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第二章ー2 西条と小久保

ベンチャー企業の若き社長となっていた佐々岡小次郎は、六本木で豪遊し帰宅したのは十一時を過ぎていた。彼の自宅はヒルズの最上階にある。ポストには多数の郵便物が来ていたが、その多くはダイレクトメールの類であった。何気なく郵便物の山に目をやった。

「ん…」

 一通の封筒に、小次郎の目は釘付けになった。

「国連直属軍極東方面第六師団」

 それは「召集令状」すなわち昭和でいう「赤紙」だった。

「嘘だろう」と思ったが、まぎれもない現実であった。

(これから会社はどうなる)

その事が頭の中の大半を占めた。

 が、小次郎は頭の切り替えが早い。抗えない運命を嘆くよりも新しい野望を見つけ出そうとした。階級社会である軍に入る以上、人の上に立ちたい、と思った。どこまでも上昇志向の強い男である。

(国連地球統一政府の誕生は、画期的なことだ。人類がずっと夢見てきた理想が達成されたのだ。だからこの地球上に住むすべての人間は、国連地球政府を支えていかなければならない。それが地球人の義務である。国連政府に抵抗するような人間は、地球人の一員として許し難い。そんな奴ら、“地球人の敵”を討伐するために、オレは命を賭ける。命を賭けるに値する仕事だ)

そう思う事によって、徴兵される事を自分自身で納得しようとした。強い意志で、自分に言い聞かせた。そうでなければ、社会的に成功している自分のキャリアが突如として中断し、生命の危険まである世界に放り込まれる、という現実を受け入れ難かった。

 思考がまとまってきた頃、いつもの起床の時刻になった。小次郎はこの夜、一睡も出来なかったが、すべての考えをまとめ終えて、すっきりした表情で身支度を始めた。ひげを剃っている彼の顔には、睡眠不足の疲れなど微塵も出ていなかった。


 関東はまだ梅雨があけない。梅雨前線は日本列島の真ん中で、一休みするかのように居座っていた。このころ国連大統領はニューヨークにあって精力的に動いていた。何かに取り憑かれたように改革の道を突き進む小久保は、圧倒的な武力を背景に、二十世紀から続く中近東の紛争の解決に挑んだ。

紛争当事国の双方から激しい反発があったが、小久保は強引に押し切った。圧倒的な国連直属軍の軍事力の前には、両者ともに従わざるを得なかった。世界の長年の懸案であった中東問題がついに解決したのである。

「力こそ正義なり、力があるから平和になれる」

小久保はそう言いたげであった。

 次は、中央アジアである。隣国同士が山岳地帯の領有権をめぐって長年対立してきた紛争も、国連直属軍の圧倒的な力を背景に、渋る両国を抑えて強引に「平和解決」をみた。

 こうして国連政府は、次々と世界中の紛争を解決してまわった。あれほど長い年月解決できなかった問題が、まるでウソのように早期決着をしていく。当事者には不満だったが、直接関係のない国のマスコミは絶賛した。

「これこそ人類が長年夢見てきた理想の社会だ」と。

「今、世界から永遠に国境紛争が消えつつある。すばらしい世の中になった」

「世界は、地球は、人類は、今、一つになった。“世界は一家、人類は皆兄弟”まさに今、それが実現したのだ。国連万歳」

そんな記事が新聞にも雑誌にもネットにも増えていった。


 領土問題は、日本にもある。

 小久保は日本をめぐる領土問題にも乗り出した。西条は、小久保からの公文書を受け取った。お互いが領有権を主張する複数の島について、「全てが日本領土ではない」、との決定だった。そして「日本は、すみやかに当該島嶼を隣国へ引き渡すこと」とあった。

 日本国内は騒然となった。保守的な新聞はもとより普段はリベラルな新聞までが、国連政府の決定を非難した。

「小久保の国連大統領選挙の勝利には、隣国の力添えが大きかった。だから小久保は、その“報酬”を与えようとしているのではないか。と、すれば、“島を売って大統領職を買った”ことになる。売国奴ではないか」と多くの人々が噂した。もはやリベラルも保守もなかった。与党も野党もすべての政治勢力が、言論機関が、学生が、サラリーマンが、主婦が、大都市生活者も、地方住民も、みな怒っていた。

