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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
19/26

第19話:これを使いたいのです

 一週間の自由時間。ミミカがニナさんと過ごしている間にやりたいことがある。


 俺はまず、ヴァルさんの部屋に来ていた。マギアキジアに住めるようになるまでの間、ジーナスさんに借りている部屋だ。住み込みの護衛の皆さんに混ざって部屋を二つ借り、片方をこの仕事部屋にしているらしい。


 扉を三回ノックする。 「ヴァルさん、ドコウだけど」

「おお! 入ってくれ!」


 部屋にはヴァルさんだけ。良かった。今日の話は、ヴァルさん以外にはまだ話せない。


「後回しになっちゃってたけど、蜥蜴人(リザードマン)について、少し話したい」

「……うむ。飲み物を用意しようか?」

「うーん。いや、大丈夫」


 俺はヴァルさんに、武装した蜥蜴人(リザードマン)のことを説明した。南の平野で遭遇し、すぐに戦闘になったこと。蜥蜴人(リザードマン)は、やはり倒した後に魔力になったが、武具は残ったこと。


 俺は持ってきた袋からそれを取り出す。 「で、これが、蜥蜴人(リザードマン)の装備」

 ヴァルさんが胸当てを手に取った。 「これは何で出来ているのだ?」

「そうか、ヴァルさんはヒルタートルを知らなかったね。この鎧は、ニナさんでも皮膚すら斬れない亀のようなモンスターの、一番硬い部位。甲羅から作られたものだ」

「なッ!? それでは、ニナ殿では倒せないということか!?」

「いや、ある意味正しいけど、それについては順を追って話すよ」


 とてつもない性能の装備よりも、報告しなければならないことがある。


「装備は確かに凄い。でも、驚異的だったのは、これらを使いこなす技量だ。俺とニナさんの二人同時で互角か、劣勢だった」

「なんだと!?」 ヴァルさんは勢いよく立ち上がりながら大声をあげた。


 少しの間を置いて、座り直す。


「……す、すまない。そんな……信じられん。……では、どうやって倒したのだ?」

「ニナさんが斬った」

「ニナ殿が……? 鎧は斬れないのではなかったのか?」

「ニナさんが『奥の手』を使ってくれたんだ。……正直、そうでなければ俺は危なかった」 最後の防具を机に置いた。 「これが、ニナさんが斬った敵の鎧だ」


 両断された籠手。


「綺麗な断面だ……。一切の抵抗なく、斬ったのだろう」

「うん、一瞬だった。そのまま、ニナさんが蜥蜴人(リザードマン)の首を()ねて終わった」

「そうか……。ニナ殿はそのような技を残していたのだな」

「ヴァルさんしか居ない時を選んだのは、この奥の手について話すためだ」 俺は一度言葉を切り、ヴァルさんを見た。 「技を使った後、ニナさんの髪は、茶色に変化した」

「そ、それはあの壁画のようではないか!」

「そうなんだ」


 マギアキジア予定地の端で見つかった壁画を知っているのは俺・ニナさん・ヴァルさんだけだ。今はヴァルさんの判断で立入禁止になっている。後で岩で塞ぐつもりだ。


「自分の髪色が変わったことに、ニナさんは驚いていなかった。前にも経験したことがあるらしい。……でも、どうやら一族の人から禁止されていたそうだ」

「禁止……」

「昨日ヴァルさんも見た通り、今、ニナさんの髪は元通りだ。ドワーフ村で数日休んだらすぐ戻った。……でも、俺は気になってる。髪が茶色く変化したことが、良いことなのか悪いことなのか分からない」

「ふむ……。私は壁画を見て、茶色い髪のエルフは英雄なのだと思った」

「俺もだ。でも、じゃあなぜ禁止するんだ……? ニナさんが目立つからとか?」

「それはあり得るな。ただでさえ珍しい黒髪のエルフなのだ。さらに目立った時、悪い方に転ぶ可能性の方が高いだろう。我々が初めて会った時のように。……分からないものを、我々は恐れるからな」


