第28話:穴
上空を高速で飛ぶと、やっぱり寒い。しかし、クレアが渡してくれたローブのお陰で耐えられている。俺はその分スピードを上げ、トニトルモンテを目指していた。
マギアキジアを出てから、もう一日ほど経っている。かなりトニトルモンテに近づいてるはずだ。今は雲の上なので、地上での正確な位置は分からないが。
俺の方が早く敵に接触できるだろう。いくらレティの覚えが早いと言っても、あの岩車で速度を出すのは難しい。できればこっちを先に片付けて、皆に合流したい。
俺は地上を確認するために高度を下げ、雲の中へと入った。ほぼ嵐だ。ローブは魔力を通わせればすぐに乾くので問題ないが、寒いし前が見にくい。最短距離で、雲を抜けた。
「……こりゃ、遠くから見つかる訳だ」
それは雲を抜けた俺の目に、一番に飛び込んできた。白く鈍い輝きを放つ山がのそりのそりと歩いている。岩肌が多いこの辺りで、そのモンスターはあまりに目立っていた。
かなり遠いが、トニトルモンテも見える。そのさらに先に見える海には、たくさんの船が浮かんでいた。対してモンスターの周りに、人の気配はない。抵抗ではなく、避難を選択したようだ。賢い選択だと思う。
正確には分からないが、かなりの数の船が出ているように見える。もうトニトルモンテはほとんど無人だろう。それでも亀形のモンスターは、真っ直ぐトニトルモンテを目指している。……引っかかる。それって何か変じゃないか?
モンスターは本能的に人間を襲う存在だったはず。じゃあ、あのモンスターはなぜ、ほぼ無人のトニトルモンテを目指してるんだ? 到着したら、何をするつもりなんだ? ……考えて分かる問いではなさそうだ。そういうことは、考えすぎない方が良い。
「どっちにしろ、倒さないといけないんだし」 俺は独り言を言った。
余計なことを考えてないで、少しでも素早く倒すためにモンスターを観察しよう。
相変わらずゆっくり動いているモンスターは、やはりヒルタートルによく似ている。山のような大きさの亀型モンスターだ。そして報告の通り、体表面が白く輝いている。自分の目で見て確信した。あれは間違いなく、魔岩に近い材質だ。
魔岩は物理的な耐久性が低いので、純粋な魔岩だったら良かった。倒しやすい。しかし残念ながら、少し違う。たぶん硬いんだろう。見たところ、モンスターの体表面は隙間なく魔岩に覆われている。関節などを狙って……という常套手段は、通用しそうにない。
……さて、ここまでは見た目から分かる情報。残念ながらここまでに得た情報だけでは、モンスターが魔岩をどう戦闘に活かしてくるのか分からない。もっと情報が必要だ。そのためには、実験あるのみ。シンプルな仮説はある。まずはこれを検証してみよう。
考えているうちに、俺はモンスターの前に到着した。まだ攻撃はしてこないが、向こうもこちらに気づいているようだ。戦闘は始まった、と言えるだろう。
俺はまず、四本の刀を生成した。三体のリザードマンを倒した技だが、正直今回は期待していない。強化してあるとはいえ、この刀の威力はニナさんの斬撃よりも劣る。ま、確認というやつだ。
亀との距離もだいぶ近くなった。もう俺の視界は、モンスターの身体でほぼ埋まっている。……仕掛けよう。
俺は二本の刀を亀に向けて飛ばす。あまり違いがあるようには見えないが、一応、関節を狙おう。左前足の膝。
硬いもの同士がぶつかる音。結果は予想通り。傷はついているが、これを繰り返して倒せそうなものではない。やっぱり今回は拳術主体で行くのが良さそうだ。
となると、次は殴ってみる訳だが、全力は出さない。最大の隙は大技の後に生じる……剣を教えてくれたジンロウさんも、前世で応援していたゲーム実況者も言っていた。信憑性は高いと言えるだろう。
一方で亀の攻撃はというと、意外と油断できない。図体の割にかなり動きが速い。ニナさんと稽古していた俺にとって脅威ではないが、無視できる程でもない。
繰り返される踏みつけ、蹴りを躱しつつ、俺は右前足の脛に掌打を叩き込んだ!
