D-24 ここから始まる旅路
「兄さん、朝だよ」
ユサユサと毛布が揺すられる。
「早く起きて。ご飯できてるよ」
さらに強く毛布が揺すられる。
「仕方ない……」
気配が遠ざかっていく。
「冷たッ!!!」
「起きたか、早くご飯を食べろ」
全身びしょ濡れ、ベッドに水がかかることもお構いなし。
さすがに、寝起きの悪い兄も一発で目覚めた。
「この起こし方はやめてくれ……」
「早く起きない兄さんが悪い」
「はは、ごもっとも……」
水を滴らせながら困ったように笑う兄。
弟はそんな兄を見向きもしない。ただ、昨夜兄が脱ぎ散らかした服を片している。
「汚れ物は専用の籠に入れてっていつも言ってるだろ?」
「そうだな……」
「なぜやらない」
「うっ……」
言葉が詰まる兄。
呆れたようにため息を吐く弟。
弟は兄の服と濡れた寝具を持って部屋を出ていった。
***
「はい、兄さんの分」
「ありがとう!」
パン、スープ、そして卵とベーコン。
卵は取れたて、ベーコンはご近所さんからの貰い物。
兄弟はパンをスープに浸して食べている。
「兄さん、今年で十八だろ? 都会に働きに出ないのか?」
「考えているところだ」
わざわざ都会まで働きに行く必要はない。
衣食住はこの村で完結するし、この村は畑だらけだ。働くにしても困らない。
実際、兄は近所の畑仕事を手伝っている。
「エレスは何か考えてるのか?」
「俺はまだ何も。少なくとも兄離れはしたい」
「そしたら俺はどうやって生きていけば……」
「五つも下の弟に家事を全任せしているうちは生きていけないな」
弟――エレスは兄の分の家事まで行っている。絶望的に家事ができない兄を哀れに思ったのか、はたまた責任感が芽生えたのか定かではない。
だが、弟は家事、兄は畑仕事と役割を分担している。
「一生俺の面倒を見てくれないか?」
「やだ」
弟はスープを飲み干して、皿を台所に持っていく。
「そういえば、今日はシヴァニアと会う約束してるんだろ?」
「そうだった!!」
兄は急いで朝ごはんを食べる。
そのまま、立ち上がり外に行こうとする。だが、エレスに止められる。
「出かける前に歯磨きして着替えろ。みっともない」
「そうだな。ちゃっちゃと済ませるか!」
兄は急いで歯を磨き、着替えを済ませる。
「それじゃ、行ってくる!」
「あぁ、行ってらっしゃい」
***
「おーい! シヴァニアー!」
「シケン! こっちよー!」
村の外れにある森、そこで二人の幼馴染が待ち合わせしている。
一人はシヴァニア、編み物が得意な十六歳の少女。もう一人は弟を持つ家事全滅のシケン。
二人の両親は仲が良かったため、こうして幼馴染となっている。
「今日もエレスは来ないのね」
「外に出たくないんだろうな」
エレスは村の人気者だ。イケメンで優しく、気配りができる。
そして父は騎士、母は研究者だった。だから、外に出るたびにアプローチがかかる。
お付き合いや働きの勧誘など様々だ。
エレスはそんな毎日に嫌気がさし、外にはあまり出ない。
「てか、エレスはあんなに人気者なのに、俺には全然人気者じゃないのはおかしくないか?」
「当たり前じゃない。自分の噂を聞いたことないの?」
「え? 俺にも噂があるのか?」
シケンは自分に噂が立っていることを知らない。
「えぇ、朝は冷水を浴びないと起きない。料理をすれば炭ができる。洗濯は服を破いて終わる」
「いい噂は!?」
「無いに決まっているでしょう?」
「わかっていた……! わかっていけども!」
シケンが大袈裟にうなだれる。家事を弟に全任せしている時点で良い噂がないのは当たり前だ。
「それよりも、今日は何をするの?」
「それよりもって……。まぁいいや、今日は森を探索しよう!」
「前もしてなかった?」
「今になってわかることもあるだろ? それに前とは違うことも起きるかもだし!」
シケンはそう言うと、森へ足を踏み入れる。
シヴァニアはシケンの後ろについて行く。
「この大きな木……懐かしいな。木登りとかしたっけ?」
「そうね。それで、落っこちたんだっけ」
「そうだったな……」
シケンは木に手を当てて、そのときのことを思い浮かべる。
すると、バサバサと大きな音が上からする。
そして、バランスを崩した男が木から落ちてきた。
ちょうどシケンがいる場所に。
「あで!?!?」
「いっだぁ!」
ゴチンと鈍い音が響き、シケンはおでこを押さえて踞る。
「ちょっと!? 大丈夫!?」
「大……丈夫……!!」
「石頭で良かったわね」
「ほんと、にな!」
シケンは意地を見せ、何とか立ち上がった。
「でも、こっちは……」
落ちてきた男は頭から血を流して気絶している。ピクリとも動かない。
「シケン……」
「お、俺は何もしてないぞ!?」
ただ、男が落ちてきてシケンとぶつかっただけである。
しかし、シケンはたんこぶが出来ただけで、この男は血を流している。怪我の程度がかなり違う。
「と、とりあえず家に運ぶか」
「そうね。今日の探索は中止ね」
***
「ただいまー!」
「お邪魔します」
シケンは男を背負いながら家に入る。
「兄さん……今度はどんな厄介事なんだ?」
掃除をしていたエレスはシケンが背負っている男を見て、呆れながら言う。
「色々あって、今は人命救助だ!」
「……水と布を持っていくから横にさせて」
「わかった! 俺の部屋で看病するぞ」
シケンは男をベッドに寝かせて、血を拭う。
特徴的な金髪に白い肌、高価そうな髪飾り、そしてロケットペンダント。
「ん? これって……」
シケンはそのロケットペンダントを凝視する。
