D-1 ダサいな……
聞き慣れた声が脳内に反響する。
「これで、何度目だろう」
目を覆った少年が笑みを浮かべながら懐かしい記憶を語るように呟く。
目線の先にあるのは高さ100mに及ぶ巨大な怪物。紫と黒を混ぜたような色をし、多数の触腕を有し、表面はぐねぐねとしていて不明瞭だ。触腕の一つは、何やら剣のようなものを持っていおり、生物としては到底あり得ない姿形をしている。まるで万象を呑み込まんとする絶望。全てを朽ち殺さんとする終末装置。人々はそれに畏怖を込め、こう呼ぶ。
「虚無」と。
だが、少年は虚無を前にし臆することも怯むこともない。目隠しを外し剣を掲げ声高らかに宣言する。
「七柱目の王よ!この俺――未来を拓く者が相手となろう!」
瞬間――少年は王の核に一直線に飛び込む。王の核を壊せば少年の勝ち、壊せなかったら少年の負け、単純な戦いだ。
後ろに生えている多数の触腕が少年の行く手を阻む。少年はスピードを落とさず全てを斬り伏せる。核までもう少し――すると、王は咆哮を上げ衝撃波を辺りに撒き散らす。少年は衝撃波を剣で逸らしながら距離を取る。
すぐに王から触腕が伸び少年を取り囲む――
星が空を覆う。
「全門解放――殲滅!!」
星に見えたそれは少年が描いた大量の魔法陣。そこから無数のレーザーが王を襲う。王は触腕で核を守り頭上の魔法陣を砕く。苛烈な攻撃が弱まり触腕を少年に向けようとする。だが、少年の姿はどこにもいない。
すると、頭上から声が響く。
「希望を糧にこの大地ごと全てを燃やし尽くそう!」
文字通り空が開かれ、本物の星が堕ちてくる。王は触腕で頭上を守りつつ避けようとするが大地から溢れ出た炎が王に巻きつく。王は避けることができず、星を堕とされる。
星が堕ちた衝撃で空を覆ってた魔法陣は消失し、大地は裂け、大昔に使われていたであろう人工物の残骸は今の衝撃で跡形もなく吹き飛んだ。
たが、王は星を堕とされても何事もなかったようにその場に佇む。
少年は王を見据える。互いに緊張が走る。
先に動いたのは少年だ。
「運命の鎖よ!我が意に慄いて自由を解き放て!」
少年の背中から無数の鎖が空を駆け、一直線に王ごと大地を穿つ。王に向かって少年は鎖の上を走る。
少年は王のもとに辿り着き、核に向かって剣を突き刺す――だが、核の手前で剣が止まる。王の内部に生えた人間の腕が少年に絡みつき少年の動きを止めた。その腕は動きを止めるどころか、あまつさえ少年を引きづりこもうとしている。
「俺が――君たちの願いを聞き届けよう!!」
すると少年に絡みついてた腕は花びらに変わり拘束が解ける。しかし、その間に王は核を別の場所に移動させた。少年は一度下がり形勢を立て直す。
状況は絶望的、勝ち筋は見えない――それでも少年は止まらない。
「お前らの気持ちは届いた!俺がお前らの想い、そして心を繋げよう!」
王の核の居場所を再確認――捕捉。
「覚悟を持って己が心を奮い立たせ、己が体に発破をかけよう!勝利を――刻め!!」
これが少年のラストダイブ――王の核に突っ込む。例えこの戦いで消滅しようが構わない。王の核に剣先が触れる。最後の抵抗なのか王は核の表面に障壁を張る。少年には障壁を貫く力が残っていない。触腕を貫いた鎖がなくなり少年は攻撃を受ける。腹は貫かれ、目は潰され、首に巻きつき折ろうとしてくる。だが――少年は剣を握る力を緩めない。
聞き慣れた声が頭に響く。
その声を聞き、少年は目を閉じ笑みを浮かべ、こう呟く。
「俺の──勝ちだ」
***
目が覚める。
真新しいベット、生活感がない部屋、俺の荷物そして……
「なっっっんで全裸なんだ!!!」
おかしい、俺の荷物はちゃんとあるのに服だけがない。剣も財布も電子機器もあるのに服だけがない!
そもそもここはどこなんだ。見覚えが無い。もしかして――なんかの実験施設!?服を脱がせるのはその一環?
