第75話 学園祭準備と、迷宮の試練
バルトル領での長期休暇を終え、王都へ戻って数日。まだ夏の名残を感じる暑さは続いているが、学園ではすでに秋学期が始まっていた。
「はい! 《知恵と勇気の迷宮ダンジョン》がやりたいです!」
俺が元気よく手を上げて発言すると教室が、一瞬静まる。
「……またか、レオン」
議長のカインくんは深いため息を吐いた。俺達は今、学園祭の出し物を決める会議の真っ最中。
「はぁ~。それで、その《知恵と勇気の迷宮ダンジョン》とは、いったい何なんだ?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました」
俺は椅子から立ち上がり、得意げに説明を始める。俺が考えているのは、部屋に迷路を作り、参加者は試練や謎を解いて迷宮を進み帰還を目指すという、いわゆる”脱出ゲーム”。
「ほう……、面白そうだな」
真っ先に反応してくれたのは、リヒト様。その一言で、クラスメイトも興味を持ってくれたようだ。
「まったく、リヒト様はレオンに甘いですよ」
カインくんは呆れたように言いつつも、ぼそっと付け加えた。
「……まあ、却下するほど悪くはない案だがな」
――相変わらずツンデレさんなんだから。
こうして、《知恵と勇気の迷宮ダンジョン》の企画は、正式に採用され準備が開始されるのだった。
* * * * * * *
「お~……いい感じだね」
学園の一室を借りて作った迷宮を見回し、俺は思わず声を上げた。
土魔法で再現された洞窟の壁。入り組んだ通路。所々に置かれた宝箱や鉄格子。さすが魔法のある世界、想像以上に“それっぽい”。
「うむ。エリス嬢は、また魔法の腕が上がったな」
リヒト様の言葉に、エリスは少し頬を赤らめる。
「い、いえ……みんなで一緒に頑張ったからです」
そう言って、控えめに微笑む姿が尊い。
「小道具も、いい感じだな」
「それは私たちが作りました!」
クラスメイトたちの表情にも手応えが浮かんでいた。
「それで、レオン」
カインくんが腕を組みながら俺を見る。
「肝心の“謎”の方はどうなんだ?」
「お、気になっちゃう?」
俺はにやりと笑った。
「じゃあ試しに、一問だけ解いてみる?」
そう言って、みんなを迷宮の“第一の謎”へ案内する。そこには、三体の石像が並んでいた。それぞれの石像の後ろには通路が続いている。
「レオンくん。準備できてるよ」
「ありがとう」
“謎”を一緒に考えてくれたクラスメイトたちが、少し緊張した面持ちで控えている。
「じゃあ、カインくん。どうぞ」
俺は問題が書かれた紙を手渡した。
* * * * * * *
【嘘つきの石像】
1体だけが嘘つきで、残りの2体は正直者です。
石像A
『私は正直者です』
石像B
『石像Aは嘘つきです』
石像C
『石像Bは嘘つきです』
嘘を言っている石像を選べ!
* * * * * * *
「……ふむ」
紙を読み終えたカインくんは、しばし黙り込む。
「どう、カインくん?」
「急かすな!」
怒られてしまった。部屋を見渡すと、リヒト様は腕を組み楽しそうに考え込んでいる。エリスも、じっと石像を見つめていた。
「もしAが嘘だとすると……」
「いや、その場合Cは……」
クラス内で、小声の議論が始まる。しばらくして、カインくんが顔を上げた。
「……石像Bだな」
「お、正解!」
俺が拍手すると、周囲からも「おおー!」と声が上がる。
「ふん……当然だ」
口ではそう言いながら、カインくんは、少しだけ得意そうに笑っていた。
「こんな感じで、進むたびに謎や仕掛けがあるんだ」
「面白そうじゃないか」
「絶対人気出るよ!」
俺がそう説明すると、クラスメイトたちの反応も上々だった。
「うむ、学園祭まであと少しだ。最後の仕上げに取り掛かるぞ」
「「おー」」
翌日――。
「……いったい、誰がこんなことを……」
「ひどい……」
壁は所々崩れ落ち、宝箱は壊され、小道具も床に散乱している。完成へ近づいていた迷宮の、無残な姿がそこにはあった。
「……」
カインくんは、しばらく無言で惨状を見つめていたが、やがて低く息を吐いた。
「……とにかく、直せるものは修復するぞ」
冷静な声だったがその表情には、はっきりと怒りが滲んでいる。
「こんなこと……許せない」
「学園祭まで時間ないのに……」
クラスメイトたちの間にも、悔しさと不安が広がる。その時だった。
「おやおや?」
困惑する俺たちの背後から、間の抜けた声が響いた。
「『グラニ』は、今年の学園祭では“ゴミの展示”をする予定だったのかな?」
振り返ると、そこに立っていたのは――。
「……アウレリオ!」
カインくんが鋭く睨みつける。アウレリオ・フォン・グランツ。バルトル領を田舎扱いしてきた公爵家の子息だ。
「貴様、なにしに来た」
「私が来ては不都合だったか?」
アウレリオくんは、壊れた迷宮を一瞥し、口元を歪める。
「まあ、こんな不気味な有様では、人様に見せることもできないだろうがな。わっはっはっは!」
「なんだと!」
クラスメイトの一人が声を荒げる。
「これは、誰かに壊されたんだ!」
するとアウレリオくんは肩をすくめた。
「ふん。しっかり鍵をかけていなかったのが悪いんじゃないか?」
「……え? なんで、鍵をかけていなかった事知ってるの?」
思わず口を挟むと、アウレリオくんは目をそらした。それをカインくんが見逃すはずもなかった。
「……貴様がやったのか!」
怒号が廊下に響く。
「なんて卑怯な真似を……!」
「さて、何のことだかな」
アウレリオくんは、薄く笑った。
「どちらにせよ、今年の学園祭は我々《フギン》が勝つだろう」
勝ち誇ったようにそう言い残し、彼は踵を返す。
「せいぜい、頑張りたまえ」
その背中が、廊下の向こうへ消えていった。
「……おのれ、アウレリオめ!」
カインくんは、悔しそうに拳を握りしめる。
「だが……証拠がない」
リヒト様が、静かに口を開いた。
「今は感情で動くべきではない。とにかく、修復を急ごう」
その冷静な判断に、皆が黙って頷く。俺は壊れた迷宮を見回しながら、アウレリオくんの言葉を思い出す。
「不気味か……、ちょっと待って! もしかしたら、うまくいくかも」
俺が声を上げると、全員の視線が集まる。
「本当か、レオン!」
「うん。多分いけると思うよ」
クラスメイトたちの表情に、再び希望の色が灯る。
「よし、やるか!」
「犯人に負けてたまるか!」
こうして、俺たち『グラニ』は、“壊されたからこそ完成する迷宮”を、学園祭前日までかけて作ることになったのだった。




