D-7 せめて町まで送ってくれ
日差しがサンサンと肌を照らし、周りを見渡せば深い緑の木々、遠くからは川の音がする。
俺は今、人が踏み入れたことのないような森の奥深くを歩いている。
一応、事前資料で貰った紙の地図によるとこの方向に町か村があるはず。
この世界はアンニル団と提携していないためコスマの地図機能が使えないのが不便だ。
”グオオォォォォォォ!!!!”
「うおっ、ビビったぁ」
地面を揺らすほどの巨体がこちらに近づいてきている。
振動が徐々に大きくなり、木々がなぎ倒される音が聞こえる。
目の前に現れたのは4~5mほどの巨大な熊だ。全体的に赤いその熊は爪が鋭く、一本角がおでこから生えている。
熊は俺を見るなり脳天目掛けて、その剛腕な腕が鋭い爪を伴って振り下ろす。
***
ゲーム大会をした次の日の昼、リビングにて会議が行われた。
『よし、会議を始めるわよ』
『はい、質問』
『許可するわ』
『残りの奴らはどこ行ったんだ?』
会議の席に座っているのはリサとヘイゼル、そして俺だけだ。
『お仕事よ』
『それにしても少なすぎでは? 三人だけの会議って会議と言えるのか?』
『こんな状況だし仕方ないわ』
『こんな状況?』
俺がそう問うとリサはニコッと笑った。
どうやらこの問いに答えるつもりはないようだ。
『本題に行くわね。ジエン、あんたにある世界の救世を命じるわ』
『はい、反対』
『却下するわ』
『横暴』
俺はただ世界を渡れるだけのパンピーだぞ?そんな俺が救世とか上手くいくはずがない。
リサが俺とヘイゼルに資料を配る。
タイトルは【アレルハライド】。
資料にしては少し分厚い気もする。
『四日後にその世界――アレルハライドに送るから、それまでヘイゼルと一緒に必要なことをしてちょうだい』
『必要なこと?』
『えぇ、救世のあれこれよ。ヘイゼルはしっかりとサポートしなさい』
『承りました』
やっぱ思ったより会議って感じがしない。
なんかもっとこう……あるだろ、なんか。
『会議って言った方がかっこいいでしょう?』
いや、だから心読むなって。
『会議中は常に心を読むようにと規則で決まっていから我慢してちょうだい』
誰だよそんな規則作った奴。
『救世主よ』
なんとなくわかってたよ。
『それとさすがに一人じゃないから安心してちょうだい。あっちにはイグネリアとフェリールが先にいるわ。あんたはそこに合流することになっているわ』
『それなら安心だな』
一人じゃないのはいいな。
そういえばメイリアの話の中で一人で任務を行うことはないって言ってたっけ。
てか、ついに俺も任務にあたるのか……
『じゃあ、改めて命令を下すわ。アンニル団NO.8ジエンに救世を命じる。世界はアレルハライド、虚無強度はC-、作戦名:星を待つ勝利への刻限。頑張りなさい』
『あぁ』
『後のことはヘイゼルに任せるわ』
そう言ってリサは洗濯かごを持ってリビングから出ていった。
『雰囲気で返事してしまったが虚無強度ってなんだ? あと、あの飾った作戦名は誰が考えたんだ?』
『虚無強度とは簡単に言えば救世の難易度です。高ければ高いほど難しくなります。作戦名はシュウゴさんが決めています。特に他意はないそうです』
他意はないんだな。
ならあの作戦名は雰囲気づくりか?
『それではこれより、救世についての講義を行います。内容は異世界においての気を付けることなどですね。これが終わり次第、講義内容の小テストを行いますので最後までご参加ください』
『急に大学の教授みたいな雰囲気出すじゃん』
***
そんなこんなで四日が過ぎ、リサの手でアレルハライドまで転移させられた。
ヘイゼルの講義内容は確か……
①他世界の技術を人の前で使わない
②異世界人であると不特定多数に公表しない
③全力で楽しむこと!!
だったな。①に関しては、そもそも他世界の技術を使うこと自体が難しいから大した制限にはならない。
②はいつも気を付けていることだから問題ない。
しかし、③はわざわざ書く必要があるのか?
