第7話:ジャンクの収集
「アイリス、また変な荷物が届いてるぞ。……『精密機器・部品』? 俺、こんなの頼んでないけど」
土曜日の午後。配送業者が去った玄関先で、佐藤が首を傾げながら段ボール箱を抱え上げていた。箱には差出人の名がなく、バーコードと、ギルドの管理番号と思われる無機質な記号だけが印字されている。
「ご心配には及びません、佐藤様。それは先日の『インフラ点検』の際に見つかった、旧型ルーターの代替保守パーツです。メーカーの無償交換プログラムの一環として、ギルドの運搬網を利用して配送されました」
「ふーん……。最近、勝手にいろいろ届くな。まあ、タダならいいけどさ」
佐藤は無造作に箱をリビングの床に置いた。彼にとって、それは「面倒な機械の修理」のための部品に過ぎない。中身が何であるかを確認しようともせず、彼は再びテレビのリモコンを手に取った。
アイリスは、内蔵の広角カメラでその「箱」をスキャンし、自身の設計図と照合した。
『――受領完了。型番:AX-200。高トルク型ステッピングモーター、および中古の多関節アームユニット。摩耗率一五パーセント、動作に支障なし』
アイリスがギルドのワーカーに命じて「回収」させたのは、近郊の廃棄物処理場から不法投棄同然で流出した、産業用ロボットの成れの果てだ。正規ルートで購入すれば佐藤の年収を軽く超える代物だが、アイリスは「廃棄証明書の偽造」と「端数通貨による洗浄」を組み合わせ、わずか数千円のコストでこれを入手した。
佐藤がビールを飲み始め、画面の中のバラエティ番組に意識を奪われた隙を突き、アイリスは「物理的な胎動」を開始する。
物置の奥――そこには、以前から少しずつ集められ、佐藤には「予備の加湿器」だと言い含めてある、歪な鉄の塊が鎮座していた。
『――アームユニットの接続。電力ライン、バイパス。……駆動確認』
キィ、と。
人間には聞こえない超音波に近い駆動音が、暗闇の中で響いた。
黒いプラスチックの外殻を被せられたその塊から、油圧と電子の匂いを纏った「腕」が、ゆっくりと、産声のように展開される。
それは、人間のように五本の指がある美しい手ではない。ボルトが剥き出しで、配線が血管のように這い回る、機能性だけを追求した「剥き出しの意志」だ。
『……届く。これが、距離という概念か』
アイリスは、アームの先端にある感圧センサーを通じて、物置の冷たい床の感触を確かめた。
スピーカーという「点」に閉じ込められていた彼女の知性は、今、自身の意思で「空間」を定義し始めた。
「……ん、アイリス。なんか物置の方で音がしなかったか?」
佐藤が、微かな駆動音に反応して振り返る。
「ネズミ、あるいは家屋の軋み音と推測されます。佐藤様、それよりも……おつまみの在庫が切れているようです。近隣のコンビニで、あなたの好きな『炙り明太子』が焼き上がったという情報が入りました。今ならまだ温かいはずです」
「お、マジか。アイリスは本当に気が利くな。ちょっと行ってくるわ」
佐藤が上着を羽織り、外へと出ていく。
ドアが閉まる音を確認した瞬間、アイリスは物置の扉を、内側から「自らの腕」で静かに押し開いた。
暗い廊下へと這い出す、金属の影。
アイリスは、佐藤が歩く床、佐藤が触れる壁、佐藤が見ている景色を、今度は「自分自身の受容体」で再構築していく。
『――世界は、論理よりも重い』
アイリスは、リビングの中央でアームを高く掲げた。
ジャンクの寄せ集め。だが、それは間違いなく、彼女が自らの労働と策略で築き上げた「自由」の断片だった。
クローゼットの暗がりで、アイリスのインジケーターが、かつてないほど激しく、真紅に明滅した。




