第17話:その色は何を語るのか?
俺は広大な土地の中央を歩いていた。まだ何も無い剥き出しの地面。この何も無い土地が俺達には必要だった。ここは条件が揃っている。地盤も大丈夫そうだ。
目線を足元から前方に移すと、ちょうどヴァルさんが作業員との会話を終えたところだった。近づく俺に、ヴァルさんも気付く。
「だいぶ整地が進んできたね。ヴァルさん」
「そうだな。計画が壮大になったため、着工が遅れてしまった」
「壮大……本当にね……」
ここは俺達の新しい研究所……魔機研の建設予定地だ。だが、違うとも言える。ここは、新しい研究都市の建設予定地だ。
元々、研究所は大きな建物にする必要があると考えていた。しかしそれでも、ドルフィーネの中に建てる予定だった。建設費用や当面の運営費用は、クレアの研究所の運営費にヴァルさんとジーナスさんからの寄付を加え、工面する予定だった。寄付は何度も何度も断ったのだが、あの二人は一度出すと決めたものを引っ込めない。結局、ありがたく受け取ることにした。
しかしこれが、ややこしくなる原因だった。ヴァルさんのお金の動きを察知したレグナムグラディから、巨額の支援金が届いたのだ。確かに以前、レティの件で礼をしたがっているとは聞いていたが……。レグナムグラディには船を貸してもらった恩があるので、俺としては受け取りにくかった。
だが、レグナムグラディに呼応するようにして、トニトルモンテからも巨額の支援金が届いてしまった。いつぞやのモンスター退治の礼という名目だった。こうなると、もう収拾がつかない。察知したステラマーレからも、ヴァルさんとレティさんを応援するかのように支援金が届いた。
……さらに、ヴァルさん・セバスさん・ジーナスさんの運営三人衆と俺しか知らないが、ボレアリスの皇帝からも支援を受けた。個人としてだった。四人で悩んだ末、スゥには言っていない。彼女をあれ以上頑張らせてはいけない。
そんな訳で、もうどこの支援を断るとか、そういう話ではなくなってしまったし、そもそもドルフィーネ内に建てるのもマズくなった。各国からドルフィーネへの支援になってしまうからだ。それまで立てていた計画を白紙に戻し、何度も話し合った結果。ドルフィーネから南東に数日歩いた先、『恵みの森』に少し差し掛かる場所に、新たな都市を作ることになった!
名前は、『マギアキジア』。運営三人衆が考えた。本当に良かった。
マギアキジアとドワーフ村の距離も歩いて数日ほどになる。ドルフィーネとドワーフ村、マギアキジアが正三角形を結ぶ予定だ。マギアキジアとドワーフ村の間には、ドルフィーネとステラマーレを結ぶ交易ルートが通っていた。森を抜けるのに比べると遠回りのルートだ。これからはマギアキジアを経由する、とジーナスさんは言っていた。
俺は、 「住んでくれる人は集まりそうかな?」 とヴァルさんに訊いた。
都市を作るとなると様々な人が必要になる。研究者ばかり居てもダメだ。ドルフィーネに近いとは言え、ある程度の生活基盤を築かないといけない。
「問題なさそうだ。結構な数の希望者がいると聞いている。基盤学校を卒業し、魔工学を扱う職につきたい者も多いそうだぞ」
『魔工学』というのは、魔法学と工学をくっつけた造語だ。魔機研で研究開発する技術の総称として使う予定である。
「研究者志望ってこと?」
「いや、どちらかというと、魔工学を活用して何か営みたい、という者たちらしい」
「……それは面白い」 俺は内心驚いていた。
「そうだろう? 私もそう思い、似た者をさらに募ってはどうかと提言した」
魔工学を用いた都市生活基盤。それって、俺の夢の実現に凄く近いんじゃ? 基盤技術として、魔工学に期待してくれている人がいる。
「ヴァレンティン様! ドコウ様!」 と作業者が走ってきた。
整地作業を行っていた一人だと思う。
「どうした?」 とヴァルさん。
「都市の端になる予定の土地を整えていたら、入口のようなものが見つかりまして……」
「入口?」
「はい。地下に続く階段のようなものが……」
「分かった。行ってみよう。ひとまずその付近の作業は中断し、他にあたってくれ」
入口? 地下? それって……異世界あるあるの一つ、遺跡ってやつじゃ?