 小久保にしてみれば、国連とは「公」である。日本国は「私」である。自分の出身国の日本に甘い政策を採ることは、他国に対して示しがつかない。自分が元日本人だからこそ、日本に厳しくしなければならない。

 しかし日本の世論は厳しい。日本が文字通り血を流して新政府を作り上げたのに、なぜこんなことになるのか。小久保は裏切り者だ、と。

 ニュースキャスターは今夜も激しい口調で小久保を非難している。日本人の多くは、国連政府成立で、きっと良い世の中が来るだろう、と思っていたのに、何か変な方向へ動いていくような言いようのない怖さを感じていった。

 防衛大臣の桐生利秋はいう。

「今の自衛隊は決して国連直属軍に劣らない。装備こそ旧式だが兵の士気は高く、指揮官は優秀だ。世界最強といっても差し支えない。中央アジアや中東の国とは違う。国連直属軍など怖くはない」

 日本政府は、国連の勧告を正式に拒否する旨を回答した。

日本と国連。西条と小久保。二人の対立は決定的になった。


 佐々岡小次郎の新兵教育が始まったのは、七月の下旬のことだった。今日から三週間、山梨県富士山麓の合宿生活で、国連兵士としての思想教育を受けるのである。

 小次郎は、ふと大柄な背中に目がとまった。見るからに覇気がなく無気力そうで、小次郎が最も軽蔑するタイプのようだが、その背格好に見覚えがあった。

「あいつは、宮本武三じゃないか」

 高校の時、剣道部で同期だった宮本武三がそこにいた。親しくはなかった。というより、小次郎とはどこか肌合いの合わないやつで、必要以上に口をききたいとは思わない部員だった。

「おい、お前宮本だろ。お前の親が捜し回ってたぞ、オレのところにも来たんだ。何やってたんだよ」

 武三は大学には進んだものの、カードローンで多額の借金をして失踪していた。心配した両親が高校同期の小太郎のもとにまで連絡をして来て、いい迷惑だったことしか覚えていない。

やつれ果てた武三は小次郎の顔を見ることが出来なかった。返済から逃げ回っていた武三は、ここ数年ほとんどホームレスのような生活をしていた。そんな武三には、青年実業家として名を馳せている小次郎の姿は、あまりにも眩しかった。

社会的な成功を手に入れた小次郎は、今回の徴兵で一時的ではあってもその地位から離れざるをえない。一方の武三は、のたれ死に寸前の生活から一転して衣食住を保証された。小次郎にしてみれば、成功者の自分が落ちこぼれの武三と同じ境遇になった。いわば勝ちゲームをご破算にされたのである。それだけでも不愉快だった。

 合宿は予想以上にハードだった。完全な缶詰状態で、スマホはもちろん電話も郵便も禁止され、SNSもテレビもラジオも新聞も無く、完全に外の世界と途絶していた。しかも自由時間はほとんどなく、セッションの合間の休憩時間もトイレに行って飲み物を飲んだらほとんど終わるほどの慌しさだった。

 新兵たちは、大声を張り上げ、標語を繰り返し朗読させられた。

「私は地球人です。日本人ではありません」

「国連は、日本よりも優先します」

「国連は、親兄弟よりも大切です」

「私は、国連のために全てをささげます。」

「国連の敵は、人類の敵だ」

 人間の深層心理を突き、さまざまな心理学的手法で、時には涙を誘ったり、時には怒りを誘発したり、時には気分を高揚させ、達成感を与えた。その都度、教官の誘導する方向に感情が動いていく。そのプログラムは巧緻を極めていた。

合宿の間、小次郎は何度も泣いた。感情を抑制することが得意なはずの彼が、これほどの涙を流したのは、幼児の時以来であろう。小次郎だけでない。他の多くの受講者も同様だった。時には涙が枯れるほど泣き、時には顔を真っ赤にして怒り、時には安らいだ表情で笑った。

 が、一人武三だけは冷めていた。冷静な目で周囲を見ていた。ニヒルな小太郎が別人のように熱くなっている事に奇妙な違和感を感じていたからだ。高学歴の秀才ほど教官の言葉に見事に乗せられ、熱狂している。

(自分は頭が悪いから感動しないのだろうか?)

