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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
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第16話:世界を巡って得たものは?

 ゼフィリアから南下し、谷を抜けると『恵みの森』に出る。そこから星曜湖(せいようこ)を右手に見るように迂回し、西に進めばドルフィーネだ。俺達が乗る六台の馬車は、『恵みの森』の縁を沿うように進んでいる。ドルフィーネとステラマーレを繋ぐ交易ルートは整備されていて馬車で走りやすいため、これを利用するのだ。


「む」 御者を務めるヴァルさんが周囲を見た。 「辺り一帯の木々が倒れているな」


 ここはヒルタートルと戦った場所に近い。交易ルートから少し外れた広い範囲に、大量の倒木が放置されている。


「ドコウさんです」 ニナさんが後ろから顔を出し、短く答えた。

「どういうことだ? ニナ殿」

「いやいや、それは語弊があるなあ」 御者台に座る俺は弁明した。

「ドコウさんが山のようなモンスターを倒し、木々が倒れました」

「……語弊、ないなあ……」

「ドコウ殿……」


 馬車は俺達を乗せ、順調に進んだ。


 日が暮れる頃には、星曜湖(せいようこ)(ほとり)まで来ることができた。今日はここで野営だ。移動手段として優れる馬車には、保存が利く食べ物を積める。野菜スープが美味しい。


 お椀を大事そうに持ったヴァルさんがこちらに来て、俺の隣に腰掛けた。 「ドルフィーネに到着したら、まずジーナス殿を訪ねるのだったな」


「そうそう。もう随分前にゼフィリアから手紙を出しておいた」 と俺は言った。

「ジーナス殿か……不思議な縁だ」


 ヴァルさんはジーナスさんを知っていた。それどころか、ジーナスさんの息子さんは以前ステラマーレで、ヴァルさんの隊の副隊長だったらしい。俺達が来た頃は、レグナムグラディで修行に励んでいたそうだ。ということは、レグナムグラディで俺達を見ていたかもしれない。直接の面識はないので気づけなかった。


 スープを一口飲み、ヴァルさんが続ける。 「私はジーナス殿と、研究所の運営について話し合いたいと思っている。話がまとまり次第、ドコウ殿に確認するつもりだ。やらせてもらえるだろうか?」


「もちろん。結局ヴァルさんに頼りっきりだね」 と俺は即答した。

「ドコウ殿。これは私の願いなのだ。私は王族としての影響力を持ち、騎士としてもそれなりの知名度があると自負している。……しかし、小さすぎた。騎士一人ができることは知れている。貴殿らに出会い、そのことを確信したのだ」 気付くと、ヴァルさんは俺を真っ直ぐ見ていた。 「私は、ドコウ殿の研究に感銘を受けた。貴殿の研究は社会を……いや世界を変える。私はそれに協力したい」

「……改めて、だね。さっきも言ったようにもう頼りっきりだ。心強い」


 この旅の人数は十八人。かなりの大所帯だ。前にここを通った時は、独りだった。随分多くの仲間に恵まれたものだ。あちこちで会話に花を咲かせる仲間達を眺めながら、俺はスープを啜った。




 馬車を停めた。到着だ。ジーナス邸の敷地内にある来客用の広いスペースに俺達は降り立った。レティ・スゥ・クレアの弟子三人組が、協力して荷物を降ろしている。この旅の間もよく話していたようだし、だいぶ仲良くなったようだ。年齢的にはスゥ、クレア、レティの順らしいが、ほとんど差はないと言っていた。


「おお! ドコウくん!」 早速、懐かしい声が聞こえた。

「ジーナスさん!」 俺は笑顔のジーナスさんに駆け寄った。 「お元気そうで! アリアナさんと皆さんは?」

「中で食事を用意してくれてます。ドコウくんこそ元気そうで。それに」 ジーナスさんはぐるっと周りを見た。 「随分と人気者になりましたね。手紙を読んで驚きましたよ」

「学校に通っていた頃とは大違いでしょ?」

「はっはっは! あれは私のお願いのせいでしたね。尾を引かなくて本当に良かった」


 基盤学校で、俺は目立たないように友達一人作らず過ごしていた。今と大違いだ。




 全員が入れる部屋は流石にないので、夕食は屋外でのパーティだった。綺麗にセッティングされたテーブルがあちこちに用意されている。燭台に立てられたキャンドルの灯りが、幻想的に揺らめいていた。……ここは懐かしい場所だ。毎日石像を作っては壊していた頃が、遥か昔に感じる。


 一通りの紹介を終え、ジーナスさんは今、ヴァルさん・セバスさんと話し込んでいる。早速、研究所のことを話しているのかも知れない。


 楽しむ皆の姿。とても賑やかだ。


 スゥが近づいてきた。両手に飲み物を持っている。 「そなたに聞きたいことがあっての」 と言って片方を俺に差し出した。


「あ、悪いね。ありがとう」 俺はそれを受け取り、一口飲む。爽やかな柑橘の香りが広がった。 「聞きたいことって?」


 一口飲んだスゥが、 「研究所の名前は、何とするのかの?」 と、訊いた。

「え?」

「名前じゃ。必要じゃろう?」

「俺が決めるの……?」

「当たり前じゃ! そなたの研究所じゃろう!」


 え……? 絶望的なネーミングセンスに定評のある、俺が……?


