第18話:都市建築計画
俺とニナさんは『マギアキジア都市開発組合ドルフィーネ支部』……別名ジーナス邸に到着した。……ほんと、ジーナスさんには頭が上がらない。
門にはヴァルさんがいた。 「ドコウ殿! 待っていたぞ!」
「ヴァルさん! わざわざ出迎えありがとう」
「当然だろう。それに、待っているのは私だけではないぞ。……早く中に入ろう。私だけが話していると後で何を言われるか分からん」
やたらと急かすヴァルさんに押され、三人で並んで歩き出す。
「しかし、本当に早かったな。あの乗り物か?」
「そうそう。前傾姿勢で乗るから、岩車より速度を出しやすい。二人が限界だけどね」
「そうか……私が乗る機会はなさそうだな。……ところで、蜥蜴人はどうだった?」
「凄く強かったよ。それについては話したいことが色々ある。また後で時間がほしいな」
「承知した。是非頼む」
話すうちにジーナス邸の玄関に到着した。大きな扉を開ける。
「ああ我が主よくぞご無事で是非聞いてほしい成果があるのムグッ!」
「おぬし! 最初はレティだと話し合ったじゃろうが!?」
「ぷはっ! ……ご、ごめんレティ……。ボク、御姿を見たら我を忘れちゃって……」
「い、いいんですよ! 嬉しいし話したい気持ちはよく分かります!」
弟子達だけじゃない。たくさんの仲間が待ってくれていた。マギアキジアに出発してからなので、一週間ほど空けることになってしまったが、皆も元気そうだ。一人を除いて。
レティが輝く笑顔を見せる。 「二人ともお帰りなさい! 手紙で無事なことは知っていましたが、こうして会えるとホッとします」
「ただいま。そうだね、俺も皆に会えてホッとしてるよ」
「ただいま、レティ」 とニナさんも続いた。
「それで……何か俺に話したいことがあるの?」 と俺は訊いてみた。
「は、はい! その、魔蔵ブレスレットに溜められる魔力の量が、激増しました!」
「え!? すごッ!」
やや緊張気味だったレティの表情が、元の明るさを取り戻した。
「一回溜めれば、ウォーターブラストを三回は打てます!」
「凄い効率アップじゃないか……凄いぞ……。何か工夫したの?」
「はい。スゥさんにも手伝ってもらって。魔蔵ブレスレットの表面の抵抗を、一部だけ除いて上げてもらったんです」
「ふむ。どうしてそうしたんだろう?」 と俺は訊いた。
結果も大事だが、理由はもっと大事だ。いい結果が出た時こそ慎重に。
「えと、これまでは魔力をある程度まで溜めると、以降は込めた分だけ抜けているような感覚があったんです。それで、もしかして表面から抜けてるんじゃないかなって……」
「レティから、抜けにくいように出来ないか相談を受けたのじゃ」 とスゥが補足した。
「なるほど……」
魔岩を構成する殻の強化。シーリングのようなものか。言われてみれば単純だ。
「うん、よく考えたと思う。凄いよレティ! 機人実現への大きな一歩だ!」
「で、でも抵抗を上げてくれたのはスゥさんで……」
「いや、確かにスゥも手伝ったんだろうけど、それはレティを手伝ったんだ。この改良のアイデアは、レティの成果だよ」
「そうじゃ。妾は実現を手伝ったに過ぎぬ」
「あ、ありがとうございます!」
レティは再び輝くような笑顔を見せ、そのままの明るさでニナさんと話を始めた。背後から鼻をすする音が聞こえるが、後が支えているので無視だ。
「次は妾じゃ。まず、無事で何よりじゃ……。何もできず申し訳ない」
「いやいや、俺が勝手に判断したんだから、スゥが気にすることはないよ」
「そうか……ふむ。……妾はな、この間にマギアキジア移住希望者と話をしておった。その結果、ボレアリスで共に作った炎を出すあの仕掛けを使って、料理屋を開くことになったのじゃ」 とスゥは驚くべき報告をした。
ボレアリスで俺とスゥが作った装置は、俺が生成したガスコンロのゴトクのような形の魔岩をスゥが追加工して作る。 熱を生み出して料理か……本当にゴトクだ。魔工学を使って何かを営みたい人がいる話は、ヴァルさんから聞いていた。スゥが早速、具体的に進めてくれたってことか……手際が良すぎる。
「それは……魔工学が実際に社会の役に立つ、最初の一歩じゃないか!」
「そうじゃな……」
「もっと誇らしげにしてくれよ! これは凄い一歩なんだぞ!」 俺は興奮していた。
「う、うむ! 妾もやり甲斐を感じておるぞ!」
あえて言わないが、それだけじゃない。これはスゥにとって大事な経験になる。スゥはこれまでの経緯から、自己肯定感が極端に低い。未だに自分を無才だと思い、努力でカバーしようとしている。しかし実際のスゥは本当に凄いのだ。増長するのも良くないが、卑下するのも良くない。自分の凄さを適切に把握し、正しく先を目指してほしい。
「何か手伝えることはある?」 と俺はスゥに尋ねた。
「うむ。あの魔岩を少しずつ違う形状で、いくつか生成してくれぬだろうか? 具体的には、爪の密集具合を変えてみたいのじゃ。爪同士の距離で、火力が変わるじゃろう?」
「確かに。お安い御用だ。後でまた声をかけてもらえる? できれば作って渡すだけじゃなくて、俺も実験したいけどな……」
「ありがとう。妾もそうしたいが、そなたは多忙じゃろう? 可能なときで良い」
スゥの言う通り。残念だけど、のんびり実験は難しいかも。
「次はボクだけど、ボクだけじゃない。これ」 クレアは俺に一本の糸を手渡した。
……これってまさか?
