第76話 迷宮と、レースと、コスプレと
「グルァーー!!」
「ウー、ウー……」
薄暗い通路に、湿った足音とうめき声が響く。
「ヒャ~! グールが来たよ!」
「おい、早く解けって!」
「焦らせるなよ……えっと……」
「もうダメだ~!」
次の瞬間グールの手が参加者の肩に――。
「はい、グールに捕まってしまったのでゲームオーバーです。残念でしたね」
そう告げると、参加者たちは悔しそうに、しかしどこか楽しげな表情で出口へと案内されていった。
学園祭当日。俺たち《グラニ》の企画、《知恵と勇気の迷宮ダンジョン》は、無事に開催までこぎつけた。学園祭直前に壊されてしまった迷宮はどう考えても元通りに直すのは困難だった。もうダメかと、あきらめかけたその時、俺はアウレリオくんの”不気味”という言葉で閃いた。
「いや~、怖かったな!」
「でもスリルがあって、めちゃくちゃ面白かった!」
壊れた壁、歪な装飾品、影の多い空間。それらすべてを“失敗”ではなく、“演出”として使うことにしたのだ。ゾンビやグールに扮したクラスメイトが迷宮内を徘徊し、捕まれば即ゲームオーバー。
「グール役、お疲れ様。みんな、ちゃんと怖がってたよ」
「う、うむ……特訓の成果だな。よし、次の客を通せ」
グール役を務めているリヒト様は、戸惑いながらも、意外とノリノリだった。
――ていうか、第三王子がグール役してるとか、大丈夫なんだろうか。
ゾンビやグールのメイク、衣装、そして演技指導。それらを一手に引き受けてくれたのは、今回もマリアさん。
「自分たちのクラスの準備もあるのに、ありがとうね」
「いえいえ。楽しいデスし、こういうの好きデスから」
そう言って笑ったマリアさんの顔は本当に楽しそうだった。そんな事を思い出していたその時――。
「な、なぜ……こんなに繁盛しているんだ?!」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはアウレリオくんの姿があった。
「ふん、何の用だアウレリオ」
「ヒィ!? ……なんだ、カインか」
どうやらゾンビメイクが効いているらしい。
「あぁ、そういえば今はこの格好だったな。それで、何しに来た?」
「い、いや……お前たちの、みじめな姿を見てやろうと思って……」
そう言って周囲を見回したアウレリオくんは、言葉を失った。そこには、長蛇の列。そして楽しそうに並ぶ生徒たち。
「く、くそっ……! なぜこんなに人が来ているんだ!」
「あぁ。誰かさんが迷宮を壊してくれたおかげだな」
カインくんの言葉に、俺はにこっと笑って付け加える。
「それにアウレリオくんが“不気味”って言ってくれたおかげだよ。ありがとうね」
「……っ!」
露骨に嫌そうな顔。アウレリオくんは、悔しそうに奥歯を噛みしめた。
「おのれ……まあいい! 精々、頑張ることだな!」
「うん。アウレリオくんも、よかったら挑戦していってね」
「誰がやるか! 覚えていろよ、貴様ら!」
捨て台詞を残し、アウレリオくんは去っていった。
「くっくっく……レオン、良い煽りだったぞ」
「はぇ? 何のこと?」
「……リヒト様。レオンは煽った自覚が無いようです」
カインくんは呆れ顔だ。
「はっはっは! では再開するぞ!」
* * * * * * *
「4番! 行け、いけ~!」
闘技場ではレースが行われ、観客の歓声が響いていた。
「そんな……僕のお小遣いが~……」
膝をつく俺。
「やあ、レオンくん。調子はどうだい?」
落ち込む俺に声をかけてきたのは、ユウキくん。
「わっはっはっは! どうだ、私の≪スカイホースくんDX≫はすごいだろ!」
その横では、胸を張るミナミさん。
「すごいですね、ミナミさん。あれも魔力で動いているんですか?」
エリスは素直に感心している。
