第97話 レオーナのハニートラップ(?)大作戦
帝国の中央にそびえる王城。その大広間では、王国学園からの交換留学生を歓迎するための晩餐会が盛大に開かれていた。豪奢な衣装に身を包んだ貴族たちが、あちこちで楽しそうに談笑している。
「もぐもぐもぐ……ふぇ~。なんですのこれ? 美味しすぎですわ」
俺は感嘆の声を上げながら、フォークを止めることなく動かしていた。
「おい!」
そんな俺の横から声が飛んでくる。
「リヒト様から“気を引き締めろ”と言われたのを忘れたのか?」
「ふぉ?」
口いっぱいに肉を頬張ったまま、俺はカインくんを見上げる。
「……ごっくん。これは帝国の食糧事情を調べるという立派なお仕事ですわ」
「いや、お前が食べたいだけだろ。毒でも盛られていたらどうするんだ」
「大丈夫ですわ。みんな普通に食べてますし」
俺はニッコリ笑って、フォークを差し出す。
「ほらカインくんも……あ~ん」
「ええい、やめんか! 気色悪い!」
バシッと手を払われた。
「ヒドイ! 美少女からの“あ~ん”なのに!」
「誰が美少女だ! 男にされても嬉しくないわ!」
「ちょっ! 変装中なんだからバラさないでよ!」
俺は手に持っていたフォークを、そのままカインくんの口に無理やり押し込んだ。
「ぐっ……!?」
そんなやり取りを眺めながら、リヒト様が呆れたように口を開く。
「……というか、なぜお前たち二人は王国学園の制服なんだ?」
「いやぁ、さすがにドレスは恥ずかしいですわ」
俺は頬に手を当て、しおらしく目を伏せる。横ではアウレリオくんが首を縦に振りながら、激しく同意している。
「せっかくマリアさんが用意してくれたのに残念だな」
ユウキくんがニヤニヤしながら言った。帝国での変装を想定して、俺はマリアさんに女装用衣装の相談をしていた。もちろん俺以外のメンバー用。そして俺自身は、執事風の衣装で変装する予定だった。しかし、晩餐会参加が決まった当日――。
「はい、レオンくん。これ」
そう言ってユウキくんが差し出してきたのは俺サイズのドレスだった。マリアさんは、見事に俺を裏切り、俺用の衣装をユウキくんに托していたのだ。
「おのれ、あのコスプレ大好き聖女様め!」
帝国の目を欺くため女装することは仕方なく受け入れたが、ドレスだけはアウレリオくんと二人で断固拒否した。
「まあ、交換留学で来ている以上、制服参加でも問題はないだろう」
この時ばかりはカインくんが救いの神に見えた。
「あ、皆さん。ここにいらっしゃいましたか」
そんな俺たちに声をかけてきたのは、帝国第四皇子のルシオ様だった。
「おお、ルシオ殿。本日はよろしく頼む」
「はい。では、リヒト様とカイン様はこちらへ」
晩餐会の名目上、俺たちの代表として二人が王族への挨拶を担当することになっている。
「レオン……ゴ、ゴホン。いえ、レオーナ様とユウキ様、アウリナ様はご自由に楽しんで下さい」
女装姿の俺を見て、慌てて言い直すルシオ様。
「はい。必ずデザート全種類制覇してみせますわ」
俺はずらりと並んだケーキを見て拳を握った。
「……既に楽しそうで何よりです」
ルシオ様は苦笑いだった。
「レオーナ、あまり目立つなよ」
「問題を起こすなよ、レオーナ」
「なんでわたくしにだけですの!」
二人はそう言い残して去っていった。
「じゃ、俺も怪しまれないように探ってくるね」
ユウキくんも人混みに紛れて消えていった。
「わ、私はどうすれば……」
オロオロするアウレリオくん。と、その瞬間――。
「あの、お嬢さん。私と踊りませんか?」
「いや、私と」
「そんなことよりこれ美味しいですよ」
あっという間に男性たちに囲まれてしまった。
「へ? あ。あの……、レオーナさん……」
助けを求める視線。それを見て俺は親指を立ててにっこりと笑う。
「頑張ってください。アウリナさん」
「そ、そんな……!」
「アウリナさんっていうんですね」
「なんて可憐な名前だ」
こうしてアウレリオくんも、そのまま人波に飲み込まれていった。二人を見送った俺は、再び豪華な食事を楽しむことにした。数分後――。
「ぐっふ。さすがに食べすぎたかしら」
お腹を押さえながら、俺はテラスへと移動してきた。
