第22話:俺達の街
マギアキジアに建つ、大きな家。仲間達と共に、俺はその玄関に立っていた。
「改めて、皆ただいま」 と俺が皆に言った。このセリフは二度目だが、ここでも言うべきだと感じた。
「ただいま」 とニナさんも言った。
「おかえりなさい! ドコウさん! ニナさん!」 とレティ。
「そしてようこそ、じゃな。妾達の新たな家に」 スゥが腕を開いて家を示す。
そう。ここはドルフィーネではないし、掘っ立て小屋でもない。
「驚いたよ、もう出来てるなんて」 と俺は言った。
「ちょうどつい先日、完成したばかりじゃがな」
ヴァルさんが一歩進んで玄関の扉を開けてくれた。 「皆、都市開発に張り切ってくれてな。計画は大幅に早まっている。あっという間に建った家に引越しを済ませたところで、蜥蜴人襲来の報が入ったのだ」
「なるほど……。ヴァルさん、色々ありがとう。緊急時の対応も」
「はっはっは!」 ヴァルさんは笑い、そして真顔になった。 「正直に言えば、焦った。しかし、天は我々に味方したようだ。ちょうどこの家で対策を話し合っていた時、窓からドコウ殿達が見えたのだ」 俺とニナさんに家に入るよう促す。 「二人とも、帰ってきてくれて本当に助かった」
セバスさんとその部下の女性が並んで頭を下げていたので、 「ただいま」 を言って頭を上げてもらった。
後ろから服を軽く引かれる。
「我が主……。次の予定は……?」 クレアだ。
「ん? ああ、多少やりたいことはあるけど、長期間出かける予定はもうないよ。マギアキジアで研究したいと思ってる」
するとレティが飛び込んできた。 「ほんとですね!? じゃあ、後で話したいです!」
普段より強引な気がする。
「む! 次は妾も頼む!」
「あ……レティ……スゥ……」
セバスさんがスッと一歩前に出た。
「まずは、お部屋とマギアキジアをご案内してはいかがでしょう? ドコウ様のお部屋とニナ様のお部屋は、勝手ながら我々が整えさせていただきました」
「ありがとう、セバスさん。じゃあお願いしようかな。都市の方も是非頼みたい」
「そちらは妾でも良いかの? 前に話した料理屋をついでに見てほしいのじゃ」
「おお! それもか! うん、じゃあそうしよ——」 言いかけたその時、俺の前をピンク色の何かが通り抜けた。
「ニャーッ! ニナ様ッ! おかえりなさいニャ! もう旅は終わりかニャ!? 街を案内するニャ! 行くニャレティ!」
「ええ。お願いします。ミミカ、レティ」
旋風の如き勢いで、ニナさんとレティが連れ去られてしまった。
「……えっと……じゃあ、ニナさんの方はミミカとレティに任せようか」
「それ以外にないの……。……妾も支度してくる。そなたはまず部屋を見てくるのじゃ」
「そうだね。セバスさん、お願い」
軽く会釈したセバスさんに続いて、二階に続く階段を上がった。
俺は巨大な建物の前に立ちすくんでいた。……やっぱり、でかい。
「来る時も見えたと思うが、これが研究所……魔機研じゃ」
「でかいッ!」
「そうじゃ。立派じゃ。中は改めて案内しよう。まだ内装が未完成のところもあるがの」
「でかい……」
大きくしようという話だったけど……。マギアキジアに着いてすぐに、視界に入れざるを得ないサイズだったけど……。こうして近くで見ると、本当に大きな研究所だ。
「さて、外観の感想はどうじゃ?」
「でか……え? いや、立派すぎて何と言えばいいか……」 俺はまだ圧倒されている。
「ふふっ。そうじゃろう? 妾達もな、初めて見た時は何も言えんかった」
「それで……? 皆は気に入ってたのかな?」
「うむ。驚いて、皆で笑った。楽しみで仕方ない、とな。家でも研究所の話ばかりしておるし、最近は早速使い始めた者もおる。……実は、妾もその一人じゃ」
「羨ましい!」
ヴァルさん達からは控えるように言われてたけど、まだ終わってないという内装工事を手伝えないだろうか……。ジーナスさん曰く、『都市は皆で作らなければならない』ということだった。その通りだと思う。他の住民にとっても『自分の都市』でなければ、今後の発展に支障が出る。やっぱり、手伝うのは止めておこう。
スゥの案内に従って街中にやって来た。あちこちで工事は続いているが、何もなかった平野が立派な街になろうとしている。
「ここが街の中心じゃ」
「広場になってるんだね!」
