第69話 事件の解決と、なぜか下がった俺の評価
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――Side:レオン視点
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エリスの結婚を阻止すべく、俺たちはクロイツ子爵家へと乗り込んだ。そして辿り着いたのは――。
「……この奥だ」
短く告げたリヒト様の言葉に、俺は一度だけ深呼吸をした。
「バンッ!」
勢いよく扉を開けた。そこにいたのは、フェルナンドくんと……。
「エリス!」
思わず叫んだ俺の視線の先で、彼女は俯き、肩を震わせていた。
「……泣いてる?」
その姿を見た瞬間――。
目の前が真っ赤に染まり、体から水と風の魔力が噴き出す。圧縮された魔力が暴風となり、天井を吹き飛ばした。
「な、なにを――!」
フェルナンドくんの声など耳には入らない。俺は右手を高く掲げる。
「≪テンペスタス・スピアー≫」
上空では水と風が渦を巻き、瓦礫を巻き込みながら巨大な槍の形を成していく。
「消えろ!」
腕を振り下ろすと、槍は轟音を上げながら突進し――。
「ダメ!」
エリスが突如として、フェルナンドくんを庇うように前へ出た。
「っ!?」
俺は慌てて軌道を逸らす。
「ドッカーン!」
槍は遠くの山肌に直撃し、中腹にぽっかりと丸い穴を開けた。しかしそんな光景など、どうでもよかった。俺はエリスの元へ駆け寄る。
「エリス! ケガはない?」
問いかける俺に、エリスはフェルナンドくんの方を見て、ほっとしたような顔をした。彼は尻もちをつき、口をぱくぱくさせて固まっている。
(……命を投げ出してまで、あいつを守るなんて)
胸の奥が、ズキリと痛んだ。だが――違った。
「良かった……私のせいで、レオン様が人殺しにならなくて……」
「――え?」
その言葉に、思考が止まる。
――俺の、ため?
気づけば、口が勝手に動いていた。考えるよりも先に。
「エリス。そんな奴なんかやめて、僕と結婚しよう」
――いきなり何を言っているんだ俺は!
それでも、湧き上がる感情は抑えることが出来なかった。
――沈黙。
しばらくしてエリスの瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。しかし彼女は、満面の笑みで応えてくれた。
「はい! 喜んで!」
「……!」
反射的に、エリスを抱きしめていた。
(こ、これは……。キ、キキ、キスする流れでは!?)
俺は意を決し、彼女の肩に手を置きながらキメ顔を作る。
「エリス」
「ひゃい!」
(よし、男を見せろ……! レオン!)
顔を近づける。エリスも、そっと目を閉じて……。
「オッホン!」
「ヒャーーッ!?」
突然の咳払いに、奇声を上げて万歳ポーズになる俺。
「あー、取込み中すまないが」
そこに立っていたのは、リヒト様だった。
「エリス嬢の父上を、早急に救わねばならない」
その背後では、仲間たちがニヤニヤしている。
「そ、そうだね! 急いでロズヴェリア侯爵家に行こう!」
俺は何事もなかったように話を切り替える。エリスは真っ赤な顔で頬を押さえていたが……。
「……お父様?」
その一言で、表情が一変した。
「でも……薬では治らないと……」
すると、前に出てきたのはマリアさん。
「ノープロブレム! 大丈夫デスよ!」
満面の笑みで、胸を張る。
「なんたって、私は聖女デスから!」
続けてユウキくんが頷いた。
「原因が“鉛”って分かったんだ。マリアさんの能力なら取り除けるよ」
「……本当に?」
エリスの瞳から、再び涙が溢れる。
「良かった……本当に……」
ミナミさんが近づき、優しく頭を撫でた。
「よしよし。じゃあ、親父さんを救いに行こう」
「はい!」
