D-16 ちょっとした日常
昨日は洞窟を探検し、幻想魔法を手に入れた。
そして、今日はハセミアに行く――はずだった。
だが、よくよく考えると馬車がない。
そのためアランとダスティンがセレネイガに馬車を取りに行った。
働き者だな。
二人以外は各々自由に過ごしている。
「お前さん筋がいいな!」
「畑仕事はたくさんやってきたからな」
サラインおじさんに褒められる。
俺は今、ジネンガ村にて畑仕事を手伝っている。
「わしはもう歳で体がボロボロなんじゃ。手伝ってくれて感謝するぞい」
サラインおじさんはクワを杖代わりにして腰を曲げている。
だが、全然動けている。
とてもボロボロには見えない。
「ダスティンから、サラインおじさんはまだまだ現役って聞いてるが?」
「ほぉ、ダスティンがそんなことを……」
「普段はそんなこと言わないのか?」
「あぁ、そうじゃ。昔からあいつは人とかかわるのが苦手でのう」
遠い場所を見ながらサラインおじさんは話す。
「あいつは捨て子じゃった。この村の近くで見つかってな。そん時はまだ十歳とかじゃったわい。そんなダスティンをレイラが引き取ったんじゃ」
「捨て子?」
思わず聞き返してしまった。
過去を懐かしむようにサラインおじさんは話を続ける。
「そん時のダスティンは大の男が怖い言うとってな。村では人の視線に怯えてよく蹲ってたわい。だから、レイラはあの山小屋にダスティンと共に住むようになったんじゃ」
ダスティンに辛い過去があったんだな。
「それからしばらく経った後、レイラは魔物に命を奪われてしまったんじゃ」
……そうだったのか。
「ダスティンは村によく顔を出せるようになってたんじゃ。じゃが、レイラが死んでからまた家に引き篭もるようになったんじゃ。そんなあいつを勇者様が外に出してくれたんじゃ」
「勇者が?」
「そうじゃ、だがそん時は無名の冒険者じゃったがな。それからというもの、ダスティンは勇者様と共に戦ったり遊んだりするようになったんじゃ。そしていつの間にか旅に出て英雄として帰ってきたんじゃ」
ダスティンが旅に出た理由はそれだったんだな。
サラインおじさんにとって、ダスティンは孫のような存在だったのかもしれない。
孫が英雄になったらびっくりするよな。
「あまり大きな声じゃ言えないが、勇者様が裏切り者だとは到底思えんのじゃ。わしは勇者様と話したからわかる。あの方は、本物の聖人じゃ」
国中から裏切り者の烙印を押されている勇者をサラインおじさんは信じているらしい。
「勇者はどんな感じの人なんだ?」
「勇者様は、それはもう爽快な方じゃ。あのダスティンも勇者様の前じゃゲラゲラ笑うくらいじゃからな」
ダスティンは勇者に対して、そこまで心を開いていたのか。ゲラゲラ笑うダスティン……見て見たいものだ。
「勇者様は何か理由があって裏切ったと、わしは思っておる」
***
おやつ時になりダスティンの家の庭でクッキーを食べながらグングニルの検証をしている。
すると、エレスがこっちに来て怪訝そうな目を俺に向けてきた。
「何しているんだ?」
エレスが俺に聞いてくる。
俺はグングニルを手に取って振り回したり、跨いでみたり、おでこに乗せてみたりしてインスピレーションを刺激している。
その姿がエレスからは奇怪に見えたらしい。
「新技の開発だ。なかなか良いのができない」
「そっかぁ」
「あぁ、またか……」みたいな目で見られた。
「陛下から話があるからリビングに集まってほしいって」
「りょーかい」
リビングに行くと全員集まっていた。
今回、アンニル団からの通信はない。
「みんな集まったね。とりあえず、馬車は買ったからハセミアには行けるよ」
「買ったのか」
「これから必要になりそうだからね」
馬車なんて高そうなものを買うなんて、さすが王様だ。
俺たちのことが民衆の間でかなり噂されている。
移動中は人目を気にしたくないからな。
「ハセミアは遠いから、朝一番に出発する。だから、今日のうちにセレネイガに行こう。宿は取ってあるから大丈夫だよ」
明日からホワイトジャガーデストロイドラゴンフィーバーの討伐に動き出せるらしい。
それより、アランの言葉の中に気になるところがあった。
「はい、質問。朝一番って言ったが具体的にどの時間帯なんだ?」
「太陽が昇る前だね」
なん……だと。
最近の俺は寝覚めが悪いから、そんなに早いと起きられないかもしれない。
「……徹夜するか」
「俺がさせない。徹夜すると思考力と判断力が落ちるし、何より体に良くない!」
エレスが力説する。
そんな大きな声で喋ったわけでもないし、席も離れている。
なんで聞こえるんだ?
