第21話:刃は何を語るのか?
ばったり会うとはこのことだ。
「ドコウッ!」
「あれ? と——」 ガバっと抱きしめられて俺の言葉が途切れる。
到着したのは、山の中腹にポツンと建つ小屋。ニナさんの案内が正しければ、ジンロウさんの家のはずだ。しかし、その扉を開けた俺は、なぜか父に抱きしめられていた。
「ホッホッホッ……。ドーム。そやつがおぬしの息子か?」 知らない声だ。
「師匠」
「ああ、ニナ。元気かな?」
「はい」
「ホッホッ……」
ああ、ニナさんの師匠、ジンロウさんだ。……たぶん。今の俺は父に抱きしめられているので、視界ほぼゼロ。いや、正確には、茶色一色だ。
ようやく解放。父と会うのは、各地を巡る旅に出る時以来だ。
「父さん、久しぶりだね! 会いたかったよ」 俺がそう言うと、父の動きが止まった。 「……父さん?」
「まあ入りなさい。気絶してるやつは放っといて良い」 とジンロウさんが小屋に招いてくれる。
「……おォィッ!」 父はすぐに意識を取り戻した。
ジンロウさんの家に入ると、ニナさんが事情を説明してくれた。ジゼルさんに会い、ここに来るように言われた。ざっくり言えばそんな内容だ。
「……ふむ。なるほどのぅ……」
「改めて、ドコウと言います」 俺は頭を下げる。 「俺には戦闘の技量を高める必要があります。突然ですが、どうか協力していただけないでしょうか?」
ジンロウさんは少し考え、 「ふむ。突然、という訳でもないのじゃよ」 と言った。
「……え?」 俺は顔を上げた。
「もう何ヶ月も、こやつに頼まれておる」 そう言ってジンロウさんが目で示したのは、父だ。……なぜ?
父が大きな声で説明する。 「ジンロウはな、剣術の達人。剣聖と呼ばれてる! ドコウに刃舞を教えてくれねェか頼んでたとこだ!」
「……ばぶ?」
「あァッ! 懐かしいぜェ……。それはおめェが最初に喋った言葉だ!」
……あ。俺は思い出した。転生して間もない頃。赤ちゃん流ため息とか、ふざけたことを思いながら発した声。それを聞いて騒ぐ父と母が、そんなことを言っていた気がする。
「頃合いだと思ってな! ワシが勝ったらドコウに稽古をつける約束で勝負してんだ!」
「ホッホッホッ……もう何ヶ月か経ってしまったがのぅ」
南の平野を一人で護り続けてきた父でも敵わない相手。ニナさんの師匠だしな。
「師匠。私からもお願いします」
「ホッホッ……可愛い愛弟子からの、初めての頼み事か……」 そう言って俺を頭から足先まで一通り眺めた。何かを確認されているようだ。
ジンロウさんは聞いていた通り、獣人だ。犬系……狼か何かの獣人だろう。身体の大きさはむしろ小柄で、顔にはシワと髭がある。まさに、ザ・剣豪。という雰囲気だ。
「では、少し条件を緩めてやるとしよう。……ドコウと言ったな?」
「はい。そのままドコウと呼んでもらえれば」
「うむ。……ドコウよ。儂の剣を防いでみせよ」
「……分かりました」 定番のパターンだ。ここに来た時点で、覚悟していた。
ジンロウさんの家の裏には、開けたスペースがあった。元々は平らに整地された訓練場だったのだろうが、今はボコボコだ。たぶん、父のせいで……。
「儂は一度しか攻撃せん。それを防いでみせよ」
俺の前に立ったジンロウさんが言う。手にはジンロウさんの背丈ほどの木の棒。
普通の人からすれば、訓練用の木の棒にしか見えないだろう。しかしジンロウさんは、杖で斬って戦うニナさんの師匠。当たっても大丈夫、なんて考えないほうが良いだろう。
「準備は良いかの?」
「はい」
対して俺は武器を持たない。いつも通りの拳と土魔法スタイルだ。
「ではゆくぞ」 静かに言ったジンロウさんの姿がボヤけて消えた……。
ヒュッ……という微かな風切り音。
俺はギリギリで、右上から迫る棒に気付くことができた。咄嗟に岩の盾を生成する。何とか間に合いそうだが、たぶん、盾ごと斬られる。棒と盾が接触するまでの間、可能な限り鍛冶魔法で盾を強化だ。しかし。
棒は盾に触れることなく軌道を変え、斜め右下から俺に向かってくる! 剣閃って曲がるもんなのか!? 迫る切っ先に勢いは感じない。ただ何かに流されるように……それが必然のように俺に迫ってくる。これは魔力の流れ? もう盾を作るのは間に合わない。……仕方ない!