ドンッと大きな音が——おっと! 俺は、亀が繰り出してきた右前足の蹴りを躱した。たった今、掌打を当てた足は、健在なのだ。
「やっぱりね……」 つい独り言が洩れてしまう。
仮説は当たっていた。外れて欲しかったけど。亀の体表面が魔岩のような材質である理由。それは魔力を用いた攻撃への耐性向上で間違いなさそうだ。俺がボレアリスで、炎魔法を無効化したように。
俺が拳術で放った魔力は、見事に亀に吸収された。そして反撃に放ってきた蹴りは、さっきまでとは段違いに速かった。この亀は、吸収した魔力を利用して足を動かしたのだ。それはまるで、ゴーレムじゃないか。
「鉄壁の防御にカウンターか……」
全く、厄介。敵として単純に脅威だし、何より、俺達の専売特許だと思っていた魔岩の技術に似すぎている。研究者としての好奇心が目を覚ましそうになるが、抑え込む。
ニナさん達が向かった先にも、この亀がいる。皆には有効な攻撃手段があるだろうか……。やはり思い浮かぶのは、ニナさんの奥の手。
次で決めよう。
亀の防御は確かに堅い。鉄壁だ。俺がただの拳術家だったら、手も足も出なかった。しかし俺は魔工学の研究者。魔岩の性質、チョットワカル。
俺は覚悟を決め、亀との距離を詰める。激しい蹴りを躱しながら目指すのは、胴体だ。一番大きくて硬そうだが、その中には急所となる臓器が詰まっている。はず。
自分の足に生成した岩を操作し、所々で刀を踏み台にしながら、素早く懐に潜り込んだ。目の前に、キラキラと輝く壁が見える。
さあ行くぞッ! 久々のフルパワーだ!
俺は利き手である右の拳に、ありったけの魔力を込め、渾身のストレートを放つ。その衝撃に、右腕に付けていたブレスレットが二つとも砕け散るのが見えた。膨大な魔力を叩き込まれた亀の体表は、その色を次々に変える。拳が当たった場所から伝搬するように白、黄、茶、黒へと移り変わり、そして……。
ピシッとひび割れた。亀はそのまま動きを止め、力なく崩れていく。魔力を吸収しきれなかった魔岩。それが崩壊する際に溢れた衝撃が、亀を体内から破壊した。
キラキラと魔力に還るモンスターを見ながら、しかし俺は、別のことを考えていた。
白、黄、茶、黒……。色が変わったのは、魔力が込められたからだ。レティと一緒に、魔力を保存する技術を作った時から確認している現象。込められた魔力が多くなるほど、色は濃くなる。当たり前の現象。
俺はなぜか、ニナさんのお義祖母さん……ジゼルさんを思い出していた。そして、俺の母。正確な年齢は不明だが、確実に長く生きている。その外見は若く、ニナさんやスゥと並んでも友達のように見える。対して、ひと目で高齢であることが分かるジゼルさん。ジゼルさんの他に、髪を真っ白にしたエルフは見たことがない。
「……そうかッ!」 俺は大急ぎで岩バイクを生成し、飛び乗る。 「なんでこれまで気付かなかったんだ!」 一気に最高速まで加速させた岩バイクにしがみつきながら、俺は自分の考えの浅さに腹を立てた。
高高度の冷たい空気が肌を切るが、そんなことはどうでもいい。間に合ってくれ!
