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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
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第27話:襲来

 夜遅くにマギアキジアに帰った翌日のお昼前。部屋でくつろいでいたら、ニナさんから正門に行こうと誘われた。ちょうど完成した正門を見たいと思っていたので、二つ返事でここに来た。


「あら! ドコウとニナさん! 奇遇ね!」 と母が言った。


 昨晩は暗くてよく分からなかったが、立派な正門が確かに完成している。しかし、まだじっくり見れてはいない。遠目から母らしき人物を発見し、まさかまさかと目を凝らしながら歩いて来たからだ。


「いや、ニナさんに誘われて来たから、奇遇って訳じゃないかな?」 俺はまだ驚いているが、目の前にいるのは確かに母だ。

「じゃあ、ニナさんが迎えに来てくれたってことね! ありがと!」

「いえ」


 ニナさんは母が来ていることを分かっていた。これも魔力感知の応用なんだろう。俺のことも分かるって言ってたし。俺と母の共通点は、ドワーフとエルフの混血だということ。その辺りが関係しているのかもしれない。


 ま、今はそんなことより、母だ。


「えっと……急にどうしたの? 事前に連絡してくれれば迎えに行ったのに」

「そんなの悪いわよ。ドコウは今、とっても忙しいでしょ?」 そう言うと母は手提げから小包を取り出した。 「用事はね、これをニナさんに届けること」


 母が小包を開くと、中身はイヤーカフだった。小さいが凝ったデザインが施されている。俺が昔、誕生日プレゼントとしてもらったブレスレットに似た意匠だ。


「ありがとうございます」 受け取ったニナさんは、早速一つ足りなかった方に付けた。


 よく似合っている。が、このためだけにわざわざ? 送れば済む話だ。


「用事は……これだけ?」 と俺は母に訊いた。

「そうね。あとはこの都市を見ていきたいと思ってるわ。できれば、ドコウのお友達にも会ってみたいわね」 ぐるりと見回す母。 「と言っても、まだ工事中みたいね……」

「なるほどね。工事の方は……そうなんだよ。完成したらまた見てもらうとして、今あるとこだけなら案内できるけど。父さんも?」

「お父さんはお留守番。今頃は南の平原を一人、あっちこっちに走り回ってると思うわ」

「ん!? また何か来た?」


 母は手のひらをこちらに向けて軽く振った。 「あ、そうじゃないの。最近はおかしなモンスターがよく出るから、見回り。お父さんは感知ができない代わりに、とにかく走ったり岩を飛ばしたりして、あの広い平野を護るのよ。私と協力するまでは、そうやってお父さんだけで護ってたの。もう随分昔のことだけど」

「ああ、そうだったんだ……」


 あの広い平野を一人で。やはり父は凄い。感知もなしでよく護り切れるな。


 母は振っていた手を口元に当てた。 「ちょっとおかしいな? って思ったら、とりあえず大きな石柱を地面から出して、それを殴って飛ばすんですって!」

「え?」

「もしモンスターが居れば相手の方から向かってくるし、誰も来ないならまた気になった時に岩を飛ばせばいいんだ、って前に言ってたわ。……なんだか笑っちゃうでしょ?」

「無茶苦茶な……」 と俺は言った。

「ドコウさんは他人のことを言えないと思います」 間髪入れずにニナさんが言った。

「あら! ふふふっ」


 ニナさんの一言に、母は嬉しそうに笑った。どうもこの二人は波長が合うというか、やけに息ぴったりというか……。


 二人のペースになる前に、大事な話をしなければ。俺達はこれから昼ご飯なのだから。


「母さん。俺達はこれからお昼なんだけど、良かったら一緒にどうかな? 皆にも会ってみたかったんだよね?」

「まあ! いいのかしら?」

「もちろん。たぶん準備も大丈夫だと思う。その後は都市を案内するよ」

「もし良ければ私も」 とニナさん。

「嬉しいわあ! じゃあ、そうさせてもらおうかしら!」




 せっかくだからとオズさんも呼び、ちょっとしたパーティになった。いきなりにも関わらず、完璧に対応してくれたセバスさんには、また後日お礼をしたい。


 食事の間、特に話に花を咲かせていたのは女性陣。特に、レティとミミカのスイーツ話には母も興味津々の様子だった。レティとミミカ曰く、最近マギアキジアに新しいスイーツ店がオープンしたんだそうだ。まだ店数も多くないのに嗜好品のお店が出来るなんて、ちょっと不思議だな……と俺が考える間、ヴァルさんは一言も言葉を発さなかった。