炸裂音。 「ホホッ」
ジンロウさんが持つ剣……いや、木の棒の半分ほどが粉々になった。
「……おォ! やるじゃねェかドコウ」 少し離れた位置から父の声が聞こえる。
俺の目の前に立っているジンロウさんは、柔らかい笑顔だ。最初から殺気などは感じなかった。正確には、何も感じなかった。ただ静かに、俺は負けるところだった。
「やはりおぬし、全身から魔力を放出できるようじゃの」 とジンロウさんは言った。
「ええ……。拳に比べると上手く扱えませんが……」
「……ふむ。しかし、儂の剣を砕く程度には収斂できるようじゃな」
「すみません……。武器壊しちゃって」
ジンロウさんの説明のとおり、俺は棒が当たりそうな部位から魔力を放出した。拳術で拳から放出するのと同じ要領だ。
そもそも、元々は拳から放つことに特別な意味はない。ただ何度も訓練した結果、『拳に魔力を伝達して放つ』という行程の練度が高まっただけだ。原理的には身体のどこからでも拳術を使える。
「気にすることはない。ただの棒じゃ。……ああ、儂の相棒……。ドコウよ。おぬしは魔力放出量に優れるドワーフの特徴と、魔力のコントロールに優れるエルフの特徴を、程よく受け継いでおるようじゃ」
途中でボソッと聞こえた言葉が気になって、よく頭に入ってこなかった。俺にエルフの血が流れてる? ああ、そういえば。母がエルフとドワーフのハーフということは、当たり前なのか。……あれ?
「流石ですね。ドコウさん」 見学していたニナさんが近くに来ていた。
「ありがとう、ニナさん。それより、俺のことって……」
「はい。最初に見た時に気づきました」
「あ、やっぱりね」
父がジンロウさんの肩を掴んで言う。 「ガッハッハ! どうだジンロウ! ドコウは凄いだろ!」
「ホッホッホッ……まるで自分が勝ったように興奮しておるのぅ」
「細けェことは気にするな! 同じようなもんだろ!」
ジンロウさんは俺に視線を戻す。
「ドコウが今から刃舞を習得するには時間がかかる。仮に習得したとしても、ニナは超えられんじゃろう。……うう、儂の相棒……。しかし、おぬしの特性を活かす工夫ができれば、短期間で強くなれるやもしれぬ。……やってみるかの?」
「……ぜ、ぜひ……」 と俺は答えた。
「ふむ。では稽古は明日からじゃな。……おお、儂の相棒……」
「……あの……もし良ければお詫びとお礼を兼ねて、作りましょうか? 武器……」
「おお! 気にしなくて良いと言うのに。しかしせっかくの申し出を断るのもなんじゃ。頼むとしようかの!」 そう言うとジンロウさんは、持っていた棒をポイッと投げ捨て、上機嫌で家に帰っていった。
「……武器を作るってのはよォ。ジンロウがワシに勝った時に、って話だったんだぜ」
「……え……?」
「やられましたね。ドコウさん」
こうして俺は、剣聖ジンロウに弟子入りした。
