D-26 星を待つ勝利への刻限
「あれから、四年も経ったんだな」
勇者一行は砂漠の奥地にある遺跡に辿り着く。
その遺跡には幻想魔法の魔道書が眠っている。
「そうだね。まさか、私たちで魔王討伐の旅に出るなんてね」
「本当にな!」
シケンとアランが笑い合う。
この四年の旅路で五人は心も体も成長した。
シケンは国王から聖剣を下賜され、勇者として国中に名前を轟かせた。
シヴァニアは王城で魔法の適性を調べたところ全属性に適性があることが判明した。
やがて、全属性の最上級魔法まで扱えるようになった。その功績からシヴァニアは七色の魔女と呼ばれるようになった。
ダスティンは旅の初めは特筆するところは無かった。だが、筋肉や体幹、忍耐力が他の誰よりも成長し、盾を持つようになった。
盾以外にも弓、剣、槍など多彩な武器を扱える。
人々からは変幻武装と呼ばれるようになった。
イライザは元々珍しい属性外魔法を使えていた。占いしかできなかったが、旅を続けて空間魔法、時間魔法、未来視、法則操作などなど、その才能を開花させていった。
イライザは人々に対しては多く語らない。そして、その外見から白き静寂と呼ばれている。
アランは戦闘能力などはそこまでだが、王族としての外交力や交渉能力、情報収集など戦闘に関わらないところで力を発揮した。
「魔王討伐しに行くことをエレスに言った時はすごかったわね」
シヴァニアが言う。
シケンは勇者になったこと、そして魔王討伐に行くことを真っ先にエレスに報告した。
「『兄さんが、ついに……! 自立した!』って……泣いてた、ね」
ダスティンがその日を思い出して言う。
「エレスは俺のことを舐めすぎだと思わない?」
「順当な評価だと思うわ」
「ま、それは四年前の話だ。今はもう自慢の兄貴になれたのか?」
「エレスに会って聞いてみなさい」
シケンはこの四年で成長したのは戦闘能力だけではない。
一人で起き、料理をし、洗濯までできるようになった。
整理整頓は苦手だが、それでも四年前に比べたら成長したと言えるだろう。
「さて、この遺跡に幻想魔法の魔導書が眠っているんだな。そういえば、四年前にイライザの占いで『幻想魔法の魔導書を手に入れるべし』って出てたな」
「四年越しの伏線回収だよ」
「そんなイライザにもう一度占ってもらおうか!」
「唐突だね。ま、いいよ。さーて、今度はどんなのが出るかな?」
イライザはそう言うと、目を閉じる。
「出た。一年後、星が降る日に魔王討伐が為されるって」
「一年後か……なら、幻想魔法の魔導書を手に入れたら修行か! それにしても、星が降る日ってなんだ?」
「さぁ? わたしも知らない」
一行は遺跡の中に足を踏み入れる。
遺跡は前人未踏、規模や魔物の強さなど未知数。
だが、一行は恐れることも怯むこともなく、前に進んでいく。
***
遺跡の最深部、全長10mほどありそうなゴーレムが床に倒れる。
「よっしゃぁぁああ! 勝利!!」
シケンはガッツポーズを決め、大声で喜ぶ。
「まさか、あんなに大きいゴーレムが最後にいるなんてね」
息を切らしながらアランが言う。
「はぁ……さすがに魔力切れよ。なんでシケンあんなに元気なの?」
「知ら、ない」
魔力切れにより、立つのもやっとのシヴァニア。
それに対して、余裕の面持ちでシヴァニアの側にいるダスティン。
だが、忍耐力が随一のダスティンでさえ、疲労を感じている。
「げんっそうまっほお〜」
シケンが変な歌を歌いながら幻想魔法の魔導書を探す。
「こっちにそれらしき物発見!」
別の場所を探していたイライザが言う。
一行はイライザの元に集まる。
「これが……幻想魔法の魔導書……」
一見、古いだけの分厚い本に見えるが、内包されている力が計り知れない。
シケンが魔導書を手に取った瞬間、魔導書が輝く。
「お、おう!? なんだ!?」
そして、凄まじい勢いでページが捲られる。
魔導書の最後のページが捲られると、魔導書の輝きも無くなった。
「ど、どうかしら……? 何か、変わったことはある?」
「んー、幻想魔法を使えるようにはなったと思うが……効果がな……。とりあえず、街まで戻るか」
「そう、だね」
一行はそのまま来た道を引き返す。
しかし――
「シケン!! 危ない!!!」
シケンの後ろの空間が割れる。割れた空間から黒い腕がシケンを掴もうとする。
いち早く動けたアランがシケンを突き飛ばす。
「あだッ!?」
シケンが顔を上げる。
すると――
「ア、アラ、ン……?」
黒い腕はアランの胸――心臓を貫いていた。
アランは微動だなしない。
「ッ……!!」
シケンが黒い腕に向かって斬りつける。
だが、黒い腕はアランの体ごと割れた空間に引き摺り込む。
割れた空間はアランを飲み込んだ瞬間に消えた。
「あ、あれは……一体……?」
イライザの声が震えている。
「魔王だ。聖剣が反応している」
シケンが言う。
彼はそのまま、来た道を走って戻ろうとする。
「ちょっと、どこに行くつもりなの?」
「決まっている。取り戻しに行く」
淡々と、彼は言う。その声には怒りが込められている。
「どこに、いるか……わかる、の?」
「魔王城だ」