「ちょっと休憩ですわね」
夜風を浴びながら帝都の夜景を眺めていると人が近づいてくる気配がした。
「む? 先客がいたか」
振り向くと、豪奢な衣装に身を包んだ、がっしりした男性が立っていた。
「あ、私はもう戻りますから……」
「待ってくれ」
何故かじっと見つめられる。
「少し、話し相手になってくれないか」
「へ? あ、はい。いいですよ」
俺が答えると男性は嬉しそうに笑った。
「そうか。ああ、自己紹介がまだであったな。私はアルノルトと言う」
「王国から交換留学で来ましたレオーナです」
――アルノルト? 聞いたことあるような……。
俺は記憶の奥底を探ってみたが思い出せない。
「それでレオーナさんはここで何を?」
「ちょっと食べすぎてしまいまして、休憩をしていましたの」
俺は少し恥ずかしそうなふりをして目を伏せる。
「アルノルトさんこそなぜここに?」
「いや、こういった晩餐会は苦手でな」
「あ、逃げて来たんですね」
俺は口に手を当てて微笑む。
「はっはっは。戦略的撤退と言うやつだな」
アルノルトさんも豪快に笑う。
「ふむ。レオーナさんは面白い方だな」
「え、そうですか? 普通だと思いますよ」
「どうだ? このまま帝国に残って私の元へ来ないか?」
「へ? いえ、しかし……」
俺は言葉に詰まる。
「む? もしかして領地持ちの貴族だったか?」
「いえ。私は平民ですので……」
とっさに嘘をついてしまった。
「平民なら問題ないだろう。家族ごと迎えよう」
「し、しかし……」
断ろうとしたところで、アルノルトさんは突然声をひそめた。
「実は今、帝国では王国侵攻の計画が進んでいる」
「え? そ、そんなこと話していいんですか?」
「ああ、内緒だがな。恐らく数年後には王国は戦場になる」
アルノルトさんはさらに声をひそめる。
「だから君には、戦争が起こる前に帝国に避難して欲しいんだ」
アルノルトさんの熱意に押されて頷きそうになったが、俺はぐっと我慢する。
「ご、ごめんなさい。私にはお慕いしている方がいるんです」
断る言い訳を必死に考える。
「その方は次期領主様だったんですが……」
俺はわざとらしく悲しげな顔を作る。
「亡くなってしまって。だから……私が領地を守るって決めたんです」
俺は決意を込めて拳を握る。思いついたことを適当に話していたが、それっぽい言い訳になった。
「そうか。ではその領地は戦火に巻き込まれないようにしてやろう」
「え? アルノルトさんにそんなことできるんですか?」
「うむ。第一皇子である私が言えば問題ないだろう」
(ん? 第一皇子?)
――あ~~! ルシオ様が言ってたお兄さんだ!
何か聞いたことある名前だと思っていたら、第一皇子様だった。しかし、それなら話が早い。
「えっと、アルノルトさん。それよりも戦争が起きないようになりませんか?」
俺は、戦争の元凶であるアルノルトさんを説得することが出来れば全て丸く収まるのではと考えた。
「しかし、それでは私が皇帝になる為の功績がなくなるではないか」
その口調は冗談めいていたが、目はまったく笑っていなかった。
(手強いな!)
――ならば俺の美少女パワーを使うしかない。
「お願いします、アルノルトさん」
俺は両手を胸の前で組み、目を潤ませ上目遣いでアルノルトさんを見つめる。
「私、誰にも傷ついてほしくないんです」
「――!」
しばしの沈黙。
(あれ? 効果なかったかな?)
そう思っていると突然アルノルトさんが俺の両肩をガシッと掴む。
「うむ。分かった。私に任せろ」
(良かった。俺の美少女パワーも中々だね)
俺が満足気に頷いていると、アルノルトさんが続けて言った。
「その代わり戦争を回避した暁には、君には私の伴侶となってもらいたい」
「……へ?」
「大丈夫だ。君が気にしている領地も王国と交渉して私が守ってやるぞ」
「え、いや。そうじゃなくて」
「はっはっは! 楽しみにしていてくれ」
俺があたふたしている間に、アルノルトさんは意気揚々と去っていった。こうして、俺の美少女パワーのお陰で第一皇子による王国侵攻は無事回避されることとなったのだった。
――いや、俺男だよ! 結婚なんて無理だよ!