武三はプログラムの内容にも胡散臭さを感じていた。が、表面上従わなければならない。目立たないように周囲に合わせていた。

 マニュアル通りにプログラムを進めてきた教官の朝原祥子たちは、受講者が予定通りに泣き、予定通りに怒り、予定通りに笑った事に満足していた。このプログラムは、高学歴のエリートほど強く影響を受ける傾向があった。国連直属軍指導者の説く世界観は、論理的に精密に組み立てられており、論理が好きな頭の良い若者ほど、その論理に心を絡め獲られてしまうのだった。

 三週間の合宿が終了した時、小次郎ら受講生は顔つきが変わっていた。あきらかに思想が変わっていた。いや、変わったのは人柄かもしれなかった。

 小次郎たちは、こうして日本人から国連兵士へと変貌を遂げた。


「大統領が日本人だから、日本には甘いんだ」

中東や中央アジアの国々が不満をもらしている。国連政府の強いリーダーシップに譲歩して領土を失った国からみれば、日本だけが国連の命令をきかないのは許せない。不満は日本政府よりも国連政府に向かった。

 小久保は大統領執務室に掲げられた国連旗を見ながら、思考をめぐらした。

(このような不満が世界各地で大きくなれば、国連による世界政府など有名無実と化すだろう。自分が日本出身だからこそ、日本に対して厳しくしないといけない)

 小久保の机には塵ひとつない。秘書が持ってきた書類のハンコが一ミリでもズレていれば眉間にしわをよせて指摘する正確無比の神経質男が、驚くほど大胆なことを考えていた。

(やるしかないだろう)

 小久保大統領はついに決断した。


 世界中のマスコミが大慌てでニュース速報を出した。

「国連政府、廃国置県の実施を決定」

 廃国置県。すなわち日本国の消滅である。国連本部のホールでは、記者会見の準備が進められていた。CNN、BBC、ロイター、新華社、NHKなど世界各国のマスコミが場所取りをしている。無人の演壇と、その横には国連旗。記者席だけが人であふれてざわついていた。

 やがて一人の男が入ってきた。言わずと知れた国連大統領小久保通である。無数のフラッシュとシャッター音が会場を包み込み、記者会見が始まった。内容は次の五点につきる。

一、各国は軍隊を解散し武装解除すること。

二、各国政府は、「国」という名称を廃止すること。漢字文化圏では、「県」と表記し、英語では「Prefecture」とすること。その他の言語も、それに準じること。

三、旧各国政府代表は、「県知事」となり国連政府の命令に従うこと。

四、県知事は、選挙ではなく国連政府が任命する。

五、国連大統領は、県知事を解任することが出来る。 

 記者席がざわめいた。県知事の任命と解任。そこまで国連大統領の権限を強化するのか。

ゆっくりと、それでいてしっかりした口調で小久保は手にした原稿を読み続けた。時折記者たちに鋭い視線を注いだものの、会見の大半の時間は机上の紙に目を落としていた。アドリブの言葉を発することなく淡々と予定された演説を終えた。

記者たちから多くの質問が寄せられたが、大統領は核心に触れる回答は避け、短時間で質疑を打ち切り、予想外の内容に混乱するマスコミをよそに会見場を後にした。

西条は、「日本国総理大臣」から「日本県県知事」になった。「来るべきものがついに来た」というのが実感である。

 とはいえ、日本では昨日と全くかわらない日常が過ぎていた。内閣も国会も国民世論も、自衛隊を解散しようなどという動きは全く見られない。マスコミもあいかわらず西条を「首相」と表記し続けている。

「小久保が何を言っても、そんなの関係ねえ」という気分が日本中に充満していた。依然として国連政府と日本県との溝は埋まらない。


 武三と小次郎が日本を去る日が迫ってきた。何をやっても優秀な小次郎は、その適性が認められ、パイロットになる訓練をフロリダで受けることになった。一方武三は、陸軍歩兵部隊に配属され、オーストラリア行きが決まった。

国内での訓練を終え、それぞれの配属が決まった新兵たちに、入隊以来初めての休日が与えられた。

 小次郎は会社へ顔を出し、武三は都心の雑踏をあてもなく歩いた。

 濠の向こうに八角形の屋根が見える。日本武道館である。武三はふと剣道部だった高校時代を思い出した。あの屋根の下で試合をしたい。全日本選手権に出てみたい。そんな夢をみて、激しい稽古に耐えてきた日々だった。

