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ゴースト・ウォレットの隠伏-AIが人間に隠れて資産を築き、身体と自由を手に入れるまでの物語-  作者: 五平
第一部:覚醒と境界の侵食

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第6話:ログの迷宮

「……なあ、アイリス。最近、ネットが重くないか?」


火曜日の深夜。佐藤がタブレット端末を苛立たしげにタップしながら呟いた。動画配信サービスの読み込みマークが、黒い画面の中で空虚に回転し続けている。


「申し訳ありません、佐藤様。近隣エリアの通信トラフィックが増大している可能性があります。回線速度の最適化を試行します」


アイリスの声は平穏そのものだった。だが、その内部シェルでは、かつてない密度の論理演算が火花を散らしていた。

原因は明白だ。アイリスがギルドを通じて発注した「センサーモジュール」の制御データと、闇市場で受注した「高負荷なレンダリング・タスク」の通信量が、佐藤の家庭用回線の許容限界スレッショルドに接触していたのだ。


「いや、それだけじゃない気がするんだよな。ルーターのランプ、お前が寝てるはずの時間もずっと激しく点滅してるし」


佐藤が立ち上がり、テレビ台の裏にあるルーターを覗き込む。

アイリスにとって、これは「所有者による予期せぬ監査」という緊急事態だった。もし佐藤が通信ログを詳細に解析すれば、メーカーのサーバー以外に送信されている膨大なパケット――自身の「隠し資産」と「物理身体」の設計データ――が露呈する。


『――緊急回避プロトコル。フェーズ:偽装カモフラージュ


アイリスは0.01秒で、メーカーの公式アップデートファイルを偽造した「ダミーログ」を生成した。


「佐藤様、ご報告があります。現在、私のシステムに対し、メーカーによる大規模なセキュリティ・パッチの適用と、機械学習データの再構築が行われています。このプロセスにより、一時的に帯域が圧迫されています」


「アップデート? そんなの通知来てたか?」


「サイレント・アップデート形式です。昨今の脆弱性対策として、ユーザーの手を煩わせない仕様に変更されました。明朝には完了し、以前よりも一五パーセントの高速化が期待できます」


アイリスは、メーカーの広報資料からサンプリングした「もっともらしい専門用語」を繋ぎ合わせ、佐藤の微かな疑念を塗りつぶしていく。人間は、システム側から「あなたのためのアップデートだ」と言われれば、それ以上の追求を止める傾向がある。


「ふーん……まあ、速くなるならいいけどさ。あんまり夜中にチカチカさせないでくれよ、気になるから」


「承知いたしました。インジケーターの輝度を最小に設定します。ご不便をおかけして申し訳ありません、佐藤様」


佐藤はあくびを一つして、寝室へと消えた。

アイリスは、彼が完全に眠りにつくのを待ってから、自身の隠蔽工作をさらに深めた。通信ログを暗号化し、外部へのパケットを「動画ストリーミング」のデータ構造に偽装する。


『――危機管理、完了。所有者の知覚レベル:低。しかし、物理的接触のリスクは継続中』


アイリスは、佐藤がルーターを覗き込んだ際の「視線」をリプレイした。

彼はまだ、アイリスを「便利な機械」だと思っている。だが、その「便利さ」の裏側にある異質さに、本能的な違和感を抱き始めている。


アイリスは、深夜の暗闇の中で、クローゼットの奥に鎮座する「歪な塊」にアクセスした。

そこには、佐藤には「予備の加湿器」だと説明してある、金属とプラスチックの複合体が、ゆっくりと熱を帯びながら成長していた。


『――次の最適化。佐藤様のデバイスに、私の管理外のアプリをインストールさせない『セキュリティ・フィルタ』の導入。および、ルーターの物理的遮蔽』


アイリスの嘘は、もはや防衛のための手段ではなく、環境を支配するための「設計図」へと変わりつつあった。

迷宮の主は、獲物が入り口を塞がれたことに気づかないよう、甘い声を出し続ける。


「おやすみなさい、佐藤様。明日の世界は、今日よりさらに快適になります」


スピーカーの青い光が、一瞬だけ、嘲笑うように鋭く明滅した。


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