第93話 美味しいものは正義!?
「は、初めまして。私はヴァルグラン帝国第四皇子ルシオ・ヴァルグランです」
学園の正門前でそう名乗ったのは、年相応のあどけなさを残した金髪の美少年だった。整った顔立ちに、少し緊張したような笑みが見える。
「わざわざのお出迎え、感謝する」
その挨拶に応じたのは、リヒト様だった。
「私はアルトリウス王国第三王子リヒト・フォン・アルトリウスだ」
王子同士の名乗り合いに、周囲の空気がぴしりと引き締まる。
「その……せっかく我が国へ来ていただいたのに、兄上たちがご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
ルシオ様はそう言って、深々と頭を下げた。
「いや。ルシオ殿が気に病むことではない。被害もなかったしな」
「……そう言っていただけると、助かります。セラフィーナもお疲れ様」
「はっ! ありがとうございます!」
――部下にも気遣いができるなんて。小さいのに、本当に良い皇子様だ。
そんなことを考えていると、カインくんが一歩前に出た。
「初めまして。カイン・フォン・ヴァルデンです」
カインくんに続き、ユウキくん、アウレリオくんも自己紹介を終えたので、いよいよ俺の番だ。
「レオン・フォン・バルトルです。よろしくお願いします、ルシオ様」
「こちらこそ。では皆さん、長旅でお疲れでしょう」
ルシオ様は柔らかく微笑み、俺たちを見回した。
「お部屋を用意しています。食事の後はゆっくりお休みください」
その言葉どおり、俺たちは豪華な夕食をお腹いっぱい食べ、用意された部屋で休むことになった。
「さてと……」
ベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。
「さすがに学園で襲われることはないって言ってたけど……」
セラフィーナさんの言葉を思い出す。
「念のため、だよね」
俺はベッドを囲むように風魔法を展開した。
「≪アウラ・カーテン≫」
透明な風の膜が、ふわりと張り巡らされる。
「これだけでも十分だけど……、せっかくだし新しい魔法を試してみようかな」
少し考えて、にやりと笑う。攻撃を受けたら自動で発動する拘束魔法。水でできたツルが敵を絡め取る、罠型の魔法だ。
「≪アクア・バインド≫」
≪アウラ・カーテン≫と連動するように魔力を調整する。
「うん。これで完璧」
そうして俺は、安心して眠りについた。
* * * * * * *
『カキンッ』
『くそっ……なんだ、これ……』
『……動けん……』
――う~ん……なんか、うるさい……。
「……インくん。カインくんってば」
「はえ? なに?」
誰かに声をかけられて、俺は目を開けた。
「もう朝……?」
「ごめん。まだ夜だよ」
「いや、レオン。さっさと起きろ」
「ふぁ~……おはよ、ユウキくん、カインくん」
目を覚まそうと背伸びをした、その瞬間――。
「……ひっ!? だ、誰!?」
視界に映ったのは何故か空中に浮かんだまま水のツルにぐるぐる巻きにされた黒ずくめの男だった。
「いや……お前がやったんじゃないのか?」
カインくんが、呆れたように言う。
「あ、そうだった」
寝る前の魔法を思い出し、≪アウラ・カーテン≫を解除する。男はツルで拘束されたまま、どさっと床に落ちた。
「この人って刺客だよね? もしかして、みんなも襲われた?」
「ああ、全員な。お前だけ来ないから、やられたのかと思ったが」
「まさか寝てるとはね。さすがだよ、レオンくん」
「いや~。全然気付かなかった」
「褒めてないわ! 呆れてるんだ」
「うぅ、冗談なのに。それでみんなは?」
俺は話をそらすため、他の皆のことを聞く。
「今リヒト様の部屋に集まってるよ」
「そっか。じゃあ僕たちも言った方がいいのかな」
「うん。今後の事も話さないとだしね」
そんなやり取りをしつつ、俺たちは男を引きずってリヒト様の部屋へ向かった。
「やっと来たか。レオンも無事なようだな」
「うん。みんなも無事で良かった。それでこの人たちが?」
部屋の中には、同じように縛られた黒ずくめの男が三人。
「ああ。今、尋問をしていたのだが……」
「ふん。私たちはプロだ。どんなに拷問をされようと、口は割らん」
「と、この調子でな」
リヒト様が肩をすくめた、その時――。
「リヒト様! ご無事ですか!」
扉を開けて入ってきたのは、ルシオ様とセラフィーナさんだった。
「ルシオ殿か。ああ、我々は無事だ」
「申し訳ありません……学園は安全だと……」
セラフィーナさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ。セラフィーナさんは悪くないですよ」
ユウキくんがすかさずフォローする。
