第70話 戻ってきた俺達の日常
事件解決から数日後。学園に戻った俺たちは、ようやく穏やかな時間を――。
「おい、レオン! エリスから離れろ!」
「ちょ、ミナミンさん! 引っ張らないでよ! いいじゃん、僕たち“婚約者”なんだから!」
「ムキ~! 私はまだ認めてないぞ!」
……嘘です。相変わらず騒がしい日々が待っていた。でも、これこそ俺たちの日常だ。エリスも無事に復学でき、カフェテリアでみんなと集まっていた。窓から差し込む午後の日差しが、テーブルに温かい光の輪を作り、木漏れ日のように俺たちの顔を照らしている。
「おい、そろそろいいか?」
カインくんはため息をつき、額に軽く手を当てる。俺たちの騒ぎを遮るように、落ち着いた声を投げた。
「あ、ごめん。それで何だっけ?」
「うむ。事件の後始末の話だ」
「あ、そういえば……フェルナンドくんのことそのままにして、侯爵家に向かっちゃったよね」
ユウキくんはテーブルに肘をつき、少し遠くを見やるように眉をひそめた。頭の片隅では、まだ事件の余波を感じているのだろう。
「ああ。あの後、王国騎士団に身柄を確保され、現在も取り調べ中だ」
リヒト様は書類の束をめくりながら、淡々と報告する。その声には緊張感はないが、言葉の端々に事態の重さが滲んでいた。
「恐らく、クロイツ子爵家は取り潰しになるだろうな」
「オー……厳しいデスね」
貴族社会に疎い転移者のマリアさんは目を大きく見開き、驚きの声を漏らす。口元に手を当て、息を飲む仕草が可愛らしい。
「ふん。侯爵の命を狙ったんだ。当然だろう」
生粋の高位貴族であるカインくんは、冷静に、しかし誇らしげに言い切った。
「だよね。無事だったから良かったけど……。そう言えばエリス、お父さんの容体はどう?」
俺の問いかけに、エリスの顔がぱっと輝いた。
「はい! マリアさんのおかげで、すっかり元気になりました」
「それは良かったデス」
マリアさんも誇らしげに胸を張る。
「うむ。順調に回復しているようで何よりだ。次に、鉛のゴブレットの件だが……」
リヒト様は書類を机に置き、目を細めながら少し険しい表情になった。その瞬間、カフェテリアのざわめきもどこか遠くに感じられた。
「こちらは少々、厄介な状況になっている」
「厄介?」
俺たちは思わず身を乗り出す。胸の奥に、なんとなく重い空気が押し寄せる。
「フェルナンドは、帝国商人ローデリヒにそそのかされたと供述しているらしい」
「確か鉛のゴブレットを売ってた商人だよね?」
ユウキくんの問いに、リヒト様は頷いた。
「しかし、ローデリヒ本人は関与を全面的に否定していてな」
「証言が食い違ってるのか」
ミナミさんは眉をひそめ、飲みかけのカップを軽く揺らす。
「証拠がない以上、真偽の判断は難しい。ただ……」
リヒト様の視線がルーク先輩に向く。
「はいっす。うちの商会が仕入れた噂なんすけど……今回の事件、裏で帝国が絡んでる可能性があるみたいっす」
「どういうことだ?」
カインくんは声を落とし、眉をひそめた。
「ヴァイス商会が、帝国のスパイとして動いてるって話っす」
「えっ……!」
俺たちは息を呑む。ルーク先輩は軽く肩をすくめ、笑みを浮かべた。
「あくまで噂ッすけどね。ただ、王国の有力貴族を弱らせ、戦争を仕掛けようとしていたんじゃないかって……」
「戦争……」
エリスの顔色が、目に見えて悪くなる。もしそれが事実なら、お父さんは帝国に狙われて毒を盛られたということになる。胸の奥が締め付けられるように痛むのがわかる。
「うむ。真相は不明だが、今後は帝国の動向に注意を払うことになった」
その言葉に、場の空気が重く沈む。カフェテリアの窓から差す光さえ、どこか陰鬱に見えた。木々の葉が揺れる音も、外の風に混ざって不穏さを増す。
「……よし!」
俺はわざと明るく声を出す。声が響くと、周囲のざわめきが少しだけ戻ってきた。
「暗い話はここまでにして、夏の長期休暇の話をしよう!」
「いいね。今年もバルトル領に行っていい?」
ユウキくんが目を輝かせ、身を乗り出す。去年の夏、勇者パーティーとして活動するマリアさんと一緒に、バルトル領の森で冒険者としてのレベル上げを行っていた。
「もちろんだよ」
「オー、実は楽しみにしてました。衣装もばっちりデス!」
「ん? 衣装?」
「わ〜! 何でもないよ。いや〜、俺も楽しみだな」
何やら二人の様子がおかしいが、楽しみにしてくれるのは俺も嬉しい。
「それと……今年はエリスも一緒に来てほしいんだけど」
「へ……は、はい! ぜひ伺いたいです」
「良かった。実は父上と母上から、婚約者を紹介しろって手紙が来てて」
「ふぁっ!? お、お父様とお母様にご挨拶!?」
声を上げて固まるエリス。呼吸が一瞬止まったかのように見え、手が小さく震えている。
「そんな堅苦しいものじゃないから。気楽にね」
「大丈夫だぞ、エリス。私がついてるからな」
ミナミさんは微笑みながら手を軽く肩に置く。その優しさに少し安心したのか、エリスの体がわずかに緩む。
こうして俺たちは帝国の影を感じつつも、夏の長期休暇の話題で大いに盛り上がるのだった。外の木漏れ日が揺れ、風が頬を優しく撫でる。その中で、俺たちはいつも通り、賑やかで、少し騒がしい日常を取り戻していた。




