第四章ー1 諸行無常
第四章 諸行無常
新宿を歩く人の群れ、群れ、群れ。老人も子供も、男も女も、みな一様に首を前に突き出し、頸椎を前方に折り曲げた姿勢で歩いている。その視線は足下に落ちており、胸を張ってしっかりと前を見据えて歩く日本人は、誰一人いなかった。背骨が曲がっている。姿勢が悪い。無気力と、倦怠感と、なげやりを絵に描いたような老若男女。それが、この時代の日本人の姿だった。
彼は新宿西口の歩道橋から、そんな人々の姿をつぶさに観察していた。
プライドを失っている。
頸椎の歪みは、それが原因だと、源田友頼は考えていた。日本は活力を失っている。老いも若きもエネルギーを失っている。今のそんな日本を良くしたい。生き生きした日本人を取り戻したい。そんな思いが、友頼の胸に根を張っていった。
源田友頼が初の衆議院選挙に出馬したのは、ひどく寒い冬のことだった。この日の東京は早朝から雪が降り続き、雪に慣れない首都圏の人々は右往左往した。わずか五センチの“大雪”に、電車は運休し、道路ではスリップ事故が多発した。
そんな中、かつて西条隆をささえた選挙参謀たちが事務所の玄関で靴に付いた雪を払いのけて入って来た。西条前首相の支持者たちが集まりはじめ、活気がみなぎってきたように思えたが、源田は期待よりも不安のほうが大きかった。
「先生の選挙は何度か経験しているが、オレ自身は初めてだからな」
と言いながらも、選挙のノウハウについては素人ではない。
衆議院ではあっても「国会議員選挙」ではない。「県議会」と言わなければならない。「国会」という言葉は使用禁止である。しかし日本人は皆、「衆議院」「代議士」という言葉を使い、誰も「県議会」とは言わなかった。
選挙カーのタイヤを、スタッドレスに履き替える作業が終わった。源田友頼はタスキを掛けて白手袋をするや、さっそうと身をひるがえしてスピーカーの装着されたワンボックス車に乗り込んだ。吐く息が白い。
妻政子は傘もささずに出陣を見送った。「げんだ」とペイントされた選挙カーが、激しい雪の中へと消えていく様を、政子は父の面影と重ねあわせていた。政治家源田友頼の初陣である。友頼の長い長い戦いのはじまりだった。
いつものように日が昇った。朝の到来とともに、武三は日課である残飯漁りを終えて橋の下に帰る途中、電柱に針金で掛けられた一枚のポスターを目にした。
ポスターの男が、強い力を放つ目で自分を見つめている。武三は、なぜか素通りすることが出来なかった。
「お前、何やってるんだ。情熱も、怒りも、意地もないのか」
そう訴えかけてくるような目だった。
「いい国つくろう 源田友頼」
大きな文字の下、ポスターの人物の情熱的な目に武三は釘付けになった。定位置となっている不潔なねぐらに帰りついた後も、なぜかあのポスターの男の目が忘れられなかった。
その時、ねぐらに人がやって来た気配がした。
見知らぬ若い女性が二人、突然目の前に現れた。小ざっぱりした清楚なスーツを着て、何やらチラシのような紙を抱えている。
「明日の朝、中央公園で炊き出しをします。カレーライスをふるまいます。もちろん無料です。ぜひ来てくださいね」
それだけを言い残して、一枚のチラシを武三に手渡すと、娘たちは足早に去って行った。
「生活に困窮する人たちを支援する活動」「炊き出し」「ホームレス支援」などという美辞麗句が踊っている。
(ふうん、惨めなお前らを救ってやるから感謝しろってか、偉そうに)
と思いながらも、明日食う飯が無い武三にとって、カレーを食える、と知れば、行かないという選択肢はなかった。
文末には主催団体と代表者名が記してあった。
「衆議院議員 源田友頼後援会」
あの男の名だ。
翌朝、公園に行くと武三と同じような境遇とおぼしき身なりの汚いおっさんたちが、列をなしていた。みなホームレスである。
カレーの香辛料の匂いが鼻をつき、強烈な空腹感を覚えた。これほど美味そうな匂いを嗅いだのはいつ以来だろう。強烈な食欲に、惨めだ、という気持ちはすっかり影を潜めて、武三はよだれを呑み込みながら列に並んだ。発泡スチロールに暖かいご飯とカレールーが盛り付けられ、プラスチックのスプーンとともに武三に手渡された。
急いで腰を下ろすべきベンチを探すと、人目を憚らず、夢中で貪り食った。やがて、空になった容器をどこに捨てるべきか、と、周囲を見渡した。
驚くべきことに、目の前に見覚えのある顔があった。思わず逃げようとしたが、優しい声が呼び止めた。武三は動けなかった。
「宮本!」
吉岡憲だった。
「人違いでしょう」
武三は逃げようとした。ホームレスにまで堕落した自分の今の姿を、知った人間に見られたくはない。が、吉岡は武三の目をしっかり見て離さなかった。