雲を引きながら、仲間の元へ急いだ。
*
「ヴァル兄様ッ!? しっかりしてください! ヴァル兄様ッ!」
レティの悲痛な叫びは、倒れたヴァルには届いてない。ボクなら診れるかも。
「スゥ、ボク行ってくる」
「うむ!」 スゥは息を整えた。 「……頼む!」
ニナ様は……遠すぎて声が届かない。きっと大丈夫。
ずっとオズ達と仕事をしてたら、自然と治癒魔法も得意になった。身体の具合もひと目見ればだいたい分かる。魔力の流れが教えてくれるから。雑貨屋の奥さんが赤ちゃんを身籠ってることも、すぐに分かった。
ボクはレティとヴァルのところに走った。 「レティ、ボクに診せて」
「ク、クレアさん! 兄様がッ!」 ぐしゃぐしゃの顔でボクを見上げるレティ。
凄く動転してる。もう戦闘はさせない方が……良いと思う。
ヴァルの様子……。ボクは倒れているヴァルをじっくり診た。
「……大丈夫。気を失ってるけど、命に関わる状態じゃない」 ヴァルの左側で膝を付く。ぐにゃりと曲がった盾を除ける。重たい。 「左腕は折れてるから、治す」
「お、お手伝いします!」
「うん」
ボク達は戦い始めてすぐ、亀のようなモンスターの特徴を調べた。物理攻撃はダメ。魔力で強化したニナ様やヴァルの攻撃も、あまり効かなかった。レティの水魔法もダメ。水魔法の威力は、水の質量に依るもの。だからほぼ物理攻撃。
効きそうなのはスゥとボク。特にスゥの拳術は、我が主と違って派手ではないけど、確実に内部に威力が伝わってた。全身を使った高度な技術。『発勁』という技だと思う。
ボクの電気も中まで伝わってそうだった。だからスゥとボクが主体で、ニナ様が作った隙をついて戦った。
でも、急に亀が素早く動いて、レティを蹴ろうとした。ヴァルはレティを庇うために、大きな足の蹴りを盾で受けて、飛ばされた。お陰でレティは無傷。
魔岩みたいな肌に通る電気は僅か。離脱しても、影響は少ないと思う。だからスゥは戦って、ボクがヴァルを診るのは合理的。
スゥは凄い。ボクは知ってる。夜遅くまで研究しながら、毎朝鍛錬してること。だから今、ニナ様の後ろで、ギリギリだけど戦えてる。
他にも知ってる。普段は作業着を着て、汚れもついてるけど、お洒落も勉強してること。ボクはお洒落が全然分からないけど、スゥはずっと勉強してる。
前に、お風呂で二人だけだった時。なんでそんなに色々頑張れるのか訊いたら、たくさん謙遜された後で少し教えてくれた。
『……変われる気がするのじゃ』
『……何に?』
『分からぬ』 スゥは天井近くの湯気を見上げてた。 『何かに打ち込むと、あやつに近づいた気がするのじゃ。しかし、あやつはお構い無しにもっと遠くへ行く。それをまた追いかける……。これを繰り返しておる』
『……追いつきたい?』
『いや。……恐らく追いつくことはないじゃろう。しかしの、それで良いのじゃ』 視線を降ろして、お湯を救った両手を見てた。 『……そうしてるうちに、妾は変わっている気がする。それを実感できるのじゃ。あやつを追いかけるうちに、妾も、何者かに成れる。そう思うのじゃ』
『……そっか』
『じゃから、あやつには師として、規格外なまま、先に居てもらわねばいかんな!』
……ホントは、全員が、我が主の到着を心待ちにしてる。威力に特化した主の拳術なら、きっとこの亀にも致命傷を与えられる。状況を打破してくれる。救ってくれる。
「……祈るしかないの」 声に振り向くと、スゥがいた。
「あれ、スゥ」 ボクは治癒魔法をしてたから気付かなかった。
「うむ。ニナ殿から、妾もこちらを補助するように言われたのじゃ。何やら秘技を使うと言っておった」
「秘技……」
「しかし自信は感じられんかった」 スゥはあの時みたいに上を見上げた。北西の方角。 「我らの師が来てくれることを、妾は願っておる」 きっとあの時と同じものを見てる。