「目が覚めたようね」
びっくりして声のした方向に目を向ける。そこには高身長の女性がいた。動きやすい服装にカジュアルな雰囲気、やさしい笑み――怪しさ満点だ。
「おはよう。はいこれ、おかゆと味噌汁」
そう言いながら女はベッドの横にある椅子に座った。
「あ、ありがとう。ところで、俺はなんで全裸なんだ?」
「あんた、山道で倒れてたのよ。見つかるのが遅れたら盗賊や動物に襲われてたわ」
「助けてくれたのか、感謝する。それはそうとしてなぜ俺は全裸なんだ?」
「2日も眠っていたのよ?ご飯はちゃんと食べなさい」
なんだこの女。なぜ頑なに俺の質問に答えないんだ。あれか、この世界では病人は全裸になることが普通なのか?
そうは思いつつも出されたご飯がいい香りを漂わせる。食い物に罪はないので頂く。たとえ毒が入っていたとしても俺には効かないから無問題だ。
「自己紹介がまだだったわね。あたしはリサ。ここ――アンニル団のリーダーよ。よろしくね」
なぜ俺は全裸なのか、ここはどこなのか、何が目的なんだ、このおかゆと味噌汁の作り方などなど聞きたいことは山ほどあるが取り敢えずこれだけは言わせてもらう。
「団名ダサいな…」
***
「そう?結構素敵な名前じゃないかしら?」
「ノーコメントだ」
出されたご飯を食べた後、着ていた服を返してもらい改めて部屋を見回す。テーブルやソファ、ベッド、クローゼットなど生活する上では必要な家具が揃っている。それにその全てが新品だ。結局、全裸だった理由は聞かせてもらえなかった。
「それで、あんたらの目的はなんだ?」
この世界は数日前まで俺がいた世界とは違う。そもそも、倒れた人を見つけたら普通はその世界の中で治療するものだ。それなのに、こいつらはわざわざ別の世界にまで俺を連れて行ってる。なんなら、異世界を渡れる時点で怪しさ満点だ。警戒するには十分だろう。
「そんなに警戒してほしくないのだけれど。仕方ないわね、あたし達アンニル団の目的について話すわ。あんたはニヒルについて知っているかしら?」
仕方なくないだろ!当然の要求だ!
そう思いつつ話を拗らせたくないので声には出さない。
「ニヒル?……いいや、知らないな」
「……別の世界では虚無とも呼ばれているわ」
虚無――それは世界を飲み込み全てを無に帰す現象。人々の力ではそれに抗うことはできない。故に虚無に侵された世界で取れる行動は二つだけ。異世界を渡れるものは異世界に逃げ、渡れないものは終焉をただ待つのみである。
「ああ、知っている。あのやばい現象のことだろ?」
「ええ、そうよ。あたし達の目的はニヒルの殲滅及びニヒルに侵された世界の救世よ」
「そんなこと可能なのか?」
実際のところ、俺も何度か虚無に遭遇したことがある。だからこそ分かる、そう簡単に倒すことが出来ないことを。
「あたし達は何度か世界を救世してきた。それこそ両手じゃ数えられないくらいね」
「……」
この女……リサの言葉には嘘はないようだ。それでも俺は信じられないでいる。
無限に増殖し再生する虚無を消滅させるには世界ごと虚無を破壊し尽くすしかない。普通に考えてあり得ない。世界を破壊したら救世にはならない。
「じゃあなんで俺をここに連れてきたんだ?言っておくけど俺はニヒルを倒すなんて無理だぞ」
俺は虚無には勝てない。太刀打ちする術も、虚無から守ることもできない。そんな奴が救世なんてできるわけない。ぶっちゃけやりたくないってのが本心だ。
「えぇ、それについてはちゃんと話すわ。だけどその前に自己紹介してもらってもいいかしら?」
「今か……まぁいい――俺はジエン、失った記憶を探す旅に出てる者だ」
そう、俺には記憶がない。記憶の始まりは森での目覚め。普通の奴になら記憶喪失のことは言わないが、リサは普通じゃないので素直に話すことにする。
「へぇー……ジエンは記憶を失くしているのね?」
「あぁそうだ」
俺は目覚めた時から、無くなることのない喪失感が心のどこかに巣食っている。それがなんなのかは今の俺にはわからない。だが、きっと失った記憶の中にあるはずだ。そう信じている。それを原動力として今の今まで旅をしてきた。
あとついでに記憶を失った原因をどつき回したいとも思っている。そう考えているとリサから思いもよらないことを言われた。
「あたしはジエンの記憶を弄ったやつに心当たりがあるわ。これがあんたをここに連れてきた理由よ」
「……なんだと?」
俺が50年探しても手掛かりさえなかったのにリサは記憶を奪った奴を知っているだと?
