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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
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第26話:子どものころのお気に入り

 大きな道にびっしりと並ぶ店。多くの人で賑わっている。ここを歩くのは久々だ。懐かしみながらドルフィーネの道を進むと、前方にジーナス邸の門が見えてきた。岩バイクを飛ばしたお陰で午前中に着けたのは嬉しい。これなら日帰りでも余裕はありそうだ。


 マギアキジアでは昨日に引き続き、今日も正門建設が行われている。昨日のレティの活躍を受けて工事スケジュールが変更され、他の現場からも作業員を集めて一気に完成させることになった。作業内容は昨日の繰り返しだ。


 任せて欲しいと言うレティの言葉に甘え、俺は自分の用事を済ませるために朝早く出発してここに来た。


 ジーナス邸の門は閉まっていた。今回は事前に連絡していない。外に護衛が二人立っている。どちらも初対面だったが、名前を出したら一気に表情が柔らかくなった。ジーナスさんから俺の話を聞いていたらしい。事情を説明し、通してもらう。


 護衛の一人は先に走って、ジーナスさんに知らせてくれるそうだ。そこまでしなくても良い気がするが……。ま、驚かせたい訳じゃないし、任せるとしよう。


「おお! ドコウくん! どうしました?」 玄関のドアが開き、ジーナスさんが出てきてくれた。

「あれ、ジーナスさん。わざわざ……」 少し距離のあった俺は小走りで階段を数段昇り、ジーナスさんが開けた扉を支えた。


 扉の奥にアリアナさんが見える。 「アリアナさんも、こんにちは」

「こんにちはドコウくん。随分と急じゃない」

「そうですね。すみません、事前に何も連絡せずお邪魔しちゃって……」 俺はすぐ近くのジーナスさんに視線を移した。 「ジーナスさん、ちょっと調べたいことがあるんですけど、書斎の本を見てもいいですか?」

「書斎の……? もちろん、構いませんよ」

「助かります」


 ジーナスさんに導かれて中に入った。書斎に行くのは久々だ。目当てのものがすぐに見つかればいいが……。


「飲み物はどうかしら?」

「ありがとうございます。……うーん、でも、とりあえず遠慮しようかな」

「欲しくなったらいつでも言ってね」


 本当に自分の家のような温かさだ。ジーナスさんとアリアナさんは、並んで奥の部屋に入っていった。ティータイムだったのかもしれない。お茶が冷めてないといいけど……。


 俺は書斎がある二階に向かうため、階段を昇り始める。心臓の音がいつもよりちょっと大きい。今日ここに来たのは、ある物について書かれた本を探すため。日本刀だ。


 ジンロウさんは日本刀を渡した際に言っていた。この世界にかつて、日本刀を操る初代剣聖、サイトウがいた。どうしても、前世と関係があるとしか思えない。


 あの時はデマカセで、ジーナスさんの家で情報を仕入れたと言ったが、ここなら本当に何かが見つかるかもしれない。ここに住んでいた時に一通りは目を通したつもりだが……もう一度探してみる価値はあるだろう。


 書斎に着いた俺は、膨大な書物を一冊一冊、確認し始めた。




「……ドコウくん、入りますよ」 書斎に、灯りを手にしたジーナスさんが入ってきた。

「あ、ジーナスさん」


 ……あれ? 気がつけばだいぶ暗くなっている。


「探し物は見つかりましたか?」

「うーん……ダメそうですね……」


 ちょっとした記述でも、と思って中身にも目を通しているが、未だにこれというものは見つからない。ジンロウさんの口振りからすると、知っているだけで相当に珍しいようだったし……やはり簡単には見つからないか……。


「武具に関する本を調べているようですね……。もし良ければ、どんなものを探しているか教えてもらえませんか? これでも専門ですので」

「……」 俺は答えに詰まった。


 さて、どうする。この質問はもちろん、想定していた。しかし、回答を用意できないままでいた。できれば、訊かれる前に見つけたかった。


 日本刀に関する話題は前世と繋がりが深い。もしかするとそのまま、俺が転生者だと伝えざるを得ない流れに……なるかもしれない。


 もしそうなった時、俺はどうするべきだろうか。いつかは、伝えたいと思っている。しかしそれは、今なのか? この世界における転生がどういうものなのか、まだ全く分かっていない。皆がどう受け止めるかが、想像できない。正直、怖い。


