第64話 静かな毒と、調査の始まり
露店を後にした俺は、王都の大通りを歩きながら早速行き詰まっていた。
(……う~ん。調査って、どうやればいいんだ?)
鉛製のゴブレットがどれくらい出回っているのか。そして、すでに買ってしまった人たちが何も知らずにそれを使い、体を壊してはいないか。前世の知識はあるけど、こういう“捜査”のやり方までは分からない。
(となると、頼れる人は……)
俺の脳裏に、温厚な笑顔の商人と、“っす”口調の先輩が浮かんだ。
「いらっしゃいませ。アルマレッタ商会へようこそ」
落ち着いた声に迎えられ、俺は商会の店内へ足を踏み入れる。品があり高級感はあるけど、どこか温かい。
「あ、えっと……レオンといいますが、グレンさんかルーク先輩はいますか?」
そう尋ねた瞬間、店員さんがぴたりと動きを止めた。
「レオン様……? もしや、バルトル家の?」
(家名言ってないのに分かるんだ!?)
内心で驚きつつ、俺は頷いた。
「はい。レオン・フォン・バルトルです。以前、頭取のグレンさんにお世話になりまして……」
すると店員さんは、にこやかに一礼した。
「これはご丁寧に。私はこの店舗を任されております、マルセル・ヴァーノンと申します。以後、お見知りおきを」
――あ、ただの店員さんじゃなくて、店長さんだった……。
慌ててこちらも挨拶を返すと、マルセルさんは少し申し訳なさそうに続けた。
「申し訳ございません。頭取とルーク様は、ただいま行商に出ておりまして」
「え? 頭取が行商に?」
思わず聞き返すと、マルセルさんはくすりと笑う。
「皆さまそうおっしゃいます。初代様がたいへん好奇心旺盛な方だったそうで……」
「あ~……確か、初代が転移者なんでしたっけ」
「はい。その血を受け継いだアルマレッタ家の方々も、時間を見つけては自ら行商に出られております」
なるほど、フットワークの軽さは血筋か。
「でも……困ったな」
俺が小さく呟くと、マルセルさんが首を傾げた。
「差し支えなければ、私がご相談をお受けしましょうか?」
一瞬迷ったが、せっかく来たのだから話してみることにした。
「……そうですね。では、お願いします」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
案内されたのは、応接用と思われる部屋だった。豪華ではあるが嫌味がなく、落ち着いた色合いの家具が並んでいる。俺は早速、懐から露店で買い取ったゴブレットを取り出した。
「実は、これなんですが……」
マルセルさんはゴブレットを手に取ると、重さを確かめるように指先で軽く弾いた。俺は、鉛の毒と帝国商人について説明した。一通り説明し終えると、マルセルさんは静かに息を吐いた。
「……なるほど。王国では、鉛を食器に使うことはほとんどありません。正直に申しまして、毒性については私も存じませんでした」
「それで、ヴァイス商会のことと、鉛のゴブレットを購入した人たちを調べてほしくて……」
恐る恐る頼むと、マルセルさんはすぐに頷いた。
「承知いたしました。可能な限り調査いたしましょう。頭取も数日で戻られるはずですので、必ずお伝えします」
「ありがとうございます。何か分かりましたら、学園の寮へ連絡をください」
深く頭を下げ、俺はアルマレッタ商会を後にした。
(……う~ん。やっぱリヒト様にも伝えた方がいいよね)
しかし、学園は休暇中で、リヒト様も王宮へ戻っている。さすがに、 『り~ひ~と~様! 遊ぼ~』なんて、いきなり王宮に行っても追い返されるだろう。というわけで、手紙を書くことにした。
* * * * * * *
鉛のゴブレット危険。
帝国商人怪しい。
レオンより
* * * * * * *
(……うん、完璧)
ついでに、カインくんにも同じ内容を書いておく。手紙を書き終えた俺は、魔法を発動する。
「《アクア・パピリオ》」
水でできた蝶が、ふわりと空中に舞い上がる。俺は胴体に紐を結び、その先に丸めた手紙を括り付けた。
「それじゃ、リヒト様とカインくんのところまで、よろしく」
二匹の蝶は、それぞれ別の方向へ飛び立っていった。満足した俺は、学園の寮へと戻った。それから一時間ほどが過ぎた頃。
「ドンッ! ドンッ! ドンッ!」
俺の部屋の扉が、今にも壊れそうな勢いで叩かれた。
「はいはい、そんなに慌てなくても――」
扉を開けた瞬間、息を切らした人物がなだれ込んでくる。
「あ、カインくん。早かったね」
「早かったではないわ!!」
怒鳴り声と同時に、手紙を突き出された。
「なんだこれは! 意味が分からん!」
「え? 簡潔に書いた報告だけど……」
「報告なら、もっと分かりやすく書け!」
「え~……」
「とにかく来い! リヒト様も来ているから直接説明しろ!」
そのまま俺は、ずるずると引きずられながらカフェテリアへと向かった。
「なるほど、鉛の毒に帝国商人か」
「うん。それでアルマレッタ商会に調べてもらうことにしたよ」
「わかった。こちらでも調査してみよう」
リヒト様お抱えの優秀な王国調査員が調べてくれるなら安心だ。こうして、鉛のゴブレットを巡る、少し厄介な調査が始まったのだった。
――まぁ、俺のやることって、もうないんだけどね。




