第67話 エリスを狙う政略結婚の罠
カフェテリアは、昼時にも関わらずどこか落ち着かない空気に包まれていた。
「なに!? エリスが結婚だと!?」
「オー……エリス、退学しちゃったデスか。寂しいデス……」
ミナミさんの声が、やや大きめに響き、マリアさんは、肩を落としてしょんぼりしていた。
「お別れの挨拶くらい、したかったね」
ユウキくんも、いつもの穏やかな笑顔を浮かべつつ、どこか寂しそうだ。
「しかし、随分と急だな。まだ成人もしていないというのに」
「……うん。あまりにも、急すぎるよ」
リヒト様の言葉に、俺も小さくうなずく。
「おい、レオン」
ミナミさんが、ぐっと身を乗り出してきた。
「今からエリスを連れ戻すぞ」
「いや、ミナミさん。それはさすがにまずいって」
「何がまずい! 本人の意思を確認するだけだろ!」
俺が必死に止めていると――。
「た、大変っす! レオン様!」
突然、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「ルーク先輩? てか落ち着いてください!」
息を切らしながら駆け込んできたのは、アルマレッタ商会のルーク先輩だった。
「それで、どうしたのだ?」
リヒト様が静かに問いかける。ルーク先輩は一度大きく息を吸い、真剣な表情で口を開いた。
「実は……鉛のゴブレットの件なんすけど……」
春休みに露店で見つけた、帝国から持ち込まれた品。毒になる可能性がある為、アルマレッタ商会とリヒト様に調査をお願いしていた件だ。
「あれ? その件は解決したんじゃ?」
「ああ。購入した貴族は特定できたし、ゴブレットの所在確認も進めていると聞いている」
俺の疑問に、リヒト様が答えてくれる。
「はいっす。王国の調査員と協力して、うちの商会でも洗ってたんっす」
ルーク先輩は、そこで一瞬、言葉を詰まらせた。
「それで、一件だけ所在の分からないゴブレットがあったんす」
「え? それって、まずくない?」
ユウキくんが、思わず声を上げる。
「そうっす。その購入者は――」
ルーク先輩は、はっきりと告げた。
「クロイツ子爵家という貴族なんです」
「……なに?」
一瞬、場の空気が凍りついた。
「それって、エリスの婚約者の家じゃんか!」
ミナミさんが即座に反応する。
「エリスさんの婚約者……! そんなことになってたんすね」
ルーク先輩は、気まずそうに頭をかいた。
「それで……ちょっと、きな臭い噂も仕入れまして」
「きな臭い、噂?」
俺が聞き返すと、ルーク先輩は声を潜めた。
「実は……ある貴族家の人間が、爵位を上げるために政略結婚を企てているらしいっす」
ルーク先輩の言葉に、カインくんが顎に手を当て、思案する。
「政略結婚? それが何の関係がある?」
「それが……相手の当主に鉛のゴブレットを贈って、体調を崩させたらしいんす」
「なに! 毒になると知って贈ったのか?」
「みたいっす……。それで治療する代わりに、娘を寄越せって迫ってるとか……」
――何そのマッチポンプ!
思わず、心の中で叫んだ。
「それは、本当なのか?」
リヒト様の声は低く、鋭い。
「あくまで噂だったんす。でも……エリスさんの話を聞いてると……」
ルーク先輩は、言葉を濁した。
「偶然にしては、出来すぎているな」
リヒト様が静かにそう結論づける。エリスのお父さんは病気で倒れ、いまだに回復していない。そして、あまりにも急な婚約と結婚の話。
点と点が、嫌な形で繋がり始めていた。俺は、無意識に拳をぎゅっと握りしめていた。
「……ミナミさん」
顔を上げて、はっきりと言う。
「すぐに、《スカイホースくん2号》の準備をお願いします」
「おう、任せろ! エリスを助けに行くぞ!」
ミナミさんは、即座に立ち上がった。こうして俺たちは、クロイツ子爵家の領地へと向かうことになった。
* * * * * * *
翌日の昼過ぎ。クロイツ子爵領は、エリスの故郷であるロズヴェリア領の隣だったため、移動に一日もかからず到着した。
「……ここが、クロイツ子爵家か」
立派な屋敷を前に、俺は小さく息を呑む。だが、感慨に浸っている余裕はない。
「な、なんですか! あなた達は!」
門を守っていた使用人が、慌てて声を上げた。
「えい、うるさい」
リヒト様が一歩前に出る。
「リヒト・フォン・アルトリウスだ。そこを通せ」
その一言に、その場の空気が一瞬で凍りついた。使用人たちは目に見えて顔色を変えた。
「お、王子殿下……!」
すると集まってきた使用人たちの間から、一人の男性が現れる。
「これはこれは、リヒト王子殿下。本日はどのようなご用件で?」
クロイツ子爵家当主その人だった。
「単刀直入に聞く」
リヒト様は一切の愛想を見せない。
「フェルナンドはどこだ?」
「息子ですか? でしたら……二階におります。婚約者の部屋に」
その言葉を聞いた瞬間。
「行くぞ!」
迷っている時間なんてもうなかった。俺たちは屋敷に踏み込み、階段を駆け上がった。指定された部屋の前に立ち――。
「バンッ!」
勢いよく扉を開ける。
「エリス!」
俺の叫びが、部屋に響き渡った。