父はドワーフ村の方へぶっ飛んでいった。比喩ではない。物理的に飛んでいった。
もちろん羽ばたいたりして自力で飛んでいった訳ではない。父を飛ばしたのは俺が作った岩の板。身体に合わせて少し凹みを付けてある。これに背を預けた父ごと高速で操作して打ち出したのだ。そう! まるで岩のカタパルト、名付けて岩パルト! ……ふむ。次に探すべきは、ネーミングの師匠だろう。
ちなみに、着地のケアはしていない。父なら大丈夫。本人もそう言っていた。
「今のは、土魔法の一種かの? 昨日は無から岩を作っておったようじゃが」 と一部始終を見ていたジンロウさんが訊いてきた。
「はい。俺が出来ることを改めて説明しますね」
魔岩の生成や岩の操作、鍛冶魔法を使った変質など。拳術の説明は不要だろう。
「ふむ。良い案が浮かんできそうじゃ。岩への変質とやら、昨日もやっておったのぅ」
「そうですね。効果はなかったんですけど」
「昨日は避けたが、あの程度では盾にはならんのぅ」
「……以前、モンスターと戦った時もそうでした」
岩の盾はすでに蜥蜴人にも破られている。正直言って、悪あがきにもなっていない。
「じゃが、時間と共に強度が急速に上がっておったの?」
「その通りです。昨日は棒が当たるまでに目一杯強化しようとしました」
「つまり、時間をかければ良いということじゃな。一度、どの程度か見せてくれんか?」
「分かりました。……あ、じゃあ、ちょうど良いので今から武器を作りましょう」
「おお! ホッホッホ!」
俺の鍛冶魔法は最近、進化している。以前は現存する物質に変質するだけだった。しかし今は、オリジナルの物質を作り出せる。要はイメージだ。材質は問題なし。
あとは形だ。ジンロウさんに似合う武器……流れるような剣閃……素早い斬撃……。やっぱり、アレしかない。俺は早速、魔岩を生成し、形を整える。
「ホッホッ……ほぅ……?」 ジンロウさんは作業を眺めている。
幼少期に世話になったジーナス邸の書斎には、武具の本がたくさんある。ジーナスさんの本業だ。そこから得た知識も活用しながら、何とかそれっぽい形にできた。
次に変質させていく。このサイズならハンマーは不要だろう。
「……出来ました」
整形も変質も不慣れな物だったので、少し時間はかかった。しかしそれでも、だいたい一分か二分くらいだったと思う。練習すればもう少し縮められそうだ。
「……ふむ。手に取っても良いのかの?」
「あ、もう少し待ってください」 もう一つ生成する。新しく作ったものに先程の武器を収納し、ジンロウさんに差し出した。 「これで完成です」
「……軽いの」 ジンロウさんが持つのは、鞘に収まった刃。
「ええ。ジンロウさんの戦闘スタイルに、重い剣は似合わないと思いまして……」
細い片刃の、刀だ。予想以上に、めちゃくちゃよく似合う。やっぱりジンロウさんの渋さには、日本刀がピッタリだ!