魔機研の正面の道を少し進んだ先は、複数の道が交わる広場だった。スゥの言う通り、位置的にはこの辺りがマギアキジアの中心だ。
「クレアの提案での、魔機研は中心にせんかった。騒がしすぎる、ということじゃ」
「おお……。全然考えてなかった……」
「流石は経験者、じゃの」
「ほんとにね」
スゥは、広場に繋がる道の中で、最も幅の広い道を指差した。
「この道が『大通り』じゃ。この先が都市の正面ということじゃな」
「あれ? さっきはもっと家の近くから都市に入ったよね?」
「うむ。今こちらは工事が激しくての。歩きにくいのじゃ」
「なるほど」
「じゃが、今回はこちらに行こう」
スゥに続いて大通りを歩く。左右には、いかにも店が入りそうな建物が並んでいる。結構な数の店ができるようだ。
「……ん? あれは……」 俺は通りの少し先に、どことなく見覚えのある店と、どことなく見覚えのある店主さんを見つけた。
「……おお! 旦那!」 ドルフィーネの雑貨屋の店主さんが手を振った。
俺は駆け寄った。スゥも後に続く。
「もう移転してくれたんだね!」
「そりゃそうだぜ! こんな時は、色々なものが必要になるだろう?」
「商売のチャンスってことか」
「そういうことだな!」
他の店の準備が始まる前に、営業を開始するつもりのようだ。確かに、雑貨屋が一つあるだけで各店のオープンは早まるだろう。
まだ散らかった店内を見る。 「奥さんはまだご実家に?」
「いや、引越してきてる。……実は、家を別に建てさせてもらったんだ。今は子供と一緒にそっちに居るよ」
「おお!」
「こないだの話が、ヴァレンティン様達に認められてな。それなら店の拡張を考慮した設計に、ってことらしい」
この店では、魔機研で開発した装置を一般の人に販売する。二階建てで、幅も少し広め。優遇された店構えのようだ。
「ドコウ殿、この者と知り合いなのかの?」
それまで様子を伺っていたスゥが俺の後ろから顔を出した。
「やっぱりあんたはスゥ様だな!?」 店主さんのギアが二つくらい上がった。
「そ、そうじゃが……」
「やっぱり! 妻がファンなんだ! 今度店にいるときに是非会ってやってくれ!」
「ファ、ファン……?」
面白くなってきたので、俺はバレないように一歩横にずれた。
「ああ! 新しくできた料理屋によく通ってるだろ? 妻はそこを見かけたそうなんだ。……妻の言ってた通りだな……。気品があって美しく、それでいて住民と身近に接する姿に憧れる……って言ってたぜ!」
「妾は自分にできることをしておるだけで……大袈裟ではないかの……?」
「かーっ! さらにその謙虚さ!」 店主さんは大袈裟に額をペシンと叩いた。 「決めたぜ! 俺も今からスゥ様のファンだ! 一家丸ごとスゥ様ファンってことだな!」
「……ド、ドコウ殿……、一体どうすれば……?」
ついにスゥはこちらを振り返った。恥ずかしいような困ったような、複雑な表情だ。
スゥは元々皇族なので、人から敬われること自体に不慣れではない。しかしそれは皇女として。生まれとは関係なく、人に認められることには慣れていない。
「どうもしなくていいんだよ。店主さんの言う通りなんだし!」
「だよな!」
「おぬしら……」
とりわけ、今日のスゥは普段よりも綺麗な装いだ。研究で作業する時と出かける時で、服装が違うのだろう。俺があげた髪留めを目立つ位置に付けてくれている。
「ちょっとくさい事を言えば、働きを尊敬されることほど、ありがたいことはないね」
「……そうじゃな。うむ。……店主よ、ありがとう。この道は今後も時折通る故、都合が良い時に声をかけてくれると助かる。……それと、できれば『様』ではなく……」
「流石スゥ様だ! 妻に言っとかねえと……」
「あの……『様』ではなく……」
店主さんはスゥが皇族であることを知らない。
「……むぅ……。これもまた同じじゃな。もうよい」
店主さんに別れを告げ、スゥと共に再び大通りを進んだ。スゥは少し落ち着かない様子だったが、歩くうちに元の調子に戻ってきた。そのまま進むと、前方に一際にぎやかな店が見えてきた。もうすぐ夕飯時。マギアキジアの人口はまだ少ないらしいが、その店は人で溢れている。
「ここじゃ」
「おお……!」
マギアキジアの料理屋。魔工学を使った、最初の店だ。見たいこと、訊きたいことが山程ある。山程あるが……しかし……。俺の思考力は低下の一途を辿っていた。
肉が焼ける、香ばしい匂い……。