地獄耳を搭載してるのか?
「そうだね。ジエンは徹夜しないように」
アランにまで釘を刺されてしまった。
これは覚悟を決めて早く起きないといけないようだ。
「起きなかったら俺が馬車まで運んでやるよ」
「よっしゃ、心置きなく寝れる」
「前言撤回。起きなかったら冷水浴びせて起こす」
最悪だ。
***
サラインおじさんに別れを告げ、ジネンガ村を発つ。
セレネイガに着く頃には日が沈んでいた。
俺にはやることがある。
そのためにはアランに話をつけないと。
「……酒場に行きたいんだが」
コソコソとアランに耳打ちする。
エレスに聞かれたら大変だ。
今のエレスはオカンだ。
見つかったら面倒くさい。
「いいよ、お酒を飲むのもほどほどにね」
アランの許しを得て夜の街に繰り出す。
『あそこの酒場がいいんじゃないでしょうか?』
通信越しのヘイゼルが、その看板を指さす。
「そうだな、ここにしよう。ここめっちゃ良い匂いするし」
店に入り、カウンターに座る。
店内はざわざわと騒がしい。
そこかしこで盛り上がっている奴がいる。
店員が注文を聞きに来た。
「何にしますか?」
「おすすめの酒と食い物を頼む」
「かしこまりました!」
財布を確認する。
今回はアランから多めにもらってきたから足りなくなるってことはないだろう。
ちょうど隣の席では勇者パーティーの話で盛り上がっている。
「やっぱシヴァニア様が一番だな!!!」
「わかる」
「お! 坊主もわかるのか!!!」
筋肉質な男たちの会話に自然に入れた。
酒場に来た目的は二つ。
一つは勇者のことをもっと知るため。
もう一つは美味い飯を食うため。
これが一番重要な任務だ。
「あぁ、俺はシヴァニア様が大好きだ。この町にシヴァニア様とその仲間たちがいると聞いて急遽来ることにしたんだ」
俺は人目につく場所では基本的に気配を消してみんなから一歩離れたところを歩いている。
不審者対策だな。
だから、俺がシヴァニアの仲間だとこの男には思われていない。
「そいつは残念だったな。シヴァニア様はダスティン様の故郷であるジネンガ村に行っちまったぜ」
「そ、そんな……」
なんだってー(棒)シヴァニア様と会えないなんてー(棒)
「そんな落ち込むなよ坊主。まだこの町に戻るかもしんないだろ?」
「ぐす、そう、だな……」
ヘイゼルは通信越しでこの酒場の会話を拾って情報を整理してくれている。
やはり、元勇者パーティーが集まっていることから「勇者」という単語がかなり出ている。
てか、こうしているだけでも俺の耳に勇者の悪口がたくさん聞こえてくるな。
クソ勇者だの売国勇者など酷い言われようだ。
「こうなったらヤケだ!!」
ちょうど届いた酒を一気飲みする。
ここの酒はとても美味しい。
精霊の花蜜という名前の酒だ。
その名前の通り、甘くて清涼感がある。
これは何杯でも行けるな。
「良い飲みっぷりだな、坊主!」
「ぷはー、くそぉ何で会えないんだよぉ」
俺は酒が異常なほど強いから、ジョッキを一気飲みした程度では何も変わらない。
そういえば、竜殺しを飲んでもほろ酔い程度にしかならないな。
竜殺しという酒はどんな者でも二杯で夢の中に行ってしまうらしい。