「そうだぞ。≪スカイホースくん2号≫を小型化して一人乗りにしたんだ」
魔力で動く、一人乗りの浮遊馬車。それがコースを駆け抜けていく。
「これならレオンじゃなくても動かせるぞ」
そんな話をよそに、俺はレース会場を凝視する。
「次は当たりそうな気がする」
「……レオン様、目が怖いです」
「焦点も合ってないね」
ユウキくんも心配そうに俺を見ている。
「はっはっは。何を言っているんだい。僕はいつも通りだよ」
「うん、ダメそうだな。典型的なギャンブル依存患者の目だ」
ミナミさんが冷静に分析する。
「も、戻ってきてください、レオン様~!」
激しく肩を揺すられ、俺は正気に戻った。
「はっ! 僕はいったい何を……」
「良かった。元に戻ったんですね」
「うん。ありがとうエリス。……じゃあ馬券買ってくるね」
「レオン様~!!」
再度、激しく肩をゆすられる俺を見て、ユウキくんとミナミさんは、同時に視線を逸らしていた。
* * * * * * *
「じゃあ、指名はマリアさんで、衣装はこれでお願いします!」
「オーケーです。じゃあレオン、こっちデス」
「レオン様!? なんでそんなにノリノリなんですか!」
「まあまあ。エリスも指名したら?」
「オー。エリスならコスプレしてもいいデスよ」
「い、いえ! 私は見てるだけで……!」
俺たちは今、マリアさんのクラスで行われている≪コスプレの宴≫に来ている。
「それにしても……、指名料に衣装指定料、ツーショット代に絵画代までお客さんから巻き上げるなんて……、マリアさんも悪よの~」
「いえいえ、レオンにはかないませんよ……、と言うか全部レオンの案デス」
「そうでした」
この料金システムは、マリアさんが部長を務めるコスプレサークルで俺が提案したもの。今回の学園祭に際してマリアさんに使っていいか相談されていたのだ。
「あ、レオンくん! また私を騙しましたね!」
「ん? リュミナ先生。騙したとは人聞きの悪い」
不意に声を掛けられた。そこにいたのは、俺の魔法の師匠であり、この学園の先生でもあるリュミナ先生。マリアさんのクラスを手伝うため、メイド服を着てポーズをとっていた。
「カワイイ服を着るだけの簡単なお仕事って言ってたじゃないですか」
「はて? その通りでは?」
俺はつい、上から下まで眺めてしまった。エルフである先生は、何を着ても様になる。俺の目に狂いはなかった。
「な、なんですか。人の事ジロジロと見て」
俺の視線に気づいたリュミナ先生は、警戒した目で俺を見てくる。
「いや、先生は何着ても似合うなって。マリアさんに紹介して正解でした」
「え? そうですか。えへへへ」
――うん、チョロい!
俺の言葉に照れていたリュミナ先生だが、その視線がマリアさんに移ると表情を強張らせた。
「リュミナ先生! メイドのポーズが崩れてます。もっとこうデス!」
「ヒィッ!」
リュミナ先生はマリアさんのコスプレ指導を受けつつ、こちらに視線を送ってきた。
「う~、レオンくん。助けてください。マリアさんが怖いんです!」
「動いちゃだめデス! ハイ、視線は斜め上、四十五度!」
俺はリュミナ先生に手を合わせてエールを送った。
「頑張ってください。先生なら出来ます」
「レオンくんの裏切り者~!」
メイドのポーズが完璧になるまでマリアさんの指導は続いたのだった。数分後、ポーズ指導とスケッチが終わり、俺は出来上がった絵を前にしていた。
「うん。いい感じに描けてるね。じゃあこれも貰おうかな」
「ハイ。お買い上げありがとうございマス」
マリアさんとのツーショットの絵と、リュミナ先生が描かれた絵を購入して、俺は満足顔で≪コスプレの宴≫を後にした。こうして俺は、迷宮も、レースも、コスプレも、全力で学園祭を満喫するのだった。




