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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
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第20話:白髪の老婆

 恵みの森を歩いている。交易ルートからかなり離れた獣道。いや、獣道ですらない。


「これは……案内がないと無理だね」 と俺は言った。

「はい」 とニナさん。

「人が通った跡もないようだけど……」

「木魔法を使って草木の痕跡を消しています」

「もしかして今も?」

「はい」

「おお、それはありがとう」


 実は、エルフの隠れ里はマギアキジア予定地から遠くないらしい。しかし道が整備されていないので、時間はかかる。


「エルフの里の中央は避け、祖母……最長老の家に向かいます」 ニナさんが言った。

「……分かった」


 避ける理由を聞く必要はないだろう。俺がドワーフであること、それだけで十分だ。


 そのまま森を進み続けて数日。端から見たら、遭難しているように見えるだろう。


 しかしニナさんは足を止めた。


 なんの変哲もない、森の中。目の前には、やや大きめの木があるだけだ。その木にニナさんが魔力を込める。ズズッ……と低い音を立てて太い根が僅かに持ち上がり、根があった場所に人が通れそうな穴が開いた。ここに入るようだ。


 ニナさんに続いて穴に入ると、背後で根が元に戻り、陽の光が遮られた。かなり暗いが、歩けないほどではない。ニナさんに続いて暗闇を進む。目を凝らすと、前方に小さく光が見えることに気づいた。出口……いや、入口のようだ。


 穴の先に見えたのは当然、森……だが、その森を見て俺は息を呑んだ。よく手入れされた大きな木々。その隙間から差し込む、陽の光のカーテン。木々の中程には複数の家と、それらを繋ぐ橋がかかっている。ファンタジー世界のイメージ絵にピッタリな、幻想的な光景だ。流石エルフ。期待を裏切らない。俺は一人、コレだよコレコレ感を味わった。


「ドコウさん?」

「あ、ごめん」


 ニナさんは目の前の道ではなく、背の高い草木が生えている方へ歩いていく。俺はそれに続いた。途中、草木の隙間から見えた里の様子は、とても静かだった。人の気配はするが、外を歩く人はいない。


 しばらく進むと、雰囲気の違う家が見えてきた。他の家より古く、少し立派だが、何より違うのは建てられた場所。地の上に建っている。


 ニナさんは草木に隠れるのをやめ、その家の扉の前に立った。


「おばあちゃん。ただいま」


 いつもより少しだけ柔らかい響き。その響きを、俺はドワーフ村で聞いたことがある。


 すると家の中から様々な音が聞こえてきた。ガシャンとかパリンとか、ドンとか……。最後は結構重みのある音だった。


「なんか凄い音しない?」

「ええ……」

「……静かになっちゃったけど……」

「……来ます」


 扉が勢いよく開いたと同時に、 「ニナ! ニナかえ!?」 と老婆が飛び出てきた。


「おばあちゃん。ただいま」

「おうおう……おかえりおかえり」


 白髪で小柄、耳はしっかり尖っている。長い木の杖を持っているが、宝玉は付いていないようだ。ニナさんのお祖母さん。


 ニナさんとハグを交わしたお祖母さんは、俺をジロリと睨みつけた。……あまり好意的ではないようだが、それは覚悟の上だ。


「初めまして。ドコウと言います。ニナさんと旅をさせてもらって——」

「入りな」 そう言ってお祖母さんは、ニナさんの手を引いて家に入っていった。


 残された俺に、空気が刺さる。針のようだ。……これは厳しい戦いになりそうだ。


 俺は一歩、足を踏み出した。


 扉が閉まるのとほぼ同時に、 「ジゼルだよ」 とお祖母さんは名乗った。


 ……名前を教えてくれる程度には、信用してくれた、と受け取ってもいいだろうか。


「茶を淹れるから楽にして待ってな」 そう言って家の奥に行ってしまった。

「ドコウさん。すみません」 とニナさん。

「いやいや、気にしないで。大事にされてるんだね」

「……互いに唯一の家族です」

「……なるほど」

「手伝ってきます」 と言ってニナさんも奥に行ってしまった。


 すぐに楽しげな会話が聞こえてくる。


 手持ち無沙汰になった俺は、部屋をぐるっと見回した。質素だが、綺麗に整えられた部屋だ。最も目立っているのは、大きな本棚。壁と一体化したそれには、ギッシリと魔法書が詰まっている。不思議と落ち着いた気持ちになれる、いい家だ。