(ここが前に話した料理屋じゃ。調理に魔岩を……)
直火で焼いた肉も美味い。しかしこれは『火加減』というものを調整し、ワンランク上の料理にした匂い……。
(……という訳での、魔力の加減で瞬時に火力を調整できるのじゃ。それが……)
肉だけじゃない。野菜を炒めた匂いも感じ取れる。前世で初めて鉄のフライパンを使った時、ただの野菜炒めに感動したのを思い出す。火加減を御するというのは、料理を根底から変えてしまうのだ。
「……おい! 聞いておるのか!?」
「……え?」 目の前にスゥがいた。
「……はぁ。まあ、それも称賛と受け取っておくかの。……しばし待て。店主に席がないか聞いてくる」 と言って客でいっぱいの店内に入っていく。
すぐに、客や店員がスゥの名前を呼ぶ声が聞こえ出した。
目の前に広がる、料理の数々。 「これは美味い……」 ああ、これは俺の声か。肉料理が多いが、野菜、魚もある。加熱調理したものがメインだ。それがこの店のウリだ。
対面にはスゥが座っている。 「腕の良い料理人が協力してくれたお陰じゃの……。魔岩の加熱器を巧みに使いこなしておる」
「本当だね。どれも絶妙な火加減だ……」
「どれ、妾も頂こうかの」
「そういえば、スゥと二人だけでの食事は、初めてだね」
「そ、そうじゃな」
皆で食べる食事は最高だ。でも、こうしてゆっくり話しながら食べるのもいい。
女性の店員さんが次の料理を運んできた。 「こちらホクホクイモの魔岩焼きでーす」
「おお、これも美味しそう……」 俺は料理を受け取った。
店員さんは俺を数秒見た後、スゥに少し顔を近づけた。 「あの、スゥ様。もしかしてこの方って……?」
やはりスゥはこの店の従業員と親しいようだ。それどころか、客の大半はスゥをよく知っているように感じる。それだけ頻繁に、この店の様子を見に来ているのだろう。
「ん? おお、もしや見たことがないかの? ドコウ殿じゃ」
「やっぱり!」
店内の騒々しさが増した。客たちの視線が俺に集まっているのを感じる。客の大半は、マギアキジアの都市開発に関わっている作業者のようだ。だがその視線に違和感がある。畏怖の念が籠もってるというか……。少なくとも、その辺の人を見る目ではない。
「……あれ? そういえば建設を手伝ってくれてる人達とか、移住してきた人達って、俺をどう認識してるのかな……?」 そういえば、俺は直接会ったこともない。
「そうじゃな……。かなり人それぞれじゃが、一言で言えば『黒幕』じゃな」
「なんだそりゃ!」
黒幕? なんも悪いことした記憶はないぞ!
店員さんが緊張した様子で話す。 「あの……私達はお見かけしたことがないのに……運営のヴァレンティン様達も、研究所のスゥ様達も慕ってる人だって……」
今の説明には、否定するところがない。確かに、都市建設が本格化した時、俺とニナさんは遠出していた。確かに、皆は俺のことを慕ってくれている。
「スゥ様が誰かと一緒にご飯食べてるところなんて、見たことなかったので……もしかしてと思って……」 そこまで言って店員さんは慌てて頭を下げた。 「ご、ごめんなさい! お邪魔しちゃって!」
「いやいや、大丈夫。……スゥは皆に慕われてるようだね」
「はい! それはもう!」 と店員さんは明るく応えた。
「そっか。さっきファン一号、二号が誕生したばかりだけど、ここにもスゥのファンがたくさん居るんだね」
僅かに空気が変わった。
「……ファン一号、二号……ですか?」 と店員さん。
「うん、ついさっき——」
「じゃあ私が三号ですっ!」 俺の言葉を遮って、店員さんが高らかに宣言した。
「いや! 俺だッ!」 別の卓から声が上がる。
「何言ってる! 俺の方が先だ!」 また別の卓だ。
辺りから、続々とファン三号を主張する声が上がり出した。そのまますぐに、店員も客も関係のない口論に発展してしまった。どんどんエスカレートしている。
「もしかして……火種を放り込んじゃった……?」 と俺は困惑した。
「妾もどう反応すべきか分からぬ……」
店内はもはや乱闘寸前の状態だ。
止めようかと思った時、厨房の扉が勢い良く開いた。 「アンタら煩いよ! 料理を食べないやつは出ていきな!」 出てきた女性の迫力ある声に、店内は静かになった。
「おお、マチルダ」 その女性を見てスゥが言った。
「知り合い……だよね、そりゃ」
「うむ。この店の女主人じゃ」