「宮本!」
彼は吉岡の声を振り切ることが出来なかった。吉岡の声には優しさがあったし、今の苦しい武三の心を受けとめてくれそうな響きがあった。武三は恥ずかしげに吉岡の顔を見た。しかし視線を合わせることは出来なかった。
「よかった。生きてたんだ」
皮肉でも冗談でもない。国連直属軍に処刑されるようなことがあっても不思議のない世の中なのである。
「あの時は、本当にありがとう。もう感謝してもしきれない。武道を守る会のみんなの命の恩人だよ」
「…」
武三が何も言えずに呆然としていると、吉岡は話題を変えた。
「ウチの事務所で、今、軍隊経験のある人を探しているんだ。国連軍にいたんだよな。お願いだから、ウチで働いてくれないかな。困っているんだ頼むよ」
武三は、全く思いがけない意外な言葉に呆然とした。
源田友頼は旧西条隆事務所の選挙基盤を受け継ぎ、代議士としての地位を一歩一歩固めていった。西条前首相の支持者だけでなく、新しい世代の支持者も増え、友頼を支えた。悲劇の宰相西条首相の娘婿が政界に入るや、その人気はうなぎのぼりだった。政子も夫が父の後を継いでくれるのは嬉しく懸命にサポートした。
友頼は今、重要な仕事に没頭している。「地頭警察隊」の創設である。世界から「国境」が消滅した。それにより海上では「排他的経済水域(EEZ)」という線も無くなった。境界線がなくなって海は平和になったのかというと、そうではなかった。大陸の漁船も、半島の漁船も、列島の漁船も、獲りたい放題、やりたい放題で「力の強いものが魚を獲る」という状態になり、漁船は機関銃やロケット砲で武装するのが当たり前になってしまった。国境の廃止にともなうEEZの消滅は、世界の海を海賊の海にした。
海上での漁船のいざこざに対して、海上保安庁だけでは手に負えなくなってきている。米軍が去り、自衛隊も解散したこの列島で、安全保障の任務についているのは「地球上唯一の正規軍隊」国連直属軍である。雑多な民族の混成部隊で、指揮権はニューヨークにある。その国連直属軍は、日本の漁民の安全を守るために動いてはくれなかった。
しかし日本は、自衛隊はもちろん軍隊も持つことは出来ない。そこで「地頭警察隊」なる組織を作り、安全保障をしようと友頼は考えた。地頭警察隊は陸海空の三隊からなり、飛行機やヘリや装甲車や護衛艦を所有するが、自衛隊でもなければ軍隊でもない。「警察組織の延長」である。「だから国連憲法九条には抵触しない」そう理論武装して創設を急いだ。
「自分のことは自分で守る。それが人間が生きていく基本である」友頼は常々そう思っている。
地頭警察隊の創設を、当初タイラー県知事は潰そうと思った。しかし海賊の横行に手を焼いていた県知事は、憲法違反の疑いを持ちつつ黙認した。
この動きを危険視する者もいた。日本の中にもいた。しかし友頼はひるまなかった。
「自分のエリアを、他人は命を賭けてまで守ってはくれない」
街頭演説のたびに、そのことを訴えた。中央政府すなわちニューヨークは、日本人のことをどれだけ心配してくれるのか。日本人の生命財産を危険から守るには、その当事者でなければ、本気にはなるまい。
友頼の訴えは、多くの日本人の支持を集め始めた。やがて友頼を慕って来る人が増えていった。急速に支持者を増やしていった友頼は、異例の若さで日本県議会のリーダーとなった。日本人による選挙で選ばれた政治家のトップであり、一昔前なら「内閣総理大臣」と呼ばれる地位のはずであるが、今はニューヨークから派遣された県知事の下で、「日本県助役」を勤めている。
友頼の動きは世界中に刺激を与えた。各地で日本を真似て地頭警察隊を設立する動きが起こった。とくに中東やアジアなど、かつての紛争地帯ほど、治安の悪化が深刻で、地頭警察隊の設立が必要だった。
「国境があるから紛争がある」というのは因果関係が逆で、「紛争があるから国境が必要になる」のかもしれなかった。
各国の武装解除から十年余、「国連だけが武力を有する」という原則は、タテマエは生きているものの、徐々に徐々に骨抜きになっていった。ニューヨークの軍は自分たちを守ってくれない。自分の地域の住民の安全は、自分で守らねばならない。現実的で切実な、生活に直結する問題だった。
吉岡の団体「日本の武道を守る会」は、さまざまな妨害を受けた。そんな時、政治家源田友頼に頼ることで何とか乗り切って来た。友頼だけが頼りの綱だった。
