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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
21/39

第21話:刃は何を語るのか?

 ばったり会うとはこのことだ。


「ドコウッ!」

「あれ? と——」 ガバっと抱きしめられて俺の言葉が途切れる。


 到着したのは、山の中腹にポツンと建つ小屋。ニナさんの案内が正しければ、ジンロウさんの家のはずだ。しかし、その扉を開けた俺は、なぜか父に抱きしめられていた。


「ホッホッホッ……。ドーム。そやつがおぬしの息子か?」 知らない声だ。

「師匠」

「ああ、ニナ。元気かな?」

「はい」

「ホッホッ……」


 ああ、ニナさんの師匠、ジンロウさんだ。……たぶん。今の俺は父に抱きしめられているので、視界ほぼゼロ。いや、正確には、茶色一色だ。


 ようやく解放。父と会うのは、各地を巡る旅に出る時以来だ。


「父さん、久しぶりだね! 会いたかったよ」 俺がそう言うと、父の動きが止まった。 「……父さん?」

「まあ入りなさい。気絶してるやつは放っといて良い」 とジンロウさんが小屋に招いてくれる。

「……おォィッ!」 父はすぐに意識を取り戻した。


 ジンロウさんの家に入ると、ニナさんが事情を説明してくれた。ジゼルさんに会い、ここに来るように言われた。ざっくり言えばそんな内容だ。


「……ふむ。なるほどのぅ……」

「改めて、ドコウと言います」 俺は頭を下げる。 「俺には戦闘の技量を高める必要があります。突然ですが、どうか協力していただけないでしょうか?」


 ジンロウさんは少し考え、 「ふむ。突然、という訳でもないのじゃよ」 と言った。

「……え?」 俺は顔を上げた。

「もう何ヶ月も、こやつに頼まれておる」 そう言ってジンロウさんが目で示したのは、父だ。……なぜ?


 父が大きな声で説明する。 「ジンロウはな、剣術の達人。剣聖と呼ばれてる! ドコウに刃舞(ばぶ)を教えてくれねェか頼んでたとこだ!」

「……ばぶ?」

「あァッ! 懐かしいぜェ……。それはおめェが最初に喋った言葉だ!」


 ……あ。俺は思い出した。転生して間もない頃。赤ちゃん流ため息とか、ふざけたことを思いながら発した声。それを聞いて騒ぐ父と母が、そんなことを言っていた気がする。


「頃合いだと思ってな! ワシが勝ったらドコウに稽古をつける約束で勝負してんだ!」

「ホッホッホッ……もう何ヶ月か経ってしまったがのぅ」


 南の平野を一人で護り続けてきた父でも敵わない相手。ニナさんの師匠だしな。


「師匠。私からもお願いします」

「ホッホッ……可愛い愛弟子からの、初めての頼み事か……」 そう言って俺を頭から足先まで一通り眺めた。何かを確認されているようだ。


 ジンロウさんは聞いていた通り、獣人だ。犬系……狼か何かの獣人だろう。身体の大きさはむしろ小柄で、顔にはシワと髭がある。まさに、ザ・剣豪。という雰囲気だ。


「では、少し条件を緩めてやるとしよう。……ドコウと言ったな?」

「はい。そのままドコウと呼んでもらえれば」

「うむ。……ドコウよ。儂の剣を防いでみせよ」

「……分かりました」 定番のパターンだ。ここに来た時点で、覚悟していた。




 ジンロウさんの家の裏には、開けたスペースがあった。元々は平らに整地された訓練場だったのだろうが、今はボコボコだ。たぶん、父のせいで……。


「儂は一度しか攻撃せん。それを防いでみせよ」


 俺の前に立ったジンロウさんが言う。手にはジンロウさんの背丈ほどの木の棒。


 普通の人からすれば、訓練用の木の棒にしか見えないだろう。しかしジンロウさんは、杖で斬って戦うニナさんの師匠。当たっても大丈夫、なんて考えないほうが良いだろう。


「準備は()いかの?」

「はい」


 対して俺は武器を持たない。いつも通りの拳と土魔法スタイルだ。


「ではゆくぞ」 静かに言ったジンロウさんの姿がボヤけて消えた……。


 ヒュッ……という微かな風切り音。


 俺はギリギリで、右上から迫る棒に気付くことができた。咄嗟に岩の盾を生成する。何とか間に合いそうだが、たぶん、盾ごと斬られる。棒と盾が接触するまでの間、可能な限り鍛冶魔法で盾を強化だ。しかし。