 懐かしい話だ。ステラマーレの門番はニナさんの黒い髪に驚き、ヴァルさんを呼んだ。


「そうだね……。ま、今報告できることはこれだけかな」

「分かった。すぐには飲み込み切れんな」

「だよね。……それで、俺とニナさんで、ニナさんのお祖母(ばあ)さんに会うつもりなんだ。ニナさんの提案でね」

「ニナ殿の? 何か知っているのか?」


 ニナさんは何も聞けなかったと言っていた。ましてドワーフの俺に、とは思うが……。


「分からない。でも行ってくるよ」

「分かった。こっちのことは任せて欲しい」

「いつも悪いね」

「ふっ、それはお互い様というやつだ」


 頼もしい。さて、これでヴァルさんと話しておきたいことも済んだ。次は——。

 ——バァンッと大きな音を立てて扉が開いた。


「旦那ッ! ここに居たニャ!? こっち来るニャ!」 飛び込んで来たのはミミカ。

「え?」 腕を掴まれた。

「おお、ではな、ドコウ殿」


 呆気にとられながらも手を降るヴァルさんに見送られつつ、俺はミミカに連行された。




 俺はジーナス邸の庭を走っている。いや、引っ張られている、という方が正しい。


「ミミカ! 今日はニナさんの着物の仕上げじゃなかった?」 走りながら俺は訊いた。

「それはもう終わったニャ! ニナ様が美しすぎてほとんど仕上げは不要だったニャ!」


 ミミカは猫の獣人。俊敏だ。付いていくのは結構大変である。


「そ、そうか。……それでなぜ俺を?」

「ニャ? そんなの決まってるニャ。旦那に見せるためニャ!」


 庭、玄関、廊下を駆け抜け、ジーナス本邸内に借りたミミカの作業部屋に到着した。


「外に出る前に、旦那に見てもらわないとダメだニャ」


 その部屋にニナさんは居た。こちらを振り返る。その姿に、俺は息を呑んだ。


「……ドコウさん」


 黒を基調とした、シンプルな和装。着物をベースにはしているが、動きやすさも考慮されている。履物はブーツか。これならニナさんの動きにも耐えられるだろう。機能性は十分に見える。そして何より。


「とても綺麗だ」

「……」


 ニナさんの凛とした雰囲気を、よく引き立てている、と思う。


「ごめん。デザインの知識が乏しくて、在り来りな表現しかできないけど……」

「いえ」

「ニャッフッフッフ……。旦那も気に入ったようだニャ!?」

「うん。流石だね、ミミカ」

「まだまだだニャー! これは始まりに過ぎないのニャ。これを着た色々なニナ様を観察し、さらなるインスピレーションを得るのニャーッ!」


 尽きることのない向上心。見習うべき姿勢である。


「それでお出かけってことか」

「そうだニャ! 昨日遅くまでレティと練った計画。涙を飲んで保留にした案があったニャ! でも、仕上げ時間短縮により実現可能だニャ! 急いでレティに報せニャいと! じゃ、行ってくるニャ!」 声を掛ける間もなく、ミミカは行ってしまった。


 部屋には俺とニナさんだけが残る。


「外出は明日からだそうです」 とニナさんが言った。

「そっか。……気づけばもう暗くなってるもんね」

「はい」

「その服は旅にも耐えられるのかな?」

「ミミカはそう言っていました。今まで着ていた服以上の耐久性があるそうです」

「本当に凄いなミミカ……」

「ええ」

「せっかくだし、ローブも新調する? もし良ければ一緒に探しに行こうか?」

「……すみません。ローブもミミカが作ってくれました」

「あ、そりゃそうか」


 うーん、何かないかな……。


「……今日は、ヴァルさんに蜥蜴人(リザードマン)のことを報告してたんだ」

「はい」

「改めて、あの時はありがとう。……それで、何かお礼をしたかったんだけど、ミミカに先を越されちゃったな」

「……では……」


 ニナさんは懐から何かを取り出した。キラキラ輝く小さな白い石。


「あれ、これって……」

「はい。最初に頂いた魔岩です。これを身に付けられるようにしたいのですが」


 俺がニナさんに会ってすぐ、魔岩の生成を説明する際にあげたものだ。


「それなら、改めて何か生成するよ?」

「いえ。これを使いたいのです」

「そっか。……魔岩は壊れやすいから、何かで保護した方がいいね。どこに付ける?」

「……では、腕で」

「分かった。……あ、それならせっかくだし……」


 イメージが固まればすぐ作れる。魔法の凄いところだ。さっきの魔岩を宝石のように扱ってみよう。基本は細めのブレスレット。そこに細い爪で魔岩を固定する。石付きの指輪だと、石座(いしざ)って呼ぶんだっけか。我ながら、なかなか上品に仕上げられたと思う。