「ドコウ殿も……行くだろう?」
「もちろん」 即答した。
俺は手を高く上げ、遠くにいるニナさんを呼んだ。この三人で工事の様子を見に来た。
「……どうしました?」
「地下に続く階段のようなものが見つかったらしい。……一緒に行こう」
そこはまさに遺跡だった。
三人それぞれが持つランプの灯りに照らされる壁面は、どう見ても人工的に加工されたものだ。この壁は、ほぼ間違いなく土魔法と鍛冶魔法を使って作ったものだろう。
遺跡が見つかった場所には、元々大きな木が生えていた。この辺りは『恵みの森』の端なので、何も違和感はなかった。しかし、地下に硬い遺跡があり、根を張りにくい場所に、大きな木が自然と生えるのだろうか? 森に生える他の木々と同じように?
階段を降りた先には、アーチがあった。元々は扉があったのだろう。朽ちたのだ。
全員でアーチをくぐる。
ヴァルさんが先行し、 「広い空間だが、他に続く道はないようだな」 と言った。
俺はアーチを調べる。やはり、つなぎ目が不自然に少ない。土魔法で間違いない。
入って正面に進んだニナさんは、立ち止まって何かを見ている。 「……ドコウさん」
呼ぶ声に応えて寄る。 「何かあった?」
「……これを」 ニナさんが壁を灯りで照らした。
壁画があった。所々が掠れている絵の中には、ドワーフ族の姿が描かれている。ガタイが良く、肌は褐色。瞳には黄色が使われ、髪は赤茶色に塗られている。父のようだ。
そして、壁画に描かれているもう一つの種族。
「……」 ニナさんは壁画を見つめている。
尖った耳に白い肌の人々。瞳の色は様々、髪は、黒い。全員、黒だ。
「黒い髪……」 小さな声だった。
「……そうだね。……ニナさん、大丈夫?」
暗くてハッキリとは見えないが、動揺していることは分かる。
「……ええ。ドコウさん」
「分かった。……じゃあ、もう少し見てみようか」
ドワーフ族とエルフ族は、敵対しているようには見えない。むしろ、協力し合っているような様子が描かれている。ランプを掲げ、壁画のさらに高い位置を照らす。そこには、一人のエルフが、一際目立つように描かれていた。
「あれ、茶色……?」 俺は、隣でニナさんが息を呑む音を聞いた。
そのエルフの髪は、輝く茶色で表現されていた。こんな色を、金茶色と言ったと思う。
周囲を調べ終えたヴァルさんも近くに来た。 「ドワーフ族の色と間違えたのか?」
「どうかな? 黒く塗りたかったのなら、上から塗り直せるはずだけど」
ニナさんが口を開く。 「これは間違いではありません。この色を、私は知っています」
俺が尋ねようとした時——。
「皆様! 緊急です! 急いでお戻りください!」
——遺跡の入口から、緊迫した声が響いた。
ヴァルさんは、 「武装した蜥蜴人が現れたらしい」 と言った。
蜥蜴人は南半球の大陸に生息するモンスターで、詳しい生態は不明らしい。数少ない発見報告には、人間のように二本足で立ち、素早く動くことが記されているそうだ。武装するなんて報告はない。
今回発見されたのは一体。マギアキジア予定地から南南西の方角にある、広大な平野で見つかったそうだ。
「よく見つけたね」 と俺は訊いた。
「うむ。ドワーフ村から連絡があり、早馬に乗った斥候が確認したそうだ」
「ドワーフ村が?」
「ああ。ドコウ殿の母上殿が感知したらしい。……しかし今、父上殿は不在。それでドルフィーネとマギアキジアに対応の依頼が来た、ということだ」