 棒は盾に触れることなく軌道を変え、斜め右下から俺に向かってくる! 剣閃って曲がるもんなのか!? 迫る切っ先に勢いは感じない。ただ何かに流されるように……それが必然のように俺に迫ってくる。これは魔力の流れ? もう盾を作るのは間に合わない。……仕方ない!


 炸裂音。 「ホホッ」


 ジンロウさんが持つ剣……いや、木の棒の半分ほどが粉々になった。


「……おォ! やるじゃねェかドコウ」 少し離れた位置から父の声が聞こえる。


 俺の目の前に立っているジンロウさんは、柔らかい笑顔だ。最初から殺気などは感じなかった。正確には、何も感じなかった。ただ静かに、俺は負けるところだった。


「やはりおぬし、全身から魔力を放出できるようじゃの」 とジンロウさんは言った。

「ええ……。拳に比べると上手く扱えませんが……」

「……ふむ。しかし、儂の剣を砕く程度には収斂(しゅうれん)できるようじゃな」

「すみません……。武器壊しちゃって」


 ジンロウさんの説明のとおり、俺は棒が当たりそうな部位から魔力を放出した。拳術で拳から放出するのと同じ要領だ。


 そもそも、元々は拳から放つことに特別な意味はない。ただ何度も訓練した結果、『拳に魔力を伝達して放つ』という行程の練度が高まっただけだ。原理的には身体のどこからでも拳術を使える。

「気にすることはない。ただの棒じゃ。……ああ、儂の相棒……。ドコウよ。おぬしは魔力放出量に優れるドワーフの特徴と、魔力のコントロールに優れるエルフの特徴を、程よく受け継いでおるようじゃ」


 途中でボソッと聞こえた言葉が気になって、よく頭に入ってこなかった。俺にエルフの血が流れてる? ああ、そういえば。母がエルフとドワーフのハーフということは、当たり前なのか。……あれ?


「流石ですね。ドコウさん」 見学していたニナさんが近くに来ていた。

「ありがとう、ニナさん。それより、俺のことって……」

「はい。最初に見た時に気づきました」

「あ、やっぱりね」


 父がジンロウさんの肩を掴んで言う。 「ガッハッハ! どうだジンロウ! ドコウは凄いだろ!」


「ホッホッホッ……まるで自分が勝ったように興奮しておるのぅ」

「細けェことは気にするな! 同じようなもんだろ!」


 ジンロウさんは俺に視線を戻す。


「ドコウが今から刃舞(ばぶ)を習得するには時間がかかる。仮に習得したとしても、ニナは超えられんじゃろう。……うう、儂の相棒……。しかし、おぬしの特性を活かす工夫ができれば、短期間で強くなれるやもしれぬ。……やってみるかの?」

「……ぜ、ぜひ……」 と俺は答えた。

「ふむ。では稽古は明日からじゃな。……おお、儂の相棒……」

「……あの……もし良ければお詫びとお礼を兼ねて、作りましょうか? 武器……」

「おお! 気にしなくて良いと言うのに。しかしせっかくの申し出を断るのもなんじゃ。頼むとしようかの!」 そう言うとジンロウさんは、持っていた棒をポイッと投げ捨て、上機嫌で家に帰っていった。

「……武器を作るってのはよォ。ジンロウがワシに勝った時に、って話だったんだぜ」

「……え……?」

「やられましたね。ドコウさん」


 こうして俺は、剣聖ジンロウに弟子入りした。




 父はドワーフ村の方へぶっ飛んでいった。比喩ではない。物理的に飛んでいった。


 もちろん羽ばたいたりして自力で飛んでいった訳ではない。父を飛ばしたのは俺が作った岩の板。身体に合わせて少し凹みを付けてある。これに背を預けた父ごと高速で操作して打ち出したのだ。そう! まるで岩のカタパルト、名付けて(いわ)パルト! ……ふむ。次に探すべきは、ネーミングの師匠だろう。