 キラキラと白く輝く魔岩が付いた、ブレスレットだ。


「どう?」

「ありがとうございます。……この素材は初めて見ます」

「それはね、開発中のオリジナル金属。魔岩の魔法的な特徴を極力残してる」

「それは……嬉しいです」


 ニナさんはブレスレットを両手で受け取ると、左腕に通した。うん、よく似合ってる。シンプルなデザインにしておいて良かった。


「これで私とミミカだけが、褒美をもらってしまいましたね」

「そういうことに……なるかな?」

「レティやスゥ、クレアも研究を頑張っています」

「お。実はあの三人にも何かあげたいんだよね。魔機研を代表する研究者の証も兼ねて」

「素敵です」


 今日はもう遅くなってしまった。オズさんとも話したかったが、明日にしよう。


「ニナさん、この後の予定は?」

「特にありません」

「じゃ、ご飯どうかな?」

「はい」


 俺とニナさんは久々に二人で夕飯に行くことにした。二人だけで、というのはステラマーレ以来だ。いつかまた、魚料理を食べに行きたい。




 自由な一週間の二日目。俺はドルフィーネの医療機関を訪れていた。清潔で真っ白な廊下に換気しやすい大きな窓。室内の割に歩いていて気分が良くなる。薄暗くない廊下ってのはいいな。気持ちよく歩いて着いた目的地の扉は、開いていた。


 室名プレートを確認し、声をかける。 「オズさん。ドコウだけど。いま大丈夫かな?」

「おお、ドコウ様! ……わざわざ来て下さったんですか? 言っていただければすぐに向かいましたよ」 オズさんが慌ててこちらにやって来た。


 部屋の奥にある机には卓上サイズの人体標本が置かれている。


「用があるのは、俺の方だしね」 俺はオズさんの部屋に入った。


 オズさんはクレアの共同研究者で、医師だ。ドルフィーネに帰った時、皆が解散する際に声をかけておいた。


「それで、御用というのは何でしょう?」

「ズバリ、オズさんの専門性についてだ」


 はっきり言うと、俺はこの世界の医療が何をしているのかよく分かっていない。この世界には治癒魔法がある。大抵のことは治癒魔法で治るのだ。


「そうですね……では、まず始めに医師の一般的な仕事内容についてお話ししましょう」


 俺は頷き、オズさんが用意してくれた椅子に腰を降ろした。


「ドコウ様もご存知のように、小さな怪我は治癒魔法で治せます。魔法を使えない者は多くおりますが、それでも治癒魔法を使える者がそれなりにいます。……まあそうですね。十人に一人もいれば大抵は大丈夫でしょう。ですので、医師が怪我の治療をする機会は、実はそれほど多くありません」

「……小さくない怪我は?」

「それがまさに、我々医師の仕事です。治癒魔法は、本人の自然治癒能力を魔力で補助する魔法です。四肢や臓器を欠損してしまった際など、自然治癒で治りきらない場合には、専門的な医療行為が必要です。……元に戻せるという意味ではありませんが」


 なるほど……。可能な限り、命を繋ぐ仕事か。文明レベルが低く、危険な肉体労働も多い上、モンスターもいるこの世界だ。欠かせない仕事だろう。


「また、病気や毒の類も治癒魔法では治せません。正確には治せる場合もあるのですが、悪化する場合もあります。そのため症状が重い場合は、我々が薬草などを調合して提供します。……これはドコウ様もご経験があるでしょうが」

「……え?」

「え?」


 理解できない二人の時が、一瞬止まった。病気……、病気? そういえば、この世界に来てからかかった記憶がない。ドワーフだから? 物理的に頑丈なだけじゃないのかも。


「ドワーフ族やエルフ族などは、病気にかかりにくいと聞いたことがあります。それも長命である理由の一つだとか……。いや、実際に目の前にすると驚いてしまいますな」

「そ……そうなんだ……」

「私がもし薬草の研究者だったら、ドコウ様には無縁だったかもしれませんね!」

「オズさんの専門は、怪我の方だよね」

「はい。特に、魔法に関する機能損傷について調べています」


 クレアとの研究も、そういった内容だった。前世にはない医療分野だ。


「魔法の機能損傷って、どんな時にするんだろう?」

「一番多いのは、過大な魔力を使用した時です。余程のことでないと損傷までは至りませんが……。そのため、患者数はあまり多くないのです。ですから私は、神経や筋肉も研究しています。魔力ではなく物理的な力に対して、似たような機能を担いますので」


