D-2 そういえば
突然だが、俺は今ストレッチをしている。
異世界を旅しているとはいえ、2日間は寝たきりだったんだ。多少、筋肉が衰えていても仕方がない。そのため部屋にマットレスを敷いてもらった。とてもありがたい。だか、こいつは俺を全裸にした奴だ。油断は命取りだろう。
ストレッチをしながら俺は気になっていたことを聞く。
「そういえばその恩師ってやつが俺の記憶を封じたって言ってたな。奪ってはないのか?」
リサは記憶が封じられていると言ってた。記憶喪失の原因が人為的によることだったなら、記憶が奪われたと考えるのが妥当だろう。それでもリサは封じられたと一貫している。そこにはなんらかの理由があるのだろう。
「そうね、もし彼が記憶を奪ったならそこに偽の記憶を埋め込むわ。そうなったらあんたは記憶を失くしたことさえも認識出来ない。でもあんたは記憶を失くしたことを認識出来ている。なら十中八九封じてるわ」
「そいつは、すげーな」
かなり規格外だな。
そんなこと出来るなら周囲の人間に偽の記憶を埋め込んで自分にとって有利にことを為すこともできるだろう。もしかしたらリサたちの記憶も操られているかもしれないが、知覚できない以上考えたところで無駄だ。
それよりもリサの話には引っかかるところがある。
「……彼は記憶を奪うのではなく封じるといった手段をを取ったんだな?……もしかして――俺に記憶を取り戻させようとしているのか?」
よくよく考えてみればおかしい。記憶を消すならばさっきリサが言ってたようにすればいい。封じるという手を取ったんだ。それ相応の理由があるはずだ。
「えぇ、それについてはあたしも考えている。多分だけど彼は――あんたがアンニル団に入って欲しいと思っているわ」
「……なぜそう思うんだ?」
「あたし達しか知らない彼の術式があんたに刻まれていること、あんたの記憶が封じられていること、あとはタイミングね」
「タイミング?」
「それは追々話すわ」
タイミングについては気になるが今は教えてくれなさそうだ。
それはそうとして、思ってた以上に彼は大物そうだ。ここまで彼の計画通りだとしたら癪だな。右ストレートは二発にしよう。
***
ストレッチも終わりそろそろ他の団員との顔合わせだ。まともな奴がいることを願うばかりだ。
部屋を出て、廊下を歩き、階段を下りる。
どうやらここは一階が共用スペース、二階が自室になっているようだ。しかも間取りを自由自在に操れるため部屋の増設は瞬きする間に出来上がるそうな。
「今から会う団員はアイドルをやっているわ。出身世界では留まらず、アンニル団と提携している世界にまで活動を広げているのよ」
そう言いながらリサはリビングの扉を開いた。
リビングに入るとツインテールの十代後半くらいの女性が椅子に座っている。女性はこっちに気づくと立ち上がって近づいてきた。
「初めまして、私はメイリア!アンニル団のNO.6で世界にみんなの願いを届けるアイドルしてます!」
「俺はジエン、旅人だ」
女性――メイリアがアイドルスマイルで挨拶した。
「ジエンね!これからよろしく!」
「あぁ、よろしく頼む」
よかった、出会い頭でなんかやってはこななかった。
それにしてもいい笑顔だ。ハキハキと喋ってはいるがやかましくなく、それでいて心にスッと届くような声をしている。それに目がキラキラしている。これがアイドルか……こっちも笑顔になるな。
そう思っていたらリサから声がかかった。
「さぁ、とりあえず席についてちょうだい。メイリアはいつも通り紅茶でいいかしら?」
「はい、お願いします!」
「ジエンは?」
「なら緑茶を頂こう」
「ふふ、わかったわ」
緑茶をリクエストしたらリサからまた嬉しそうな声色が帰ってきた。本当に緑茶が好きなんだな。
そして、改めてメイリアと向き合う。ロイヤルブルーの瞳に淡いピンク色の髪。髪は一本一本手入れをしているのか枝毛がなく艶やかだ。爪も整っておりピンク色で透明感がある。なめらかな手をしているが、攫んだものを離さないようながっしりとした雰囲気がある。
そうこう考えているうちにメイリアから話を切り出した。
「私まだジエンのこと何も知らないから色々聞いてもいい?」
「あぁ、いいぞ」
「じゃあ早速質問するね!ジエンってたくさん世界を旅したんでしょ?一番印象に残った世界ってどこ?」
「一番印象に残った世界か……」
正直言ってほとんどの世界が印象に残っている。怪獣と共存する世界や主食で争う世界、魔族と天使が日常的にいちゃつき合ってる世界など様々だ。