 特に、この世界での父と母は、どう思うのだろうか。第二の親とも言えるジーナスさんとアリアナさんは、どう感じるのだろうか。


 ……しかし俺は結局、ここに来た。訊かれることが分かっていても、調べずにはいられなかった。だったら、今更悩んだところで遅い。半端に避けて、何になるというのか。


「……うん。じゃあ、お言葉に甘えて……」

「ええ」 ジーナスさんは持っていたランプを床に置いた。

「ジーナスさんは……。刀、という武器を知ってますか?」

「カタナ……ですか……」


 ジーナスさんは(あご)を手で擦り始めた。考え事をしているようだ。


 ……長い。


 いや、実際にはほとんど一瞬だ。しかし、とてつもなく長い時間を待っているように感じる。ジーナスさんが、次にどんな言葉を発するのか……それが気になって仕方ない。


「……思い出しました。少し待ってください」

「……はい」


 ジーナスさんは床に置いたランプを再び手に持ち、書斎の隅に歩いていった。古い棚の扉を開け、中を探し始める。何かが見つかることに期待すれば良いのか、この後のジーナスさんとの会話に緊張すれば良いのか、分からなくなってきた。


「……お、ありましたありました」 ランプを持たない方の手に何かを持ったジーナスさんが戻ってきた。 「ドコウくん、これを読んでみてください」


 ジーナスさんが差し出したものを丁寧に受け取る。 「……かなり薄い本ですね……」

「はい。それは古い御伽噺(おとぎばなし)が何話か記された本です。私が子供の頃の本でしてね……。内容が少なく、あまり人気ではなかったのですが、不思議と私のお気に入りでした」

「……御伽噺……」


 慎重にページをめくる。古い本で、作りもあまりしっかりしていない。しかし、字はちゃんと読めそうだ。挿絵は……少しある。俺は挿絵を頼りにしながら、斜め読みで目当ての話を探す。……カタナ……サイトウ……剣聖……。……あった。


 そこに書かれていた話は、実にさっぱりした内容だった。部族間の縄張り争い。巻き込まれる姫。窮地に突如現れた、見知らぬ剣士……。とてもありきたりな、昔話だ。


 しかしその剣士の剣さばきの描写に引っかかった。他の文章に比べてやけにリアル。


 曰く、その剣士が持つ剣は、誰も見たことがないほど細く、薄く、美しかった。


 曰く、その剣士が振るう剣は、誰も見切れぬほどに速く、鋭かった。


 曰く、その剣士は自らの剣をカタナと呼び、片時も肌身から離さず、何人(なんぴと)にも触れさせなかった。


 ……おおよそ、知っていることばかりだ。しかしそれは、俺が知る『刀』とこの本に書かれた『カタナ』が、同一のものであることを示唆する。そして、刀に対する思い入れ。この剣士は、刀をたまたま手に入れたのではない。その様子から連想されるのは、侍。


「……目当ての情報は、見つかりましたか?」 とジーナスさんが訊いた。

「……ええ……」

「……その話には、確か挿絵があったはずです。めくってみてください」


 ジーナスさんに促されてページをめくると、確かに挿絵があった。鮮明な絵ではない。しかし、鞘に収めた刀を左腰に差した男が描かれていることは、十分に分かった。その横には、助けられた姫だろう……髪の長い女性も描かれている。……ん?


「……あれ、これは……耳?」

「そうですね。どうやら、この話のお姫様とは、獣人族の姫のようです」


 ジンロウさんも獣人族……。薄っすらとした線だが、何か繋がったような気がした。


「目的は達成できたようですね」

「はい。ありがとうございます」 ランプに照らされるジーナスさんの顔を見た。

「その本は差し上げます。他のお話も面白いですよ」

「え? 貴重なものなんじゃ?」

「そうですね……。ですが、気に入ったようですので。……では、調べ物も落ち着いたようですし、晩ご飯はどうですか?」

「……ありがとうございます」 深くお辞儀をする。 「あ、今って何時ですか?」


 ジーナスさんと少し話し合った結果、夕飯は諦めることにした。あまり遅くなると皆に余計な心配をかけてしまう。アリアナさんは昼ご飯も食べていない俺にクッキーを渡してくれた。知る者は少ないが、俺はクッキーが大好きである。


 結局、ジーナスさんからは何も訊かれなかった。たぶん、色々と勘付かれたと思うし、疑問に思われたはずだ。しかしそれでも何も訊かず、助け舟を出し、送り出してくれた。改めて、器の大きさを感じる。


 俺は懐にしまった本を確かめ、岩バイクを走らせた。

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