 本命の対象と少しズレたことも研究対象にするというのは、よくあることだ。意外と、片方での発見がもう片方の研究に役立ったりする。


「いかがでしょう? ドコウ様の知りたかったことを、説明できたでしょうか?」

「うん。ありがとう。とても分かりやすかった。……ただ……良かったら動機も聞きたいな。つまり、なぜ魔法の機能損傷や神経、筋肉の研究をしたいのかってところ」

「……なるほど。ドコウ殿は研究の根底にある『信念』を大事にされるんですね」

「お、その言い方は、オズさんもそうだね?」 俺が問うと、オズさんは力強く頷いた。


 研究という営みをどう捉えるかは、人によって意外と異なる。何かを調べること。これも研究。新しい技術を確立すること。これも研究。そして自分が信じる考えを科学的に立証すること。これも研究だ。この時、調べたり作ったりする行為は『手段』になる。


「私はですね、ドコウ様。身体的な問題が理由で何かを諦める、ということに強い悔しさを感じるんです」


 ずっと笑みを絶やさなかったオズさんが、少し引き締まった表情で話し出した。もちろん俺も顔を引き締めた。


「魔法を使えなくなった人も四肢を失った人も、大抵は望んでそうなった訳ではありません。むしろ何かに一生懸命取り組み、頑張って頑張って頑張った結果……事故が起きてしまった。それほどまでにやりたいことがあったのに……心を燃やすような目的があったのに……もう彼らはどんなに望んでも、彼らが満足するパフォーマンスを発揮できない。心は満たされない。……そんなのは、悔しすぎるじゃありませんか」


 オズさんは両手の指を交互に組み、強く握っている。言葉は穏やかなままだが、強い想いが込められていた。


「それが私の動機であり、信念です。……人体を調べ、もし損傷した器官が回復不能なら人工的に代替する。そうして全ての人に、やりたいことをやらせてあげたい」

「立派だ。……陳腐な言葉だけど、とても立派だと思う」

「ありがとうございます」 とオズさんの表情が柔らかく戻った。


 ウズウズする。オズさんの研究熱に当てられてしまったようだ。やはり人の信念には凄いエネルギーが宿っている。そして大きなエネルギーは周囲に影響を与えるものだ。


「オズさん、クレアからロボットについて何か聞いてる?」 堪えきれずに話し出した。

「はい。クレアさんがお持ちのあの素晴らしい人形。あれを発展させて自動で動かし、人のパートナーとする——」

「うんうん」 俺はとても正確な理解に感心した。

「——神の所業だ、と力説されました」

 俺は顔を隠したくなった。 「……クレア……」

「私も是非何かお役に立ちたいと思っているのですが、違うんでしょうか?」

「いや……驚くほどよく理解してくれてるんだけど、表現がね……」


 クレアの中での俺の神格化が、日に日にエスカレートしている気がする。


「えっと……まあ今は置いといて。……実は手伝って欲しいことがあるんだ。そしてきっと、オズさんにも損にならないと思う」

「私の損だなんてそんな。……是非聞かせてください」

「うん。まだしばらく先の話なんだけど、人間の筋肉や魔力伝達の構造を人工的に再現して、ロボットを作ってみようと思ってる」

「なんと!?」 驚いたオズさんはしばらく眉間をツンツンし、やがてゆっくりと顔をこちらに向けた。 「いやはや、電撃が走りましたね」


 これは『生物模倣』と呼ばれる研究アプローチだ。優れた身体能力を有する生物の構造を『模倣』することで、ロボットなどにその能力を取り入れようとするやり方。


「ここでオズさんの知見を借りたいんだけど、この取り組みはオズさんの研究にも良い効果があると思う。ただ、その話の前に一つ教えてほしくって。人間の魔力伝達を担っている構造には何か名前が付いてるのかな?」

「はい。『魔力神経』と、一般には呼ばれています」

「お、分かりやすいね」


 生物模倣には、ロボットの性能向上の他にも面白い側面がある。


「たぶんだけど、人間の筋肉や魔力神経はかなり複雑なんじゃないかな?」

「……その通りです」 とオズさんは答えた。

「完全には解明できていないんじゃ?」

「……その通りです」

「部分的にロボットとして再現するってことは……」

「ってことは……?」

「再現した構造の効果や仕組みを、ロボットを使って調べられるかもしれない」


 オズさんはため息を一つ。 「ああ……クレアさんが心酔するのも納得です」

「どうだろう? 俺としては、まだ具体的に定まっていないロボットの構造のヒントとして、人間の洗練された構造を参考にできるメリットがある。そして、『上手くいけば』という条件が付いちゃうけど、オズさんの研究にとっても魅力はあるかな、と……」