「魔岩糸……ミミカと頑張った……」
「こんなに短期間で!?」
「旦那ァ……」 ミミカがようやく口を開いた。
他の皆は元気そうだが、ミミカだけ心做しかゲッソリしている。
「ウチ頑張ったニャ……?」
「ああ、これは凄いぞ!」
「じゃあ……ご褒美を要求してもいいニャ……?」 なんだか凄いプレッシャーだ。
「褒美……?」
「そうだニャ! ニナ様と一週間過ごす権利を要求するニャ! 」
「……えっと……それはニナさんに訊くべきことじゃ?」
「つまり旦那からは許可が出たってことかニャ!?」
俺の前で話していたはずのミミカの姿が消えた。
「ニナ様! どうかニャ!?」
気がついたらニナさんの両手を握っている。
「ええ」
「やったニャーッ!」
一番元気がなかったミミカは、今、一番元気になった。
「ニナさんと何かするの?」 と俺は訊いた。
「旦那らしからぬ愚問だニャー……。着物の仕上げに決まっているニャ! 二日三日は必要だニャ。それから着物姿のニナ様とお出かけニャ! ……ニャフフ……! ……レティ! レティも研究お休みして一緒に行くニャ!」
……ニャフフって何? レティが俺を見ていた。いや、別に俺を窺わなくても。
「息抜きは何においても大事だよ。それと、今後も俺に許可を取る必要はないからね?」
「はい! ミミカちゃん! 私もニナ姉様とお出かけしたい!」
「盛り上がってきたニャー! レティ、こないだ一緒に下見したカフェはなかなか良かったニャ? それから……」 ミミカとレティは、別の世界に入り込んでしまった。
ニナさんはそんな二人を優しく見守っている。
俺はクレアに向き直った。 「クレアも、お疲れ様。この魔岩糸は凄い成果だ。色々な応用が考えられるけど、今は何か挑戦中?」
「ありっ! ……ありがたき……ありがとうございます。……魔岩糸の応用をちゃんと考えるために、まずは色々な特性を計測中……です」
「『ありがとう』で十分だよ。そっか……現状の把握だね。流石、堅実だ」
「えへへ……」 と笑うクレアは弟子の中で最も経験豊富だ。進め方が上手い。
「いやー、しかし……俺の弟子は皆凄いな……」
「そなたはどうなのじゃ?」 とスゥが訊いた。
「あ! そうです! また何かこっそりやってたんじゃないですか?」 とレティ。
「……我が主の研究は、全て理解したい……」 クレアも。
「いや、そんなこっそりって……」
バレたか。ドワーフ村でニナさんの髪が戻るのを待つ間、俺には時間があった。そして近くにはゴーレムを教えてくれた母。となれば、やることは一つ!
「よーし。ではお見せしよう! 俺の成果を!」 俺は早速、ゴーレムを一体生成した。
今回は初のオール魔岩製。腰ほどの背丈の小さな二足歩行タイプだ。
「お! ゴーレムじゃな!」
「ふっふっふ……。よく見るんだな、スゥ。この手を!」
「……なんじゃ?」 スゥは腰を低くしてゴーレムの手をまじまじと見た。
「関節が細かいじゃないか!」
そう! 今までのゴーレムの手はちょっと簡略化されていた。なんと今回は、人の手と同じ関節構造になっている! こんな細かい構造を一瞬で作れる土魔法の凄さ!