「待たせたね」

「いえ、お気遣いなく」

「ドコウさん。おばあちゃんが一番良いお茶を淹れてくれましたよ」

「え? そんな……」

「ニナと仲良くしてくれてることは、ニナを見れば分かるさね。これはその礼だよ」


 最初の険悪なムードはどこにも残っていなかった。分かりやすい人だ。


 ジゼルさんは席に座ってお茶を一口飲んだ。 「……さて、ニナ。わざわざ帰ってきたってことは、何か話があるんだろ?」

「ええ」


 実は、ニナさんが俺をお祖母さんに会わせたがっていた理由は訊いていない。蜥蜴人(リザードマン)を倒したあの時、ニナさんは理由を話さなかった。なら訊かなくていいと思った。


 俺はお茶を一口飲んだ。……あ、美味いなコレ。かすかな花の香りが、気持ちを落ち着かせる。そう、落ち着こう。俺にも訊きたいことは山程ある。壁画のこと、遺跡のこと、そして何より、ニナさんの髪のこと。しかしまずは、落ち着いてニナさんの話を待とう。俺はもう一口、ゆっくりとお茶を飲んだ。


 ニナさんはまず、これまでの旅のことをジゼルさんに話した。恵みの森で俺と出会い、五つの都市を巡り、今はドルフィーネに滞在していること。そして、ドルフィーネの南東に新しい都市……マギアキジアを建設中であること。


 ジゼルさんは優しい目でニナさんを見つめながら、静かに話を聞いていた。


「その建設中に、壁画を見つけました。エルフとドワーフが描かれたものです」

「……そうかい」

「そこに描かれていたエルフは、黒い髪をしていました」 ニナさんはジゼルさんを真っ直ぐ見つめている。 「一際(ひときわ)大きく、茶色の髪をしたエルフも描かれていました。……おばあちゃん。何か知りませんか?」


 ジゼルさんはゆっくりとお茶を飲んだ。


「ニナの仲間は、どんな人達なんだい?」

「……? ……良い人達です。もうすぐ一緒に暮らす予定です」

「……そうかい」 ジゼルさんは目を閉じ、沈黙した。


 外から、木々が風に揺れる音が聞こえる。無数の葉が奏でる旋律。


「……エルフに伝わる言い伝えだよ。その昔、エルフの英雄が髪を茶色に輝かせ、我々を護ったそうだ」

「……英雄」 とニナさんが繰り返す。

「ニナがそうしたようにね」


 やはりあの壁画は、英雄を称えるものだったのか。しかし腑に落ちない。


 俺は我慢できなくなり、口を開いた。 「ニナさんから、髪が茶色に輝く技を禁止されていると聞きました。理由を聞かせてもらえませんか?」

「……ドコウと言ったね?」

「はい」

「あんたは、なぜそれを知りたいんだい?」


 ジゼルさんが、真っ直ぐ俺の目を視る。


「はっきり言えば、ニナさんが心配だからです。……技を使った後の数日、髪は茶色のままでした。身体に変化がある、という事実は、慎重に見るべきだと思います」

「……ニナの話では、あんたは研究者なんだってね」

「はい。少なくとも自分では、そう思っています」


 また沈黙。お茶を飲むジゼルさんにつられて、俺とニナさんもお茶を飲んだ。


「茶色くなった髪は、数日安静にすれば元に戻る。心配しすぎることは、ないのさ」

「ではなぜ、それを禁じたんですか?」

「あんたと似た考えさね。身体に影響がある技を、むやみに使うもんじゃない。だからワシは、ニナをジンロウのところへやったんだ」

「ジンロウ……さん?」

「私の師です。ドコウさん」 とニナさん。


 なるほど。あの技を使わなくても良いように、技量を高めさせた、ってとこか……。


「あの技を使えば、魔力の放出量が一時的に大幅に増える。その代わりに髪が茶色になる。それは数日で元に戻る」 ジゼルさんが淡々と言った。 「エルフにとって、あの技は神秘なのさ。理由を考えようなんて思うやつはいなかった。あんたは違いそうだがね」