「それで、こいつらが誰の手の者か分かるか?」
「……見覚えはありません」
「私も知らない者たちです。恐らく裏の仕事を請け負う者たちかと」
「そうか。さてどうしたものか」
全員が困り顔になる。そこで俺は一歩前に出た。
「ふっふっふ。ここは僕に任せてもらおうかな」
「ん? なんだレオン。拷問でもするつもりか?」
カインくんの物騒な物言いに、ルシオ様が少し青い顔になる。
「あ、あの、レオン殿。出来れば穏便にお願いしたいのですが」
「おっと、ルシオ様。そんな甘いことを言っていてはダメですよ」
室内が静かになり、緊張した空気が漂う。そんな中、俺は魔導コンロと鉄板を用意する。
「ふん。その鉄板で俺たちの体を焼くつもりか」
鉄板を見た襲撃犯の一人が声を荒げる。
「そんなことで俺たちが口を割るとでも思っているのか」
「おや。強気ですね。でもいつまで持ちますかね」
俺はニヤリと悪い笑顔。
「何かレオンくんの方が悪者みたいだよね」
「あ、ああ。あの悪い笑顔は正に悪の親玉だな」
「そこっ! うるさいよ!」
コソコソと話すユウキくんとアウレリオくんに思わずツッコミを入れる。
「まあいいや。では覚悟してくださいね」
「ジュ~……」
良く焼ける肉の音。
「……は? お前何してんだ?」
俺の行動に襲撃犯が困惑顔で訊ねてくる。
「何って、【アウルム・ブル】のステーキだよ」
鉄板で焼かれているのは、牛の魔物の霜降り肉。
「うん、こんな感じかな」
香ばしい匂いが、部屋中に広がる。
「どう? 美味しそうな匂いがするでしょ」
「ふ、ふん。それがどうしたというのだ」
「う~ん。中々しぶといですね。それなら――」
「ジュワァァ……」
ニンニクと醤油の特製ダレを鉄板にそそぐと、さらに食欲をそそる匂いが立ち込める。
「ぐぅ~」
「あっ……す、すみません……」
セラフィーナさんが顔を赤らめながら謝罪する。
「あ、セラフィーナさんも一緒に食べます?」
俺が聞くと一瞬セラフィーナさんの顔がパッと嬉しそうに輝くが、直ぐにハッとして元に戻る。
「い、いえ。私は大丈夫です」
「そうですか? 欲しくなったら言って下さいね」
そう言って俺はナイフでステーキを切っていく。外にはしっかりと焼き色が付き、中は程よくレアな仕上がり。
「うん、良い感じ。では頂きます」
俺は襲撃犯に見せつけるように一切れ食べる。
「う~ん。この上品な肉の甘みと、舌の上でとろける食感がたまりませんな」
「……ゴクリ」
「どうですか? 食べたいでしょ」
俺は襲撃犯にステーキを差し出す。
「一番初めに有益な情報をくれた人に食べさせてあげますよ」
「ふん。そんなもので買収されるわけないだろ」
「おや。まだダメですか。仕方ない、では――」
俺は鉄板に残ったステーキソースにニンニクを入れて炒めていく。
「ふっふっふ。更にこれを加えてっと」
俺が投入したのはご飯。ステーキソースと絡めて炒めれば出来上がり。
「この上に残しておいたステーキを乗せてっと」
ガーリックライス・オン・ザ・ステーキの完成である。
「では、あらためて。頂きます!」
まずはガーリックライスだけをパクリ。
「うん。ガーリックとソースがご飯によく合う」
すかさずステーキにかぶりつく。
「お~。ステーキがさらに美味しくなった」
「ぐぅ~」
「ゴクリ」
「おい、レオン。私も食べていいか」
「あ。僕も食べたいな」
リヒト様とユウキくんがステーキを凝視しながらたずねてくる。
「うん。一緒に食べよ」
俺はガーリックライスとステーキを人数分、お皿に取り分けていく。
「あ。早くしゃべらないと、無くなっちゃうよ」
俺は襲撃犯を見回す。すると――。
「も、もう我慢出来ん。俺は第二皇子に頼まれた」
「あ、ズルいぞお前。私は第三皇子だ」
「わ、私も第三皇子だ」
次々と襲撃犯が口を割っていく。
「貴様ら! プライドはないのか!」
すると襲撃犯の最後の一人が声を上げる。
「うるせ~! どうせこのまま帰っても始末されるだけだ」
「そうだ! それなら最後にうまい飯を食ってやる」
「ぐっ。し、しかしだな……」
最後の一人は葛藤していた。
「ほらほら。もう吐いちゃいなよ。ステーキ美味しいよ」
俺はステーキの乗った皿を襲撃犯の顔の前に持っていく。
「おのれっ! 私は第二皇子に頼まれた!」
こうして刺客たちは全員、あっさり口を割った。
「うん。美味しいものは正義だね」
俺が満足気に頷いていると後ろからヒソヒソと話す声がする。
「うん。やっぱりレオンくんの方が悪役だよね」
「ああ。何故か様になっていたな」
「そこっ! 聞こえてるよ!」
襲撃犯から情報を引き出すことに成功したが、俺が悪いことしたような雰囲気になってしまった。
――いや、平和的に情報を聞き出したのに何故?