武三も、この団体の一員として働くことになった。ようやく人間らしい生活を取り戻すことができた。武三は生活に余裕が出ると、友頼の活動に興味を持った。友頼の著書を読みふけった。特に政治と軍事に関する本も精力的に読み始めた。学生のころ勉強に熱心でなかった彼は、そのことを後悔するかのように、寸暇を惜しんで読書に励んだ。ほんの少しの自由時間があれば古本屋へ足を運び、空き時間があれば必ず本を開いた。源田の著書は武三の心に突き刺さるものばかりだった。読書を重ねるにつけ、彼は源田の思想と政治活動に傾倒していった。
「源田さんを助けたい。源田さんの政治活動に少しでも力になりたい」
武三は、それが自分の人間としての使命だと悟った。人の一生には、何か一つ大きな役割がある。それが、まさにこの事ではないのか。
「今、源田さんを支援しなかったら、自分は一生後悔するだろう」
そんな思いがふつふつと沸いてきた。
武三は今、人生で初めて人のために尽くしたいと熱望した。心から熱望した。
「自分もただ、自分のためにだけ生きるのでなく、日本のために何かをしたい。少しでも力になれるのなら、出来ることをしたい」
それが、あの時、少女の命を救えなかった、そして不本意な日々を後悔し続けるしかない今までの自分の、人生の敗者復活戦かもしれないと思った。源田の政治活動を支援する事が武三の人生にどういう意味をもたらすのか、正直分からない。が、武三には、ほんの一筋の、細い細い光明が見える気がした。
無論、今の武三は自分自身がやっと食えるようになったばかりにすぎない。しかし、それでも彼は、自分の人生の復活を予感させる何かを感じた。源田友頼に「日本人の魂復興」の匂いを嗅いだからである。
武三が吉岡とともに源田本人と食事をともにしたのは、六月下旬のことだった。友頼の妻政子も同席した。旧姓西条政子は故西条隆首相の一人娘である。あらゆる分野の業務処理に極めて有能で、政治家源田友頼を陰で支えている実力者だった。
武三は決して雄弁ではない。訥々と思いのたけを語った。全身全霊で情熱的に語った。自分がかつて国連治安憲兵隊にいたこと。少女の不幸な死を救えなかったこと。隊を脱走したこと。
自分とそれほど歳のかわらない若手政治家の目は、人情とエネルギーに溢れていた。安物のソファで向かい合った二人は、お互いに何かを感じていた。
そして友頼も語った。国連地球統一政府の地方への締め付けは、年を追って苛烈さを増してきているという事。
なんとかしなければならない。時間がない。
地頭警察隊設立の動きが世界中に広まるや、はじめは静観していたタイラー政権は危機感を持った。今はまだ合法的な政治活動の粋を越えていないが、このままではいつか必ずクーデターにつながるだろう、と日本県知事は思い始めた。
このころから、源田友頼は一つのキャッチフレーズを繰り返し使うようになった。この短い言葉は日本人の心を掴んだ。
「いい国つくろう」
この言葉を、友頼は演説で意図的に何度も使い、選挙ポスターにも大きな文字でこれを入れた。「いい国つくろう」と胸に大きくプリントされたTシャツを発売すると飛ぶように売れ、「いい国饅頭」はヒット商品となった。おそらく今年の流行語大賞にもノミネートされるだろう。
しかし、国連政府およびタイラー日本県知事がこれを見逃すはずがなかった。「いい国つくろう」とは、「廃国置県」を断行した国連政府への挑戦である。この惑星は、地球全体が一つの国になったのである。源田は日本県を「国」にしようとしている。国をつくろうとしている。それは、許し難い反逆行為である。
友頼は普段からさまざまな情報を集めていたが、国連政府の不穏な動きをつかんだ。国連治安憲兵隊が友頼を逮捕投獄しようとする動きがある、というのだ。
ものごとに慎重な友頼は悩んでいたが、ついに決意を固めた。国連治安憲兵隊が彼の背中を押したともいえる。
友頼は考えている。義父の西条隆首相が心血を注いで作った国連政府の現実はどうだろう。はたして国連は人々を幸せにしたのだろうか。地球を代表する唯一の政府の存在は、人間に幸福をもたらしたのだろうか。地球に住むすべての人々にとって、国連政府を「自分たちの政府」と思い、「自分たちの代表」と感じうる気持ちでいるだろうか。
人々を幸せにしたい。国連を人々を幸福にするための機関にしたい。そのために、今、自分はやらねばならぬ。死ぬ気でやらねばならぬ。今やらねば、衆議院に出馬以来こつこつと積み上げてきた今までの成果が、一瞬にして無に帰してしまうのだ。自分一人だけが逮捕されて済むとも思えない。日本が自主独立へと向かう動きが、これから弾圧されるであろう事は、火を見るより明らかだろう。
「地頭警察隊には、先の戦争で実戦経験のある元自衛官が、いったい何人所属しているのか調査してくれ」
友頼は意味深長な指示を出した。