マチルダさんは客たちをかき分け、俺とスゥのテーブルまでやって来る。
「誰が三号だって構わないけどね。そのファンクラブの頭はアタシだよ!」
……今この人、油注いだ? しかし意外にも、異議を唱えるものはいなかった。マチルダさんなら仕方ない……そんな雰囲気だ。
「ドコウ様。挨拶が遅くなっちまったね。アタシはマチルダ。スゥ様の協力でこの店をやらせてもらってるものさ。よろしく頼むよ」 と言って右手を差し出した。商売道具だ。
俺は立ち上がる。 「これはどうも。よろしく」 手を取って挨拶した。 「ってことは、魔工学を使って料理屋をやりたいって提案したのが……?」
「そう、アタシさ。それをスゥ様がここまで形にしてくれたってわけさ!」
「い、いや、妾は手伝っただけじゃぞ……」
どうやら今日は、皆でスゥを褒めまくる日のようだな。スゥはそれだけのことをしている。今日はきっかけがあっただけだ。
「何言ってんだいスゥ様。この店の一押し料理は全部、スゥ様が開発した加熱魔岩がないと作れないんだからね!」 マチルダさんは再び俺を見る。 「ドコウ様と協力して作ったって聞いたよ。ドコウ様にもお礼をしないとね」
「俺こそ、マギアキジアを盛り上げてくれて感謝してるよ。そうだ、一通り食べ終わったら、厨房を見せてもらえないかな? 魔工学がどう活かされてるのか見てみたくて」
「お安い御用さ! じっくり味わってから、来てくんな! じゃあアタシは厨房に戻って料理人達にも伝えておこうかね。急にドコウ様が来たら皆ビックリしそうだ。……あ、お二人は気にせずにどんどん注文しておくれよ!」 マチルダさんは厨房に戻っていった。
店内は、いつの間にか元の程良い騒々しさに戻っている。
「ごめんなさい。ドコウ様、スゥ様……」
最初に話しかけてくれた店員さんが、申し訳なさそうな表情で近くに立っていた。
「いやいや、ある意味いい光景を見せてもらったよ。……ところで、注文いいかな?」
「はい!」
店員さんは追加の注文を聞き、厨房に入っていった。もう相当な量を頼んでいるが、美味しいのでまだ食べられそうだ。
食事を終えた帰り道。俺とスゥは、来る時とは違う道を見るため、少し散歩しながら帰ることにした。
ちなみに、厨房はちゃんと食後に見せてもらった。営業中に邪魔をする訳にもいかないので、今回はざっとだ。綺麗に魔岩のコンロが並ぶ様子には、他の店にはない近未来感があった。近未来といっても、前世で想像するソレとは違う。あくまでこの世界の近未来……魔工学が基盤にある未来。……俺達が創る未来だ。
「凄いね……俺達の街」 と俺は言った。
「そうじゃな……。不思議なことに、まだ来てさほど経ってないはずじゃが、もう馴染んでおる。居心地が良い」
「俺も来たばっかだけど、そう感じてるよ」
「ふふっ……それは何よりじゃな!」 隣を歩くスゥが俺の顔を覗く。 「自室はどうであった?」
セバスさんに案内してもらった俺の部屋。それはもう、最高に決まっていた。程よく広い空間に、品の良い木製の家具。そして何より、気持ち良さそうなベッド。帰ったばかりだったので、まだ寝心地は確認していない。今晩の楽しみの一つだ。
「最高……以外の表現がパッと出てこないね」
「そうかそうか。気に入ったようじゃの。きっと、大浴場も気に入ると思うぞ」
「それなんだよ! 楽しみだ……」
あの家の目玉の一つ、大浴場。浴槽に浸かること自体、この世界に来てから始めてだ。旅から帰り、美味しい物を食べ、風呂で温まって、上質なベッドで寝る。フルコンボ。
明日、起きられるだろうか……。
「明日はレティの話を聞くのじゃろう?」
「そそ。その後はスゥだね」
「うむ。料理屋の他にも、成果があるのじゃ。楽しみにしておくのじゃぞ!」
素直に誇らしげな表情と、軽い足取り。皆で褒め倒した効果はあったようだ。
「……あ、もしかしてあの家で、皆と過ごして思い付いた案とか?」
「その通りじゃ。……時間を忘れて話し込んでしまったわ……」
「夜更かしはダメだぞ? ……と言いたい気持ちはあるけど、夢中になってる時間って最高なんだよね……」
「まさにそうじゃ! 毎日が楽しくてのぅ!」 スゥは数歩早足になって俺の前に進んだ。振り返り、いっぱいの笑顔を見せる。「明日からは、もっと楽しくなりそうじゃ!」
髪飾りが街灯の光を反射してキラリと輝く。その後ろには、俺達の家が見えていた。