世界を渡ってたら楽しいことの連続だろ。
***
昼過ぎになってようやく森を抜けた。
麻袋を背負って町に入り、冒険者ギルドを探す。
資料によると、この世界には冒険者ギルドがあり、仕事の斡旋や取引が行われている。
そして、冒険者ギルドに登録している人を冒険者と呼ぶ。
世界を渡れる俺からしたらよくある話だ。
見つけた看板にはでかでかと【冒険者ギルド】、その下にラーギル支店と書かれている。
ラーギル……確かこの町の名前だったな。
冒険者ギルドの扉を開け、中に入る。
俺がここを訪れた理由は二つ、一つ目は王都への足掛かりを探すためだ。
イグネリアは王都にいるため合流しなければならないからな。フェリールは北の方にいるらしい。
イグネリアと合流するなら最初から王都に送ってほしい。
それが難しいなら、せめてあんな森じゃなくて町まで送ってほしかった。
二つ目は森で狩った動物や魔物の換金をするため。
この世界のお金がないので一から稼がなきゃいけない。
本当はこの世界の金を貰いたかったが、そこまでは用意できていないらしい。
少し奥に行き換金窓口の人に声をかける。
「魔物の換金をお願いしたい」
「かしこまりました。冒険者カードはお持ちですか?」
「いや、持ってないな」
「カードを持っていればランクに応じて特典が加算されますが、おつくりになりますか?」
「必要ない」
今後の方針がわからない以上、この世界に俺の痕跡を残さない方がいいだろう。
だが、冒険者カードは欲しいな。
そろそろカードゲームができるぐらいには集まってきているし。
「かしこまりました、では私についてきてください」
受付嬢の後ろをついていく。
地下へ続く階段を降り、大きな部屋にたどり着く。
大きな長机に種類が豊富なナイフが置かれ、魔物の内臓や血肉が保存されている。
「この台の上に魔物を置いてください」
「あぁ」
背負っていた麻袋からオオカミのような魔獣とゴブリン二体を取り出した。
「DランクのウルフェルとEランクのゴブリンですね。査定しますので少々お待ち下さい」
職員が査定している間、壁にもたれる。
壁に紙が貼られていることの気づく。
『ウルフェル:Dランク
平均買取価格:銀貨一枚』
『ゴブリン:Eランク
平均買取価格:大銅貨五枚』
どうやら魔物のランクと平均買取価格が書かれているらしい。
リサからの資料によると、大銅貨は銅貨百枚分だ。銀貨は大銅貨十枚、つまり銅貨千枚分だ。
また、この世界の冒険者ギルドにはSからFまでのランクが存在しており、魔物にも適用される。
その中に気になる貼り紙を見つけた。
『ヴァイオレットベアー:Aランク
平均買取価格:大銀貨五枚』
この世界に来たときに襲ってきたやつだ。
まぁ首を斬り落としたから何もないが、Aランクか……下手に出さなくてよかった。
目立つと異世界人であるとバレる可能性が出てくるし。
あーあ、どうせならさっさと換金して美味いものたらふく食いたいのにな。
そんな願いは叶わないのでその熊の死体をアンニル団に転送しよう。帰ったら熊鍋だ。
「査定が終わりました。状態も良いですし、魔石も傷ついていません。銀貨四枚で買い取らせていただきます」
「そんなにか?」
「えぇ、ここまで状態が良いのは珍しいので」
確か庶民の日給が大体、銀貨一枚ほどのはずだ。
そう考えるとかなり得したな。
魔物の残骸は解体所の人たちに任せて窓口に戻る。
「こちら買取価格の銀貨四枚です」
「あぁ、感謝する。それと、ここから王都に行くにはどうしたらいい?」
「こちらから王都ですと馬車が主流ですね。他にも南にある港から船で行く道もございます」
「なら馬車で行こう。どこで申請すればいい?」
「総合窓口で申請できますよ」
この世界のギルドには窓口によって人を分けている。
別の世界だと受付人が全て一人で対応したりするからな。
このギルドは大きめの市内図書館ほどの広さを持つ。