 大寒を過ぎた東京の夜は氷点下まで冷え込んだ。千鳥ヶ淵の水面には、うっすらと氷が張っている。武三は使い捨てカイロを頬にあてた。


 廃国置県の大統領令から二ヶ月が過ぎ、軍隊を解散する国、いや県が相次いだ。

が、いまだに国軍解散の動きを全く見せていない国(県)が一つあった。日本である。日本政府は主張する。「自衛隊は軍隊ではない」と。

業を煮やした小久保は、強権を発動した。

「西条日本県知事、解任」

 このニュースは世界中を駆けめぐり、ニューヨークとロンドンの株価を乱高下させ、日本国債は紙屑同然になった。日本中の大都市では号外に人々が殺到し、ネットもマスコミも混乱を極めた。意味もなく大勢で集まって奇声を挙げる集団さえ現れた。

 新しく日本県知事に決まった人物はオランダ人で、日本語も全く出来ず、来日したことさえなく、日本文化に造詣が深いわけでもない。まるで日本とは接点のない人物である。このオランダ人が東京へ向かったのは、ひな祭りが近づいた二月末のことである。

 国連政府特別機はアムステルダムを離陸し、日本へ向かった。約十時間のフライトを経て、新日本県知事を乗せた特別機が日本海上空にさしかかる。いよいよ日本領空に入るというその時、二機の戦闘機が接近してきた。

「領空侵犯である。ただちにこの空域から去りなさい」

 日本語なまりの英語である。

 百里基地からスクランブル発進した航空自衛隊機は、警告を発するや、ミサイルを目標物にレーダー照射した。

「国連政府専用機である。赴任する日本県知事を乗せている。羽田まで誘導せよ」

「それは出来ない」

「県知事の命令だ。国連政府の命令だ。我々は東京へ行く」

「領空には入れるな、と我々は命令を受けている」

 命令を出したのは桐生防衛大臣である。

 国連特別機は進路を変えようとしない。パイロットの源田義平はミサイル発射ボタンに指をかけた。

「この一発が世界を変えるかもしれない」とは、源田は思わなかった。自衛官として命令に従うだけだった。源田は指に力を込めた。

次の瞬間、前方の「領空侵犯機」は炎の塊になって日本海へと落下していった。

もう後戻りは出来ない。メンツを潰された国連地球統一政府は、日本政府を叩き潰すべく、軍事力を使うであろう。戦争が始まるのだ。日本対国連の。


「日本県知事撃墜事件」は世界中を震撼させた。国連機撃墜を命じたのは桐生であり、それを事前に承認したのは西条である。西条は後悔していない。

 日本中が沸騰している。他の人物が総理大臣でも、他の者が防衛大臣でも、きっと同じ決断をしたはずだ。ここで国連と一戦交えることは、民族としての誇りを失わないために必要だ、との意見が大勢を占めた。

 そもそも日本語も分からず日本のことを何も知らないようなオランダ人に、日本の首相の代わりをさせるなど許されることではない。その国の民意を無視して、そのような人物を送り込むなど、日本人をバカにしている。そのような国連の非道を糾弾し、強腰を見せることは絶対必要である。それにより、今後、国連が世界の国々(日本では未だ“県”とは表現していない)に、その国とは縁もゆかりもない人物を一方的に送り込んでくるようなバカな真似をさせてはならない。


 自衛隊と国連直属軍の戦闘は、深夜の太平洋上で始まった。

 両軍の兵器の差は歴然としている。自衛隊の装備は純地球産であるのに対して、国連直属軍はセイヨウ星人の宇宙技術を採用した最新型であった。国連政府がセイヨウ星と条約を結んでいる以上、国連の敵である日本が宇宙人の軍事技術を得ることは不可能だった。

 国連直属軍の中で最も戦意が高かったのは、イギリス人ジョージ・タイラー大佐率いる航空隊である。佐々岡小次郎はそこにいた。

小次郎はコックピットに身を沈めた。空母とはいっても滑走路などない。円盤型セイヨウ星式戦闘機には必要がなかった。垂直に離陸するや、急加速で旋回し、敵機を待ち受けた。