 食事はあっという間に終わり、今は食後のお茶を楽しんでいる。母と話したいらしく、全員が部屋に残ったままだった。


「それにしてもドコウ様の知識、着想の鋭さには驚くばかりです!」 とオズさん。


 オズさんは別の家で暮らしている。一緒にご飯を食べるのは久々だったが、こんなに楽しそうならもっと頻繁に呼ぶことにしよう。


「魔法学だけでなく、機構や人体にもお詳しい。ドワーフ族ゆえにお若く見えますが、さぞ長い研究経験を積んでおられるんでしょうな。ご提案に何度衝撃を受けたことか」

「全くじゃ!」 とスゥが大きく賛同した。いつもよりテンションが高い。 「妾もボレアリスで会った時から、その思慮深さに感銘を受け続けておる」


 これにレティが続いた。 「そうですね! あ、そういえばドコウさんは、いつから魔法学などの勉強を始めたんですか? クレアさんの人形は、私達と旅をする前に作ったんですよね?」


 クレアも頷いている。


 レティが続ける。 「機構のこととか、ロボットのこととかも、きっとたくさん勉強したんだと思います!」


 皆も俺を見た。俺はどんな顔をしていただろうか?


「あら、ドコウが基盤学校を出たのはまだ数年前のことだし、そんなに長くはないんじゃないかしら?」 母はさらっと言った。 「土魔法は生まれてすぐから使ってるけど」


 少し静かになる。


 明るかったレティの表情が曇った。 「……え? 基盤学校って……確か卒業するのは十二歳くらいでしたよね……」

「普通はレティちゃんの言う通りだけど、ドコウは早く入って、九歳で卒業したのよ!」


 母がどこか誇らしげに言い放ったと同時に、さらに数段、静かになった。


「えっと……あれ……もしかしてドコウさんの年齢って……」

「レティちゃんは見たところもうすぐ成人よね? ならドコウの方が歳下ね!」


 母のトドメの一言により、食堂の空気は、完全に息をしなくなった。


 ……いや、ニナさんは普通にお茶を飲んでいるし、ミミカも普段通りだ。ヴァルさん・セバスさん・クレアもすぐに再起動を終えた。少しぎこちないが、元の動作を再開している。クレアに至っては、むしろ納得したように『やはり我が主……』などと信仰を深めている。オズさんは苦笑いしたまま、お茶を飲めない程度には動揺しているようだ。


 深刻なのは、レティとスゥだった。


「ドコウさんが私より……歳下……? あれ? 歳下ってどういう意味でしたっけ? あれ?」 レティはずっと繰り返し、『歳下』という言葉の意味を思い出そうとしている。

「は、ははは。え……? ははっ……。夢かの……?」 スゥはブツブツ言っている。


 かと思うと、ゆっくり立ち上がった。


「すまぬ。リリーナ殿。妾はそろそろ研究を再開せねばならぬので、失礼する。話せてとても楽しかった。……あ、レティ、クレア。すまぬが、今日の研究は休ませてもらうぞ。予定してた作業はまた後日頼みたい」


 支離滅裂なことを言い、ゆらりゆらりと食堂の出口に向かう。


「待ってほしい」 と俺は言った。


 皆の視線が俺に集まる。そう。これは今まで黙っていた俺の責任だ。急だが、ずっと探っていた機会。

 スゥはゆらりと振り返った。感情が定まらない顔。見るのが辛い。スゥは俺を尊敬してくれていた。


「俺から説明させてほしい」


 スゥは力なく頷いて席に戻った。


 俺はヴァルさんたちを見る。「それにしても、皆はあまり驚かないんだね」

「私は少なくとも、ドコウ殿より歳上だと自認していたからな。驚いてはいるが」 応えたヴァルさんは、セバスさんを見た。頷く。

「そっか」 短い言葉しか出てこなかった。これから驚かせることになる。


 母は予想外の事態に少々驚いているようだが、静かにしている。そうだ。母がいる。父やジーナスさん夫妻がいないのは残念だが、今さら延期はなしだ。


 俺はゆっくり息を吸い、長く吐いた。


 ……さて、話を始めよう。


「俺は前世の記憶を持つ、転生者なんだ」


 少しの間、食堂が沈黙に包まれた。


 言葉の意味は伝わっただろうか? 俺は食卓をじっと見つめている。視線を上げることができない。皆の表情を確認することができない。


 俺はこんなにも臆病だっただろうか? 前世では早くに家族を亡くした。研究者というやや不安定な職業に就いていても、人生を左右する研究発表に臨む時も、こんなに怯えなかった。成るように成る。そう思って腹をくくっていた。