ロケットペンダントには王家の紋章が刻まれていた。
「こいつ、もしかして王子様!?」
「なんですって!? そ、そうなったら……シケンは王族に傷を負わせた……?!」
「え? う、打首で済むか……?」
「知らないわよ!」
「入るぞー」
シケンとシヴァニアが混乱するなか、エレスが水と布を持ってきた。
エレスは慌てふためく二人を無視して、男を手当てする。
「……よしっと、こんなもんでいいだろ」
「エ、エレス! そいつ王族だぞ!」
「は?」
「このペンダントを見て! 王家の紋章が刻まれているわ!」
「んなバカな――」
ペンダントを見て固まるエレス。
「……不敬罪?」
「不穏なことを言うな!」
「私知らないわ! ただ王族が落ちてきてシケンとぶつかって血を流してベッドで手当されていることしか知らないわ!」
「全部! それ全部だから!」
「ん、ん……」
男が目を覚まし、ゆっくりと体を起こす。三人は恐怖で体が縮まる。
「君たちは、誰だい?」
「しゃ――」
「ん?」
「「「しゃべったぁぁぁあああ!!!」」」
***
「落ち着いたかい?」
「はい」
男はシケンのベッドに座っている。そして、三人は床に正座だ。
特に言われたわけでもなく、自主的に正座している。
「まずは、手当てしてくれてありがとうね」
「いえいえ、滅相もございません……」
「無理に敬わなくていいよ」
「……訴えない?」
「君たちは命の恩人だ。訴えるわけないよ」
「よかったぁ」
シケンとシヴァニアは男の言葉を聞くと、思い思いに伸びをしたり体を曲げている。
結局、楽な姿勢で座った。
エレスはまだ正座を維持している。
「自己紹介がまだだったね。私はアラン、冒険者だ。よろしくね」
「冒険者? 王子じゃなくて?」
「この場にいる私は冒険者として身分を偽らせてほしいな」
「わかったわ。そっちの方が私たちもやりやすわね」
アランは王族としてではなく冒険者として名乗る。
そんなアランをシケンとシヴァニアは簡単に受け入れる。
エレスはまだ、目の前のアランが王族であることを受け入れられていない。
「アランは今日どうする? うちに泊まっていくか?」
「そうしようかな」
「待ちなさい、それはシケンが決めることではないわ。エレスが決めることよ。ただでさえ、家事を全任せしているんだから」
シヴァニアは固まったエレスの頰をつねる。
「ハッ!! なんか、王子が俺の家に泊まる夢をみた気がする……」
「正夢だな」
エレスは夢から覚め、ようやく現実を受け入れ始めた。
「泊まるのはいいが……俺たち何かの罪に問われない……?」
「それは絶対ないから安心して」
***
深夜、とっくに日は落ちている。
シヴァニアもシケンの家に泊まり、四人で寝ている。
「一人で星でも見てるのか?」
「シケンか」
肌寒い夜、アランは屋根の上で星を見ている。シケンはその隣に座り、星を眺める。
「寝てたんじゃないのかい?」
アランがシケンの方を向いて聞く。
「トイレに行きたくなって起きた。アランがいなかったから、探しに来たんだ」
「そうなんだね」
アランはまた星空を眺める。
「どうして、アランはここまで来たんだ? 王都からかなりの距離があるだろ?」
シケンは星を眺めながらアランに聞いた。
「冒険者になりたかったから」
「冒険者に……」
「でも、王族だから冒険者にはなれないんだけどね」
悲しそうに笑いながら言う。
「アランは、これからどうするんだ?」
「とりあえず王都に戻ろうかな」
シケンはアランの方に向き直る。
「なら、俺も連れてってくれ!」
「シケンも?」
「ああ!!」
シケンは手を差し出す。
「アランが王都に戻るまで、一緒に冒険しよう!」
「……」
「もちろん、アランが良いのならだが……」
アランが驚きに固まっていると、シケンが照れ臭そうに言う。
「ふっあははは!」
「ちょ、そんなに笑うことないだろ!?」
「いいよ。一緒に冒険しようじゃないか!」
「まじ!? やったあ!」
シケンが立ち上がり全身で喜びを表現する。
「明日、出発にしよう! 善は急げだ!」
「なら、今日は早く寝ないとね」
「だな!!」
その夜、本物と見紛う満天の星空が二人を照らしていた。
***
「忘れ物はない?」
「おう! ちゃんと全部バックにしまったぞ!」
翌日のお昼過ぎ、玄関先でエレスが三人を見送る。
「急だったけど、本当に良かったのかい?」
「ああ、これで兄さんが弟離れ出来るなら御の字だ」
「料理ぐらいは出来るようになるさ!」
「そうだな。頑張ってくれ」
シケンが豪語する。そんな兄を応援するエレス。
「それよりも、私までついていっていいの? エレスが一人になるのは心配だわ」
シヴァニアが言う。
彼女は今朝、起きた時にシケンから冒険に行くことを伝えられた。
そして、なぜか彼女自身も冒険について行くことになった。
「俺が一人になることよりも、兄さんが王子と二人きりの方が良くない」
「俺への信頼ってもしかしてない?」
「家事をまともにできてから信頼って言葉を使ってくれ」
「傷つく!」
シケンが大袈裟に言う。
「私の両親に、エレスが一人になること伝えているからね。もし何かあったら頼っていいわよ」
「ありがとう。感謝する」
遠くから教会の鐘の音が響く。
「もう時間だな」
そして、エレスは改まって三人の方に向き直る。
「いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる!」
こうして、裏切り勇者と罵られる者の旅路が始まった。




