第68話 エリスの真実と、婚約の理由
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――Side:エリス視点
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時は少し遡り、春休みに入ってすぐの頃。私は実家であるロズヴェリア領へと戻っていた。
「お父様。お加減はいかがですか?」
「エリスティアか。今日は……少し楽だよ」
そう言って微笑むお父様だったが、その顔色は明らかに悪い。私の目の前には、ベッドに横たわり、起き上がることすら難しくなってしまったお父様の姿があった。
春休みに入る数日前。学園にいた私の元へ、お父様が倒れたという知らせが届いた。冬の社交で王都に来た時は『少し頭痛がする』と言っていただけで、元気そうだったのに……。
――まさか、こんなことになるなんて。
「……良かったです。少しでも楽になられて」
「ああ。心配をかけてすまないな」
お父様は、いつもと変わらない優しい笑顔でそう言ってくれる。まるで、私を安心させるためだけに笑っているみたいで……胸が苦しくなった。
「それより、学園はどうだい?」
「はい。お友達も出来て、とても楽しく過ごしています」
「それは良かった。……それで、レオンくんとはどうなんだい?」
「――っ!?」
「お、お父様! レオン様は、その……お友達です!」
「ははは。どうやら特別な“お友達”のようだな……ゴホッ、ゴホッ……」
「お父様! 無理をしないでください。もうお休みになって」
「ああ……そうだな。そうさせてもらうよ」
そう言って目を閉じたお父様を見つめながら、私は胸の奥に広がる不安を押し殺した。
(……日に日に、悪くなっている)
その事実から、どうしても目を逸らすことができなかった。そして夕食時。食堂へ入ると、お母様が心配そうに声をかけてくれた。
「エリスティア。お父様の様子はどうでした?」
「はい……今日は、少し楽だとおっしゃっていましたが……」
すると、お兄様が困ったようにため息をつく。
「父上も、エリスティアに心配をかけたくなかったんだろうな」
「お兄様……お父様の病気は、治るのでしょうか?」
思い切って尋ねた私に、お兄様は一瞬言葉を詰まらせた。
「……正直に言うと、原因が分かっていない。日に日に衰弱している。このままでは……」
「そ、そんな……」
重苦しい沈黙が落ちる。その空気を破るように、お母様が口を開いた。
「でも、安心して。実は……クロイツ子爵家から手紙が届いたのです」
クロイツ子爵家。隣接する領地で、昔から交流のある貴族家。
「お父様の病を抑える薬があるそうよ」
「明日、フェルナンド殿が詳しい話をしに来る。エリスティアも同席しておくれ」
私は、小さく頷いた。
* * * * * * *
翌日――。
応接室で、私たちはフェルナンド様と向かい合って座っていた。
「久しぶりだね、フェルナンド殿。今日はわざわざ済まなかったね」
「いえ。エリスも久しぶり」
「は、はい……お久しぶりです」
「それで、薬の件なんだが……」
お兄様が早速、本題に入る。
「はい。我が家に伝わる秘薬を使えば、ロズヴェリア卿の病の進行を抑えることができるはずです」
「それは……本当か? その薬、是非譲ってほしい」
「もちろんです。我が家は、長年ロズヴェリア家にお世話になってきましたから」
その言葉に、胸をなで下ろした。
「ただし……」
フェルナンド様は、そこで一拍置いた。
「その秘薬は、家族以外には使えない決まりになっています」
「……なるほど。それで?」
「私と、エリスティア様が婚姻関係を結んでいただければ――」
「エ、エリスティアと!?」
「そうすれば、正式に家族です。秘薬も使えるようになります」
突然の話に、頭が真っ白になる。
「無理にとは言いません。よく考えてからお返事を」
そう言って立ち上がりながら、フェルナンド様は付け加えます。
「ああ、そうだ。とりあえず薬はこちらをお試しください。継続的に使わねば完治はしませんが、症状は抑えられるはずです」
薬を差し出すと、彼は屋敷を後にした。
「……はぁ……どうしたものか……」
お兄様は頭を抱える。
「エリスティア。お前は気にするな。薬は、こちらで何とかする」
そう言われても……他に方法があるとは思えなかった。それから数日後。
「お父様……顔色が良くなっています」
「ああ……少し楽になったよ」
薬の効果は、確かにあった。
(やっぱり……あの秘薬でないと……)
そう思った瞬間、お父様が私をまっすぐ見つめて言った。
「エリスティア。私のことは気にするな。好きな人と生きなさい」
「で、でも……!」
「私は案外、しぶといんだ」
強がっていますが、今でもベッドから立ち上がることができないのを私は知っています。 どうしたらいいか分からないまま学園の春学期を迎えることに。
「あ、エリス、おはよう。お父さんの事聞いたよ。大丈夫?」
「レオン様。はい、ご心配ありがとうございます。お父様は……」
レオン様が心配して声をかけてくれましたが、さすがに結婚のことを相談することも出来ません。気付けば季節は春から初夏へと移ろい、悩み続けるうちに数か月が経っていました。
(私はどうしたらいいのでしょうか?)
