第100話 それぞれの未来と、最後の試験
帝国から帰国して、数か月。驚くほど何も起きなかった。刺客も来ない。皇子も来ない。男性からの求婚も……多分ない。
――素晴らしい! 俺はついに手に入れたのだ、平和な日常を!
そして季節は巡り、俺たちは無事に四年次へと進級した。
「はぁ~……学生生活もあとわずかか」
学園のカフェテリア。昼食を前に、思わずため息が出てしまった。
「うん。四年なんてあっという間だったね」
向かいの席でユウキくんが微笑む。
「オ~、みんな卒業してしまうデスね」
マリアさんがフォークを持ったまま、しゅんと肩を落とした。
「そう言えば、みんなは卒業した後はどうするの?」
俺は何気なく聞いてみる。
「うむ。私は兄上の補佐をしつつ、国政についての経験を積むつもりだ」
リヒト様が迷いなく答える。
「私もリヒト様と一緒に経験を積むことになっているぞ」
カインくんが腕を組み、当然のように言う。
――うん。そう言えば二人とも、将来の王国中枢メンバーだったね。
「俺は冒険者かな。各地を回って経験を積みたい」
さすが勇者様。ユウキくんらしい答えだ。
「レオンくんは?」
俺はにこっと笑って答える。
「僕はもちろんエリスと結婚するよ」
「レ、レオン様……っ。わ、私も……結婚したい……です」
エリスが顔を真っ赤にして俯く。
――可愛い! 尊い。
「いや、レオンは領主になるんだろ」
「あ、そうだった。でも結エリスとの婚の方が大事だよ」
カインくんのツッコミに俺はグッと拳を握りしめる。
「レオン……王族の前で領地より結婚が大事なんてよく言えたな」
「うっ! な、何言ってるのカインくん。両方とも大事に決まってるじゃん」
そっとリヒト様を見る。
――あ、ヤバッ! 目が合った。
「あ~、いや。別に私は気にしないぞ」
リヒト様が苦笑する。
「さすがリヒト様。結婚式には出席してね」
「む、ああ。もちろんだ」
「ぐぬぬ……エリスが結婚なんて……私を捨てないでくれ~!」
突然ミナミさんがエリスに抱きついた。
「捨てるなんて。結婚しても私たちは友達ですよ」
エリスが優しく頭を撫でる。
「エリス~! 一生放さないぞ~!」
ミナミさんの抱き着く力が強くなる。
「そう言えばミナミさんは卒業後どうするの?」
「む? もちろんこの世界でロボットを作るために研究を続けるぞ」
俺の質問にミナミさんは当然といった風に答える。
「そっか。それならバルトル領に来る? 僕もロボットの完成見たいし」
「う~ん……どうするかな?」
考え込むミナミさん。するとエリスが首をこてりと傾けた。
「ミナミさんがバルトル領に来てくれたら……私も嬉しいんですが……」
「よし。今すぐバルトル領に行くぞ」
さすがエリス。即決だ。
「いや、卒業してからね」
ユウキくんが冷静に止める。
「そうだぞミナミ。それに卒業するには最終試験が残っているからな」
ユウキくんに同意するようにリヒト様が続けた。
「そう言えば、試験って何するの?」
「はぁ~……アレクシス先生が説明してくれただろ」
カインくんが呆れ顔。
「え? そうだっけ?」
既に説明があったらしいが覚えていない。
――大事な話の時ほど、なぜか意識が遠のくのは何故だろう。
「生徒同士でチームを組んで、指定ダンジョンに挑むんだよ」
見かねたユウキくんが教えてくれる。
「そうなんだ。なんだか楽しそうな試験だね」
「いや、そんな簡単じゃないと思うぞ」
「ハイ。私も治療班として待機することになりました」
マリアさんはにこにこ笑っている。
――それって裏を返せば、それだけ危険ってことだよね。
するとカインくんが真顔になる。
「ああ。学園側が試験用に使うダンジョンだ。難度も高いはずだぞ」
「学園が管理してるんでしょ? 命に関わるようなことにはならないよね?」
俺がそう言うと、ユウキくんは少しだけ困ったように笑った。
「基本的には安全対策はされてると思うよ。でも……」
「でも?」
「“油断すると命を落とすぞ”って、去年先輩が言ってたんだ」
「え……? 冗談、だよね?」
多少の不安はあるが、卒業試験が終われば本当に学生生活は終わりだ。魔法の講義も、放課後の鍛錬も、こうして他愛のない話をしながら食べる昼食も。どれも当たり前すぎて、終わるなんて考えたこともなかった。
「なんかさ」
気づけば口が動いていた。
「こうやって、みんなで馬鹿話してるのも、あと少しなんだよね」
テーブルの向こうで、ユウキくんが静かに頷く。
「そうだね。でも、終わりっていうより……始まり、かな」
「始まり?」
「うん。それぞれの場所で、それぞれの役目を果たす」
ユウキくんは窓の外を眺めながら続ける。
「学園はその準備期間だったんだと思うな」
さすが勇者様。いいこと言う。
「まあ、とにかくだ」
カインくんがパンを口に放り込みながら言う。
「油断せず、全力でいこう。最後くらい、きっちり締めないとな」
「うん、そうだね」
ユウキくんが力強く頷く。
「卒業試験、全員で合格するぞ!」
「……はい」
エリスも小さく拳を握る。その光景を見て、俺も自然と笑みがこぼれた。
「よし。じゃあ、まずは腹ごしらえだね」
「お前な……」
カインくんが呆れたように言う。でも、その声はどこか柔らかい。卒業試験。それはただの通過儀礼のはず。その時までは、俺もそう思っていた……。こうして俺たちは、学園での最終関門に挑むことになったのだった。