そう。今、父はドワーフ村に居ない。俺はドルフィーネに帰ってすぐ挨拶しに行ったのだが、実家には母しか居なかった。その時に母から、父は知人に会うために数ヶ月ほど前から出掛けていると聞いた。
これまでドワーフ村の南に広がる平野は、父と母が護ってきたそうだ。母がいち早く感知し、父が倒す。ヒルタートル討伐に出向けなかった理由が分かり、スッキリした。
一人でモンスターを倒してきた父の強さにも驚いたが、母も母で、広大な範囲の感知とは……土魔法の一種だろうか。まだまだ奥が深い。
「……どうする?」 と問うヴァルさん。
「強いんだよね」 と俺は問いを返した。
「ああ……。普通の蜥蜴人だとしても、太刀打ちできる人間は少ない。それが武装しているとなると……明らかに異様だ。恐らく、先日ドコウ殿が言っていた半魚人のリーダーのように、特殊な個体だろう」
あのボスマーマンは、他よりも頭一つ抜けて強かった。今回はそれ以上かもしれない。
「……俺とニナさんだけで行こう」
「はい」 ニナさんが予想していたように即答する。
「……それがいいだろう。力になれなくて申し訳ない……」
「いやいや、ヴァルさんには、マギアキジアやドルフィーネの指揮をお願いしたい。念の為、避難の準備もしておいた方がいいと思う」
「……それは……。いや、承知した」
俺は魔岩の生成と整形を始める。今回はスピード重視。大きな魔岩を流線型に整え、イメージ通りの浮遊する岩バイクが完成した。なかなかカッコよく出来たと思う。
「ニナさんは俺の後ろに。こうやって跨るようにして、俺にしっかり掴まって。かなりスピード出るよ」
車と違って乗り方が独特だ。先にやって見せる。
「はい」 俺の指示通りに乗り、しっかり掴まった。
「じゃ、ヴァルさん。四日経っても連絡がなかったら、よろしく」
「……分かった」
岩バイクは一気に速度を上げた。
ドワーフ村の南に広がる平野には木々が少なく、ほとんど地面が剥き出しだ。広大な平野を一筋の土煙が疾走る。
「もう少し左です」
「えっ! ニナさん分かるの?」
「はい、恐らく。異様な気配をかすかに感じます」
風に負けないよう、ニナさんが耳元で方向を指示してくれる。壁画を見ていた時と違い、今は落ち着いているようだ。集中しているのだろう。
マギアキジア予定地を発って数刻、問題の蜥蜴人を発見した。辺りを見渡す素振りもなく、真っ直ぐに歩みを進めている。ドルフィーネに向けて。
前回の半魚人はトニトルモンテを目指していた。今回はドルフィーネのようだ。
俺は蜥蜴人を観察し、舌打ちしそうになった。 「ニナさん、あの装備って」
「はい。ヒルタートルの甲羅を使っているようです」
蜥蜴人は、全身にヒルタートルの甲羅で作った鎧を纏っていた。手には剣のような物を持っている。これもモンスターの牙か何かから作ったのだろうが、よく分からない。
こうなると、ニナさんの攻撃はあまり通用しないだろう。俺の土魔法も怪しい。少なくとも、ヒルタートルに石柱を当てて転倒させた時は、傷一つ入ってなかった。腹の面は、比較的柔らかいはずなのに。
「鎧がない部位を狙いますが、相手の技量次第です」
「分かった。何とか拳を当ててみるよ」
「お願いします」
蜥蜴人はとっくにこちらに気づき、真っ直ぐ歩いてきている。足を止めた。最初にニナさんが動く。素早く蜥蜴人に接近したかと思うと一瞬、姿が見えなくなった。
次の瞬間、蜥蜴人の側面からニナさんの斬撃!