 しかし今は違う。失いたくない。この世界で築いてきた皆との絆。皆には一切の非がない。俺だ。俺が別人になろうとしている。


「転生という言葉は私にも分かる」 ヴァルさんが口を開いた。 「別の生を受けていた者が生まれ変わること。……しかし神話や御伽噺の話だ。ドコウ殿がいま言ったのは、そういう意味……なのか?」


 話し始めたは良いものの、重圧に負けて言葉を探していた俺にとって、救いの問いだ。


「そういう意味で間違いないよ」 言葉を形にすることができた。

「……信じられん……」


 ヴァルさんの反応で、一つ分かったことがある。俺が転生してきたこの世界は、転生者がたくさん居る世界ではなさそうだ。となれば、もっと丁寧な説明が必要だろう。


 俺はそれから、俺についての全てを話した。こことは違う世界で、研究者をやっていたこと。ロボットの知識は、その頃に得たものであること。ドワーフ村に生まれ、拳術や鍛冶、土魔法を習得したこと。その後、ドルフィーネの基盤学校で魔法学を学んだこと。皆にも話したロボット実現を再び夢見て、世界を巡り始めたこと。


 そして……皆に出会ったこと。


 ここまで一気に話し、俺は立ち上がった。皆に深く、頭を下げる。


「今まで黙っていたことを詫びたい。皆が尊敬してくれた俺の知識は、多くが前世で得たものだ。フェアじゃない。……特にレティ・スゥ・クレアは失望しただろう。皆もう立派な研究者だ。これからは——」

「待ってください!」 「違うのじゃ!」 「我が主!」


 複数の椅子が動く音と、三人の……研究者の声が同時に聞こえた。俺が顔を上げると、必死な三人の顔があった。


 クレアが食卓に両手を付いて身を乗り出した。 「我が主は、一つ間違えてる。ボク達は、我が主の表面的な知識に惹かれたんじゃない。考えに惹かれた。だから転生なんて関係ない。ボクは我が主に付いていく」


 普段とは違う強い語気に、驚いた。


 圧倒されていると、続けてスゥが口を開いた。 「一つ、訊きたいのじゃが。前の世界とやらでは、どのくらい研究しておったのじゃ?」

「三十六歳までだから……十五年くらいかな」

「……それに加えて、こちらで産まれてから十数年、続けているのじゃな」 スゥは席に座り直した。 「妾が言いたいこともクレアと変わらぬ。妾は、炎魔法の一件で垣間見たそなたの洞察力、思考の深さに惹かれたのじゃ。それが数年で成されたと聞いたときは驚いてしまったが、三十年ほどの経験に基づいておるのなら納得じゃ」

「……かなりショックを与えちゃったようだけど……」

「も、もう気にするでない!」


 表情もいつも通りだ。


「えと……もう二人に言われちゃいましたけど」 レティが両手を胸の前で握る。 「私、ドコウさんの弟子をやめるつもり、ないです!」

「レティ……。分かった。三人とも、ありがとう」 俺は全員の顔を一人ひとり見ながら、 「……えっと……、皆も気にせず言ってほしい。……不信感とか」 と言った。


 また静かな時間が流れた。長く感じているのは俺だけかもしれない。


 ミミカが、 「元々規格外の旦那が、ちょっと世界を飛び出しただけニャ」 と当たり前のように言った。


 身も蓋もない一言。一拍の間が空き……しかしその後、皆は笑い出した。


 ヴァルさんが話す。 「ミミカ殿の言う通りだな! しかしスゥ殿との話では、実際の最年長はドコウ殿だったということか。……いや、ニナ殿か?」

「ヴァル兄様!」 「ニャーッ!」


 レティとミミカが同時に立ち上がった。ヴァルさんに勝ち目はない。


「女性に対してなんてことを! レグナムグラディの王子が聞いて呆れます!」 レティはこれまでで一番怒っている。

「その通りニャ!」

「そ! そうだな! 私としたことが……。ニナ殿! 本当に申し訳ない!」 ヴァルさんはサッと立ち上がり、深く頭を下げた。


 ……こんな失言、ヴァルさんらしくない。やはり相当に動揺させたようだ。


 皆の視線が、これまで一言も喋っていなかったニナさんに集まっている。エルフはドワーフと同じ長命種。外見から年齢を推し量ることはほぼ不可能だ。特に、ニナさんは無口なので予想がつかない。当のニナさんはいつも通りの無表情。