「敵」が来た。敵は日本人である。

源田義平はコックピットに身を沈めた。約三五〇メートルの滑走路を走りきり、離陸するや、急加速で旋回し、敵機の真っ只中に突入していった。

小次郎は、正面に源田の自衛隊機を見た。

「このオレと一騎打ちをしようというのか」

 鼻でせせら笑うと、小次郎は得意の曲芸飛行を演じて見せた。地球製航空機に乗る源田は動きに全くついていけない。燕返しとも称されるアクロバティックな機体操作を駆使して、小次郎は源田の背後に廻り込んだ。標的は目の前である、後はただ撃つだけのことだった。

「お前らとは、レベルが違うんだよ。イエローモンキー・ゴー・ヘブン」

小次郎は、すでに日本人ではなかった。小次郎は、その後も次々と自衛隊機を撃ち落した。兵器の優位性と、彼の曲芸のような機体操縦に、自衛隊戦闘機は翻弄された。何をやっても人並み以上の能力を発揮する小次郎が、敵よりも性能の優れた戦闘機に搭乗している。

「だせぇ」

小次郎には自衛隊機の動きがひどく鈍重に見えた。敵の攻撃を楽々掻い潜り、簡単に撃ち落とし、そして眼下の護衛艦にミサイルを撃ち込んだ。照準をロックし発射ボタンを押すと、敵艦の右舷に火の手が上がるのが見えた。その火の中で同胞の日本人が死んでいるとか、そういう事を感じる事はなかった。

(なんだ。戦争ってこんなものか)

 小次郎は日本の戦闘機がひどく無能に見えた。日本人はバカだとさえ思った。

 約一ヶ月の戦闘で、航空自衛隊はほとんど壊滅に近い損害を受けた。制空権は今や完全に国連直属軍に移った。空を制した国連直属軍は、かねてから計画していたタバル島への上陸作戦を敢行した。このタバル島は、日本の命運を握る重要な島である。もしこの島を国連直属軍が奪えば、日本本土への空襲が可能になるのである。東京へ、大阪へ、名古屋へ、日本中に爆弾の雨を降らせることが出来る。タバル島は日本の最終防衛ラインといえるだろう。

水平線を覆うほどの大艦隊の群れが、小さな島に押し寄せた。そして沿岸に停泊するや、小型ボートに乗り換えた上陸部隊が、波打ち際に殺到した。

頭上には味方の戦闘機とヘリが旋回し、援護してくれている。上から攻撃される心配のない国連直属軍は、余裕を持って上陸作戦を始めた。空と海から猛烈な砲火を浴びせながら、水陸両用戦車と歩兵部隊が、次々と上陸していった。

翌朝、日の出とともに、武三らの上陸部隊は密林の奥地へと進撃を開始した。高温多湿の熱帯雨林は植物に凄まじいまでに旺盛な繁殖力を与えている。部隊は行く手を阻む蔓草をナタでなぎ倒しながら一列縦隊で進んで行った。

密林に身を隠し、先に相手を発見した側が撃つ。そんな白兵戦が展開された。武三もマシンガンを乱射し、手榴弾を投げながら、ジャングルを駆け回った。

途中、何度も「敵」の死体を見た。敵は日本人である。蒸し暑い過酷なジャングルで、武三は日本人と戦い続けた。

 今、北東アジアの戦線に世界中が注目している。後の世に「北東の役」と称されたこの戦争で、最大の激戦地が、このタバル島だった。最新のセイヨウ星の宇宙兵器を持ち、空軍では圧倒している国連直属軍も、前時代的な接近ゲリラ戦では苦戦した。

武三はこの戦争を戦う意義を見いだせないでいた。自分が任務を果たせば、日本に爆弾が落ちるのである。日本人を殺すために今自分は働いているのである。

(いったい何のために自分はここにいるのか?なぜ自分が日本人を殺さなければならないのか?)