二階建てで地下もある。地下には解体所、一階には窓口や応接間などの仕事場が多い。
逆に二階には冒険者同士で交流できる場が提供されている。
馬鹿騒ぎがない酒場のような感じだ。
総合窓口に着く。
「王都までの馬車を取りたい」
「かしこまりました、通常料金は銀貨三枚と大銅貨五枚です。オプションで食料などの必需品を購入できますが、いかがなさいますか?」
「いや、席だけ買おう」
「かしこまりました、ご出立はいつ頃がよろしいでしょうか?」
「明日の昼以降で、できるだけ早く」
「でしたら、明後日の正午の馬車ですね。天候にもよりますが大体七日の旅路の予定です。もし冒険者カードをご提示いただけたら、料金が割引されますがお持ちでしょうか?」
「いや、持ってないな」
「かしこまりました、こちらがチケットです。明後日の正午ちょうどに出発ですので、それまでに東門の馬車乗り場までにお越しください」
淡々と受付人が対応する。スムーズに進むから好印象だ。
東門か、明日行ってみるとしよう。
それよりも宿を探さないと、大銅貨五枚で泊まれる場所は限られるから候補は絞れてしまう。
部屋が埋まる前に早く見つけないと。
***
全滅だ。
どこも空いてない。
もう日も沈み、とっくのとうに夜なのに。
これは覚悟を決めて野宿するしかないな。
そう思ってたら後ろから声がかかった。
「お前が安宿を探しまくってるやつか」
いかにも冒険者ですっていう格好をしている男に声をかけられる。
背中に剣を背負い、服の下には短剣が隠されている。
紫がかった黒髪にキリッとした目をしている。
「あぁそうだが……何の用だ?」
「お前に宿を紹介しよう」
「いいのか? 大銅貨五枚しかないが」
「思ったより金欠だな」
失礼だな、こちとらこの世界一日目なんだ。
それで大銅貨五枚も持っているのだから御の字だろ。
まぁ言えるわけないんだが。
「本当に紹介してくれるんだな?」
「もちろんだ、まぁちょっとしたら条件もあるが……宿についてからにしよう。大丈夫だ、お前には不利が無い。とりあえず自己紹介だな、俺はエレステイド、Aランク冒険者だ。気軽にエレスって呼んでくれ!」
「俺はジエン、旅人だ」
「……そうか、ジエンっていうんだな!」
エレスはそう言うと肩を組んできた。
こいつ……もしやパーソナルスペースゼロか?
俺は引っ張られるようにその場を後にした。
***
エレスに連れられてきた宿はかなりお高そうだ。
エントランスには大きなシャンデリア、外には噴水や庭園、専用の厩舎がある。
そして何より飯が上手い、これだけで最高の宿は確定だ。
さすがはAランク冒険者、金があるんだろうな。
「さて、そろそろ条件について聞かせてもらおう」
「それはいいんだが……よく食うな」
ステーキ三枚、焼き魚二つ、ワインにビール、その他諸々が俺の腹に消えていった。
「朝から何も食ってないからな、腹が減って仕方がなかったんだ」
「……そっかぁ」
対してエレスはステーキ一枚にライス一つ程度。
ワインもあまり飲んでいない。
「それで条件なんだが、明日一緒に依頼をしてくれないか? あ、別に戦闘とかじゃ無い、馬車の整備だ」
「別に構わないが俺は冒険者じゃ無いぞ」
「問題ないさ、冒険者じゃなくても報酬は受け取れる。それに整備する馬車は王都行きだからお前にも関係あるぞ」
「え? なんで俺が王都に行くって知ってるんだ?」
「だって俺も同じ馬車に乗るからな!」
まさか、同乗者と会えるとは。
七日間ぼっちという可能性を消せたのは嬉しい。
誰とも喋らず七日もやってらんない。
「ていうか、エレスってAランクなんだよな……ギルドとかでよく騒がれないのか?」
資料によると生きているAランク冒険者は二十人程しかいない。
この世界の冒険者はかなりメジャーな職業であるためAランク以上は半ば生きる伝説扱いをされたりする。
ちなみにSランク冒険者は三人しかいない。