スゥも加わって、三人で治癒魔法をかける。きっとこれなら、すぐに回復できる。
その時、初めての魔力を感じた。振り返ったボクが見たのは、切り落とされた、亀の足。轟音を立てて地面に倒れていくところ。
それと、土煙の中で髪を輝かせる、ニナ様。
「おお! あれが秘技じゃな!」 スゥが治癒魔法を続けながら、興奮した声で言った。
「うん……きっとそう。凄い……」 ボクは見惚れた。
ニナ様は亀に斬撃を浴びせ続けた。一太刀で足を切り落とすのは簡単じゃないみたい。でも、着実にダメージを与えてる。
「い、いけそう……」 とボクは言った。
「うむ!」
茶色く輝いていたニナ様の髪色が、次第に変化していく。それは、日が沈んだこの戦場で、あまりにも美しく、神々しかった。
「……まるで金色の……戦女神……」 目を離せなかった。
金色に輝く髪をなびかせ、一切の無駄なく攻撃を繰り返すその様子は、美しい舞。
髪の色が変わったことで、ますますニナ様の攻撃スピードが上がる。亀の足が、また一本なくなった。
「……ぅ……」 ヴァルのうめき声。
「兄様ッ!? 兄様しっかり!」 レティは必死に呼びかけた。
ヴァルが目を覚ました。左腕も、なんとか動かせるくらいまで治ってる。
「レティ……? ……そうだ! 無事かレティ!?」 ヴァルは身体を起こそうとして、呻いてやめた。
「はい……! ヴァル兄様のお陰です……!」 レティの目はずっと、涙でいっぱい。
きっとこれで、涙も止まる。良かった。
「モンスターは!? ニナ殿の姿が見えないが!?」
「ニナ殿は、あそこじゃ」
レティに身体を支えられ、ヴァルはスゥが指差す方を見た。その目には、女神の御姿が映ったはず。……なのにヴァルの表情は、どんどん焦りの色で染まっていった。
「い、いかん! あれは——ッ」
「——ヴァルさんッ!」
この声は!
声が聞こえた方向、上を見ると、岩の乗り物に乗った我が主の姿があった。
……ああッ、我が主……!
でも、すぐにその様子の異変に気づいた。全身に……凍傷……? 右腕は特に酷い!
「わ、我が主、治療を——」
「あれはニナさん!? くそッ!」 我が主は、見たことのない怖い顔で、ニナ様の方へ飛び去った。
*
……ああ、来てくれた。
三本目の足を切り落としたところで、待ちわびた気配に気がついた。
……それにしても、凄い速度で来てくれたんですね、ドコウさん。
「ニナさんッ!」
いつもよりずっと乱暴な声に驚いたけど……でもやっぱり、安堵してしまう。
亀に注意を向けつつ、横目でドコウさんを見て、もう一度驚いた。ボロボロですよ。
「……はい。大丈夫で——」
「もう魔力を使っちゃダメだ!」 ドコウさんのこんなに怖い声は、初めて聞いた。
亀から少し距離を取った。ドコウさんをちゃんと見たい。
「ドコウさん」
「ここからは俺がやるから! ニナさんは少し下がって!」
ヴァルさんは目を覚ましたようですよ、ドコウさん。敵の足は残り一本の後ろ足。もう立つことも攻撃することも出来ません。勝てそうですよ、ドコウさん。
ドコウさん。
どうしてそんなに、泣き出しそうな顔をしてるんですか?
「……はい」
私の返事を聞いたドコウさんは、一直線に亀に向かっていく。左の拳に、膨大な魔力。
処理しきれないほどの圧倒的な魔力で、砕くんですね。初めて会った時にも見せてくれたように。足のない亀には、もう反撃の手段もありません。ドコウさんにしか出来ないトドメ、お願いします。
ゴッと低い音が鳴った。ドコウさんの拳が当たった箇所から、モンスターの色が変わっていく。白から黄色、黄色から茶色……。亀の全身が茶色に染まり切り、さらに濃くなろうとした時。
急速に全身が白へと変わった。
反転。
全身の全ての色が、ドコウさんが殴った箇所に集まる。
それは黒よりも黒い、底のない色。
そして——。
キィンッ!