「……これはカタナ、と言うのではないかの?」 とジンロウさんは言った。
「そうそう! やっぱりよく似合って……え?」
「ドコウよ。おぬしはこれをどこで知ったのじゃ?」
心臓が大きく鼓動した。冷や汗が流れる。
この世界で、刀を見たことはなかった。少なくともこれまでは。もし見たことがあれば、もっと簡単に作れただろう。
「おぬしは、どこから来たのじゃ?」 ジンロウさんは静かに、だが鋭く質問する。剣と同じだ。
答えが何も浮かばない。これまでにも前世の知識を使ったことはある。ロボットに関しては、ほとんどがそうだ。今までは特に疑問を抱かれなかった。受け入れてもらえていた。しかし、ジンロウさんは刀を知っている。この世界にないはずなのに。
「ドコウさんはドワーフの村で生まれ、ドルフィーネで育ったそうです」 ニナさんが代わりに答えてくれた。表面的な情報。
「ドルフィーネ……もしやジーナスの知り合いか?」
「……ジーナスさんは、俺の第二の親のような人です」
「……ふむ。あやつならあるいは……」
ギリギリの活路が見えた気がした。その糸を見失ってはいけない。
「俺は自分で武器を使わないので、あまり詳しくないんですが……。ジーナスさんの家にある本は一通り読みました」 言っていることは本当。だが、刀を見たわけではない。ハッタリだ。背中が汗で冷える。しかし汗は止まらない。
「ふむ。カタナという武器はの、サイトウと言う男が使っておった、とされる武器じゃ」
鳥肌。サイトウ……斎藤? しかしダメだ。今は尋ねてはいけない。藪蛇。
「これまで実物を見れなかったんですが……やはり珍しいのですか?」
「うむ。サイトウが使っていた一振りを除いて、存在しないのぅ」 ジンロウさんは手に持った刀を眺めながら言う。 「サイトウは初代剣聖じゃった。誰もその剣に触れることは許されなかったのじゃ」
「では、死後に……?」
「いや、サイトウの死後、カタナは所在不明と聞いておる」
ということは、複製もできなかったということで……。
「おぬしは、僅かな情報とその技術力を以って、初の再現に成功したのかもしれぬな」
「はは……。しかしまだ上手く作れたかどうか……」
「ホッホッ。そうじゃの。試してみるとしよう」 ジンロウさんはゆっくり歩き出した。
ニナさんが続く。俺は足が震えないように注意しつつ、二人の後を追った。
ジンロウさんは、恐らく父が作ったであろう、巨大な石柱の前で足を止めた。刀を収めた鞘を左手に持っている。
「これがちょうど良さそうじゃ」 言うなり、柄に手を近づけ——
——キンッと鍔の音を鳴らした。居合いだ。目の前の石柱は横一直線に切断されている。初めて手にした刀で……達人って凄い。
「……ホッホッホ……。よく手に馴染む。良い剣じゃ。もう返さぬぞ?」
「……よ、喜んでいただけたようで何よりです……」
「ホホッ!」
俺は額の汗を拭った。 「それで……俺の稽古の方は……」
「おお! そうじゃった!」 ジンロウさんは上機嫌だ。さっきまでの鋭さはない。 「これほどの物が作れるなら、何とかなるやもしれぬぞ」
「すみません。訊いてもいいでしょうか?」
ジンロウさんはまず、刃舞について教えてくれた。刃舞とは技ではなく、戦闘スタイルを示す名前らしい。これまでもずっと見てきた、ニナさんの戦い方がそれだった。まるで刃が舞うように戦う……だから刃舞だ。
この刃舞には、洗練された身のこなしと無駄のない太刀筋、正確な魔力コントロールが必要になる。どれも一朝一夕で習得できるものではない。
「そこでのぅ。おぬし、作った剣を土魔法で操り、舞うのはどうじゃ?」
「剣を操って舞う……。なるほど!」
「昨日の手合わせを見るに、剣筋は見えておるようじゃしの。これなら魔力面の鍛錬に集中できるじゃろうて」
「おお! なんで思いつかなかったんだろう……。経験の差ですかね?」
「そうじゃ。経験の差を活かして後進を導くのが、師というものじゃろう?」
「確かに……仰る通り」
本当に、仰る通り。自分が研究者として指導する時にも、忘れちゃいけない指針だ。