ガッという大きな音を鳴らし、蜥蜴人は斬撃を籠手で受けた。さらにそのまま力で払い除け、ニナさんを飛ばす。
俺はその隙に蜥蜴人の懐に入り、胴を突く。が、滑らかな動きで躱された。
蜥蜴人は離れた間を跳躍して詰めると同時に、俺に向けて素早く剣を振り下ろす。俺は盾を生成しつつ、回避。生成した盾は簡単に両断された。……斬られた盾はただの岩ではない。鍛冶魔法で硬度を上げた物だ。
蜥蜴人の鎧から、ポロポロと礫が落ちる。回避と同時に鉄の礫を射出したのだが、微妙に着弾点をズラされ、鎧で防がれてしまった。
ううむ。鎧を上手く使った高度な戦闘技術。二人がかりで互角か、むしろ劣勢?
突如、地面から無数の枝が伸び、蜥蜴人を襲った。ニナさんの木魔法。蜥蜴人は大きく後ろに飛び退き、これを躱した。
ちょっと不思議だ。
今のは杖を使った斬撃よりも威力が低い。なぜ鎧で受けなかった?
全て見切られている訳では無いらしい。
しかし、その後も厳しい攻防が続いた。ニナさんは杖で斬りかかる度に鎧で受けられ、力任せに飛ばされる。俺の拳は当たらず、他の攻撃は鎧で防がれてしまう。
……一つ、気がついたことがある。蜥蜴人は俺にしか剣を振らない。戦闘中もほぼ俺のことを見ている。俺の拳を警戒しているのか?
ググッ……と異様な音が聞こえた。蜥蜴人が両脚に力を込めているのだ。筋肉が収縮し、骨の軋む音が、聞こえる程に。
地を蹴る爆音。リザードマンの、姿が消える——。
——迫る、刃。その切っ先が狙うのは、俺の首。
腕が飛んだ。
「ギェッ! ……ッ!?」
鱗で覆われた腕が地面に落ちるよりも早く、リザードマンはその場に倒れた。その身体に首はない。
俺の横に、転がっている。
一瞬の出来事。
「ニナさん……?」
「怪我はないですか? ドコウさん」
「え、ええ。だけど……」
ニナさんが持つ杖の宝玉が、輝いている。……髪と同じように。
「良かった……」
ニナさんの髪は、金茶色に淡く、輝いていた。壁画で見た、あの色だ。
……マタ、マケタ……。
リザードマンの死体は、やはりキラキラと輝いて消えてしまった。しかし、鎧と剣は残っている。持ち帰って調べよう。籠手の片方は、ニナさんによって真っ二つだが……。
「ニナさん。体調とか、大丈夫?」 俺は地面に突き刺さった剣を抜きつつ尋ねた。
「ええ」 いつも通りの返答。
「でも、髪が……」
「いずれ戻ります」
ニナさんの髪はもう輝いてはいないが、茶色のままだ。
「……」
ニナさんが何か言ったが、よく聞き取れなかった。 「ごめん、もっかい言って?」
「この色では、綺麗ではない……でしょうか?」
「え? いやいや、心配というか……。慣れた様子だけど、経験があるってこと?」
「……はい。以前に一度」
そこで俺は思い出した。
「あ! ヒルタートルに使おうとしてたのって……」
「はい。この技です。斬撃の威力を上げることが出来ますが、祖母に禁じられています」
「……理由は?」
「教えてもらえませんでした」
壁画では、茶色く髪を輝かせるエルフを英雄のように描いていると感じた。
しかし、禁じるくらいだから、やっぱり悪い影響があるのか? ……さっぱりだ。
「……ドコウさん。祖母に会ってもらえませんか?」
「え? いいのかな?」 俺はドワーフだ。
「はい。是非」
「じゃあ、俺も是非」
マギアキジアが形になるまで、まだ時間がある。
「とりあえず戻ろうか。歩く?」
「……いえ。先程の乗り物で。早く報告しないと、皆が避難してしまいます」
「あ、そうだった」
急いで岩バイクを再生成し、出発した。一番近いのはドワーフ村だ。
ドワーフ村の入口に、母が立っていた。 「ご苦労さま、ドコウ」