「その魔王城はどこにあるのかわかってるの?」
「知らん」
「だったら……」
イライザとダスティンはシケンを落ち着かせようとしている。
しかし、その必要はないようだ。
「知らないなら、知っていそうなやつに聞けばいい。ベオークに聞きに行こう」
ベオークとは以前、シケンに加護を与えた精霊の名前だ。
彼女なら魔王城の場所がわかると思ったのだろう。
「怒っていても冷静なのは昔から変わらないわね。いいわ、さっさと行きましょう。アランが寂しがるかもだしね」
「ふっ、そうだな」
***
一行は精霊のいる泉に辿り着く。
「ベオーク!」
シケンが泉の中に向かって叫ぶ。
『あら、久しぶりね。どうしたの?』
ベオークが泉の中から現れる。
「魔王城の行き方はわかるか?」
『ええ、この中を通っていけばいいわよ』
ベオークがそう言うと、泉の水が引いていく。
「ここを……」
『そうよ。ところで、アランの姿が見えないのだけれど……』
「アランは……」
一行はアランが魔王に連れ去られたことを言う。
『そう……取られるのが命だけなら、まだましね』
「……どういう意味?」
シケンは怒りが籠った目でベオークを見る。
『ごめんなさい。でも、本当のことよ。……魔王は名前を取ることもできるの。名前を取られたら世界からその名前が忘れ去られてしまう。そうなったら、アランと過ごした日々、アランの功績、アランの記憶、その全てを失うことになるわ』
「え……?」
シケンは絶望に染まった顔でベオークを見つめる。
『でも、まだ間に合うわ。早く行きなさい。手遅れになる前に』
「……そうだな、行くぞ! みんな!」
***
洞窟を抜ける。
満天の星空が一行を待ち受けていた。
「すっ……。いや、見ている暇はない! ベオークいるだろ? 魔王城はどこだ?!」
『こっちよ、着いてきて。ついでに、ここについても話しておくわね』
一行はベオークが指差した方向に走っていく。
『ここはあなた達が過ごしてきた世界の反対にある地上の世界。あなた達が過ごしてきた世界は地下の世界よ――』
ベオークは魔法城を目指しながらこの世界の構造や成り立ちをシケン達に話した。
『というのが、あなた達の国の成り立ち。わかったかしら?』
「半分も理解できなかったが、わかったぜ!!」
「それはわかったと言わないのよ」
「でもこの星は本物なのはわかったぞ?」
一行は魔王城の門に辿り着く。
その門は、王国の城の門よりも高く、禍々しく、歪だ。人間の手で開けられるとは到底思えない。
「どうやったら開くんだ?」
シケンがそう言った瞬間、門が一人でに開く。
「誘われてるな……」
シケンが低く言う。
『ここからは、私は行けないわ。勇者よ、後は頑張りなさい』
「……ああ!」
一行は魔王城に足を踏み入れる。
***
シケンが魔王のいる部屋の扉を開ける。魔王がいる部屋には天井がない。星の光が絶え間なく、この部屋に降り注ぐ。
「アラン!」
部屋の中央には黒いモヤに包まれたアランがいた。
そして――
「ッ……! お前が……魔王……!!」
アランの背後で魔王が玉座に座っている。
魔王の顔には巨大な目玉が一つ。そして、黒い翼とツノが生えている。
「あんなの、どうやって倒せばいいの……?」
シヴァニアが言う。その声は震えていた。
「ッ……」
ダスティンの体が震えている。足がすくみ、立っているのがやっとだ。
「シケン……どうする?」
イライザが不安そうにシケンの名を呼ぶ。
「決まっている。魔王を倒して、アランを取り戻す!」
シケンがそう言い切る。
「聖剣抜刀!」
聖剣を抜刀する。魔王目掛けて聖剣を突きつける。
だが――
「ッ! アラン!」
アランが聖剣を腕で止める。
しかし、人間の腕如きが聖剣を完全に止められない。
アランの腕は無惨にも千切れかけている。
「アラン……その、胸……」
アランにまとわりついていたモヤが晴れる。アランの胸には杭が打ち込まれていた。ちょうど心臓がある場所に。
そして、アランは魔王を守るように、シケンに向かい合う。
「クソッ!」
「シケン、落ち着いて」
シヴァニアは焦るシケンに声をかけた。シヴァニアの声でシケンは落ち着きを取り戻した。
「あ、あぁ、そうだな。悪い」
「別に、平気。俺も……落ち着いた」
「そうね。シケンが先陣を切ったおかげで、わたしたちも動揺を抑えることができた」
「……そうか」
ダスティンは盾を、イライザとシヴァニアは杖を構える。
「作戦はどうするの?」
「俺がアランを抑える。三人は魔王を攻撃してくれ」
「わかっ、た」
「任せて」
シケンがアランに殴りかかる。聖剣ではアランの体が無事では済まなくなる。
ゆえに、シケンは殴りかかることにした。
「ハッ!」
アランはシケンの右ストレートを防ぐ。
シケンはアランの脇腹に回し蹴りを入れる。
アランがバランスを崩した瞬間、シケンはアランの鳩尾を殴る。
しかし、アランの表情に変化はない。痛みを感じていないようだ。
「光の法〈バルドル〉!」
「せい、やぁ!!」
「空間圧縮! 解放!」
三人は魔王に攻撃を加えている。だが、効いているようには見えない。
(このまま、アランと戦っても事態は好転しない。なら――!)