 落ち着いた声で、 「いえ。ドコウさんの方が長い経験があるようです」 と応えた。


 そうなのか! 今の答えだと差の程度は分からないが、なんとなく近そうだと思っている。いつかもう少し教えてもらえるだろうか。


 ……ただ、今はそれより。


「母さん。そういう訳なんだ」 俺の声は少し震えていたと思う。

 母は目を閉じている。口元には僅かな微笑み。 「そう」 と母は言った。

「驚かないの?」

「私はドコウのお母さんなのよ? ドコウが何かを隠してることはずっと分かってたわ。今の私の気持ちは……そうね。ニナさんと同じだと思うわ」 と言った母は目を開け、ニナさんを見てにっこり笑った。

「皆、驚いただけです。ドコウさん」 ニナさんの声は柔らかかった。


 スゥが頷く。 「うむ。ミミカの言うように、そなたが普通でないのは最初からじゃ」

「……そうか……ありがとう」 俺はもう一度、頭を下げた。


 胸のつかえが取れ、ホッとする。本当に、ホッとする。ドサッと椅子に座った。


 オズさんが口を開く。 「ドコウ様が元いた世界では、様々な学問が発達していたんですね……。人体についても深く理解されているお話を聞いた時は、本当に驚きました」

「はは……ごめんね。オズさん」

「その知識も我が主が身に付けたことに変わりない。オズ、後で我が主の偉大さについて話す必要がありそう」 とクレアが言った。

「えっ! あ、しまった……」


 今日のクレアはいつもより一言一言が強い。もしかすると、俺の信用が失われないように気を張っているのかもしれない。


「今のお話は……」 ニナさんの言葉。いつもより少し、語気が強い。 「師匠に渡した『カタナ』と、その使い手の『サイトウ』という人物に関係してますか?」


 気を抜いていた俺は、答えられない。核心を突いたその問いに。あの時、ジンロウさんの質問に言い淀んだ俺を、ニナさんがフォローしてくれた。ずっと気にしていたのかもしれない。深呼吸。


