第90話 帝国到着――いきなりの厄介ごと
王国を出港してから三週間。俺たちを乗せた魔導船は、ようやく帝国の港へと辿り着いた。石造りの防波堤が幾重にも連なり、大型の魔導船が何隻も停泊している光景は、さすが大国という迫力だ。王国の港とは明らかに規模が違う。
「う~ん。長かった!」
船を降りた俺は、思いきり背伸びをする。足の裏に伝わる地面の感触がやけに新鮮で、長い航海のせいか、まだ微妙に揺れている気さえした。
「それで、この後はどうするの?」
ユウキくんが、忙しなく行き交う労働者や荷運び用の魔道具に目を向けながら、誰にともなく尋ねる。
「うむ。ここからは馬車で、ヴァルグラン帝国の首都へ向かう」
答えたのはリヒト様だった。言葉を引き継ぐように、カインくんが付け加える。
「出発は明日の朝だな。今日はこの港町で一泊だ」
「お~! じゃあ初帝国だし、観光しようよ」
思わず声が弾む。港から見える街並みは色彩が豊かで、建物の装飾も王国より華やかだ。見知らぬ文字の看板や服装の違いも相まって、知らない国に来たという実感が湧いてくる。
「あ、いいね。じゃあ宿に荷物置いたら、早速出かけよう」
俺の提案に、ユウキくんも乗り気だ。
「まったく……ここは敵国かもしれないんだぞ。あまり気を抜くな」
そう言って、カインくんは腕を組み、鋭い視線で人の流れを一瞥する。
「大丈夫だって。さすがに着いて早々、襲われたりしないでしょ」
軽く肩をすくめて答えると、なぜかリヒト様が言葉を濁す。
「いや、お前は……まあ、いいか」
――何その含みのある言い方。
「あ、私もついて行っていいかい、レオンくん」
「もちろんだよ、アウレリオくん。リヒト様とカインくんは?」
「私は遠慮しておこう」
「私も明日からの旅程の打ち合わせがあるからな……」
こうして、俺とユウキくん、アウレリオくんの三人で港町の観光へと繰り出すことになった。
港から少し歩くと、商店街が姿を現した。魚介の香りと香辛料の匂いが入り混じり、呼び込みの声が絶え間なく飛び交っている。
「わぁ~、なにこれ? 串焼きだよね」
「お、旅の人かい? これは貝の串焼きだよ」
「おいしそう~。じゃあこれ、三本くださいな」
「毎度あり。焼きたてだから気を付けな」
「ありがと~」
串焼きを受け取り、俺は二人のもとへ駆け戻る。
「はい。串焼き買ってきたから食べよ」
「お、ありがとうレオンくん。これは貝かな?」
「私にもいいのかい? ……うん、これはなかなかいけるな」
三人で貝の串焼きを頬張りながら、商店街を歩く。干物や布製品、見慣れない魔道具が所狭しと並び、眺めているだけでも楽しい。
「やっぱり港があるだけあって、色んな商品があるね」
「ああ。王国の商品も結構入ってきているようだ」
アウレリオくんが、商店に並ぶ品を見ながら言った。ふと気づくと、ユウキくんが、やけに静かだ。
「ユウキくん、どうしたの?」
俺が声をかけると、ユウキくんは前を向いたまま、小さく息を吐いてから小声で答えた。
『多分だけど、俺たちつけられてるね。人数は……複数いるかな』
「え?」
思わず後ろを振り返ろうとした瞬間――。
『待って。気づかないふりして、おびき出そう』
そう言って、ユウキくんは人通りの少ない細い路地へと足を向けた。
『あ! ちょ、待ってよユウキくん』
俺とアウレリオくんも後を追う。しばらく歩くと、周囲に人影はなくなり、昼間だというのにどこか薄暗い雰囲気が漂ってきた。
『なんか一気に怪しくなってきたな』
『ユウキくん、まだついて来てるの?』
『うん。そろそろ仕掛けてくるかも……』
ユウキくんの言葉が終わった次の瞬間。
「ぎゃああっ!」
「うぎゃっ」
「くそっ、引け!」
突然、俺たちの背後から、悲鳴と怒号が響いた。金属を打ち付ける音の直後、何かが地面に転がる乾いた音もしてきて、路地の奥が一気に騒がしくなる。俺たちは即座に武器を構え、周囲を警戒する。だが、こちらに襲いかかってくる気配はない。
「ユウキくん、今の声って……」
「うん。たぶん、ついてきてた連中だね」
ユウキくんは冷静に言った。
「……逃げた、かな」
路地の奥から聞こえてくるのは、慌ただしく遠ざかる足音だけ。その直後、金属が擦れるような音が一度、かすかに鳴った。
(誰かが剣を納めた音?)
俺たちが警戒を解かないまま構えていると、路地の奥から人影が一つ、ゆっくりとこちらへ歩み出てきた。足取りは落ち着いていて、急ぐ様子はない。
「皆さん、大丈夫ですか?」
柔らかい声。けれど、その声音とは裏腹に、隙のない立ち姿。現れたのは、細身の剣を携え、潮風に揺れる長い髪を軽く押さえた美人のお姉さんだった。その剣は既に鞘に納められ、戦闘後だというのに息一つ乱していない。
「えっと……、どちら様?」
思わず声をあげてしまった。俺の疑問にお姉さんは、どこか意味ありげに微笑む。こうして帝国に着いて早々、やっぱり厄介ごとに巻き込まれる俺たちであった。
――うん。これは確実に、《千客万来》さんの仕事だな!