俺は四杯飲んだが寝落ちはしなかった。
酒に強すぎるのも悩ましい。
「わかるぜ、手が届きそうで届かないよな」
「うぅ、早くお目にかかりたいのに」
上手くだませているようでよかった。
世界を渡るためには呼吸のように嘘を付いて行かないといけないからな。
「シヴァニア様たちは勇者と魔王を倒そうとしてるみたいだから忙しいんだろう。仕方ないさ」
その噂は初めて聞いたな。
民衆にはこの旅がそう思われているみたいだ。
実際、魔王と勇者の討伐が目的だから合ってはいるんだがな。
しかし、この世界を歩いて行くうちに勇者の裏切りに対して疑問が生じている。
倒すべきなのか、はたまた――
この後は届いた飯を食べてた。
めっちゃ美味かったので追加でいろいろ頼み酒場を後にした。
「勇者について目ぼしい情報はあったか?」
酒場を出て人が少なくなっている通りを歩く。
時刻は、日付が変わる少し前だ。
『勇者についてのこれといった新情報はありませんね。ただ、悪口をたくさん言われているぐらいですね』
そうか……やはり民衆からは勇者の新情報は望めないな。
『それとエレスに言っておきます』
「なんだ? 改まって」
『宿に戻るときは覚悟した方がいいですよ』
***
夜も更け、宿屋は物音一つもない。
俺以外誰もいない通路を歩き、部屋に入る。
扉の前にはエレスが仁王立ちしていた。
勢いよく扉を閉める。
やっべ、すっかり忘れていた。
日付は変わり、出発まであと四時間程度しかない。
しかも酒を飲みまくったから、めっちゃ酒臭い。
エレスにはバレているだろう。
絶対怒っている。
深呼吸をして心を落ち着かせる。
覚悟を、決めよう。
扉を開ける。
「た、ただい」
瞬間、部屋の中に引きずりこまれる。
エレス以外のメンバーはとっくに寝ていたので助けは求められない。
「言い訳はいらない。さっさと歯ぁ磨いてシャワー浴びて寝ろ」
「わ、わかった」
エレスは自分のベッドに戻り、布団に包まる。
俺がシャワーを浴び終わったころには、エレスは寝息を立てていた。
怒られなかったのか?
ふと、エレスの枕もとを見る。
大きめの桶が置かれていた。
……どうやら本気で俺に冷水をかけるようだ。
意地でも起きなければ。
***
翌朝、朝日を眺めながらエレスが操縦している馬車に揺られている。
馬車の操縦はイグネリアと俺とエレスが交代して行う。
アランたちは顔が割れているから、中で引きこもる。
これから四日かけてハセミアへ向かう。
王都からかなり離れているから魔物も多くなっている。
本来なら冒険者が護衛をするんだが、ここにはSランクが二人とAランクが一人いる。
護衛はいない。
「清々しい朝だな」
髪から水が滴り、朝日をキラキラと反射する。
服は水分を含んで少しだけ重くなっている。
「それって物理的なやつ〜? それともメンタル的なやつ〜?」
イグネリアが聞いてくる。
「両方」
「自業自得だ」
操縦席のエレスから厳しい言葉が飛ぶ。
案の定、俺は起きれなかった。
そんな俺を宿の外で、ずぶ濡れになるほど冷水を掛けられた。
エレスは本当に容赦がない。