それにしても……そうか……予め作り、鍛えておいたものを操って戦う。上達した鍛冶魔法が活きる。
「課題は、全身から放出する際の魔力コントロールを鍛え、離れた生成物を操れるようになること……どうじゃ?」
「同意です。……いや、本当に凄い」
ジンロウさんの指摘の通り。俺が自在に操作できるのは、俺と触れている物だけだ。高速で移動する際は足に触れた岩を操作しているし、乗り物も俺が乗って触れている。少し離れても射出や変質くらいはできるが、射出して身体から遠く離れた物は操作できなかった。俺は空中に生成した物を、雑な土魔法で操作していたのか……。この操作技術を鍛えれば良い。身体から魔力を放出し、土魔法に活用する。
「では早速始めるかの。まずは、儂とニナの手合わせを観察し、剣筋を盗むが良い。ニナも良いな?」
「はい」
「ジンロウさん、ありがとうございます。ニナさんも」
ニナさんは杖を手に取った。 「いえ。できることがあって良かったです」
「ホッホッホ……ニナも油断しておれんぞ?」
ニナさんは一瞬驚いたが、すぐに顔を引き締めてジンロウさんとの手合わせを始めた。ジンロウさんは、どこから出してきたのか、昨日と同じような木の棒を使っている。……相棒ですらなかったのか……。っと、そんなことを考えてる場合じゃない。
俺は瞬きすらせず、二人の剣筋を見続けた。
ニナさんに伸びる一筋の剣閃。瞬間、ニナさんの姿が消えた。キィンッと高い音が鳴り、ニナさんの杖と剣が衝突する。再びニナさんの姿が消え、間合いの外に現れた。
「ホッホッホ……。だいぶ様になってきたようじゃのぅ」
「あ、ジンロウさん。……そうですね。お陰様で」 と俺は応えた。
「ニナも動きが良くなったようじゃな」
「ええ」
ジンロウさんの家の裏で手合わせ。ここ最近の俺とニナさんの日課だ。修行開始からどれだけ経っただろうか? 昼夜問わず集中していた時もあったので、正確な日数は覚えていない。たぶん、数週間は経過したと思う。
刃舞の習得はだいぶ完了した。ここまで仕上がるのにかなり苦労はしたが。現在は最大で四本の浮遊する剣を操作し、攻防に活かすことができる。
最も苦労したのはやはり土魔法による操作技術の習得だった。
我々は日頃、何も意識せずに手を使って物を掴むことができる。では、足で掴めるだろうか? ギリギリなんとかなるかもしれない。しかし、肩ではどうだろう? 腰では? 背中では? そもそも、『肩で掴む』の意味が分からない。そういう感覚だった。なんとか要領を得たのが一週間ほど前。
しかしすぐに次の課題にぶつかった。
剣という武器には、斬れる部分とそうでない部分がある。柄で殴ったのでは斬撃にならないし、刃を真っ直ぐに立てないと上手く斬れない。つまり問題は、剣の向きを適切に操作すること……姿勢の制御だ。これは前世で、厄介な問題として知られていた。
さらにあろうことか、俺は操る剣に日本刀を選択した。カッコいいと思ったからだ。しかし、日本刀は片刃の剣。対称性を利用して姿勢制御の問題を簡略化することはできない。それでも俺は挑んだ。難しさは諦める理由にはならない。カッコいい方がいい。
この姿勢制御の課題解決には、前世で培ったロボット制御の知識をふんだんに活用した。刀にゴーレムの頭部を組み込み、姿勢用の制御則を魔力プログラミングで書き込んだ。こうすれば、俺は刀の位置を操作することに専念できる。
三次元空間における姿勢は、身近ながら奥深い。自由度は三つしかないはずなのに、三つの変数では上手く表現できない。ロール・ピッチ・ヨー角に代表されるオイラー角を使った表現ではジンバルロックの問題がある。刀が空中であらゆる姿勢を取る今回には不適だ。四元数を用いる手法は便利だが、俺はあの力押し感がどうも好きじゃない。
そこで今回は、数学的な行列による表現を選んだ。この表現は姿勢と姿勢の『差』を直感的に扱える点がいい。数学的にもスッキリしていてマジックのようだ。あとは微小時間ごとに差をフィードバックするだけで、刀の姿勢を思いのままに操る制御則……のフレームワークが出来上がる。残る作業は補正の強度の調整……つまりゲインチューニング。これはもう……根性でいい塩梅を探すしかない。
