第71話 長期休暇と、新しい家族の出会い
夏の長期休暇初日。強い日差しの下、王都を発つ準備を終えた俺たちは、バルトル領へ向かうべく屋敷の中庭に集まっていた。
「若奥様! 私、坊ちゃまのメイドのアンナと申します!」
スカートの裾をつまみ、深々と頭を下げるアンナ。
「僕は従者見習いのノアと言います、若奥様!」
「わ、若奥様……!」
エリスは“若奥様”という言葉に、目を白黒させた。
「もう、二人とも。若奥様はまだ早いよ」
俺は止めに入るが、正直、少しだけ嬉しかった。
「いえ、婚約されたのですから、若奥様とお呼びするのは当然です」
「そうです! 何かお困りのことがありましたら、レオン様の一番の家臣である、このノアにお任せください!」
「……ちょっとノアくん? 聞き捨てなりませんね」
アンナがにっこりと笑ったまま、ノアくんを挑発する。
「“一番”は、どう考えても私ですよ! なにせ生まれた時からお仕えしてますし」
「ふん。年季は関係ありませんよ“先輩”。大事なのはどちらが優秀かです!」
二人の間に、見えない火花が散った。
「あ、あの……二人とも……」
エリスはおろおろと視線を彷徨わせ、助けを求めるように俺を見る。
「はいはい、そこまで」
俺は手を叩いて場を収めた。
「二人とも喧嘩しないで。エリスが困ってるでしょ」
「……申し訳ありません」
「す、すみませんでした!」
二人は同時に頭を下げる。
「いえ。そ、それと……若奥様、は……その……まだ慣れなくて……」
エリスは頬を赤くしながら、小さな声で言った。
「うん。じゃあ当分は“エリス様”にしようか」
「了解です」
「はい! かしこまりました」
ようやく空気が和らぎ、俺たちはバルトル領へ向かうため≪スカイホースくん2号≫に乗り込んだ。
「よし、出発するぞー!」
操縦席のミナミさんが元気よく声を上げ、ペダルを踏み込む。次の瞬間、視界が一気に流れた。
「ぎゃぁ~! ミ、ミナミ様! は、速いですぅ~!!」
「うっ……レオン様……吐きそう……です……」
案の定、アンナとノアくんは悲鳴を上げていた。
「相変わらず慣れないみたいだね……」
俺は苦笑しつつ、今回初めて乗車するエリスに声をかける。
「えっと、エリスは大丈夫?」
……返事がない。
嫌な予感がして後ろの席を確認すると――。
「……あ」
エリスは、マリアさんの膝に頭を預けたまま、完全にダウンしていた。
「うらやまし……じゃなかった。エリスもダメだったみたいだね」
「ハイ。エリス、無理しないで私の膝でゆっくり休んでください」
マリアさんは優しく微笑み、エリスの髪をそっと撫でる。
「あ、ありがとうございます……マリア様。……レオン様は後でお話があります」
――ひぃ! 何故か寒気が!
(……さっきの一言、聞かれてた!)
か細い声でそう呟くと、エリスはそのまま目を閉じた。こうしてバルトル領への旅は、終始騒がしく、それでも大きな問題もなく過ぎていった。
途中、休憩を挟みつつ進み、五日後の夕方。≪スカイホースくん2号≫は、見慣れたバルトル城の前に静かに降り立った。
「……着いたぁ……」
「な、なんとか生きてます……」
アンナとノアくんが、ふらふらと地面に降り立つ。二人とも顔色は真っ青だ。
「よく帰ってきたな、レオン」
「おかえりなさい、レオン」
城門の前で出迎えてくれたのは、父上と母上だった。
「父上、母上。ただいま戻りました」
そう言って近づいた瞬間、母上の腕の中で、小さな影がもぞりと動いた。金色の産毛がふわりと揺れ、夕日に照らされてきらりと光る。
「だぁ~」
「……! かわいい!」
思わず、声が漏れる。母上はくすっと微笑み、腕の中の存在を少しだけこちらに向けた。
「ふふふ。あなたの妹のリリアーナよ、レオン」
「妹……」
「ほら。あなたのお兄ちゃんですよ」
恐る恐る指を差し出すと小さな手が、ぎゅっと人差し指を握ってきた。
「ふぅわ〜! ちっちゃい……!」
気がつけば、俺の顔は緩みっぱなしだった。
「……オッホン」
わざとらしい咳払いをして、父上が一歩前に出る。
「レオン。そちらの方も紹介してもらえるか」
「あ、はい」
俺は背筋を伸ばし、エリスの方を振り返った。
「こちらは、ロズヴェリア侯爵家のエリスティア嬢です。この度、婚約しました」
「は、初めまして……! エリスティア・フォン・ロズヴェリアと申します」
エリスは少し緊張した様子で、スカートの裾を持ちカーテシーで挨拶する。
「エリスとお呼びください……お父様、お母様」
「ああ。アルベルト・フォン・バルトルだ。よろしく頼むぞ、エリス」
父上は穏やかに頷いた。
「まぁまぁ……」
次の瞬間、母上の表情が一気に柔らぐ。
「こんなに可愛らしい子が、レオンの婚約者だなんて……!」
そう言って、ずいっと距離を詰める母上。
「え、あ、その……」
「ふふ。遠慮せずに私の事は、“エレナちゃん”って呼んでね」
「いや、母上。“ちゃん”って歳じゃ……」
「むにゅ~」
言い終わる前に俺の頬っぺたは蹂躙されていた。
「レオン。何か言いましたか?」
「いふぇ。なんふぃもいっふぇまふぇん(いえ、何も言ってません)」
リリアーナを抱いたまま、息子の頬を伸ばす余裕があるあたり、さすが母上だ。こうして、賑やかないつものバルトル家らしい夏の長期休暇が始まろうとしていた。




