第98話 友好条約と、婚姻問題
「――それで、何故第一皇子から求婚されることになったんだ?」
低く、静かなリヒト様の声。その声量の小ささが、かえって場の空気をひりつかせていた。怒鳴られるよりも、この静けさの方がよほど怖い。
「えっと、僕が美少女だったからかな」
反射的にそう答えると、横で腕を組んでいたカインくんの眉がぴくりと動いた。
(う~む。なぜこうなった?)
晩餐会で無事にケーキ全種類制覇という偉業を成し遂げ、大満足で帰路につこうとしていた俺は、他のメンバーと合流した瞬間に捕獲された。気づけばリヒト様の私室に連行され、しかもなぜか正座。完全に説教コースである。
「……うむ。とりあえず最初から話してくれ」
ため息をつくリヒト様に促され、俺は晩餐会で起こった出来事の説明を始めた。豪華な食事とデザートを食べ過ぎた俺は、休憩する為にテラスに出た所、アルノルトさんに偶然会ったこと。帝国が王国への侵攻を計画している可能性を示唆されたこと。そして、それをどうにか思いとどまってもらおうとお願いしたことをなるべく簡潔に、かいつまんで説明した。
「なるほど……やはりアルノルト皇子は王国への侵攻を計画していたか」
俺の話を聞き終えたカインくんが、神妙な顔で頷く。
「でも止めてくれるって言ってたよ」
俺はテラスでのやり取りを思い出しながらそう言った。アルノルトさんの表情は、少なくとも嘘をついているようには見えなかった。
「ああ、そのようだな。先ほど王国と友好的な条約を結びたいと打診があったぞ」
「え? そうなの?」
思わず声が裏返る。まさかそこまで話が進んでいるとは思わなかった。
「まあ第一皇子の独断の様だかな」
「何だ。それなら僕、正座して怒られる必要なかったんじゃん」
そう言って立ち上がろうとした瞬間――。
「待て」
カインくんの手が、ぐっと俺の肩を押さえつける。
「痛っ!? え? なに!?」
「話はまだ終わっていない」
そのまま強制的に正座に戻される。
「何故お前が求婚されることになったのか……。そこをまだ聞いていない」
「え~! それは僕じゃなくて、アルノルトさんに聞いてよ」
本当に理由が分からないのだから仕方ない。そう答えると、リヒト様が再び深いため息をついた。
「そうしたかったのだがな……」
額に手を当て、ゆっくりと首を振る。
「アルノルト皇子は条約が締結した暁には“レオーナと婚姻を結びたい”とだけ言い残して帰ってしまったんだ」
「……へ?」
理解が追いつかず、間の抜けた声が漏れた。
「なるほど。だからレオンくんに直接聞きたかったんだね」
ユウキくんが、どこか楽しそうに笑いをこらえながら言った。
「う~ん……そう言われてもなぁ」
俺は少し考える素振りをしてから、結論を出す。
「やっぱり、僕が美少女だったからじゃない?」
そう言って、両手を胸の前で組み、目を潤ませて上目遣いでカインくんを見る。
――我ながら完璧な仕上がりだ。
「こんな感じでお願いしたから、僕の魅力にコロッと落ちちゃったんだよ」
「……」
数秒の沈黙。やがてカインくんは一瞬だけ視線を逸らし、すぐに冷たい目で俺を見下ろした。
「まったく。よくそんな恥ずかしいことが出来るな」
「ヒドイ! 戦争回避のために頑張ったのに!」
抗議すると、ユウキくんが肩をすくめて助け舟を出してくれる。
「ふふふ。確かにレオンくん……、いやレオーナさんは王国を救った英雄だよね」
「おほほほ。そうですわよ!」
ユウキくんの言葉に俺は気を良くして胸を張る。
「しかし……求婚の話はどうするつもりですか?」
俺の様子を見て、アウレリオくんが恐る恐るリヒト様に問いかける。
「う~む……どうしたものか」
リヒト様は腕を組み、長い沈黙の末にちらりと俺を見た。その視線に、嫌な予感がよぎる。
「え? ムリだよ! 僕にはエリスがいるし!」
「その前に、レオンくんは男だしね」
即答する俺に、ユウキくんも当然のように続ける。
「……交換留学が終わったら、レオーナには“消えて”もらうしかないだろ」
「言い方が物騒だよ、カインくん!」
(いやでも、もしアルノルト皇子が本気だったら……考えるだけで胃が痛い!)
結局アルノルト皇子からの求婚という爆弾案件はひとまず棚上げされ、帝国と王国の友好条約を最優先で進めることで話はまとまった。それが、今この場で出せる最善の結論だったから。
(俺、平和のためにアルノルト皇子への生贄にされたりしないよね?)
――大丈夫だよね? 信じてるからね、みんな!