「魅力しかありませんよ! 是非協力させてください!」

「それは良かった! ありがとう!」


 意気投合とはこのこと。俺とオズさんは、硬い握手を交わした。




 次の日。俺が扉を開けると、カランカランッ……とドアベルが鳴った。


「いらっしゃい! あ! ドコウの旦那!」 店主さんは俺に気付いて驚き、そして俺の隣を見て、 「あんたもしかして!」 とさらに驚いた。

 俺は先に、 「久しぶりですね」 と言った。

「このお店……運命の場所……」 クレアは棚の一つを見た。


 今は何も置かれていない。


「あんた旦那の人形を買ってくれた人だよな!? 旦那と知り合いだったのか!?」

「ボクは……我が主の眷属……」

「けん……なんだって?」

「えーっと……。彼女はクレア」 クレアがどうも変なテンションなので、俺が補足する。 「旅の途中で知り合って、今は研究仲間です」


 店主さんはクレアに挨拶し、改めて礼を言った。 「とにかく旦那の人形と、クレアさんのお陰でとても助かった。今、妻は実家にいる。里帰り出産、というやつだな」


「ややこしくなっちゃいましたが、力になれたなら良かったです」 と俺は言った。 「ところで、『旦那』って?」

「実は、俺達もマギアキジアに移住するつもりなんだ。あの都市は旦那の都市だろ? なら旦那だ! そんで旦那は敬語をやめてくれ!」

「おお、来てくれるんですか? あ……。なんか皆に断られるな、敬語」

「神に敬語を強要。それは冒涜」 外出に誘ってから、クレアはずっとこの調子である。


 この店に来た目的が達成されてしまった。この店の移転をお願いしたくて来たのだ。


「妻が実家に帰ってゆっくりする費用も、その間の店のやりくりも、そしてマギアキジアへの移住費も、クレアさんのお陰で全て心配ない! 本当にありがとな!」

「ボクは……情報へのお礼をしただけ……」


 クレアのこういうきっちりしたところが、オズさんや研究者達から慕われる理由なのだろう。俺に対する言動とのギャップが凄い。


「マギアキジアへの移住費って……もう何かかかった?」 と俺は訊いた。

「いや、まだだが……。店を移すんだ。使い回せる物はあるが、新しく建てるくらいの費用は見積もってる」

「ヴァル……ヴァレンティンさんのとこには行った?」

「へへ……それがバタバタしちまってまだ……」


 一人で働きながら準備してるのだから無理もない。しかし、危なかった。


「実はある程度こっちで負担してるんだ。店を営んでくれる人は一緒に都市を作ってくれるようなものだからね。自己負担はほぼ無くなるようにしてる」

「本当か!?」

「うん、俺からも伝えておくから、明日にでも行ったほうが良い」

「分かった! ありがとな!」


 もちろん、誰でもではない。運営三人衆が話を聞き、判断してくれている。判断基準は、マギアキジアの発展に繋がるかどうか。


「マギアキジアでは、どんなお店を開くつもり?」

「まあ……やっぱり雑貨屋だな。せっかくなんで、旦那の人形のように機構が特殊なものとか、魔工学? ってのに関する物を置きたいと思ってる」

「それは、好都合だな。最高だ」


 旅立つ前。この店にミニアルファ人形を持ってきて良かった。店主と奥さん、ついでに旅立つ前の俺に感謝したい。


「マギアキジアの中心には、研究所が建つことは知ってる?」

「ああ、魔機研って言うんだろ?」

「そうそう。そこで魔工学を研究する。前の人形のような機構だけじゃなく、魔力も利用する色々な装置を開発する予定なんだ」

「魔力も……面白そうだな」

「その開発された装置を大衆向けに売る、最前線を担ってもらえないかな?」

「え? ……それって……」

「研究所公式の販売店ってところかな。もちろんこれまで通りの雑貨屋の傍らでいい。装置を開発するのはこれからだし。少し先の話になるからね」


 いくら研究したところで普及しなければ、基盤技術は創れない。料理屋などへの展開、研究所での説明……これらも重要だが、魔工学にあまり興味ない人には届きにくいだろう。もっと気軽に手に取れる機会が必要だと思う。