 ちなみに、着地のケアはしていない。父なら大丈夫。本人もそう言っていた。


「今のは、土魔法の一種かの? 昨日は無から岩を作っておったようじゃが」 と一部始終を見ていたジンロウさんが訊いてきた。

「はい。俺が出来ることを改めて説明しますね」


 魔岩の生成や岩の操作、鍛冶魔法を使った変質など。拳術の説明は不要だろう。


「ふむ。良い案が浮かんできそうじゃ。岩への変質とやら、昨日もやっておったのぅ」

「そうですね。効果はなかったんですけど」

「昨日は避けたが、あの程度では盾にはならんのぅ」

「……以前、モンスターと戦った時もそうでした」


 岩の盾はすでに蜥蜴人(リザードマン)にも破られている。正直言って、悪あがきにもなっていない。


「じゃが、時間と共に強度が急速に上がっておったの?」

「その通りです。昨日は棒が当たるまでに目一杯強化しようとしました」

「つまり、時間をかければ良いということじゃな。一度、どの程度か見せてくれんか?」

「分かりました。……あ、じゃあ、ちょうど良いので今から武器を作りましょう」

「おお! ホッホッホ!」


 俺の鍛冶魔法は最近、進化している。以前は現存する物質に変質するだけだった。しかし今は、オリジナルの物質を作り出せる。要はイメージだ。材質は問題なし。


 あとは形だ。ジンロウさんに似合う武器……流れるような剣閃……素早い斬撃……。やっぱり、アレしかない。俺は早速、魔岩を生成し、形を整える。


「ホッホッ……ほぅ……?」 ジンロウさんは作業を眺めている。


 幼少期に世話になったジーナス邸の書斎には、武具の本がたくさんある。ジーナスさんの本業だ。そこから得た知識も活用しながら、何とかそれっぽい形にできた。


 次に変質させていく。このサイズならハンマーは不要だろう。


「……出来ました」


 整形も変質も不慣れな物だったので、少し時間はかかった。しかしそれでも、だいたい一分か二分くらいだったと思う。練習すればもう少し縮められそうだ。


「……ふむ。手に取っても良いのかの?」

「あ、もう少し待ってください」 もう一つ生成する。新しく作ったものに先程の武器を収納し、ジンロウさんに差し出した。 「これで完成です」

「……軽いの」 ジンロウさんが持つのは、鞘に収まった刃。

「ええ。ジンロウさんの戦闘スタイルに、重い剣は似合わないと思いまして……」


 細い片刃の、刀だ。予想以上に、めちゃくちゃよく似合う。やっぱりジンロウさんの渋さには、日本刀がピッタリだ!


「……これはカタナ、と言うのではないかの?」 とジンロウさんは言った。

「そうそう! やっぱりよく似合って……え?」

「ドコウよ。おぬしはこれをどこで知ったのじゃ?」


 心臓が大きく鼓動した。冷や汗が流れる。


 この世界で、刀を見たことはなかった。少なくともこれまでは。もし見たことがあれば、もっと簡単に作れただろう。


「おぬしは、どこから来たのじゃ?」 ジンロウさんは静かに、だが鋭く質問する。剣と同じだ。


 答えが何も浮かばない。これまでにも前世の知識を使ったことはある。ロボットに関しては、ほとんどがそうだ。今までは特に疑問を抱かれなかった。受け入れてもらえていた。しかし、ジンロウさんは刀を知っている。この世界にないはずなのに。


「ドコウさんはドワーフの村で生まれ、ドルフィーネで育ったそうです」 ニナさんが代わりに答えてくれた。表面的な情報。

「ドルフィーネ……もしやジーナスの知り合いか?」

「……ジーナスさんは、俺の第二の親のような人です」

「……ふむ。あやつならあるいは……」


 ギリギリの活路が見えた気がした。その糸を見失ってはいけない。


「俺は自分で武器を使わないので、あまり詳しくないんですが……。ジーナスさんの家にある本は一通り読みました」 言っていることは本当。だが、刀を見たわけではない。ハッタリだ。背中が汗で冷える。しかし汗は止まらない。