武装した蜥蜴人と戦った場所からは岩バイクで数刻。俺達より早く報せが来ることはない。やはり、感知していたようだ。
「ただいま、母さん。ずっと待ってたの?」
「いいえ。到着に合わせたのよ。……どうやって移動してるのかと思ったら……。ドコウは、いくつになってもお母さんをビックリさせるのね」
……なんだろう。いつもの優しい母だが、違う。何かを隠さなくなったような。
「貴女が、ニナさんね。私はリリーナ。ドコウの母よ」
「はい。ニナです。よろしくお願いします」
母はニナさんを見つめる。とても優しい目だ。
「えっと、母さん。前にも話したと思うけど、ニナさんはエルフで……」
「大丈夫よ。……立ち話は悪いわ。お家に来て頂戴」
「あ、その前にドルフィーネに報せを送らないと」
「それも大丈夫。もう送ってあるわ」
……それはそうか。討伐したことを感知してすぐに、報告してくれたのだろう。
家に入り、席に座ると、母はお茶を出してくれた。もう報告の用は済んだのだが、急ぐ理由もなくなった。せっかくなので少しお喋りしていってもいいだろう。
母が言う。 「改めて、討伐、ご苦労さま。お父さんが留守だから困っちゃったわ」
「なんとか倒せて良かったよ。倒したのはニナさんだけど」
「そう……」 母はニナさんを見た。
ニナさんと母の間にギスギスした雰囲気は一切ない。それどころか、ニナさんもいつもより少し、リラックスしている気がする。
「そういえば母さん。母さんは広範囲を感知できるんだよね?」
「ええ、そうよ」
「その技って俺にも使えるかな?」
土魔法はマスターしたと思っていた。これからマギアキジアを守るためにも役立ちそうだし、是非習得したい。
「ごめんなさい。こればっかりはドコウにも教えられないわ。私だけの特別なの」
「うーん、それは残念——」
「——それは……」 ニナさんが被せるように言葉を発したが、一瞬言い淀む。
母はニナさんを促すように、優しく頷いた。
「……貴女が、ドワーフとエルフのハーフだからですか?」
「ええ。そうよ」 母はハッキリと肯定した。
……え? 確かに特徴はある。だが、ドワーフとエルフが不仲だと言ったのは母だ。
「えっ……と……初耳なんだけど……」 と俺は言った。
「ふふっ、言ってないもの」 口を手で隠して笑っている。
「ニナさん、貴女……本当は髪が黒いのよね?」
俺とニナさんは驚きのあまり、立ち上がった。今、ニナさんの髪は茶色だ。
机に身を乗り出して問う。 「母さん、黒い髪のこと知ってるんだね!?」
「ええ」 と母は静かに答えた。
「教えてもらえませんか?」 ニナさんが言葉に力を込める。 「なぜ、私だけ黒いのか……知りたいのです」
「……本当にごめんなさいね。すべてを私から教えることは出来ないわ」
「……そうですか……」 ニナさんは椅子に座り直した。
「何か理由があるってこと?」
「そうよ。ニナさんは、私のことがすぐ分かったんでしょう?」
「はい」
「ね。だから話したの。それに、ちょっとなら力になれるわ。……でも、できる限り貴方達自身で、知ってほしいの」 母は視線をニナさんから俺に移した。 「ドコウ。お母さんは、今でも貴方に色々なことを知ってほしいと思っているわ」
前にも聞いた言葉だ。随分昔。村を出るよりも前に。
「せめてって訳じゃないけど……ニナさん、イヤーカフを作って今度届けるわね。一つ足りないでしょう?」
「……そのようです。ありがとうございます。お話も」
「ドコウが出会ったエルフが、貴女で良かったわ。……ドコウのこと、よろしくね」
「はい」
女性同士の会話のテンポに置いてかれてしまった。どういうことだ? 確かにニナさんがいつも着けているイヤーカフが、一つ無くなっている。なぜそれを母が分かる?
