第23話:継承
何とも複雑な気持ちでコンコンコンッと三回ノックした。
「……はーい!」
「レティ? 俺だけど……」
「あ!」
元気な声が聞こえて来たのは、マギアキジアにある大きな家の一室。レティの部屋だ。女性の部屋の扉を叩くのは緊張するが、今は他の理由でも居心地が悪い。
「ドコウさん、おはようございます!」 レティが扉を開けて明るい笑顔を見せる。 「と言っても、今日はお寝坊さんでしたね!」
「おはよう。そうなんだよね……。お風呂とベッドが気持ち良すぎて、つい……」
もう昼前と言ってもいい時刻だ。本来であれば、皆と一緒に朝食を食べるつもりだった。しかし、それは叶わなかった。
「どうぞ入ってください!」
「いやー……そういう訳には……」
扉を開けたレティの後ろに見える部屋は、いかにもレティらしく、可愛らしい部屋だった。気安く入ってはいけない……。俺の直感がそう告げていた。
「あんまり男を気軽に入れない方がいいよ」
「あ。す、すみません!」 気付いて慌てるレティ。 「それじゃ、一階の食堂に行きましょうか! ドコウさんはまだ行ったことないですよね」
「お、いいね!」
レティに案内された食堂は、これまた立派だった。大きな木のダイニングテーブルが部屋の中央にあり、控えめなデザインの施された椅子が並んでいる。
外が見える大きな窓を、セバスさんが拭いていた。
「これはドコウ様。おはようございます」
「セバスさん。おはよう。ごめん、朝寝坊しちゃって……」
「いえ。ゆっくりお休みになられたようで何よりです。お部屋の方はいかがでしたか?」
「そりゃもう最高だよ」
ここでレティと少し話すことを伝えると、セバスさんは軽食を作ると申し出てくれた。とてもありがたい。昼食まではまだ少し時間がある。
「……さて、それで話ってのは? また何か出来たとか?」 と俺は尋ねた。
「あ、研究成果も話したいんですけど、それは後にしようかと……。スゥさんたちにも声をかけてるので、皆で魔機研に行きましょう!」
「おお! 俺初めて入るよ!」
「まだ全部は見れないんですけど、楽しみにしててください!」 レティは両手をいっぱいに広げる。 「凄いんですよ!」
「それは期待しちゃうな……。んじゃ、ここで話したいことって?」
セバスさんが軽食と紅茶を持ってきてくれた。パンにチーズとハムをはさんだ、クロックムッシュのようなものだった。最高に美味そう。
レティは、俺がセバスさんに礼を言うのを待ってから、話し始めた。ちょっと緊張しているように見える。 「えっと……。……その……。……あれ、話す順番、ちゃんと考えてたんですけど……」
「リラックスして、思い浮かんだままに話してくれればいいよ」
「はい! あ、ドコウさんもぜひ食べながらリラックスして聞いてください!」
そうさせてもらおう。俺はセバスさん特製クロックムッシュをかじる。……期待を超える美味しさだ。レティの話を聞き漏らすことのないよう、注意しないと。
「それじゃ、その……。実は、ドコウさんにお願いがあるんです」
「……お願い?」 予想していたよりもかしこまった物言いは気になったが、食べる手を止められない。次の一口をかじる。
「はい」 レティは改めて俺の目を見た。 「私に、ゴーレムさんの動かし方を教えてもらえませんか!?」
……ちょっと待ってね。ちょうど一口かじってしまったので、すぐに返事できない。片手を挙げてちょっと待って欲しいジェスチャーをすると、レティは頷いた。申し訳ない。
ゴーレムの動かし方……なるほど……。教えられるもんなのかな? ゴーレムの作製は純粋に土魔法。ドワーフにしか使えないと言われている魔法だ。
しかしよく考えると、土魔法っぽいのは作る時だけ。操作する時……つまり、魔力でプログラミングする時は全然違うような気がする。自分の中で構築した制御則のイメージを魔力で表現して、ゴーレムの頭部に込める。……あれ……ひょっとしてレティが研究してきた、魔力を溜める工程と似てるんじゃ?