「ふむ。カタナという武器はの、サイトウと言う男が使っておった、とされる武器じゃ」


 鳥肌。サイトウ……斎藤? しかしダメだ。今は尋ねてはいけない。藪蛇。


「これまで実物を見れなかったんですが……やはり珍しいのですか?」

「うむ。サイトウが使っていた一振りを除いて、存在しないのぅ」 ジンロウさんは手に持った刀を眺めながら言う。 「サイトウは初代剣聖じゃった。誰もその剣に触れることは許されなかったのじゃ」

「では、死後に……?」

「いや、サイトウの死後、カタナは所在不明と聞いておる」


 ということは、複製もできなかったということで……。


「おぬしは、僅かな情報とその技術力を以って、初の再現に成功したのかもしれぬな」

「はは……。しかしまだ上手く作れたかどうか……」

「ホッホッ。そうじゃの。試してみるとしよう」 ジンロウさんはゆっくり歩き出した。


 ニナさんが続く。俺は足が震えないように注意しつつ、二人の後を追った。


 ジンロウさんは、恐らく父が作ったであろう、巨大な石柱の前で足を止めた。刀を収めた鞘を左手に持っている。


「これがちょうど良さそうじゃ」 言うなり、柄に手を近づけ——

 ——キンッと鍔の音を鳴らした。居合いだ。目の前の石柱は横一直線に切断されている。初めて手にした刀で……達人って凄い。


「……ホッホッホ……。よく手に馴染む。良い剣じゃ。もう返さぬぞ?」

「……よ、喜んでいただけたようで何よりです……」

「ホホッ!」


 俺は額の汗を拭った。 「それで……俺の稽古の方は……」

「おお! そうじゃった!」 ジンロウさんは上機嫌だ。さっきまでの鋭さはない。 「これほどの物が作れるなら、何とかなるやもしれぬぞ」

「すみません。訊いてもいいでしょうか?」


 ジンロウさんはまず、刃舞(ばぶ)について教えてくれた。刃舞(ばぶ)とは技ではなく、戦闘スタイルを示す名前らしい。これまでもずっと見てきた、ニナさんの戦い方がそれだった。まるで刃が舞うように戦う……だから刃舞(ばぶ)だ。


 この刃舞(ばぶ)には、洗練された身のこなしと無駄のない太刀筋、正確な魔力コントロールが必要になる。どれも一朝一夕で習得できるものではない。


「そこでのぅ。おぬし、作った剣を土魔法で操り、舞うのはどうじゃ?」

「剣を操って舞う……。なるほど!」

「昨日の手合わせを見るに、剣筋は見えておるようじゃしの。これなら魔力面の鍛錬に集中できるじゃろうて」

「おお! なんで思いつかなかったんだろう……。経験の差ですかね?」

「そうじゃ。経験の差を活かして後進を導くのが、師というものじゃろう?」

「確かに……仰る通り」


 本当に、仰る通り。自分が研究者として指導する時にも、忘れちゃいけない指針だ。

 それにしても……そうか……予め作り、鍛えておいたものを操って戦う。上達した鍛冶魔法が活きる。


「課題は、全身から放出する際の魔力コントロールを鍛え、離れた生成物を操れるようになること……どうじゃ?」

「同意です。……いや、本当に凄い」


 ジンロウさんの指摘の通り。俺が自在に操作できるのは、俺と触れている物だけだ。高速で移動する際は足に触れた岩を操作しているし、乗り物も俺が乗って触れている。少し離れても射出や変質くらいはできるが、射出して身体から遠く離れた物は操作できなかった。俺は空中に生成した物を、雑な土魔法で操作していたのか……。この操作技術を鍛えれば良い。身体から魔力を放出し、土魔法に活用する。