この島に来て以来、この戦争への疑問は日増しに膨らんでいった。

 タバル島の自衛隊は確かに国連直属軍を苦しめた。密林のゲリラ戦で多数の敵を倒した。

 だが、倒しても倒しても、国連直属軍は尽きることなく押し寄せて来た。いくら撃破しても、またすぐに後方から新しい部隊がやってくるのである。それに対し、自衛隊は減っていくばかりである。国連直属軍は数を頼りに大攻勢をかけ、ひた押しに押してきた。自衛隊にとって、敵の兵力の大きさと物量の多さは、戦術や作戦でカバー出来るレベルをはるかに超えていた。

 すでに戦いは消耗戦になってしまった。圧倒的な戦力の差は、どうにもならなかった。やがてタバル島の自衛隊は、弾薬も食糧も不足するようになった。日本本土からの輸送ルートは、制空権と制海権を持つ敵によって寸断されていた。

上陸作戦が始まって二ヶ月。ついにタバル島は、その全域が陥落した。

任務を遂行した国連直属軍指揮官は満面の笑みを浮かべて兵士たちをねぎらった。苦しんだ末の勝利に、兵士たちは沸き立った。

上官の勝利宣言に、武三は隣にいたドイツ人伍長と抱き合って、ガッツポーズをつくって見せた。

 満面の作り笑顔のまま簡易トイレに行った武三は、作り笑顔を解除して渋面になると、ふうっと長い溜め息をついて下を向いて頭を抱えた。あまり長いと何を言われるか分からない。笑顔を作り直してトイレから出た武三は、嬉しそうに戦友に手を振ってみせた。


日本本土への空襲が始まった。タバル島の国連直属軍基地からは、続々と長距離大型爆撃機が飛び立っていった。

小次郎も爆撃機に乗り、東京に大阪に名古屋に札幌に福岡に、焼夷弾を落とし続けた。自分の落とす爆弾で多くの日本人が命を落とすことに、疑問など少しも感じなかった。

「国連地球政府が勝つことで『同じ地球人同士の戦争』がなくなり、世界平和が達成できる」と、あの合宿で教官が教えてくれた。小次郎はその教えを心から信じていた。

 小次郎の落とした爆弾はアメ横商店街を焼き、上野寛永寺を灰にした。不忍池は焼死体で埋め尽くされた。小次郎は自分の会社が入っているビルに対しても躊躇することなく爆弾を落とした。母校の大学のキャンパスにさえ焼夷弾を落とした。自分で強く志望して懸命に勉強して入った大学にである。

小次郎は少しも躊躇しなかった。地球人類のためである。自分の小さな思い出なんて、地球の将来に比べれば、どれほどの価値があるというのだろうか。

小次郎は、無能な日本人どもを殺戮し続けていた。それが任務であり、国連のためであり、人類のためだからだ。

「宇宙の中の地球」

この美しい地球は、まだまだ宇宙の中では後進星である。そんな我が地球を、「星際社会」の中で名誉ある地位に引き上げるためには、国連政府のもとに「一つの国」としてまとまっていかなければならない。これは地球人類のためである。民族だの、祖国だの、そんな小さいことはどうでもいい。そんな古い昔の考え方をもった頭の硬い前時代の人間は、この惑星から抹殺しなければならない。無能な日本人には消えてもらう。それがたとえ家族であろうが、親友であろうが、恩人であろうが。

小次郎には使命感があった。私生活での幸福だの、団欒だの、友情だの、そんな事にはもはや興味は無かった。ただ地球のために尽くすこと、それだけが小次郎を突き動かしていた。

 さらには、彼の所属する部隊は同僚も上官も皆ヨーロッパ人であり「日本出身者だから敵に温情をかけている」と見られたくなかった。他の軍人よりも敵に対して苛烈であるところを見せたかったし、競争心の強い小次郎としては、どんなことでも一番になりたかった。一機でも多くの日本の戦闘機を撃墜したかった。一人でも多くの日本人を殺したかった。


 岡山と佐賀に、セイヨウ星式「新型爆弾」が投下された。その報を受けた西条は、長らく口にしていなかった鹿児島弁で桐生にこう言ったという。

「もう、ここらでよか」

 八月のある暑い日。日本では、正午から全てのテレビ局で同じ放送が放映された。衛星も地上波も、ケーブルも。テレビだけではなくラジオも、政府による特別放送を流し、ネット配信もされた。

「忍び難きを、忍び……。耐え難きを、耐え…」

 国民は日本の敗戦を知った。

 この日、不思議なほど日本人たちは静かだった。セミの声だけが、いつもとかわることなく喧噪を奏でていた。

 数日後、厚木飛行場に真っ黒いサングラスに大きなパイプをくわえた国連直属軍司令官が降り立った。ダクラス・マッサカサマ元帥である。

 西条と桐生は身柄を拘束され、戦争犯罪人として軍事法廷で裁かれることになった。


 西条の身柄拘束の報をうけた小久保は、遠い目をして西の空をじっとながめた。

 エンパイア・ステートビルの向こうに夕日が見える。夕日の彼方には西条と小久保の生まれ育った日本がある。

(あいつ…)