「二人とも、何の話してるんですか?」 レティが横から加わった。

「おお、一番弟子からも訊いてやってくれぬか。研究所の名じゃ」

「あ! ずっと楽しみでワクワクしてたんです! 私にも教えて下さい!」 純粋な眼差しが俺を射抜く。


 汗が吹き出る。そんな重要な名前を、俺が?


「ボクは……ドコウ神殿が相応しい……と思ったけど……」 クレアも混ざっていた。

「それはちょっと……」

「でもやっぱり……我が主が、決めた名じゃないと」


 クレアの言葉に頷き合う弟子三人組。やらない訳には、いかないようだ。


 考えよう。……『ロボット』は入れられないんだよなあ……。この世界には当然、『ロボット』なんて言葉はない。旅を共にした皆……つまり身内には通じるが、それでは意味がない。多くの人にとっては意味不明な記号だ。


 俺の周りに人が集まっているのに気づき、ヴァルさん・セバスさん・ジーナスさんもやってきた。すぐにスゥ達が状況を説明し始める。


 少し解放された今が考えるチャンスだ。皆から少しだけ離れるように一歩下がる。


 ふわっと風が吹いた。 「馬車で通った森の近く。私はドコウさんと出会いました」


 ニナさんが静かに話し始める。音もなく、風と共に隣に来た。


「うん。そうだね」

「ステラマーレやボレアリスでは、魔法学の知らなかった一面を知りました」

「うん。俺も理解が深まった」

「トニトルモンテで見たゴーレムも、機構が詰まった人形も、私には初めてでした」

「……初めて知る世界、か……」

「はい。きっと、これからも」


 魔法を学ぶ旅から、究める旅へ。世界を巡る旅から、紐解く旅へ。


 この世界を代表する技術、魔法。それと組み合わせるのは機構だけじゃない。前世で培った制御工学や情報工学も必要だ。それらを結集し、創るロボット。……人形……機械人形……。より自律的なニュアンスを強調して……機人(きじん)


魔工機人(まこうきじん)研究所……。通称、魔機研(まきけん)……とか……」 俺の口からボソッとこぼれた。


 一瞬、静けさ。


 ヴァルさんが両腕を広げた。 「ドコウ殿! ()い名ではないか!」


 その声に、辺りが一気に騒がしくなった。


魔機研(まきけん)……そこが妾達の新しい居場所になるのじゃな……」

「そうですね! もう待ち切れないです!」

「さ、流石は我が主っ、……すばっ……素晴らしムグッ!」


 三人の弟子がじゃれ合っている。……名前、受け入れてくれたようだ。


「……ドコウ様」

「あ、セバスさん」


 セバスさんは洗練された所作で軽く頭を下げる。 「お嬢様に居場所を与えていただき、ありがとうございます」

「え? クレアは元々自分の研究所を持ってたけど……」

「あの場所は……お嬢様にとって、形だけの居場所でした。ゼフィリアでは、研究者同士の競争が激化していることを、ご存知でしょうか?」

「……そうらしいね」

「はい。……お嬢様の才覚、そして周りを気にせず夢中になる、研究の化身のようなお姿を、疎ましく思う者は少なくありません」


 一瞬、言葉に詰まった。


「私はお嬢様に長く仕えてきましたが、あのようなご様子を見たことがありません」


 クレアは少し離れたところで、スゥ・レティと楽しそうに話している。……若く才能ある者を妬む気持ちは分かる。俺も似たような……いや、同じだった。


「今後とも、よろしくお願いいたします」 セバスさんはお辞儀をし、再びヴァルさん達の方へ向かっていった。すぐに話の輪に入る。


 名前が決まり、さらに話が弾んでいるようだ。魔機研(まきけん)はすでに、動き出している。基盤技術の創出が、本格的に始まった。


 ……さて。俺は、辺りを見渡す。……居た。


 少し離れて皆を眺めるニナさんの隣に立ち、並んで皆を見た。たくさんの仲間。


 確かに、始まりは、森のはずれだった。


「ニナさん、ありがとう」 と俺が言った。

「いえ。旅を思い出しただけです」

「そっか」


 かすかな風に、キャンドルの火が揺らめく。心地の良い風だ。


「……色々な世界を見てきました」

「そうだね」

「いつも、感謝しています」

「俺の方こそ、いつも助けてもらってるよ」

「私のは些細なものです。足りません」

「そうかな……」


 そんなことはない。出会った時から、ずっと。


「……もし、先程ので、その差が埋まったのなら」 凛とした声。


 その主を、見た。キャンドルに照らされた白い肌。桔梗色の瞳。俺が映っている。


「これで、お相子ですね」


 俺には、ニナさんが微笑んでいるように、見えていた。

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