「では早速始めるかの。まずは、儂とニナの手合わせを観察し、剣筋を盗むが()い。ニナも()いな?」

「はい」

「ジンロウさん、ありがとうございます。ニナさんも」

 ニナさんは杖を手に取った。 「いえ。できることがあって良かったです」

「ホッホッホ……ニナも油断しておれんぞ?」


 ニナさんは一瞬驚いたが、すぐに顔を引き締めてジンロウさんとの手合わせを始めた。ジンロウさんは、どこから出してきたのか、昨日と同じような木の棒を使っている。……相棒ですらなかったのか……。っと、そんなことを考えてる場合じゃない。


 俺は(まばた)きすらせず、二人の剣筋を見続けた。




 ニナさんに伸びる一筋の剣閃。瞬間、ニナさんの姿が消えた。キィンッと高い音が鳴り、ニナさんの杖と剣が衝突する。再びニナさんの姿が消え、間合いの外に現れた。


「ホッホッホ……。だいぶ様になってきたようじゃのぅ」

「あ、ジンロウさん。……そうですね。お陰様で」 と俺は応えた。

「ニナも動きが良くなったようじゃな」

「ええ」


 ジンロウさんの家の裏で手合わせ。ここ最近の俺とニナさんの日課だ。修行開始からどれだけ経っただろうか? 昼夜問わず集中していた時もあったので、正確な日数は覚えていない。たぶん、数週間は経過したと思う。


 刃舞(ばぶ)の習得はだいぶ完了した。ここまで仕上がるのにかなり苦労はしたが。現在は最大で四本の浮遊する剣を操作し、攻防に活かすことができる。


 最も苦労したのはやはり土魔法による操作技術の習得だった。


 我々は日頃、何も意識せずに手を使って物を掴むことができる。では、足で掴めるだろうか? ギリギリなんとかなるかもしれない。しかし、肩ではどうだろう? 腰では? 背中では? そもそも、『肩で掴む』の意味が分からない。そういう感覚だった。なんとか要領を得たのが一週間ほど前。


 しかしすぐに次の課題にぶつかった。


 剣という武器には、斬れる部分とそうでない部分がある。柄で殴ったのでは斬撃にならないし、刃を真っ直ぐに立てないと上手く斬れない。つまり問題は、剣の向きを適切に操作すること……姿勢の制御だ。これは前世で、厄介な問題として知られていた。


 さらにあろうことか、俺は操る剣に日本刀を選択した。カッコいいと思ったからだ。しかし、日本刀は片刃の剣。対称性を利用して姿勢制御の問題を簡略化することはできない。それでも俺は挑んだ。難しさは諦める理由にはならない。カッコいい方がいい。


 この姿勢制御の課題解決には、前世で培ったロボット制御の知識をふんだんに活用した。刀にゴーレムの頭部を組み込み、姿勢用の制御則を魔力プログラミングで書き込んだ。こうすれば、俺は刀の位置を操作することに専念できる。


 三次元空間における姿勢は、身近ながら奥深い。自由度は三つしかないはずなのに、三つの変数では上手く表現できない。ロール・ピッチ・ヨー角に代表されるオイラー角を使った表現ではジンバルロックの問題がある。刀が空中であらゆる姿勢を取る今回には不適だ。四元数を用いる手法は便利だが、俺はあの力押し感がどうも好きじゃない。


 そこで今回は、数学的な行列による表現を選んだ。この表現は姿勢と姿勢の『差』を直感的に扱える点がいい。数学的にもスッキリしていてマジックのようだ。あとは微小時間ごとに差をフィードバックするだけで、刀の姿勢を思いのままに操る制御則……のフレームワークが出来上がる。残る作業は補正の強度の調整……つまりゲインチューニング。これはもう……根性でいい塩梅を探すしかない。


 一週間を費やした今、なんとか及第点のチューニングに成功した。


「この稽古も、今日で一区切りとするかの」

「あ、やっぱりそうですか?」

「そうじゃの。基本は掴めておる。後は日々の鍛錬次第じゃが、それはここでなくても出来よう。これだけ育てば、儂がジゼルに怒られることもなかろうて」 ジンロウさんは俺にニヤリとしてみせた。 「ジゼルに紹介されて来た者を、無碍に扱える訳がないわい」