一週間を費やした今、なんとか及第点のチューニングに成功した。
「この稽古も、今日で一区切りとするかの」
「あ、やっぱりそうですか?」
「そうじゃの。基本は掴めておる。後は日々の鍛錬次第じゃが、それはここでなくても出来よう。これだけ育てば、儂がジゼルに怒られることもなかろうて」 ジンロウさんは俺にニヤリとしてみせた。 「ジゼルに紹介されて来た者を、無碍に扱える訳がないわい」
「もしかして、最初から……」
「ホッホッホ! 良い相棒をもらった! ではの!」
そう言ってジンロウさんは刀を掲げながら、家に帰っていってしまった。突然の修行終了。残された俺とニナさんは顔を見合わせ、少しの間だけ沈黙を交わしあった。
「……最初から転がされてた?」 と俺は言った。
「そうですね」
「……帰ろっか」
「はい」
俺は岩バイクを生成する。元々大した荷物は持ってきていない。
「……いい師匠だね」
「はい」
鍛えてもらった俺とニナさんは一路、マギアキジアに向かった。
恵みの森の上空。
「……ドコウさん。このまま直進してください」 岩バイクの後ろに乗るニナさんが耳元でそう告げた。
「え?」
「平野にモンスターがいます」
修行による岩の操作技術向上により、岩バイクはもはやバイクではなくなった。空を飛んでも余裕でコントロールできる。素晴らしい副産物だ。とてつもなく寒いので、ニナさんの風魔法によるサポートが必須だけど。
とにかく、急ぐ必要があるようだ。直進した先にあるのは、ドワーフ村の南にある平野。蜥蜴人と戦った平野だ。俺は岩バイクの速度を最大まで上げた。
しばらくして、見えた。武装した蜥蜴人が三体と父。まだ戦闘の形跡はないので、ギリギリ間に合ったようだ。
「どうしますか?」
「俺がやってみるよ」
俺は刀の生成を始める。四本。
「父さん! 俺がやるよ!」
「ドコウかッ!」
「ギエッ!」 蜥蜴人もこちらに気づいたようだ。
俺とニナさんは岩バイクから飛び降りる。制御を失った岩バイクは、そのままの勢いで三匹の中央にいる蜥蜴人に突撃した。が、これはあっさり両断されてしまった。映画のようにはいかない。岩バイクの強度はほとんど上げていないので仕方ない。
しかし、これは違うぞ。岩バイクを両断した蜥蜴人の斜め後方から二本の刀。正面から俺が突っ込む。ちょうど三方からの攻撃だ。
だが、右の刀はちょっと後方に行き過ぎ。左の刀は逆にちょっと足りない。制御工学的に言えば、右はオーバーシュートし、左は応答が遅い。
「ギッ!?」
蜥蜴人は有効な行動を何も取れないまま、俺の拳を鳩尾に受けた。そのまま立ち上がらない。二本の刀に近づいた拍子にゲインを調整する。
左右に残った二体の蜥蜴人が、甲高い鳴き声を上げながら剣を振り下ろしてきた。俺の攻撃の隙を付く、基本に忠実な良い攻撃だ。それゆえに、読みやすい。ニナさんとの稽古のお陰でこの辺りの勘がかなり付いた。
というのも、ジンロウさんとの手合わせを経てから、ニナさんの速度は尋常じゃない。たまに姿を追えないことは前から会ったが、今はもう、見えないのが普通だ。自然と目に頼らない戦い方が身に付いた。
攻撃に使用しなかった二本の刀を先回りさせ、防御する。蜥蜴人の攻撃に押され、空中に留めた刀が少し動いた。『いなした』とも言える。問題なさそうだ。
左の蜥蜴人はすぐに飛び退いたが、右は一瞬遅れた。狙いが定まる。俺は最初の蜥蜴人を倒す時に使った二本を操り、右のやつに三方からの攻撃を仕掛けた。当然、飛び退きそうな方向は塞いだ。今度は狙い通りの軌道を描いている。
「ッ!」 声にならない声を上げ、結局その蜥蜴人は、刀を防ぎきれずに首を失った。
鎧の隙間を狙うコントロールにも成功。調整はいい調子だ。
さて。俺は残りの一体に向けて四本の刀を飛ばす。あまり離れすぎるとコントロールを失うので、俺も接近しつつ。
「……ガッ……!」
拳の間合いに入る前に、最後の蜥蜴人は動かなくなった。複数の刀に貫かれて。