「……うん。そうなんだ」 心の準備ができた俺は話し出した。 「実はあれから調べてみてね。サイトウについて書かれた御伽噺を見つけて読んだ」


 ニナさんを見る。 「ニナさん。関係あるよ。……俺は、サイトウも、転生者じゃないかと思ってる」

「そうですか」 とニナさんは言った。


 話に流れが出来ている。好機だ。もう一度、覚悟を決める。


「……それで……実はサイトウのことをもっと調べてみようかと思ってる。転生者のこと、やっぱり気になるんだ。もし何か知ってたら、教えて欲しい」


 この話は誰にもしていない。マギアキジアのこと、ニナさんのこと。他にも考えたいことがたくさんある。増やすべきではないかもしれない。しかし、どうしても気になる。


「……知ってるニャ」 小さく、しかしハッキリした声。


 ある程度の予想はしていた。……期待、というべきかもしれない。


 ミミカは続ける。 「サイトウの墓の場所を知ってるニャ。本当は秘密だけどニャ」


「墓を!?」


 予想を遥かに超えた有力情報に、つい声が大きくなった。


「そうだニャ。……ウチの実家は代々、墓守りをしてきたのニャ」

「それは……驚くほどの有力情報だな……」

「……でも、ミミカちゃんは、話したくないんじゃない?」 とレティ。


 その言葉に、ハッとした。確かに、ミミカの様子はいつもと違う。話しづらそうだ。


「……ウチは昔、そんな家が退屈で、嫌で、飛び出して来たんだニャ。それ以来帰ってニャイけど……。でも、きっと手がかりになるニャ。墓を調べてみるニャ」

「……ミミカ。無理はしなくていい。ちゃんと探し始めれば、他にも手がかりは見つかると思うし」 と俺は言った。

「でも墓は一つしかないニャ」


 ……確かに。墓から得られる情報は多いだろうし、匹敵する他の手がかりは、多くないだろう。

「旦那には世話になってるニャ。ウチに任せて欲しいニャ」

「……何かしたっけ?」

「ニナ様や皆との共同生活ニャ! 幸せな毎日のお返しがしたいと思ってたんだニャ!」


 それは俺だけで実現したんじゃないけどな……。と思ったが、これ以上はクドい。


「ありがとう。……じゃあ、いずれサイトウの墓に行くってことになるかな?」

「そうだニャ! グリムホルドの近くニャから、長旅になるニャ」

「なるほど。マギアキジアが落ち着いてからが良さそうだ。……だよね? ヴァルさん」

「うむ。式典も近づいているしな」


 新しい都市の建設。他国からも支援を受けた以上、何もしない訳にはいかない。マギアキジア初の式典の準備は、正門完成に伴って急ピッチで進められている。


「なによこれ!?」 その時、母が大声を上げた。両手で頭を押さえ、笑顔はない。


 ドンドンドンッと玄関を乱暴に叩く音が聞こえた。


 母は目を見開いて何かに集中している。玄関にはヴァルさんが向かった。


「母さん、何があったの?」 躊躇したが、結局俺は尋ねた。


 明らかに何かが起きている。


 母はそのままの姿勢を変えず、 「分からないわ……」 と言った。 「分からないの。南の平原に凄く大きな魔力の塊が……これはなんなの?」


 食堂の扉が開き、ヴァルさんが飛び込んできた。 「大型のモンスターがトニトルモンテの南方に現れたそうだ!」


 母は顔を上げてヴァルさんを見た。ひどく驚いている。


 俺は母からヴァルさんに視線を移した。 「大型のモンスター……もう少し分かる? 外見的な特徴とか」

「届いた情報によると、亀のような見た目で、ヒルタートルを思わせるが……全身が白っぽく、キラキラと輝いているそうだ」


 ……白っぽくキラキラ……それはまるで……。


「魔岩、みたいですね……」 とレティが言った。

「ああ、そうだね。レティ」


 母がバンッと机を叩いた。 「それよ! 魔岩だわ! 魔力の塊!」 立ち上がって身を乗り出す。 「ここから南西の平原にもいるんだわ!」


 強力なモンスターが別々の場所で同時に出現……。別に起きてもおかしな話じゃない。むしろ今までが幸運だった。


「二匹か……」 俺は母の目を見る。見たことないほど真剣な表情だ。 「父さんは大丈夫かな? 確かその平原を巡回してるんだよね」

「それが、しばらく前から動きがないの」

「え!?」 身体が勝手に立ち上がった。椅子が後ろに倒れる。 「父さんが!?」

「ち、違うのドコウ。お父さんは今、そのモンスターから離れた位置にいるわ。大丈夫。だけど、動いてないのよ。ちょっと前に大きな岩を出したようだけど……もしかして……無理がたたったのかしら……」


 ……ああ。前世には魔女がいた。若い頃と同じだと思い込み、張り切った時にやってくる魔女。腰に雷を落として去っていく、憎き存在。


「……分かった気がする。たぶん父さんは大丈夫だ。でも、モンスターは俺達で何とかしないと」 俺はあの恐怖を思い出しながら言った。腰は身体の(かなめ)なのだ。


 頷いた母からモンスターの予想位置を聞いた。一番近いのはここマギアキジアだが、少し距離がある。岩の車で二日弱といったところか。


 次にヴァルさんを見る。 「ヴァルさん。トニトルモンテの方は、モンスターが到達するまでどのくらいかかる?」


 ヴァルさんは俺から視線を逸らした。 「……亀のような見た目通り、速度は遅いらしい。だが……」 拳を握り締め、苦々しい顔で言う。 「あと二日以内には到達するだろう。連絡が届いた時点でかなりの日数が経っている。とても間に合わない!」


 ここからトニトルモンテまで、急いでも二週間はかかる。むしろモンスターが到達する前によく(しら)せてくれた。ギリギリだが、何とかできる。


「ドコウさん」 ニナさんが俺に言った。

「うん。どうかな?」

「大丈夫です。皆もいます」

「よし、分かった。なるべくすぐに戻るよ」


 ニナさんは立ち上がり、食堂の出口に歩いていく。自室に戻って支度をするのだろう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 ヴァルさんが声を上げた。 「どういうことだ?」