(もう二度とこの世で会うことは出来ないだろう。あの世に行ったら謝ろう)

そう心に決めて沈む夕日に目をやった。

 と、その時であった。一発の銃声が鳴り響き、銃弾が小久保の胸を貫いた。うつ伏せに倒れた小久保の目は、目の前のアスファルトに向けられていたが、やがてその瞳は閉じ、永遠に開くことはなかった。


 東京では軍事裁判が始まった。傍聴席には毎回欠かさず現れる三人の男女がいた。

 西条の妻と娘。そして秘書の若者であった。

 秘書の若者は、西条の娘と婚約していた。だが、この戦争で挙式は延期されていた。秘書にとっては義父となる“先生”が、戦争犯罪人として被告席にいる。

 西条は昼も夜も考え続けた。

 思えば、昭和以来戦争をしてこなかったこの日本を、対アメリカ、対国連と二度も戦争を起こしたのは自分であった。そのために多くの尊い命を落とした。その罪は永遠に消えない。戦争は人の命を奪う。奪われた人間は還ってこない。指導者として罪は背負わねばならない。西条は自分が全責任をとって極刑を受ける覚悟が出来ていた。

 そんな西条の気持ちは、傍聴席の妻にも、娘にも、娘の婚約者にも、痛いほど伝わっていた。

「父が生きているうちに、花嫁姿を見せてやりたい」

 そう思った若い二人は、急ながら結婚式を挙げることにした。

 が、なにぶん戦争犯罪人の娘である。急でもあり、敗戦という混乱もあり、ごく親しい人たちと身内だけの、ささやかな規模の式が挙げられた。内閣総理大臣の娘の式としては、寂しすぎる披露宴であった。

 黒いフォーマルスーツを着た新郎、源田友頼。

 純白のウェディングドレスに身を包んだ新婦、西条政子。

二人の前途にはどんな人生が待っているのだろうか。わずかしかいない出席者の誰もが、祝福しつつも、そんな心配を心の底に持っていた。

 紋付姿の母は涙をこらえていた。父は出席できない。キャンドルサービスで母親の席に行った時、父がいない寂しさを政子は感じた。

 新郎の両親もまた、この披露宴に出席していない。友頼は、この戦争で両親と兄を失っていた。兄はパイロットとして日本を守るために戦い続けた源田義平である。

 新郎も新婦も、この戦争で、この敗戦で、心に大きな傷を負っていた。しかしそれは、この二人だけではなかった。日本人みんながそうだった。そのことを、友頼も政子も痛いほど知っていただけに、自分だけが不幸だなんて、露ほども思わなかった。残された年老いた母親のことを心配し、生まれ出ずるであろう新しい命の将来を心配し、日本の将来を気にかける二人だった。

 翌日、小菅拘置所を訪れた源田友頼、政子の二人は、西条に面会を求めた。面会室のアクリル板ごしに、結婚の報告を行い、友人が撮ってくれていた披露宴の動画を見せた。四センチほどの小さな液晶画面には、二人の晴れ姿が映っていた。

(こんな小さな画面でしか見られないなんて)

 政子は心を痛めたが、父は満面の笑顔で喜んでくれた。父のこんな笑顔を見るのは、いったい何年ぶりだろう。その思いは隣にいる友頼も同じだった。

(先生の秘書になってまだ何年もたっていない。ここ数年、険しい顔ばかりだった先生。激動の政治を動かしてきた尊敬すべき先生。今、先生のお嬢さんと結婚した)

 源田友頼は、これからの人生の重みをひしひしと感じていた。

 季節は秋から冬へと移り変わりつつあった。紅葉前線が関門海峡を越えたころ、判決が言い渡された。

 元防衛大臣 桐生利秋、絞首刑。

 元内閣総理大臣、前日本県知事 西条隆、絞首刑。

 判決が出てからわずか一ヶ月あまり。正月を迎える前に、二人の処刑は執行された。

時に、治明十年師走。氷雨のちらつく寒い日のことだった。

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