D-34 神々が住まう都
「こんなにすんなりと聖都に入れるのですね」
聖都は巨大な壁に囲まれている。
聖都と外を繋ぐのは一枚の扉。そこには見張りはいなかった。
それどころか、鍵も無いただの扉だった。
警備がざるでは?
「まぁ、人間は聖都の外にはもういないし……だから、神も聖都にしかいない。私が知る限り、外からの来訪者なんてジエンたちだけよ」
「なるほど」
今いる場所は聖都の南部、人の居住区だ。
逆に北部は神の居住区。エルピスもそこに住んでいるらしい。
そして、中央部には塔と神聖院がある。一部の神と人間が暮らしている場所だ。
歩きながら聖都の街並みを見る。
雰囲気はアレルハライドに近い。
ただ、行き交う人々に覇気を感じられない。
そんな感想を抱きながら北部へと向かう。
北部に向かうにつれ建物が少なり、自然が溢れている。
緑豊かな川に湖、美しい花畑などなど。
浮世離れしていて綺麗だな。
「よしっと、着いた。ここが私のお家!」
目の前には木造のアパート。
先ほどまで自然あふれる空間だったが、ここら一帯はザナティスの住宅街みたいだ。
南部は異世界風の建物、北部には現代風の建物……めっちゃちぐはぐだ。
「とりあえず上がって上がって!」
エルピスの部屋は204号室だ。
中に入り適当に座る。
「お客さんが来るなんて初めてだから良いものは置いてないんだけど……」
エルピスはそう言ってお茶と菓子を出した。
「感謝する」
「全然いいよ。ちなみに、ここら辺以外は神聖院によって厳格に管理されているから気を付けてね」
それはまずいな。
ただでさえこの世界は人間が少ない。
異世界人がいると知られれば面倒臭いことになる。
「なら、ここら一帯はどのように管理されているのでしょうか?」
ヘイゼルが質問する。
ここら辺以外は神聖院の管理ってことは、ここは神聖院は管理していないってことだからな。
「ここは人型を取れる神――その中の人間のように暮らしたい神たちが集まって形成されたコミュニティなの。管理は私たちがやってる」
なるほど、自治体みたいなものか。
「そういえば、君たちの目的を聞いてなかったね。聞かせてくれない?」
***
俺たちが何の目的でアゼンピアまで来たか説明した。
エルピスは俺たちの話を疑うこともなく真摯に聞いてくれた。
「ニヒルねぇ……」
「何か知らないか?」
「ごめん、わからないや」
なら仕方ない。
一から情報収集をしなきゃな。
「おーい!! エルピス!! いるんだろ!? 出てこい!!!」
「あ、やば」
ドンドンとドアが強く叩かれる。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「早く家賃払いな!!」
ふむ、状況から判断するに家賃の徴収に来たわけか。
「お、お待たせ……これで大丈夫、かな……?」
「ひぃ、ふぅ、みぃ……ちゃんと規定量の信仰を集めたようだね。次からはもっと早く出すんだよ」
「はぁい……それで大家さん。一つお願いがあるんだけど……」
「ん? なんだい?」
エルピスが大家さんを中に招き入れる。
「彼らを神に偽装できる物を貸して欲しいんだ」
***
「なるほどね。大体理解した。だけど、ニヒルは初めて聞いたな」
お茶を飲みながら大家さんは言う。
「自己紹介だな。私は幻影の神でここのアパートの大家だ」
アパートを所有して経営している神もいるんだな。
「お前たちを神に偽るなど簡単だ。だけど、ただとはいかない」
「というと?」
「お前たちには信仰を集めてきてもらう」
「それなら、俺たちの分の信仰があるだろ?」
「二人分じゃ足んないな決まってるだろ。明日からエルピスと一緒に信仰を集めてこい。集めた信仰は私に渡せ」
む、そういう感じか……
「私は構いませんよ」
「私も君たちと一緒に信仰を集めたいなぁー?」
「ならそれでいこう。このアパートに住んでいいか?」
「もちろんだ。二階は全部屋空いているから好きに使いな」
よし、これで拠点も確保だ。
ニヒルの情報は得られなかったが、初日としては幸先がいいのではないか。
「それじゃ療養所に行くとするかね。お前たちも来るかい?」
「療養所?」
神も病気になるのか?
「ちょうどいい機会だし行ってみよ? 私たちの現状を知れるしね」
***
アパートを出てしばらく歩く。
俺とヘイゼルは大家さんから貰ったお守りで神に偽装している。
ここら一帯に人間はいないため、不要な混乱を避ける必要がある。
「ここが療養所さ」
ふむ、人間が使う療養所っぽいな。
「あ、エルピスお姉ちゃん!」
中に入ると小さな男の子が駆け寄ってくる。
「プサリスじゃん。元気してた?」
男の子はプサリスという名前らしい。
この子も神なのか?