だが、そんな世界の中で一番印象に残っているとすると……
「海に閉ざされた世界、かな?」
「へぇー!そんな世界があるのね!」
「そうだ、海の中だから水中呼吸をしなければいけないが、かなり綺麗な景色を見れた。魚の群れが水面を掠め日光が煌めく様や水中都市から見える自然のイルミネーションが特に美しかった」
「わぁぁ、聞いているだけでワクワクしちゃうね!」
「本当にそうだった。その写真撮ってあるが見るか?」
「え!?見たい見たい!」
「他にも写真はあるから好きなだけ見ていいぞ」
アイテムボックスを開きアルバムを取りメイリアに渡す。メイリアは時々「わぁ……!」や「きれー!」など声をあげながらアルバムをめくっている。
そしたらいきなり険しい表情になりページをめくる手を止める。
「ねぇ、この写真なんだけど……」
そう言って差し出された写真は――”自分だけが写っている”写真だ。
「あぁ、それか、撮った記憶がないんだ。不気味だろう?俺は景色しか撮ったことないのに、ましてや自撮りだなんて撮りたいと思ったことすらない。しかも、見ろよこの写真」
そう言って差し出したのは左半分が不自然に空間がある写真だ。その写真の俺は左手で自撮りをし、右手は虚空に肩を組んでいる。
「この写真、俺の右側に不自然な空白がある。まるで、ツーショットを撮った後にその写真から俺の隣にいたやつが消えたような構図になっている」
「……」
「今思えばこの消えた奴が俺の記憶を封じた奴なんだろうな」
メイリアは何か思い考えているような表情をしている。そんなに考えさせられるものか?話題を変えようとし口を開いたところで声がかかる。
「お待たせ。はい、お茶よ」
お茶を持ってきたリサだ。
お礼を言い緑茶を受け取る。改めてリサを見てみる。先ほどは混乱しててよく見てなかったがかなり特徴的だ。出身は上流貴族のように感じ、長いブロンド色の髪を後ろで束ねている。全体的に筋肉があり、特に肩、腕、脚の筋肉が引き締まっているのを感じる。剣など扱ってきたのだろう。足の運び方には剣士としての風格があるが、全体的な雰囲気として上品さがある。
たぶんリサは戦場で軍を指揮するような立場にあったんだろうな。
「正解よ。あたしはある国の第一王女で軍団長でもあったわ」
「!……声に、出ててのか?」
驚愕した表情をしてしまったがすぐに目を細めリサを見る。声に出たのかと確認したが絶対に出ていないと確信している。世界によっては異世界があると認識してないところもあるため喋る言葉には注意をし、心を読まれないようにここまでもという程の対策をしてあるからだ。それなのに心を読まれたということは対策した以上の力で読まれたということだ。
クソッ、やっぱこいつはやばい、さっさと逃げようそうしよう。そう思い逃走経路を脳内で組み立てているとリサから声がかかった。
「そんなに警戒しなくても……そういえばさっきもあたしを警戒してたわね。なぜなのかしら……」
「初対面で全裸にした挙句に心を読んだからですよ」
意外にもメイリアから真っ当な意見が出る。先ほどまでは明るい声をしていたが冷めた口調で言い放つ。端的に言ってとても怖い。
リサはばつが悪そうに話をする。
「うっ、全裸にしたほうがわかりやすいし、それに起きる前に服を着せようとしたのよ」
「しようとしただけじゃないですか」
「うぐっ」
当たり前のことを言われてダメージを受けている様子から、良くないことだとはわかっていたみたいだ。なら最初からしなければいいとは思うが口には出さないでおこう。藪蛇だ。
「あたしだってしないほうがいいと思ったのよ。でも、シュウゴが勝手に脱がしたのが悪いのよ」
「シュウゴさんも共犯なのね」
「えぇ、それに関しては堂々と自信を持って肯定できるわ」
「自信を持って言えることではないですよ」
なんか聞いたことのある名前が出てきたな。シュウゴっていうやつが俺を全裸にしたみたいだ。いずれ右ストレートをかますリストに名前を入れて話を戻すことにする。
「まぁ全裸にされたのはそれほど怒ってないから別に気にしなくていい。それ以上にこいつはヤバいやつだっていう気持ちがほとんどだったからな」
「それに関しては本当にごめんなさい。ヤバいのは一部だけだから安心して欲しい。それでも気がすまないなら遠慮なく罰していいよ。私が許す」
「あたしからもごめんなさい。シュウゴが原因とはいえ止めなかったあたしにも責任はあるわ」
二人から謝罪されてしまった。気にしていないのは嘘だがメイリアは関係ないので別に頭を下げなくてもいいのだけれど……