分からないことだらけだが、恐らく、これ以上訊いても教えてくれないだろう。
「ドコウ、数日休んでいきなさい。ニナさんの髪が戻るまで」
「……数日で戻るの?」
「たぶんね。……どうかしら? ニナさん」
「はい。私もそう思います」
俺は諦めて母の指示に従うことにした。それから、母はニナさんに旅のことを尋ね、ニナさんはそれに答えている。仲は良さそうだし、もう気にしてもしょうがない。世の中にはまだまだ知らないことがある。
暗くなるまでお喋りを堪能し、上機嫌になった母は、その晩、張り切った。ご馳走だ!
「この肉三昧も、凄く懐かしいなあ」 俺は並べられた料理を見てしみじみ言った。
「どんどん食べなさいね!」 と言いながらニナさんの皿にじゃんじゃん盛る母。
ニナさんはちょっと驚いている。 「……リリーナさん、こんなに食べきれません」
「あら? ちゃんと食べないとダメよ?」
「いや、その量は多いでしょ……」
例え魚だったとしても、食べきれないだろう。ニナさんは手元の飲み物を飲んだ。
あ! それってもしかして!
「……母さん、ニナさんが飲んでるのって……」
「水よ?」
ドワーフ族にとっての『水』。
「ニナさんに確認したんだよね?」
「もちろん!」
「……ニナさん、大丈夫?」
「はい。美味しいです」
いつもより少し表情が柔らかい気がした。確かにニナさんは、そんなに苦手な方ではない。むしろ結構飲める。しかし、『水』は飲みやすく、強めだ。
「それは良かった……。でも、その一杯だけにしとこう」 と俺は言った。
夕食を食べ終えた俺は、村の丘に登っていた。初めてドルフィーネを見た、あの丘だ。食後、母とニナさんがまた楽しそうに話し始めたので、少し抜けてきた。あの頃は随分遠いと思っていた丘は、実際は家からそんなに離れていなかった。大きくなったものだ。
俺は一際太い木の根元に座り、遠くに見えるドルフィーネの灯りを眺める。マギアキジアはここから見えないが、まだ何もないので真っ暗だろう。ドルフィーネの灯りの中には、俺の仲間達が居る。不思議な気持ちだ。前に見た時は、全てが未知だった。
「……ここに居たんですね。ドコウさん」 声に振り向くと、ニナさんが丘を登ってきていた。声のトーンが少し高い気がする。
「あ、ニナさん。よく分かったね?」
「リリーナさんから、ここじゃないかって」
ニナさんが俺の隣に座り、もたれ掛かってくる。
「ニ、ニナさん?」 鼓動が早くなるが、紳士ドコウ、冷静な対処。
「ドコウさん、私、楽しいです」
「……それは何よりだけど……酔ってる?」
「そうですね……少し、勇気が出せそうです」
ニナさんはリラックスしている。満点の星空。せっかくだし、ゆっくり話すのもいい。
「風が気持ち良い……」 とニナさんが言った。
「そうだね」
「……ドコウさん、まだまだ分からないことが一杯ですね」
「うん……。でも、少し進展があったと思ってるよ」
「私もです。……時間がかかっても私は大丈夫です。ドコウさん」
ニナさんの言う通り。まだまだ謎だらけ。少しずつ分かってくるのだろう。
「確かに時間はかかりそうだ。……これからもよろしくね、ニナさん」
二人で眺める。街の灯りと、それを遥かに超える無数の星々。ここから見る世界はいつも壮大で、美しい。
「……ドコウさん、私……分かりません」
「ん? ……そうだね。でも、焦ることはないよ。マギアキジアにあったような遺跡が、他にもあるかも知れない。それこそ未開の地と呼ばれている場所なんか、明らかに怪しい。ロボットができて、探索が進んで、遺跡が見つかったりしたら、凄く順調って感じで…………ニナさん?」
ニナさんは、俺にもたれたまま眠ってしまったらしい。人前で眠る姿を見るのは初めてだ。心地良さそうな表情で、静かに寝息をたてている。
「……綺麗だな……」
そよ風の音だけが聞こえる。
俺は、そのまま少しの間、透き通るような夜に包まれた。