「ちゃんと説明するよ。と言ってもシンプルだけど。トニトルモンテの方は俺が倒す。南西に現れたやつを皆に頼みたい」

「一人で行くというのか!?」


 皆もざわついている。


「トニトルモンテに間に合うのは俺だけだ」

「そ、それはそうかもしれんが……」

「それよりも俺は皆が心配だよ。今回のモンスターはヒルタートルに似てるんだよね。きっとニナさんと相性が悪い。皆のサポートが必要なはずなんだ」


 奥の手を使えばニナさんだけでも倒せるかもしれない。しかしそれは論外だ。


 全員の顔を見る。俺の提案には驚いているが、モンスターとの戦闘を恐れている様子ではない。三人の弟子は早速対策を話し合っている。頼もしい限りだ。


「皆も準備して、正門に集まってほしい」




 マギアキジアの正門を出て少し歩いたところに集まった。俺・ニナさん・ヴァルさん・レティ・スゥ・クレアの六人。セバスさんなども多少は戦えるが、留守を任せることにした。もしも、ということもある。指揮官は必要だ。


 ドルフィーネからの援軍は待たないことにした。相手は山のような大きさの巨大モンスター。大勢であるほど身動きが取りにくくなり、被害が出ると考えた。


 弟子三人組には予め説明し、各自の研究成果をなるべく持参してもらった。車に乗せれば大した荷物にはならない。相手の体表を覆うのが本当に魔岩だった場合、何かの役に立つかもしれない。……正直言って、根拠はない。しかしできる限り備えるべきだろう。


 俺は早速、少し大きめの岩車を生成した。


「レティ」

「はい!」 レティが駆け寄ってくる。

「この乗り物は、レティが動かすんだ」

「はい!」


 よし。俺は岩車の中央に作っておいた凹みに合わせて、大きな魔岩を生成した。それを見たスゥが、すぐに加工を始める。


「厚めが良いと思う。かなり込める必要がある」

「うむ。任せよ!」


 次に俺は、岩車の前側に機人の頭を作った。早速レティが岩車に乗り込み、一番近い椅子に腰掛ける。魔力プログラミングを開始した。


「クレア」

「はい。我が主」

「行きの分は俺が込めるけど、帰りは皆で頼む。魔岩糸を使えば同時にできるはずだ」

「うん。分かった」

「あと、さっきも言ったように魔岩の知識が役立つかもしれない。研究の経験が一番豊富なのはクレアだ。……頼んだよ」

「は、はい! 我が主!」


 早くもスゥの加工が終わったようだ。


 俺が大きな魔岩にそっと手を乗せ、魔力を込め始めると、みるみるうちに魔岩の色が変化し始めた。白っぽい輝きから、黄色く曇った色に。まだ足りない。さらに込め続けると、色は濃くなっていく。濁った濃い黄色になったところで、魔力の放出を止めた。


「ニナさん。皆をよろしく。……でも無理はしないで」

「ええ」


 レティを見ると、ちょうど書き込みが終わったところだった。やっぱり少し時間かかったな。とはいえ……。


「ドコウさん、出来ました! 何度も乗せてもらったお陰です!」

「それだけで出来るなんてね」 俺はレティの顔を見て笑顔を作った。 「褒めまくるのは終わってからで良いかな?」

「そうですね!」 レティはいつも通りの明るさで返事をする。


 さて、次は自分の分だ。俺は岩バイクの生成を始めた。空気抵抗を意識した流線型のボディが形成される。


 俺が岩バイクに跨ると、クレアが寄ってきた。


「我が主。その乗り物は寒いとニナ様に聞いたことがある……。だからこれ……」

「おお! 温まる布で作ったローブか! 凄く助かる!」

「へへ……」


 岩車に向かうクレアに並走するようにして、ゆっくりと岩バイクを動かした。


 既に乗り込んでいたヴァルさんの近くで止める。


「戦闘はどうしてもニナさん中心になると思う。他の皆の指揮は、ヴァルさん、スゥの二人で互いに補いながら取って欲しい」

「承知した。攻撃はニナ殿に頼ることになるだろう。私は、この盾で皆を守ってみせる」 と言ってヴァルさんは盾をさすった。出会った時から愛用している重厚な盾だ。

「頼んだよ」

「……そなたも……気をつけての」 スゥが少しだけ不安気な顔を見せる。

「ああ、大丈夫だ。スゥ」


 俺は岩バイクを少し動かし、皆から距離を取った。レティに目で合図を送る。


 それを受けたレティは頷き、 「では、行きます! 機人さん、進んで!」 と命じた。


 岩車……もとい車型機人は、徐々にスピードを上げ、南西へと消えていった。本当にぶっつけ本番でちゃんと動かしている。


 俺も急ごう。ここからは岩バイクで空を飛んでも、一日は確実にかかる。できれば二日は欲しい距離だが、今回は我慢だ。


 俺は岩バイクと魔岩糸製のローブに魔力を込め、全速力で北西に向かった。

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