「なら罰になるかわからないが俺の心を読めた理由を教えて欲しい。世界を旅する上で心を読まれることには細心の注意を払っていたからな」
実際今一番の問題はこれだ。どうやって心を読んだのか、常時読んでいるのか、無意識の領域まで読み取れるのかなど聞きたいことが山ほどだ。
「わかったわ。それが罰なら嘘偽りなく全てを明かすことを誓うわ。――あたしがあんたの心を読めたのは権能があったからよ」
「権能?」
「えぇ、救世主……あたしの恩師があたしたちに授けた力のことよ。それぞれ別の力を持つけど一つ一つが世界を滅ぼすほどのエネルギーを持っているわ」
「そんな力が……」
「あたしの権能は『繋がる心想』この力であんたの失った記憶を探っているときにあんたの心の声が聞こえたのよ」
「そうか、それって常に聞こえるものなのか?」
「聞こうと思えばできるわね。あと、記憶は探っただけでは復元は駄目ね」
まとめるとリサの恩師が権能を彼女に与え、それで俺の記憶を読んでいるときに心の声が聞こえたと。そして権能には世界を滅ぼすエネルギーを秘めていると。中々に規格外の力を持っているようだ。
それをもってしても俺の記憶は戻らないのか……前途多難だな。
「あーつまり俺の心を読んだのは不可抗力ということだな」
「えぇ、そうなるわね」
特に意識することもなく俺が施した対策を打ち破りやがったと。ちょっとこいつは常識から外れすぎている。俺だって異世界を渡れるしで実力としては上澄みだと自負しているのにそれを軽々超えていくのやめてほしい。自信なくなる。
「他にも聞きたいことがあるんだがいいか?」
「構わないわ。なんならあんたはもうアンニル団に所属しているからあたしの知識を共有するつもりだったしたくさん聞いてちょうだい」
「じゃあ一つ目だ。アンニル団の目的はニヒルの殲滅と世界の救世と言っていたが、具体的にどうやってやってるんだ?」
虚無――ニヒルはその世界の根幹、つまり世界の運命や法則、歴史の始点と終点に寄生するものだ。故にその世界からニヒルを消すには世界そのものを滅ぼす必要がある。
「ニヒルを世界から消すには一つの例外を除き、その世界出身者たちがその世界の法則に則った行動を行えば可能よ。簡単に言えば勇者召喚なしで魔王を倒せばいいだけよ」
「そんな簡単にできるものなのか?」
メイリアが答える。
「それが意外と大変なんだよ。私の出身世界の時はそれなりに苦労したんだ。社長……リサさんの恩師さんが権能を授けてくれなかったら今頃私はニヒルの中だったね」
その言葉曰く昔、ニヒルに立ち向かい勝利を収めたらしい。アイドルにはガッツが必要だと聞いたけどここまでとは……アイドルってすげぇ。
「ん?メイリアが貰った権能ってその世界由来の力なのか?」
「違うよ。さっきリサさんが言っていた例外が権能なの。権能は出身世界とか力の由来とか関係なくニヒルを消せるから」
権能って何でもありなのか?予想だがこの団ではなにか可笑しなことやありえないことが起こっても「権能だから」っていう免罪符が横行してそう。
「あー権能について大体わかったが聞きたいことが一つある。リサの恩師の名前ってなんだ?さっき救世主とか社長とか言ってたが名前で呼んでないみたいだからな」
「知らないわ」
「知らない?」
「えぇ、教えてもらってないもの」
「………なんで?」
「さぁ?あたしも知りたいわ」
どうやら本当に知らないらしい。メイリアもうんうんと力強く頷いている。
「だからあたしたちは彼のことを好きに呼んでいるのよ。あたしはあたしの国を救ってくれたから救世主って呼んでいるわ」
「私は社長って呼んでいるよ!ほかにはご主人様や神なんて呼ばれてるね」
「救世主、社長、ご主人様、神……人物像が一切浮かばないな」
ホントにどういう性格してればそんな風に呼ばれるんだろう。一切見当もつかない。
「それはそうと他の団員とも顔合わせしたいけどあいにく都合が合わなくてね。明後日には来るからそれまで自由にしてていいわよ」
そう言ってリサはティーカップとお茶請けを片しに行った。
時計を見るとまだ昼時だ。そんないきなり言われてもやることないしなぁ。悩んでも仕方ないし基地内を見て回るかと思ったときにメイリアから話しかけられた。
「ジエンって明日は暇?」
「うん?あぁ、暇だな」
そういえば顔合わせ明後日じゃん。明日丸一日暇じゃん。
そんな衝撃的事実に震えているとメイリアからそれ以上に衝撃的なことを言われた。
「なら明日私とデートしない?」
「……は?」
ちなみにジエンの体はめっちゃ柔らかいです。