「……そ、そうか。では、この指が動くのじゃな?」
「……」
「動くのじゃな?」
「……それは今度に取っておこうかなー……」
「動かんのじゃな」
「……そうだね」
造形にこだわった結果、魔力を溜める体積を確保できなかった。やっぱり関節に魔岩を埋め込んで直接動かす今までのやり方では限界がある。しかし、さっき聞いたレティの成果やクレア達の魔岩糸を使えば、この問題は早速解決できそうだ。素晴らしい。
……さて、気を取り直して、今回の成果といこう。
「実はもう一つ見せたいことがある」 俺はゴーレムの頭部に魔力で作用する。
母からヒントをもらいながら確立した、画期的な技術。
「……よし。じゃあいくよ。……ゴーレム! パターンA!」
岩と岩が擦れる音を立てながら、ゴーレムは右肘と右肩、さらに左肘と左肩を同時に動かした。走る時の腕のポーズに近い。
「続いてパターンB!」
命令を受けたゴーレムは両腕を同時に大きく動かし、ガッツポーズを取った。
「……どうよ!?」 俺は弟子たちを見た。
ゴーレムの瞳は輝いたままだ。俺の瞳も輝いていたかもしれない。
「……あ! ゴーレムさんって同じ動きしか出来なかったはずです!」 とレティ!
「そうじゃった!」 スゥも言った。
「よく分かってくれたな弟子達よ……。そう。色んな動きができる。しかも! 予めいくつものパターンやルールを決めて、ゴーレムに覚えさせられるようになった!」
俺は息を整える。……あれ? 静かだ。
「……あ。理解した……かも……」 クレアはボソッと喋った後、ブルブルっと震えた。
……来る!
「我が主! これは異なる状況に対する命令を構築できるという事!」
「そう!」
「つまり工夫次第で取りうる行動は無限大という事!」
「そう!」
俺とクレアはガシッと手を握った。
「妾はまだ全てを理解できておらぬが……。機人の実現に一歩近づいたのじゃな?」
「そういうこと! まだ基礎的だけど、もう一つの課題だった操作技術が向上した!」
母に初めて見せてもらった時の理解の通り、ゴーレムの頭部はCPU……計算機のように使える。今回確立したのは、その計算機への指示の出し方……いわば、魔力を用いたプログラミングとでも言うべきものだ。制御を考えるために欠かせない技術。『魔力プログラミング』と名付けた。
「はっはっは。本当に面白いお仲間を集めましたね。ドコウくん」
「いやー……待たせちゃったみたいで……」 俺はジーナスさんに謝罪した。
唐突に始まった研究発表会。俺達が盛り上がっていた場所は、玄関だった。
慌てて移動した部屋の中央には大きなテーブルがある。紅茶と焼き菓子、カップが二つ。アリアナさんと待っててくれたようだ。一人で待っていたのではなくて少しホッとした。今、アリアナさんは席を外しているようだ。
「構いませんよ。予想していました。皆さん朝からずっと落ち着かない様子でしたから」
「そうなんですか? 事前に到着時間は伝えてたと思いますけど……」
「ヴァル殿なんかは、二時間前から門に立ってましたね」
「ジーナス殿!」
この部屋は玄関にいた全員が入れる大きさではないので、大半は解散した。残ったのは俺・ニナさん・ヴァルさん・スゥ・セバスさん。ジーナスさんを入れて六人の会議だ。議題はテーブルの中央に広げられた大きな二枚の図面……建物の間取図。
「それでは、本日は私から説明させていただきます」
「はい、お願いします。セバスさん」
それからセバスさんはまず、魔機研の隣に建設予定の大きな家について説明した。
ここに住む予定なのは、俺・ニナさん・ヴァルさん・レティ・スゥ・ミミカ・クレア。そしてこの面々の世話役を引き受けてくれたセバスさんと、部下の女性の方。つまりこの大きな家は……放っといたら研究か何かに没頭し、他の全てを忘れそうな要注意人物を一纏めにして、管理する施設である。
入居予定者の大多数からは、研究所に生活スペースを作る案が推されたが、 「その場合の皆さんは、何とかして目を盗もうとなさるはずです」 というセバスさんの鋭い一撃によって消え去った。
その時セバスさんの目は間違いなく、この場にいない前科持ち……クレアを見ていた。
セバスさんが提示した家の設計案は、それはもう素晴らしいものだった。立派な調理場と、皆で食事できる広いスペースも目を引くのだが、何より目立つのが大浴場。
この世界には一般に風呂の文化がない。水や湯を浴びて身体を綺麗にする、というのは日常的な行為だが、湯船がない。しかし、やはりと言うか何と言うか、ボレアリスには風呂の文化があった。