シケンは聖剣を抜き、アランに打ち込まれている杭ごとアランの胸に突き立てる。
「幻想魔法――ティルフィング!」
シケンが幻想魔法を発動する。
効果は発動者の願いを三つまで叶えるもの。しかし、三つ目を叶えた直後、発動者は命を失う。
シケンが願ったのはアランの蘇生。
アランの体がみるみるうちに癒されていく。
そして、杭はボロボロに朽ち、魔王による支配から逃れた。
「アラン……!」
アランは答えない。
シケンはアランの脈を確認する。ある。
アランは眠っているようだ。
「よかったぁ……」
瞬間、轟音が聞こえる。
「え……?」
ダスティンは壁に打ち付けられ頭から血を流している。
シヴァニアは口から血を出し、地に伏している。
イライザはただ、呆然としている。
「イライザ! 何があった?!」
「わ、わからない……魔王が立った。それだけで、シヴァニアたちが……」
魔王はただ立っただけ。それだけで、二人は行動不能に陥った。
「ダスティン、動けるか?」
「なん、とか……でも、戦え、ない」
ダスティンは瓦礫の中からなんとか立ち上がる。
だが、腕はあらぬ方向を向き、歩くことさえ困難だ。
「シヴァニアは?」
「歩けるわ。でも、魔力が魔王に吸われた」
シヴァニアは魔王に魔力を吸われた。歩くので精一杯だ。
「嘘……魔王が……」
魔王はゆっくりと歩いている。
「もしかして、俺たちの国を……!
「……視えた。このままじゃ、わたしたちの国が魔王に滅ぼされる!」
「それにしても、どうすれば……」
ダスティンとシヴァニアは戦うこともできない。アランは気を失っている。
「一つだけ、方法がある」
シケンが重々しく言う。
「シケンが犠牲になるわけではないでしょう?」
「当たり前だろ。その前にイライザ、魔王は一年後の星が降る日に討伐されるんだよな?」
「う、うん。わたしの占いだとそうだけど……」
イライザが戸惑うように言う。
「なら、待とう。一年後まで」
「……どう、言うこと?」
シケンが言う。
「俺が幻想魔法で俺ごと魔王を封印する。魔王を倒せなくても、一年ぐらいなら封印できる」
シケンが星を仰ぎ見る。
「あの無数にある本物の星。いずれ、降る星に俺たちの、この旅路を託そう!」
シケンがとびきりの笑顔で言い切る。
「わたしの占いを信じるの……?」
「今まで外したことないだろ?」
「……うん! 当たり前でしょ!」
イライザに笑顔が戻る。
「アランにはどう言えばいいの?」
アランは魔王に囚われて以降、意識が戻っていない。
ここから起きる出来事も知らないだろう。
「俺が裏切ったことにすればいい」
シケンがあっけらかんと言う。
「もし、アランに本当のことを話したらここに乗り込むかもしれない。でも、俺が裏切ったとすればここには乗り込まないだろう。この旅が終わったらアランは国王になるんだ。こんなことでアランが罪悪感を覚える必要もない」
「本当にいいのかしら? そんなことをしたらシケンは裏切り勇者として、国中に広まるわよ?」
「承知の上だ」
シケンはとっくに覚悟を決めていた。
「そう、なら約束して。必ず、私たち、そしてエレスのところに帰るって」
「もちろんだ」
シケンが頷く。
シヴァニアにはその回答に満足したのか、シケンに背を向ける。
「ほら、さっさと撤退するわよ!」
「い、いいの!?」
「ああなったら、シケンは頑固よ。わかってるでしょ?」
「……だね、早く行こう!」
イライザがアランを背負って、四人はこの部屋を後にする。
「幻想魔法――ティルフィング」
魔王と勇者が幻想魔法によって封印されていく。
「さぁ、ここから延長戦――いや、星を待つ勝利への刻限を始めよう!」