「それは本当か?!助けられた身ではあるがどうか教えて欲しい!」
「いいわ。だけど一つだけ条件がある」
「できる限りのことはするから教えてくれ!」
嘘や間違いかもしれないがそれでも構わない。五十年も探しても手掛かりが一切掴めていない情報、寿命までなら払える。
だが、この後の言葉に今度こそ俺は呆気に取られてしまった。
「アンニル団に入ること、それが条件よ」
「…………はぁ?」
たっぷり3秒の時間をとって俺は抗議する。
「待て待て待て!なんでその情報の対価が入団なんだ!!もっと他に、なんかこう、あるだろ!魂とか!」
「あんたって案外物騒ね」
うっせーや、そもそもこいつは俺が異世界を渡れることを知っているはずだ。リサたちがまだ行ったことのない世界の情報や俺の魂魄、金銀財宝などそれ相応の対価を用意できる。それなのに条件が入団?意味がわからない。
そもそも、最初に俺を全裸にしてたときから意味がわからないんだ。最初から全部意味不明なんだ。思い返すとイライラしてきたな。さっきまで下手に出てたことを後悔する。もっと高圧的にすれば良かったな。俺は被害者だからな。
「一旦落ち着きなさい」
「は?落ち着いているが?(嘘)」
俺を混乱させた元凶が言うな。不満に思いつつ一度深呼吸をする。
「落ち着いたようでよかったわ。それより喉乾いたでしょう?何か飲みたいものはある?なんでも揃ってるわよ」
「え、じゃあエナドリで」
「……」
なんだその目は。なんか言いたいことがあるならはっきり言えこのヤロウ。
そう思いながらコップに注がれたものを視認した。そう、視認してしまったのである。エメラルドグリーンに輝きゴポゴポとマグマのように音を立て悪魔の囁きさえ聞こえてきそうな物体Xを。
「え?(困惑)、は?(混乱)…………え?(恐怖)」
「?……どうかしたの?」
「え?――いや、あの……これは…………えっと……」
一回落ち着こう俺、よく考えるんだ。こんなのが人間の飲み物な訳ないだろう。少し深呼吸してリサに確かめよう。多分なんかの間違いでどっかのヘドロと毒とダークマター的なナニカが融合した物を間違って出したんだ。きっとそうだ。
「リサ、これは一体、なんだ?」
「なによ、そんなドラゴンを前にしたゴブリンみたいな顔して。さっき言ってたじゃない、エナドリよ」
神は死んだのか。
「は?――いや待って、本当にエナドリ?」
「えぇ。さっきから言ってるじゃない」
「……頼んでおいて申し訳ないのだがお気持ちだけもらおう」
「あら、そう……」
ほんとにやばいとこに来ちゃったな。てか、初対面の人にあんなもの出すなんて倫理観とかないのか。
それともあれか?それを飲むことによるショックで記憶を取り戻そうとしたのか?なら申し訳ないな、俺はまだ人であることを捨てたくないのでな。
リサは「シュウゴならがぶ飲みするのに……」なんて言っているのは聞こえない。普通の人間があんなのに耐えられるわけない。
「ということで違う物を持ってきたわよ」
「あ、いいです。遠慮します」
「はいこれ、あたしおすすめの緑茶」
次に出されたのは見た感じ普通の緑茶だ。湯呑みを手に持ち香りを嗅ぐ。……変な匂いはしない、むしろ濃厚な良い匂いだ。湯呑みを口に運び啜る。渋みがなくとろりとした甘みが口に広がる。
「うっま」
「でしょう?」
さっきより弾んだ声でリサは答える。それに表情も柔らかくなっている。先ほどの社交辞令のような微笑みだったが、心から嬉しいと思っているような微笑みに変わっている。
「緑茶はね、あたしの恩師の好きな物だったの。だから彼が帰ってくるときにいつでも最高の緑茶を振舞えるように頑張ったのよ」
「それは……凄いな」
「そうでしょう!このために基地の一部を茶葉の研究施設にしたのよ!」
このためだけにか!?いや、でもそれで納得するぐらい美味かったのは事実。しかし、それでもやりすぎではないか?まぁ本人が嬉しいならいいや。
「そしてあたしの恩師――彼こそがあんたの記憶を封じたのよ」
「そこに繋がるのか!?」
「えぇ、あんたに刻まれた術式が彼が作った術式とそっくりよ。どこかしらで出会って一緒に過ごしているわ」
そうだったのか……俺の記憶を奪ったのはリサの恩師だったんだな。だがまぁ目的まではわからないが良い情報が手に入ったな。
「よし、これで情報は渡したわ。入団決定ね!さっそくだけど今日いる他の団員達に挨拶しにいくわよ!」
拝啓どこの誰だかわからない俺の記憶を奪った奴へ
お前のせいで俺は意味不明な団に入れられました。
絶対に右ストレートをかます。
神は死んでいます。