『研究アイデアって、不思議と考え込んでる時よりも、その後リラックスした時に閃くんだよね。だから、そういうリラックスできる場を、習慣の中に入れるのは効果的だと思う』 と言って俺が湯船を提案した。
この時は程々の規模を想像していた。しかし。
『……そうか……皆と共に入れるのかの……憧れておったのじゃ……』
スゥが小さく洩らした言葉を聞き、俺の中でプランの変更が提案され、即可決された。
そして俺は、人数が多いので女性側は立派にしようと提案した。我ながら自然な提案だと思ったが、スゥに却下された。気付かれていたかもしれない。結局、立派な男湯と女湯を作ることになった。
『では、材料となる木は私が用意します』
ニナさんの助け舟。このお陰で、大掛かりになった大浴場建設計画は、何の問題もなくスムーズに進んだ。なお、湯沸かしには例のゴトク型の魔岩を使う予定である。
セバスさんが図面の大浴場を指差す。 「大浴場の設計に問題はないでしょうか?」
「うん。俺から言うことはないね。女性側もどうかな?」
「妾はこれ以上望めぬ。こんなに立派な……本当に良いのかの……?」
やはりスゥは、自分のせいで大掛かりになったと思っていそうだ。失敗が悔やまれる。
ジーナスさんが口を開いた。 「セバスさんとお話したんですが、この大浴場でノウハウを積み、いずれ大衆向けの公衆浴場を作ろうと考えています。魔工学を活用した独自の施設です。住民の幸福度も上がりますし、経済的にも良い影響を及ぼすでしょう」
流石、運営三人衆の経済担当。いや、担当は俺が勝手に思っているだけだが、実質間違っていないだろう。
とにかく俺は感動した。 「なるほど! とても良い案だと思います。ところで、ちゃっかり巻き込んじゃってますけど、本当に手伝ってもらっていいんですか?」
「おや? 今更仲間外れにするつもりですか? ドコウくん」
「いや、そういう意味では……。俺はドルフィーネのバランスを崩さないか心配です」
「はっはっは! 冗談ですよ。……そうですね。影響は大きいと思います。しかし、ドコウくんの研究構想はドルフィーネから見ても魅力的です。それならば、内部に居たほうが都合が良い……という打算だと思ってもらえれば」
「そうですか……。そういうことにしておきます。ありがとうございます」
「やはりドコウくんは、丁寧ですね」
スゥもホッとしたような表情をしている。流石ジーナスさんだ。
「続いて、こちらが魔工機人研究所……魔機研の案になります。事前にドコウ様から伺った通り、各研究者専用のスペースの他、共同実験用の大きなスペースと、大会議室を作る予定です」
今回の研究所の計画について、俺はそれほど細かく指示を出していない。ただ、大会議室だけは少し考えがあったので、場所なども指定させてもらった。
「……うん。ちゃんとお願いした通り、大会議室は入口から直で入れる場所にあるね」
「はい。広さも最大限確保してあります」
「いいね。言うこと無いよ」
「ありがとうございます」
この会議室は、ゼフィリアでの出来事を参考にして考えた。
「ドコウ殿、このように広い会議室は、何に使うのだ?」 とヴァルさん。
「これはね、実はスゥの意見を聞いて考えたんだ」
「妾の? ……もしやゼフィリアの件かの?」
「そうそう。あの時みたいに、色々な分野のメンバーで集まる場を設けようと思う。意見交換するんだ。そしてその場を、できれば研究所の外にも広げていきたい」
色々な背景を持った人が集まる異分野融合。簡単ではないが、魔岩糸のような爆発的なアイデアが生まれる可能性を秘めている。マギアキジアでその輪を広げたい。
ヴァルさんが再び図面を見た。 「それでこの位置なのだな」
「うん。何かまとまった成果が出た時の技術発表会も、ここで出来る。もし大きさが足りなくなったら、その時はまた専用の施設を考えようと思う」
「なるほど……。住民に近い研究所になりそうだな」 とヴァルさんが核心を突いた。
「流石ヴァルさん! そうなって欲しいと願ってる。都市全体で、研究するんだ」
この狙いは、想像以上に順調だ。元々は、研究所側から住民に了承を得て、都市内で実証実験する程度のイメージだった。しかし、既に魔工学の積極的な利用が始まっている。
「壮大な話じゃな……」 とスゥが呑気に言った。
「何言ってるの。 スゥは早速、体現しようとしてるじゃないか」
「む? ……そうか……料理屋のことじゃな」
「うん。……ということで、料理屋に転用してみて上手くいったとことか、新しく見えてきた課題とか、そういうフィードバック、期待してるよ」
「ふふっ。抜け目ないのじゃな」
「まあね。特に課題の方が欲しいな」
「変わっておるように聞こえるが……分かるぞ」
俺とスゥは互いにニヤリとしてみせた。