そんなことを思っているとレオン様が私の前に……。
「エリス。今日、一緒にお昼――」
レオン様の言葉を遮るように、教室の扉が開きました。
「エリス。迎えに来たよ」
「……へ?」
現れたのは、フェルナンド様だった。
「……フェルナンド様……」
「えっと、エリス。こちらは……?」
レオン様の質問に思わず顔をそらしてしまいました。
「おや、これはレオン様ですね。エリスからお話は伺っております」
そんな私の代わりにフェルナンド様が自己紹介を始めました。
「私はクロイツ子爵家のフェルナンド。エリスの婚約者です。どうぞ、よろしく」
「これはご丁寧に。レオン・フォン・バルトルです。……って、え? 婚約者!?」
レオン様の声にクラスがざわめきます。
「はい。それでは行こうか、エリス」
肩に回された手に、思わず身体が強張る。しかし、そのまま何事もなかったかのように促され、教室を出ました。
「エリス。そろそろ答えは出たかな?」
フェルナンド様が真剣な顔をして私に問いかけます。
「あの。本当にお父様の病気は治るんでしょうか?」
「君も疑り深いね。渡した薬は使って効果あっただろ」
その言葉を聞いて、私はようやく決心しました。
「わかりました。フェルナンド様と結婚いたします」
「やっと決心してくれたか。よし。では早速準備に取り掛かろう」
「へ? 今からですか?」
あまりの急展開に思考が追いつきません。こうして私は即日学園を辞め、クロイツ子爵家へと向かうのでした。
* * * * * * *
「ようこそおいで下さいました、エリスティア様。自分の家だと思っておくつろぎください」
部屋に通された私は、学園に残してきたみんなのことを考えていました。
(はぁ~、お別れの挨拶くらいしたかったな)
何も言わずに学園をやめてしまいましたが、みなさん心配していないでしょうか?
「レオン様……」
思わずつぶやき、気付けば私はレオン様からもらった髪飾りをぎゅっと胸の前で握りしめていました。 その時。
「エリス。結婚式だけど……ん? 何を持っている?」
フェルナンド様が部屋に入ってきました。
「なんだその子供っぽい髪飾りは! 私の妻になるなら、そんなもの捨ててしまえ」
そういうと私が持っていた髪飾りを取り上げます。
「や、やめてください。それはレオン様からもらった……!」
「レオンだと。そんな奴の事は忘れろ! お前は私のものになるんだ!」
あまりの剣幕に思わず後ずさりしてしまいます。でも、あの髪飾りだけは渡すわけにはいきません。
「お願いします。それは大事なものなんです。だから返してください!」
「黙れ! なぜ私の思い通りにならん!」
一拍置いて、吐き捨てるように続ける。
「裏から手を回して、ようやく侯爵の地位が手に入るというのに」
「……! それはどういうことですか?」
するとフェルナンド様はしまったという顔をしました。
「ふん。まあ今からじゃどうしようもないから教えてやる」
今までの爽やかな笑顔から一転、とても邪悪な笑顔になりました。
「お前の父親は病気ではない。帝国から仕入れたゴブレットによる毒で死にそうなんだよ」
「ゴブレットの毒?」
「まあお前に言っても分からんだろうな。つまり治す術はないんだよ」
私は血の気が引いていくのを感じました。
「そ、そんな。薬で治るのでは?」
「薬? あぁ、あれはただの痛み止めだ」
そしてフェルナンド様は私に近づくと小声で言いました。
「父親の次は兄だ。安心しろ。ロズヴェリア侯爵家は私がもらってやる」
「そんな……! やめてください」
私はフェルナンド様の腕をつかみます。その瞬間、彼の目が冷たく細められました。
「パンッ」
頬に衝撃が走ります。
「ふん。お前は私のいうことを聞いてればいいんだ」
悔しさと頬の痛さで思わず涙が溢れてきました。その時――。
「バンッ!」
勢いよく開く扉。
「エリス!」
そこに立っていたのは――レオン様でした。




