第99話 皇子との約束と、王国への帰還
「――ルシオ殿のお陰で、交換留学を無事に終えることが出来たぞ」
港町に吹く潮風の中、リヒト様が穏やかに微笑み右手を差し出した。柔らかな笑みを浮かべたルシオ様が、静かにその手を握り返す。
「そう言ってもらえてよかったです」
帝国に来て約二ヵ月。短いようで、濃い日々だった交換留学も今日で終わりだ。俺たちは王国へ帰るため港町へとやって来ていた。潮の香りと出航準備の掛け声が港に響いている。
「セラフィーナさんにもお世話になりました」
「そう言えば助けてもらったのもこの町だったね」
俺とユウキくんが声をかけると、長い髪をなびかせた女性騎士、セラフィーナさんが軽く会釈した。
「いえいえ。こちらこそルシオ様の力になって頂き、感謝しています」
相変わらず凛としていて格好いい。最初にこの町に来たときは、帝国からの刺客に襲われ、交換留学はどうなる事かと心配だったが何とかなってよかった。
「うぅ~。アウリナさん! もう帰ってしまうんですね!」
「もっと一緒にいたかったです!」
振り向くと、帝国学園の男子生徒たちに囲まれてあたふたしている人物が一人。
「あ……はい。えっと……皆さんもお元気で……」
アウリナさん……、もといアウレリオくんだ。相変わらず女装状態での人気が凄まじい。帝国学園の男子生徒の瞳がキラキラしている。そんな騒がしさの中、豪華な紋章入りの馬車が港へと滑り込んできた。
「いや~、間に合ったようだな」
降り立ったのは、堂々たる体躯の第一皇子、アルノルト様。護衛の兵たちの背筋が伸び、周囲の視線が自然と彼に集まる。
「あ、レオーナさん! やはり帰ってしまうのですね」
そして俺を見つけた途端、満面の笑みで駆け寄ってくる。
(うわ! こっち来た)
晩餐会の日に求婚されてから、のらりくらりと返答をごまかしていたので少しだけ気まずい相手だ。
「まあ、アルノルトさん。見送りに来てくれたんですね」
それでも俺は、とびきりの美少女スマイルを発動する。
「当然ではないか。なにせレオーナさんは未来の伴侶なのだからな」
「そ、そうですか……えっと……ありがとぅございます」
助けを求めて周囲を見回すと、カインくんとリヒト様がそろって目をそらした。
(おのれぇぇぇぇ!! 俺を見捨てる気だな)
俺はアルノルト様に微笑む。
「あ、アルノルトさん。あちらにリヒト様とカインくんがいますよ」
そして小走りでタッタッタと移動すると、カインくんの腕にがしっと絡む。
「カインくん! アルノルトさんが見送りに来てくれましたわよ」
「なっ! レオ……ーナ。分かったから放してくれないか?」
カインくんの額には青筋が浮いている。だがアルノルト様が近くにいるため怒鳴れない。
「まあ、カインくんったら。わたくしたちの仲じゃないですか。照れることありませんのに」
するとアルノルト様の眉がぴくりと動く。それをみたカインくんは小声で俺に話しかけてくる。
『おい! 貴様何のつもりだ』
『ふっふっふ。僕を見捨てようとした罰だよ』
ひそひそ会話する俺たちを見て、アルノルト様が少し不安げな表情で問いかけてきた。
「なあ、レオーナさん。カイン殿とはどういった関係なのだ?」
「えっ? それは……わたくしからはちょっと……」
頬に手を当て、視線を伏せる。
「おい! あ、いや……私とレオーナはただのクラスメイトですよ」
カインくんが即座に訂正する。それを聞いてアルノルト様がほっと息を吐く。
「そうか。てっきり恋人同士かと」
「当たり前ではないですか! レオーナの事なんて何とも思っていませんよ!」
「まあ! カインくんったら、ひどいですわ!」
俺が泣きまねをして悪ふざけを続けていると――。
「ゴホン」
リヒト様が咳払いをした。
「アルノルト殿、見送り感謝します」
「ああ、これ位なんでもない」
「アルノルト様もお忙しいのではないですか?」
何事もなかったかのようにカインくんが会話に加わる。
「いやなに。皇帝の座を目指すと決めた以上、忙しいのは今さらだ」
まっすぐな目。この人は本気だ。
「まあ。アルノルトさん、頑張って皇帝になってくださいね」
「無論だ。レオーナさんに言われると励みになる」
満面の笑みで俺を見る。するとリヒト様がアルノルト様に手を差し出す。
「アルノルト殿が皇帝となった暁には、改めて友好条約の締結をお願いしたい」
「ああ。必ず実現しよう。そして――」
アルノルト様もその手を握り返し、何故か俺を見る。
「レオーナさんには、私の伴侶となってもらう」
「……っ」
言葉に詰まる俺。すると――。
「おお。それはめでたいですね」
答えたのはカインくんだった。
『――! ちょっ、ちょっとカインくん! 何言ってるの?』
小声で抗議すると悪い笑顔をしたカインくんがささやいた。
『ふん。先ほどのお返しだ』
『そんな! 僕を生贄にするなんてヒドイ』
『まあ安心しろ。どうせ王国に帰ったらレオーナはいなくなるんだ』
しばらくして出航の鐘が鳴った。するとアルノルト様は最後に真っ直ぐ俺を見た。
「レオーナさん。必ずまた会おう」
その目は、真剣そのものだった。
「……はい。きっと」
――そんな顔されたら、本当のこと言えないじゃん……。
船はゆっくりと岸を離れ港が遠ざかっていく。すると隣に立つリヒト様がぽつりと呟いた。
「第一皇子が皇帝になってくれればいいのだが……」
「世界が少し、動いたかもしれませんね」
続けたカインくんの言葉に、胸の奥がざわつく。
(これも《千客万来》さんの影響なのかな?)
甲板で、俺は遠ざかる帝国を見つめながら思っていた。
――頼むから、次は平和なイベントでお願いします!