「い、いいのか? うちで……?」

「俺はそう思ってる。クレアはどう? この店を前から知ってるのは俺とクレアだけだ」


 クレアの人を見る目にも期待している。良い協力者を見分けるセンスがあることは、オズさんで立証済みだ。だから付いてきてもらった。


「ボクは賛成。ボクが来た時……店主さんはあの人形の素晴らしさ……理解(わか)ってた」

「……という訳で心配なしだ。あとはヴァレンティンさんやジーナスさん達と詰めてもらえれば、問題ないと思う」

「……凄いことになった……」 店主さんはガッツポーズした。この世界でも同じポーズ。不思議じゃない。嬉しい時に自然としてしまうのが、ガッツポーズなのだから。 「旦那! 頑張らせてもらうぜ!」




 ジーナス邸の玄関でミミカは俺に頭を下げた。 「旦那、ありがとうございましたニャ」

「いや……それは俺じゃなくてニナさんに……」

「もちろんもう済んでるニャ!」


 一週間の自由時間が一瞬で溶けていく間に、皆には俺とニナさんが少し出掛けることを伝えておいた。玄関には、主要なメンバーが見送りのために集まってくれている。


 クレアとの用事を済ませた後、俺は大半の時間を一人で過ごした。出発までに作っておきたいものがあったのだが、それは昨日、ギリギリで完成した。


「ニナさん! 私もとっても楽しかったです!」 とレティがニナさんに言った。

「私もです。レティ、ミミカ」


 レティがニナさんから俺に視線を移す。 「ドコウさん! 私、やる気いっぱいです!」

「それは頼もしい! よし、そんなレティに渡したいものがあるんだよね」


 俺はポケットに入れておいた布の包みを一つ取り出した。うん、水色の布だ。手の中で布を広げ、昨夜完成したばかりの物をレティに手渡す。


「ドコウさん、これ……?」

「髪留めというか、髪飾りというか……。魔機研を代表する研究者、俺の弟子の証として作ってみたんだけど……どうかな?」

「そんな……っ! すっごくすっごく嬉しいです!」


 少し大きめのヘアピン……のつもりで作った。弟子の証がシンプルすぎるのもどうかと思ったので、レティに合う装飾を少しつけた結果、やや大振りになってしまった。……俺は転生前も転生後もデザインセンスがない。完成には果てしない試行錯誤を要した……。


「で、でも。私だけ貰う訳には……」

「大丈夫。一番弟子の次は、スゥだね」


 俺はポケットから次の包みを出しながらスゥの方へ歩いた。うん、薄紅色の布だ。手触りだけで判別できる。なんせ何度も微調整したのだ。形状も重さも知り尽くしている。


「妾にも……?」

「当然! スゥはいつも髪飾りを付けてるよね。浮かないように、それに少し寄せてみたんだけど……。どうだろう……?」

「これは……。……大切に、使わせてもらうぞ」


 スゥが大事そうに受け取ってくれた髪留めは、レティのものより少し長いデザインにした。全体の雰囲気は、レティの物と統一している。


「最後になって悪いけど」 俺はクレアに向かって歩きながら、最後の包みを取り出した。紫色の布。 「クレアは髪を短くしてるよね。髪留めを使うか分からなかったんで、邪魔になりにくいように少し小振りにしてみた。……どう?」

「セセセセッセバスッ!」 クレアは自分の後ろに控えている執事の名を呼んだ。


 あからさまに頼るのは珍しい。


「なんでしょう?」

「ボボボボクを支えてて! 心の準備しようとしたけど無理だった! ボクの信ずる神がボクのために考えてお作りになった物を(たまわ)るなんてっ、ボクきっと倒れる!」

「……お嬢様……」 セバスさんはしかし、クレアの言う通りにはしなかった。 「倒れてしまっては、せっかくドコウ様から頂くこの瞬間を、記憶しておけませんよ?」

「たったたた確かに……」


 深呼吸するクレア。


「わ、我が主……出来ればボクが……倒れないようにゆっくり、渡して欲しい……」

「お、おう。分かった」


 どうにか、髪留めを渡すことができた。レティの物とほぼ同じだが、少しだけシンプルなデザイン。……意識はあるみたいだ。


 弟子三人組は早速髪留めを身に付け、互いに褒め合っている。喜んでもらえたようだ。


「さて、じゃあそろそろ出発するよ。そんなに遠くないらしいけど……よろしく」

「うむ。そちらもよろしくな」 とヴァルさんが頷いた。


 意味深に視線を交わす。今回の旅の目的を詳しく知っているのは、ヴァルさんだけだ。ニナさんの髪についての説明は、もう少し分かってからにしたい。


 俺とニナさんは、皆に見送られながら出発した。ニナさんのお祖母(ばあ)さんが居るという、エルフの隠れ里へ。

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