こうして俺たちは、ロズヴェリア侯爵家へ向かった。
* * * * * * *
「エリスティア! 帰ってきたんだね!」
屋敷に到着すると、お兄さんとお母さんが駆け寄ってくる。
「結婚はどうなったのですか?」
「すみません。事情は後で説明しますので……」
エリスはそう言って、お父さんの部屋へ駆け込んだ。俺たちも後に続く。
「お父様!」
「やあ、エリスティア。どうしたんだい?」
ベッドに横たわる男性。エリスのお父さんだ。
「おや、お友達も一緒かい。すまないね、こんな姿で」
「いえ、お気になさらず。私はリヒト・フォン・アルトリウスです」
そこでリヒト様が名乗り、皆も続けて自己紹介をした。
「レオン・フォン・バルトルです」
俺がそう言うと、お父さんは優しく笑った。
「ああ、君がレオンくんか。エリスから聞いているよ」
手招きされ、近づく。握られた手は、驚くほど弱々しかった。
「レオンくん……私は、もう長くないだろう」
「そんなことありません! お父様!」
エリスが否定するがお父さんは首を振る。
「あ、あの、ロズヴェリア侯爵。病気の事なんですが……」
俺は体が治ることを説明しようとした。しかし……。
「レオンくん。娘のことを頼んだよ」
「お任せください!エリスは必ず幸せにします、お父さん!」
――あ……、しまった。
つい返事をしてしまった。周囲が一斉に呆れ顔になる。
(いや、エリスを頼むとか言われたら、そりゃ男として応えねば!)
「おお、そうか。これで安心して……」
お父さんが何か言おうとした、その時だった。
「――浄毒の奇跡≪ピュリファイ・ベノム≫」
「ついでに、――癒しの祝福≪ホーリーヒール≫」
マリアさんのスキルが連続で発動し、光が部屋を包む。
「うん、完璧デス! これで一件落着デスね!」
マリアさんが満足気に頷いている横では、みるみる顔色が良くなっていくお父さんの姿が。
「……これは?」
「お父様!」
エリスが泣きながら抱きつく。
――うん。マリアさん、シリアスな雰囲気好きじゃないもんね。
お父さんが深刻な表情で話している間、マリアさんはそれを無視してスキルで体を調べていたのだ。
「なんと。そんなことになっていたとは……」
「はい。でもレオン様達が助けてくれたんです」
事情を聞いたお父さんの顔は少し悔しそうだ。
「えっと、お父さん。大丈夫ですか?」
「お父さん?」
鋭い視線と低い声。
「レオンくん。君に“お父さん”と呼ばれる筋合いはない!」
「えっ!?さっき頼むって――」
「うるさい! あれは無しだ! 娘は当分嫁に出さん!」
そう言ったお父さんの顔は真っ赤だ。死を覚悟するほど弱っていたせいで、つい余計なことを口にしてしまったのだろう。
(……騒いで有耶無耶にしたいのかな?)
――よし、火に油を注ぐとしよう。
空気を読んだ結果、俺はお父さんとの茶番を続けることにした。早速エリスを呼び寄せ、あえて肩を抱く。
「わははは! 残念でしたね、“お父さん”! エリスの心と体は、既に僕のものなのです!」
「ボンッ」
エリスの頭から、湯気が噴き出した。
「ワーオ、レオン大胆デスね」
「……さっきキスしかけていたしな?」
「こらレオン! 私のエリスに何を!」
ざわつく一同。
(……あ)
言った内容を、今さら理解した。
「い、いや! これは言葉のあやで!」
「ぐはっ……」
お父さんがベッドに倒れ込む。
「お父様!?」
「エ、エリスティアの心と体が……」
「こらレオン!せっかく治したのにとどめを刺すな!」
「いや、リヒト様! 冗談のつもりだったんだよ!!」
こうして、エリスの政略結婚は無事阻止され、ロズヴェリア侯爵の病も完治し、俺の評価は、若干、いや、確実に下がったのでした。
――本当にごめんなさい! ちょっとしたお茶目だったんです。