……と、具体的な話に入る前に……。
俺は口の中のものを飲み込んだ。 「……うん、まずは理由を聞いてもいいかな?」
「はい! あの……私はずっと、魔力を溜める方法を研究してました……あ、ドコウさんはもちろん知ってますね、えと……」
「大丈夫大丈夫。続けて?」
「は、はい! それで……この溜める技術を使えば、魔法を上手く使えない人でも、魔法みたいなことができる……そんな未来にならないかな……って考えて……」
「うんうん」 俺は頷いた。もっと大きな声で賛同したい気持ちを一旦押さえて。
「そう思ったら、今のままじゃダメだなって!」 レティは腕に付けた魔蔵ブレスレットに触れた。 「今の魔蔵ブレスレットは、私が魔法を使った時に補助してくれるだけです。魔法は使えないといけないままなんです。……それで、魔法を使わなくても、言葉で伝えれば魔力を使ってくれるゴーレムさんなら……って」
「なるほど……それで使い方を……」
「はい! でも、それだけじゃなくて! ……その、色々考えてたら、私が考えてたことを、もっと色々できるようにしたのが、ドコウさんの言ってた『ロボット』なんだ! って思ったんです」
元々、俺はレティの魔力を溜める技術を、ロボットに使おうと考えていた。ゴーレムに魔力採集の機能を持たせる目処が立たないので、その代わりだ。レティだけじゃなく、まだ誰にもハッキリとは話してなかったと思うけど……。
「間違ってますか……?」 レティが不安気に俺の顔色を窺っている。
こんなに大事な話を、食べながら聞いてしまって申し訳ない。しかし熱々を食べなかったら、今度はセバスさんに申し訳ない。俺は最後の一口を食べ終えた。
「いや、驚くほど俺の考えと近いよ」 手を拭いてレティの方に身体を向けた。 「それで結局、レティはゴーレム……いや、ロボットの動かし方に興味を持ってくれたんだね」
「は、はい! ……でも、やっぱり私には無理でしょうか? ドコウさんの魔法って、凄く特殊ですよね……」
「うーん、やってみないと分からないけど。ゴーレムを作るのは難しいかも」
「……そうですか……」 レティはがっくりと肩を落とした。
「でも、動かすことはできるかも」
「ほんとですか!?」 キラキラした顔が俺を見た。机に身を乗り出している。
「うん。一緒に挑戦してみようか!」
「はい!」
俺は冷静を装っているが、正直踊り出したい気分だ。これまでも、レティ・スゥ・クレアは弟子だった。しかしそれは、魔法学、もしくは魔工学の弟子だった。と俺は思っている。今、レティが申し出てくれたのは、ロボティクスの弟子宣言。俺にはそう聞こえた。
「確認だけど、レティは動かし方を学んで、ロボットだけじゃなく、魔法を使う装置を動かすのにも使いたい……ってことかな?」
「その通りです! ああ、良かった……伝えられた……」 レティは腰を降ろして椅子に座り直した。
「ははっ! そんなに気負わなくても……。上手に説明できてたよ」
ドルフィーネの近くに居ると忘れてしまいそうになるが、上手く魔力を使えるというのは、当たり前のことではない。
昨晩スゥと行った料理屋では、魔岩を使って調理された料理が出てきた。この調理が可能な従業員を簡単に集められるのは、ドルフィーネの基盤学校で、基本的な魔法を教わるからである。ドルフィーネには、魔法を教わった経験のある料理人という、ちょっと特殊な人がたくさん居るのだ。
「とても素晴らしい考えだと思うな……。俺も勉強になったよ」
レティの考えは、とても刺激的だった。そっか……人間の代わりに魔力を使う……。
「え! そんな……。でも、嬉しいです!」
笑うレティの頭には、髪飾り。心做しか、誇らしげに輝いているように見える。
「動かし方を教えるのは、明日からになるかな? 今日はこの後、皆の成果を見せてもらえるんだよね」
「そうですね! お願いします! ……ホッとしたら、なんだか喉が乾いちゃいました」 えへへとレティは笑った。
俺は近くにあるポットを持ち上げ、中身の量を確認する。 「セバスさんが用意してくれた紅茶、まだポットにあるけど……飲む? だいぶ冷めちゃってるけど」 ポットを持つ手に熱は感じられない。
「あ、いただきます!」 そう言ってレティは部屋に置かれた木製の棚に向かう。 「確かこの辺りにカップがあるって……。……あ! ありました!」 可愛らしいティーカップを取り出した。
ゴーレム……いや、ロボットの制御を教える、か……。母の協力で、状況に応じたルール……つまり制御則を組み込めるようになった。ジンロウさんのところで修行して、それなりに複雑な書き込みにも慣れてきた。しかしそれでも、現状はできることが少ない。より高度な制御則を実行するために必要な、大事な要素がまだ足りない。
俺が考えを巡らせていると、食堂の扉が開き、スゥとクレアが入ってきた。
「やはりここじゃったか。どうじゃレティ? まだ早かったかの?」
「いえ! ぴったりです!」 レティは残りの紅茶を飲んで立ち上がり、厨房の方へカップを持っていった。セバスさんとの短い会話が聞こえる。
「……じゃあ、行こう……我が主」
「そっか。いよいよってことだね」
セバスさんが厨房から現れ、 「食器類はそのままで」 と言った。お言葉に甘える。
そのまま弟子三人組に誘われ、俺はついに、魔機研に向かって歩き出した。