「元気!! エルピスお姉ちゃん……この神たちは……?」
俺たちに気づくと、プサリスはエルピスの後ろに隠れた。
人見知りみたいだ。
「俺はジエン、エルピスの仲間だ」
「私はヘイゼルです。同じくエルピスの仲間ですよ」
「ぼ、僕はプサリス……鋏の神……です」
「挨拶できて偉いぞ。飴ちゃんをやろう」
ポッケに忍ばせていた飴ちゃんを渡す。
「あ、ありがとう……」
「ほら、お前たち行くぞ」
大家さんが俺たちに言う。
手続きを済ませたらしい。
大家さんを先頭に通路を歩く。
「神様にも子供はいるんだな」
「神でも生まれたばかりのころは赤ちゃんの姿なんだ。成長していくにつれ、ある程度自分の見た目を変えられる。大家さんはお婆ちゃんの姿だけど、存在した期間――人間でいう年齢だと私の方が上なんだ」
そうだったのか。
つまり、エルピスは自分より年下の大家さんに家賃を滞納していたのか。
「今はどこへ向かっているのですか?」
「この療養所の中で一番弱っている神の元へ」
***
ある個室の扉を開ける。
部屋にはベッドとテーブルがぽつんと置かれている。
そのベッドには男が眠っている。
エルピスと大家さんはその男に手をかざす。
「ん……んぅ……」
男が目を開ける。
「おはよう」
「?……あぁ、エルピスか……」
男は起き上がる。
だが、声は弱々しい。
体も透けている。
「……彼らは?」
男が俺の方を向く。
「俺はジエン」
「私はヘイゼルです」
「僕はオミクロ。霧の神だよ」
やはり、覇気を感じない。
いつ消えてもおかしくない儚さがある。
「オミクロは慢性的な信仰不足症なの」
「信仰不足症?」
「人間でいうところの栄養失調とほとんど同じ。この状態が続けばいつか存在を保てなくなる。今みたいに信仰を渡せば症状は軽くなるけど……良くはならないんだ。オミクロは信仰不足の状態が続いたからね」
エルピスが話を続ける。
「ここの療養所は信仰不足で存在が揺らいでいる神の最後の砦。弱った神はここで信仰を他の神から貰うことで延命しているの。大家さんへの家賃の一部はここに寄付しているんだ」
「ボランティアなのか?」
「そうだね。強いて言うなら、同族が生き存える姿を見れるのことが見返り」
つまり、この療養所は神たちの善意で成り立っているってことか。
神たちは案外優しいんだな。
「このことについて、太陽神からは何か対策されているんでしょうか?」
「何も。太陽神は依頼の報酬に信仰を渡したりするし、人間から信仰を取引することも禁じていないから特別な対策は取ってないんだ」
「何でオミクロは瀕死なんだ? その気になれば人間から信仰を集めることも出来るだろうに」
自分が何の神かも知らないエルピスが生きていけるんだ。
オミクロが瀕死なのは何か理由があるのだろう。
「僕は霧の神、でもこの聖都では霧がほとんど起きないんだ。だから、僕を信仰しようなんて考えたいる人はいない。昔は霧がよく出る街にいたから信仰があったんだけどね」
「ん? 他にも街はあるのか?」
「昔はあったんだよ。でも、太陽神が大戦に勝利して全人類はこの聖都に集められた。だから必然と全神もこの聖都に集まったんだ」
太陽神が勝利したことで、オミクロは信仰を失ったと。
んー、悪いことが重なった結果なのか。
「お前たち、そろそろ面会終了だ。そろそろ帰るぞ」
花を生け、部屋を掃除した大家さんが言う。
「そうだね。それじゃ、またね」
オミクロに見送られながら俺たちは部屋を後にした。
大家さんはオミクロと話すことがあるらしく、部屋に残った。
***
アパートに帰り、ご飯を食べる。
ご飯といってもレーションだが。
神には食事は必要ではないらしいので、この辺りには食料がない。
ゆえに今はレーションで食い繋いでいる。
明日あたりに人間の居住区で食料を調達しよう。
「……この味は……!」
「三日目のアンニル団特製カレーのカレーうどん味ですね」
ヘイゼルと初めて会った日に振る舞われたカレー。それの三日目。
三日連続でカレーだったが、微妙に味付けは違っていたから飽きなかった。
さすがリサだ。
「それ、美味しいの?」
エルピスが聞いてくる。
「味は最高だが、満腹感は満たされない。総評は下の上」
「厳しいですね」
まぁな。
俺にとっての食事で一番大切なのは"満たされる"ことだ。
このレーションは美味しいが満たされない。
満腹感も食後の余韻も何もかもがない。
これならまだ、ちょびっとしか量がないコース料理の方がマシだ。
あれは腹が満たされなくとも心はある程度満たされるからな。
「ちょっと気になるなぁ。一口欲しいなぁ……ダメ?」
「ダメ。初めての食事はもっとちゃんとしたやつじゃないと」
初めてがこんなレーションじゃダメだ。
世界が許しても俺が許さない。
「別に食事ぐらいは自分で作って食べたことはある」
「え? そうなの?」
「月一だけどね」
この部屋に食材が無かったから、てっきり作らないのかと思った。
「……外明るいですね。そろそろ日が落ちてもおかしくないはずです」
ヘイゼルが言う。
その言葉を聞いた瞬間、俺は時計と外の景色を見比べる。
確かにもう夜だ。
それなのに、太陽はまだ空のてっぺんにいる。
「大戦時に太陽神が月神を喰らったの。だから、この世界には夜が訪れない。常に太陽が大地を照らしているの」




