第73話 水辺のキャンプと、鳥になったレオン
「到着デス!」
元気な声とともに、馬車がゆっくりと止まった。
「う~ん。空気が美味しい」
伸びをしながら外に出ると、目の前には穏やかな湖と、風に揺れる木々。俺たちは今、領都から馬車で約二時間ほどの距離にある湖のほとりに来ていた。
少し離れた場所には森の入り口があるが、魔物はほとんど出ない安全な場所だ。領兵が定期的に見回りもしている。
「は~。やっぱり馬車はゆっくり走るからいいですね」
アンナがほっとしたように呟き、隣でノアくんも大きく頷いた。
「そうか? ≪スカイホースくん2号≫なら、あっという間なのに」
ミナミさんは少し不満そうだ。出発前、移動手段を巡って少し揉めたが、結局『近場だから』という理由で馬車に落ち着いた。
「よし、じゃあテント建てて、湖で遊ぼうか」
「「おー!」」
こうして、俺たちの一泊二日のキャンプが始まった。
* * * * * * *
「……女性陣、遅いね」
「まあ、着替えに時間がかかるのは仕方ないよね」
ユウキくんと俺、ノアくんはすでに水着に着替えて待機中だ。ハーフパンツ型の、前世ではごく普通の水着。
「それにしても、この格好は落ち着かないですね……」
ノアくんは少し恥ずかしそうに、腕をさすっている。水着は、海辺の貴族には知られているが、一般的にはまだ珍しい装いだ。
「俺は前の世界で着たことあるから、平気かな」
ユウキくんは肩をすくめ、余裕そうな表情を浮かべた。そんな話をしていると――。
「ほら、エリス、アンナ! 早く出てくるデスよ!」
「ちょ、ちょっと、マリア様! 引っ張らないでください!」
「ほ、本当にこの格好で、レオン様の前に……」
「大丈夫だぞ、エリス。似合ってるから」
女性用テントの方から、にぎやかな声を響かせ、真新しい水着に身を包んだ女性陣がやってきた。
「ほら、どうデスか! 私たちの水着姿!」
マリアさんがくるっと一回転する。白いビキニが、夏の日差しによく映えていた。
「ど、どうでしょうか……レオン様……」
エリスはピンクのワンピースタイプ。胸元を押さえながら、顔を真っ赤にして立っている。
「う~……お腹がスースーします……」
アンナは黒のセパレートタイプ。落ち着かなさそうに体を動かすたび、胸と腰に付いたフリルが揺れている。
「はっはっは。すぐ慣れるぞ」
そう言って笑うミナミさんは、なぜか普段着のままだ。
「あれ? ミナミさん、水着は?」
「ふん。そんな恥ずかしい格好、出来るか!」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間。エリスとアンナが無言でミナミさんの両腕を掴む。
「ちょ、ちょっと!? はなせ~!」
そのまま女性用テントへと引きずり込まれていった。
数分後――。
「う~……やっぱり落ち着かない……」
戻ってきたミナミさんは、赤いワンピースタイプの水着。腰にはパレオを巻いている。
「すぐ慣れるんですよね? ミナミ様」
「大丈夫ですよ。とても似合ってます」
アンナとエリスに挟まれて、なだめられている。
「うん。みんな、とっても似合ってるよ」
ユウキくんはキラキラ笑顔で即座にみんなを褒める。
「え、えっと……に、似合ってます……」
ノアくんは目を逸らしながらも、必死に言葉を絞り出した。
「……」
「あれ? レオンくん?」
ユウキくんに肩を揺すられて、はっと我に返る俺。
「あ、ごめん。つい、エリスの水着姿に見惚れてた」
「レ、レオン様のバカ……!」
本音がそのまま口から出てしまった。エリスは耳まで真っ赤にして、ぷいっと顔を背ける。周囲からは、ニヤニヤとした視線。
「と、とにかく! 準備も出来たし湖に行こうよ!」
俺は誤魔化すように声を上げた。すると横から叫ぶ声が。
「……もう、どうにでもなれだ! エリス、手伝ってくれ!」
「は、はい!」
そう言うと、ミナミさんはエリスを連れて湖へと向かって行く。そして、出来上がったのが――。
「キャーー!」
「ザブンッ!」
湖に向かって、巨大な滑り台が伸びていた。土で作り上げられたそれは、どう見ても――。
「すごいね。まさか異世界でウォータースライダーができるなんて」
ユウキくんが、素直に感嘆の声を上げる。
「フッフッフ! 水量と傾斜を調整すれば、案外いけるもんだな」
得意げに胸を張るミナミさん。
「一緒に滑りましょう! ユウキ」
「あ、ちょ、マリアさん!?」
「だいじょぶデス! 私、こういうの好きデスから!」
マリアさんはそう言うと、迷いなくユウキくんの腕を掴み、階段を上っていった。
「エリス、お疲れ様」
俺は、隣で少し疲れた様子のエリスに声をかけた。
「い、いえ……私は少し手伝っただけですので……」
控えめにそう言うが、額にはうっすら汗が滲んでいる。
「それでもすごいよ。やっぱり土魔法って便利だな」
そう言うと、エリスは少し照れたように微笑んだ。その時、上の方から声が飛んでくる。
「お~い、エリス! 早くおいで!」
ウォータースライダーの上で、ミナミさんが大きく手を振っていた。
「あ、はい! いま行きます。……レオン様も、行きましょう」
「うん」
こうして俺たちは、ウォータースライダーを楽しむことになったのだが……。
「……う~ん。何か物足りないな」
何度か滑ったあと、唐突にミナミさんがそんなことを言い出した。
「そう? 今のままでも、結構楽しいけど」
ユウキくんが首を傾げると、アンナも同意するように頷く。
「そうですよ、ミナミ様。というか、私には今でも十分怖いんですけど……」
「いや。私ならもっとできるはずだ!」
その目には、明らかなやる気の火が灯っていた。
「いいね。じゃあ、僕が一番に試していい?」
「お、さすがレオンだ。よし、じゃあ早速改造だ!」
早速とばかりに動き出したミナミさんは、土魔法を駆使し、滑り台をどんどん複雑な形に変えていく。
「よし、できたぞ!」
ミナミさんの声と同時に、視線が一斉に俺に集まった。
「じゃあ……行ってくるね」
俺は笑顔を作って、階段を上る。
「えっと、ミナミさん。あれ、本当に大丈夫なの?」
「レオンなら、何かあっても大丈夫だろ」
下では、ユウキくんとミナミさんが不穏な会話をしている。
(スタート直前でそういうこと言わないでほしいんだけど!)
若干の不安を胸に抱えたまま、俺はスタート地点に立つ。眼下には、急角度で落ちていく滑り台。
「……よし。行くぞ!」
意を決して、滑り台に体を預ける。まずは直滑降……。
(……え?)
思った以上に、角度がきつい。
「うわぁぁぁぁ!」
スピードが一気に跳ね上がる。右へ、左へ、激しく振られながら、急カーブへ。
(ちょ、ちょっと待って、これって)
次の瞬間――。
(……あ)
――俺、今、空を飛んでる!?
ふわり、と身体が浮いた。遅れて訪れる重力に引っ張られる感覚。
「ギャーーー!」
「ドッボーーン!!」
盛大な水音とともに、俺の身体は湖へと吸い込まれた。
「レ、レオン様ーーっ!」
エリスの叫び声が、湖畔に響き渡る。こうして、改造ウォータースライダーは想像以上にスリリングな展開を迎えることになったのだった。