「……研究者なもんで……」


 髪が茶色く変化する現象が、やはり伝承では肯定的に捉えられている。それは分かった。しかし、まだ断片的な情報だ。


「……あんたとは気が合いそうだね」

「そうですね。俺もそう感じてます」

「ふん」 ジロリとジゼルさんが俺を睨んだ。 「あんた、ニナを守れるかい?」

 ドキッとした。 「……正直に言うと、技量が足りない。不安を感じてます」

「分かってるじゃないか」


 先日の蜥蜴人(リザードマン)戦で明白になったことだ。思い返せば、俺が戦闘技術を学んだのは、ドルフィーネの基盤学校に通う前の子供の頃。以降は全て、独学である。


「ニナ、こいつをジンロウのとこに連れてきな」

「……はい」


 おお……! それは嬉しい。ニナさんの戦闘技術は、ずば抜けている。その師匠。


「それは、是非会ってみたいです」 と俺は言った。

「精々しごかれてきな。ジンロウがその気になるか次第だけどね」


 ジンロウさんの家が次の目的地になった。帰るのが遅くなるが、まだ大丈夫だろう。


 話は終わる雰囲気だったが、俺にはもう一つ訊きたいことがある。


「すみません、もう一つ訊いてもいいですか?」

「なんだい?」

「ニナさんの髪が黒い理由です。祖母である貴女は何か知りませんか? 遺伝とか……」


 空気が少し重くなった。


 ジゼルさんはお茶をまた一口。湯呑みを見たまま、口を開いた。


「……ワシとニナは、血の繋がった家族じゃないのさ」

「……え?」 失言だった。余計なことを訊いた。 「そ、それは失礼を……」

「勘違いも当然さね。ニナはね、森で見つけた子だよ。花に囲まれ、一人で寝てたのさ」

「……」 ニナさんは何も喋らない。

「ごめんニナさん……」

「いえ。先に話しておいても良かったです」


 つまり、ニナさんは自分の親も分からない……? あ……そうか……。だから自分が何者か……。つくづく、大失態だ。


「ワシを『おばあちゃん』と呼ぶもんだからね。それなら、義祖母(そぼ)になってやろう、って訳さ」


 ジゼルさんは目線を俺に戻す。ニナさんはまた何も言わなかった。


「血の繋がりなんてどうでもいいさね。ニナはワシの家族だよ」

「……突っ込んだ話を訊いてしまい、すみません」 俺は深く謝罪した。

「さっきも言ったじゃないか、あんたの疑問はもっともだ」

「……おばあちゃん。もう一つ」 今度はニナさんだった。

「ん? なんだい、ニナ」

「ドコウさんのこと、何か知ってる?」 ニナさんは質問し……え?

「……初対面だよ」

「違う」 とニナさんは言った。……違う?

「……ふぅ。……リリーナとドームの子供ってことは知ってるよ」

「父と母の知り合いなんですか!?」 俺はお茶をこぼしそうになった。

「そうさね。伊達に長生きしとらんよ」


 ……言われてみれば確かに。父も母も長命だ。恐らく、ジゼルさんも相当長い年月を生きている。面識が無い方が不自然だ。


「おばあちゃんは、私が旅立つ時、ドワーフ族とあまり関わらないように言った」

 初めて耳にする情報に対し、ジゼルさんは当然のように 「そうだよ」 と肯定した。 「もうリリーナとドームにも会ったのかい?」

「リリーナさんには」

「どうだった?」

「良い人です」

「なら、ワシが言ったことは忘れな」


 ジゼルさんの言葉にニナさんは頷いた。満足気だ。……え、終わり?


 俺はニナさんと出会った時、母が『エルフとドワーフの仲が悪い』と言ったことを気にしていた。元々、俺自身は先入観を持ちたくなかったので、一瞬で払拭された。ニナさんも同じだったってことか。


「今後もドコウさんに付いていっていいですか?」 とニナさん。

「ワシに許可なんて取るんじゃないよ。ニナの好きにしな」

「……ありがとう。お祖母ちゃん」 ニナさんはホッとしたように小さく息を吐いた。

 俺は口を挟んだ。 「……ん? もしかしてニナさんが俺をお義祖母さんに会わせたかった理由って……?」

「了承を得るためです」

「……なるほど」

「訊きたいことは終わりかい?」

「ええ。ありがとう。おばあちゃん」

「なら、晩ご飯の支度にしようかね。今日は泊まっていけるんだろう?」 とジゼルさんが俺を見た。

「……あ、俺は場所がなければその辺に小屋を建てますよ」

「バカ言うんじゃないよ! 寝床の一つや二つくらいあるさね!」


 その晩は、不思議と居心地の良い夜だった。

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