——空に、穴が、あいた。
私は見た。亀型のモンスターが、全身に込められた魔力を一点に集め、放つ様を。
私は感じた。放たれた魔力が、夜空を穿つ瞬間を。
私は拒絶した。理解し、認めることを。
モンスターは魔力に姿を変えていく。そんな分かりきったことに興味ない。亀の前に立った私が見たいのは……見たくないのは……。
「……ニ……さ……なに……しな……」
言葉を絞り出したドコウさんの目が、ゆっくり閉じていく。一瞬のはずのそれは、永遠に思えた。……なのに何も出来ない。何も理解らない。
……ドコウさん……?
ドコウさんの胸には、穴が空いている。空と同じように。血は流れていない。高密度の魔力で、灼かれている。観察は出来る。でも、理解らない。
ドコウさんの目が、ゆっくりと、完全に、閉じた。
同時に、世界から、色が消えた。夜空も、大地も、私も、白黒の世界。
(……主ッ! 我が主ッ! だいじょ……う…………)
音も遠い。
(……あ……あァ…………ああああああァァァッッ!)
ああ。こんなにも、何も無い……。何も感じない……価値もない……要らない……。
(放せッ! 何が起きたのじゃッ!? ドコウ殿ッ!)
(いかんスゥ殿! 行ってはいかんッ!……ぐッ! 腕が……っ!)
……『何もしないで』? このつまらない世界で、ですか?
(…………う………………嘘じゃ…………嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ!)
……ボレアリスでの模擬戦。炎魔法の猛攻を難なく無効化したドコウさんは、私に訊きましたね。
『ニナさんって普段、技の名前とか言わないですよね?』
まだ丁寧な言葉遣いが混ざっていた頃。
『はい。特に付けてないので』
『おお! じゃあニナさんも名前の付いた技はないんだね!』
『……すみません、一つだけ』
『あるのか……。やっぱり俺も何か考えようかな……。……あ、ニナさんの技も、いつか見てみたいな』
『……それは難しいと思います』
『そっか……。特殊なの?』
『とても』
『そうかぁ……残念』
やっぱり、見れそうにはないですね、ドコウさん。
名前の付いた、たった一つの技。おばあちゃんから教わった技。絶対に使うなと、何度も何度も、キツく言われた技。あの時の、おばあちゃんの顔、とても辛そうだった。……でも、ごめんね、おばあちゃん。
「……エルフ族に伝わる、蘇生の禁術を使います」
*
……え……? ……ニナ様、今、なんて言ったの……?
叫びすぎて声が出ない。地面を掻きむしったボクの指は、血まみれだ。
「……ニナ……さ……」 声がかすれる。
訊きたいのに。詳しく教えて欲しいのに! ……蘇生……?
「ドコウさんは、『魔力を使うな、何もするな』と言いました」 ニナ様が、主の方を向いたまま言った。
ボク達から見えるのは、背中だけ。
「髪を見て言ったようでした。きっと私の身に、良くないことが起きるのでしょう」 金色の髪をした、ニナ様が振り返る。
その顔は……その桔梗色の美しい瞳は……大粒の涙を、流し続けていた。
「……でも、ドコウさんが居ない世界を、私は生きたくありません」
ニナ様はそう言ってボクの方に数歩近づき、また我が主の方を向いた。杖を構えてる。いつもと逆の持ち方。宝玉が付いた側を、大地に横たわる我が主に向けた。
『——魔岩の知識が役立つかもしれない。研究の経験が一番豊富なのはクレアだ。……頼んだよ』
……! マギアキジアを出る時に、我が主がボクにかけてくれた言葉。それがまた聞こえた気がした。
「ま……ッ! 待って……ッ!」
「……?」 ニナ様がちらっとボクの方を見た。
「手伝える!」 ボクは声を振り絞った。
我が主はニナ様に、魔力を使わないように言ったらしい。だったら、ボクが魔力を使えばいい! ボクは急いで立ち上がり、ニナ様の杖の近くでまたかがんだ。これに魔岩糸を括り付ければ、魔力を伝えられるはず!