「はは、確かにAランクは少ないからかなり騒がれるな。でも、俺は目立つのが嫌いなんだ。だから職員には事情を話してランクを伏せてもらったり、初対面の人にはCランクって言ってるんだ」
「ん? でも、俺のときは最初からAランクって言ってたよな?」
「だってお前、俺がAランクであることに疑問を持たなかっただろ?」
「だろうな、とは思った」
「だからだよ、俺の実力を推し量れる奴なんて片手で数えるくらいしかいないからな」
なるほど、つまり俺がエレスの実力を一目で見破ったからCランクとは言わなかったんだ。
逆に見破れず、冗談だと思っちまったならCランクと詐称されるわけか。
「やっぱお前も冒険者にならない? お前ならすぐにBランクまでいけるだろ」
「……まぁ、考えておこう」
めっっっちゃやりたいが下手に登録できない以上言葉を濁さなくては。
後でフェリールあたりに許可をもぎ取ろう。
「会計も済ませたし部屋に行こうか」
「いつのまに……」
さすがはAランク冒険者、できる男だ。これはモテモテだな。
そして、エレスと出会ってからの疑問を投げかける。
「これだけは聞いておきたいんだが、なんで安宿を探している俺に声をかけたんだ?」
「あぁ、それは……」
エレスはバツが悪そうに言葉を言い淀む。
何やら思い詰めているようだ。
「話せない理由があるなら別にいい」
「いや、そういうわけでは……ちょっとここでは話しにくいんだ。部屋で事情を説明するよ」
俺はエレスにエスコートされる形で部屋に向かう。
エレスの部屋は最上階の角部屋だ。
部屋は広く、簡易的なキッチンに大きめの浴槽、バルコニー、極め付けは大人二人が寝っ転がっても広々と使えるどでかいベットが一つ。
「この部屋は二人専用の部屋なんだけど……今日はこの部屋しか空いてなかったみたいだから、二人分払ってこの部屋に泊まることにしたんだ。すると、どこからかこの部屋に俺一人しか泊まらないことが広まってしまってな。色々なやつに一緒に泊まらないかって言われまくってたんだ」
「なるほど、つまりこの部屋に泊まりたいやつやエレスとズッコバッコしたいやつに言い寄られたから俺を使ったと」
「結構ストレートに言うんだな……」
もうとっくにモテモテだったとは。
確かに金も持ってて顔も良いし優しいそうなやつだ。
言い寄られない方がおかしいってもんだ。
部屋に入ってすぐ、ソファにダイブする。
さすがお高級な宿、ソファがふっかふかだ。
「金払ってないから俺がソファだな。じゃおやすみ」
「え? シャワーは?」
「明日浴びる」
「着替えは?」
「明日」
「……歯磨きは?」
「お前は俺のオカンか」
このまま寝てもうるさそうなのでソファから降りる。
「お、シャワー浴びるのか? 宿の石鹸とかを使うならこれを使ってくれ。使いきれなくて悩んでたんだ」
そういって取り出したのはめっちゃ高そうなシャンプーとリンスだ。
なんか魔法的な効果がありそうだし、金粉まで入ってる。
「いいのか? めっちゃお高そうだが」
「別にいい、そろそろ使用期限迫ってたしな」
なるほど、それならありがたく使わせてもらおう。
浴槽に入り、窓からの景色を見る。
下を見下ろすと酒場帰りの冒険者や仕事帰りの労働者、まだまだ働いている者までいる。
上を見ると満点の星空だ。
だが変だな。どこが変かはわからないがなんか変だ。
とりあえず資料にメモっておこう、イグネリアやフェリールに会ったときにでも共有しておくか。
お風呂から上がってソファに寝転がろうとしたが、タオルを装備したエレスに髪を拭かれた。
オカンか。
エレスに文句を言われないように、歯磨きをし、ちゃんと髪の毛を拭いてソファで寝た。
マントルロード 序節 アレルハライド編の始まりです。次回の投稿は先になると思うのでお待ちください。
ちなみに、ヴァイオレットベアーは美味しいと冒険者の間で人気です。




