服を濡らし続けた。
慌ただしい足音が近づいてくる。あまり聞き覚えのない足音が……複数?
「……来ます」 と言ってニナさんは俺の腕から離れ、再びフードを被って窓に寄った。
外を見るようだ。窓は、足音が近づいてくる扉とは逆の側にある。
勢いよく扉が開い——。 「こんのたわけがぁあッ!」 ジゼルさんが飛び込んできた。
「……ぜぇ……はぁ……この……!」 息が上がっている。
ジゼルさんは杖を上げたが、すぐに降ろした。
「ふん……ッ! ニナに感謝するんだね!」
「ジゼルの言う通りよドコウッ!」
ジゼルさんに続いて部屋に入って来たのは、俺の母だった。
「ドワーフ村に帰ったんじゃ……?」
「ニナちゃんの蘇生魔法が見えて、引き返したに決まってるじゃない!」
……ちゃん? いや、それよりも。蘇生。やっぱり。俺はあの時、死んだのか。
ニナさんは相変わらず窓の外を見ている。あとで必ず、お礼をしよう。そして、もう一度謝ろう。ニナさんを守ろうとして、逆に無理をさせた。あれ以上魔力を消費させたくなかった。髪の色を変えたくなかった。
訊くのが怖い。 「……ニナさんの、身体の具合は……」 それでも俺は言葉にした。
「……」 ニナさんは外を見ている。
「大丈夫だったわ。髪の色もいずれ戻るわよ」 と母が言った。
「え?」 俺は母の顔を見る。聞き間違いかもしれない。 「母さん、それ、本当?」
「こんな時に嘘を付くやつがいるかね!」
「いてッ!」
ジゼルさんに杖で小突かれた。
「私とジゼルも診たわ。……本当よ」
「あの……オズとか言ったかね? ありゃ随分優秀な魔力神経の専門医じゃないか」 とジゼルさんがぶっきらぼうに言った。
「そうね。私達に分かるのは髪に残留する魔力の量だけ。オズさんは、全身の魔力の流れにも異常がないことを確認してくれたわ」
「…………良かった…………」
安心したらふらついてしまった。自分の身体を制御できない。貧血のようだ。何とかよろよろ歩いてベッドに腰かけた。
「ドコウも、もう少し休みなさい」 そう言って母はニナさんに近づいていった。 「ニナちゃんも休んだ方がいいわよ? せっかくならドコウと一緒に……あら?」
「……」
母は、ニコニコしながら戻ってきた。そのままジゼルさんの肩を押す。
「私達、来るのがちょっと早かったみたいよ。下でお茶の続きをしましょっ」
「……まだ話し足りないのかい……」
「当たり前じゃない! 久々に会えたんだから!」
「……やれやれ……。他のやつらにも、目を覚ましたことは伝えてやるかね」 とジゼルさんは母に従って部屋の出口に歩き出した。
「そうね! ……でも、会うのはもう少し待ってもらわなきゃ」 扉の前で母が振り返る。 「ドコウ! しっかり歩けるようになったら、皆にもお礼を言うのよ!」
「うん。分かった」
二人は賑やかに会話しながら、食堂がある一階へと降りていった。あの二人は単なる知り合いではなさそうだ。もっと身近な……。
部屋にはまた、俺とニナさんだけになった。ニナさんはすぐに窓際を離れ、俺の隣に腰かけた。軽くもたれかかってくるニナさんを受け止め、そっと肩を抱く。
「……ずっと傍にいてくれたんだね。ニナさんも休まないと」
「ええ。……でも、ずっと遠かったんです。……やっと……近くにいます」
「……今日はこのまま、一緒にいよう」
「はい。…………今日だけですか?」
「いや。……良ければ、ずっと」
「はい」