でも、血だらけのボクの指は、言うことを聞いてくれない。
「すみません、蘇生できるのは死後まもなくだけですので」
ニナ様はボクを見るのをやめた。
「ま、待って!」
ニナ様は、自分の心配をしてないみたい。でも、それじゃダメ!
スゥの元に全力で走り、足がもつれて転がり込む。
「……そ……うそ……う……そ……」 スゥは膝をつき、夜空を仰ぐような姿勢で放心してる。その目の焦点は定まってない。意識がない。
……ごめん!
パンッと音を立てて、スゥの白い頬を、真っ赤な手で叩いた。
「……クレ……ア……?」
ボクはスゥの肩を掴もうとしてやめた。 「スゥ! しっかり聞いて! まだ間に合う!」 代わりに、できる限り大きい声で言った。
「……え……?」
ボクが大急ぎで説明すると、スゥの意識はすぐにハッキリしてきた。やっぱり凄い。魔岩糸を巻き付けるために、スゥがニナ様の方へ駆け出した。
それを見たボクは、反対向きに走る。レティとヴァルがいる方に。
「……クレアさん……」
「二人とも正気だね! 我が主を助けるのを手伝って!」 ボクは早口で言った。早口が役に立ったのは生まれて初めて。
レティはヴァルが一緒だったお陰で、なんとか堪えたみたい。説明して、一緒にニナ様とスゥのところに走った。
スゥは四本の魔岩糸を巻き付け終わってた。一本を受け取って、ボクの腕に巻き付ける。こうすれば血で滑り落とさない。
ニナ様はもう始めてた。小さな声で、何か喋ってる。……昔、研究で読んだ古い本を思い出した。ニナ様は、『呪文』、というのを唱えてるんだと思う。意味は全然分からない。何かに干渉する儀式みたい。きっとそれは、巨大な魔力。
「全力で魔力を糸に込めて!」 ボクは叫んだ。
ボクの合図を聞いて、スゥ・レティ・ヴァルがそれぞれに魔力を込め始めた。魔力は魔岩糸を介して、ニナ様の杖に伝わっていく。宝玉の輝きが増した。でも……。
「全然足りない! もっと込めて!」
ボクも必死にやってる。皆も必死なのは分かる。でも足りない。まだ、ニナ様の魔力の方がずっと多い。また一段と宝玉の輝きが強くなった。
ニナ様の髪が、先端から徐々に、色を変えてく。美しい白銀に。
「ダ、ダメ……! 皆もっと!」 ガラガラ声で叫んだ。
「クレアさん……! もうこの空間の魔力が!」 レティの叫び声。
レティの言う通り。もう、この辺りの魔力がなくなりかけてる。魔力採集が、できなくなる。息苦しい。
それでも、ニナ様はさらに魔力の放出量を増やしていく。いったいどうやって!?
宝玉は真っ黒。ピシッと音を立てて、ニナ様のイヤーカフが四つとも全部、砕け散った。宝玉にも小さなヒビが入ってる。
ニナ様はさらに魔力を増やした。風が吹き荒れ、立っていられない。ニナ様は強く輝き過ぎて、よく見えない。魔力を採集する感覚も痺れてきて、よく分からない。
その時——。
「——蘇生ッ!」 ニナ様が禁術の名前を叫んだ。
夜空から降りてきた光の柱が、ボク達を包んだ。
真っ白で、何も見えない——。