「もしかして、最初から……」

「ホッホッホ! 良い相棒をもらった! ではの!」


 そう言ってジンロウさんは刀を掲げながら、家に帰っていってしまった。突然の修行終了。残された俺とニナさんは顔を見合わせ、少しの間だけ沈黙を交わしあった。


「……最初から転がされてた?」 と俺は言った。

「そうですね」

「……帰ろっか」

「はい」


 俺は岩バイクを生成する。元々大した荷物は持ってきていない。


「……いい師匠だね」

「はい」


 鍛えてもらった俺とニナさんは一路、マギアキジアに向かった。




 恵みの森の上空。


「……ドコウさん。このまま直進してください」 岩バイクの後ろに乗るニナさんが耳元でそう告げた。

「え?」

「平野にモンスターがいます」


 修行による岩の操作技術向上により、岩バイクはもはやバイクではなくなった。空を飛んでも余裕でコントロールできる。素晴らしい副産物だ。とてつもなく寒いので、ニナさんの風魔法によるサポートが必須だけど。


 とにかく、急ぐ必要があるようだ。直進した先にあるのは、ドワーフ村の南にある平野。蜥蜴人(リザードマン)と戦った平野だ。俺は岩バイクの速度を最大まで上げた。




 しばらくして、見えた。武装した蜥蜴人(リザードマン)が三体と父。まだ戦闘の形跡はないので、ギリギリ間に合ったようだ。


「どうしますか?」

「俺がやってみるよ」


 俺は刀の生成を始める。四本。


「父さん! 俺がやるよ!」

「ドコウかッ!」

「ギエッ!」 蜥蜴人(リザードマン)もこちらに気づいたようだ。


 俺とニナさんは岩バイクから飛び降りる。制御を失った岩バイクは、そのままの勢いで三匹の中央にいる蜥蜴人(リザードマン)に突撃した。が、これはあっさり両断されてしまった。映画のようにはいかない。岩バイクの強度はほとんど上げていないので仕方ない。


 しかし、これは違うぞ。岩バイクを両断した蜥蜴人(リザードマン)の斜め後方から二本の刀。正面から俺が突っ込む。ちょうど三方からの攻撃だ。


 だが、右の刀はちょっと後方に行き過ぎ。左の刀は逆にちょっと足りない。制御工学的に言えば、右はオーバーシュートし、左は応答が遅い。


「ギッ!?」


 蜥蜴人(リザードマン)は有効な行動を何も取れないまま、俺の拳を鳩尾(みぞおち)に受けた。そのまま立ち上がらない。二本の刀に近づいた拍子にゲインを調整する。


 左右に残った二体の蜥蜴人(リザードマン)が、甲高い鳴き声を上げながら剣を振り下ろしてきた。俺の攻撃の隙を付く、基本に忠実な良い攻撃だ。それゆえに、読みやすい。ニナさんとの稽古のお陰でこの辺りの勘がかなり付いた。


 というのも、ジンロウさんとの手合わせを経てから、ニナさんの速度は尋常じゃない。たまに姿を追えないことは前から会ったが、今はもう、見えないのが普通だ。自然と目に頼らない戦い方が身に付いた。


 攻撃に使用しなかった二本の刀を先回りさせ、防御する。蜥蜴人(リザードマン)の攻撃に押され、空中に留めた刀が少し動いた。『いなした』とも言える。問題なさそうだ。


 左の蜥蜴人(リザードマン)はすぐに飛び退いたが、右は一瞬遅れた。狙いが定まる。俺は最初の蜥蜴人(リザードマン)を倒す時に使った二本を操り、右のやつに三方からの攻撃を仕掛けた。当然、飛び退きそうな方向は塞いだ。今度は狙い通りの軌道を描いている。


「ッ!」 声にならない声を上げ、結局その蜥蜴人(リザードマン)は、刀を防ぎきれずに首を失った。


 鎧の隙間を狙うコントロールにも成功。調整はいい調子だ。


 さて。俺は残りの一体に向けて四本の刀を飛ばす。あまり離れすぎるとコントロールを失うので、俺も接近しつつ。


「……ガッ……!」


 拳の間合いに入る前に、最後の蜥蜴人(リザードマン)は動かなくなった。複数の刀に貫かれて。

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