第59話 エリスの怒りと、迫る【武闘祭】
年が明けて数日。王都での社交もようやく落ち着きを見せ、学園の教室では、冬学期の始業を控えた静かな朝を迎えていた。生徒たちの声もまばらで、まだ休み気分が抜けきっていない。
「おはよ~。みんな、元気だった?」
いつもの調子で挨拶すると、リヒト様とカインくんがこちらを見てなぜか神妙な顔をする。
「うむ。レオンも元気そうで何よりだ」
「あまり落ち込むなよ、レオン」
「……へ?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
「別に落ち込んでないけど……?」
「ふっ、私たちの前では強がらなくてよいぞ」
「そうだ。エリス嬢の他にも良い子はいる。元気を出せ」
「いや、何の話?」
話がまったく噛み合っていない。首を傾げていると、リヒト様が不思議そうに眉を上げた。
「む? 振られたのではないのか?」
「振られてないよ!?」
リヒト様のあんまりな言葉に、思わずツッコミを入れてしまった。
「ていうか、そもそもエリスと付き合ってるわけじゃないし」
すると、今度はカインくんが目を見開く。
「なに? しかし年末の《マスカレード・マッチング》で、確かにカップルになっていたではないか」
「私も見ていたぞ。その後、婚約の噂を聞かぬから、てっきり破局したのかと」
「いやいや。あれは生徒会長に頼まれて……」
事情を説明すると、二人はようやく納得した様子で頷いた。
「なんだ。つまらん」
「え、何で残念そうなの!?」
「む、心配してやっているのだぞ?」
「そうだ。レオン、お前もそろそろ腹をくくれ」
「い、いや……僕も頑張ったんだけど……」
そう言うと、リヒト様がニヤリと笑う。
「なんだ。プロポーズでもしたか?」
「うぐっ……! そ、それは……出来ませんでした……」
「はっはっは! 怖気づいたか」
――はい。何も言い返せません。
そんなやり取りをしていると、背後から控えめな声が聞こえた。
「みなさん、おはようございます」
「……っ!」
振り向くと、そこにはエリスが立っていた。
「お、おはよぅ、エリス」
思わず声が裏返りつつ挨拶を返す。しかしエリスは、ぷいっと顔を背けてしまった。
(あれ? え? 怒ってる?)
俺が固まっていると、リヒト様とカインくんが小声で話し始める。
『なんだ? 本当に別れたのか?』
『いえ……エリス嬢が怒っているだけに見えますけど』
『なるほど。おいレオン、とりあえず謝っておけ』
リヒト様に促され、俺は恐る恐るエリスの前に立つ。
「えっと……エリス。僕、怒らせる事したかな? 何かごめんね」
するとエリスはこちらを向き、ずいっと、逃げ場がなくなるほど距離を詰めてきた。
「レオン様! 私が、どうして怒っているか……分かってますか?」
予想以上の迫力に、思わず後ずさる。
「え、えっと……分かりません。ごめんなさい、教えてください」
正直に答えると、エリスは頬をぷくっと膨らませた。
「むぅ~……レオン様!」
「は、はい!」
エリスは一度、きゅっと唇を結んだ。
「どうして、冬休みに私をお誘いしてくださらなかったんですか!」
「……え?」
完全に予想外だった。
「い、いや……エリスは社交とかで忙しいかなって……」
「でも、ユウキ様たちとは出かけていましたよね?」
「えっと……ユウキくんたちは貴族じゃないから、気楽かなって……」
言い訳を重ねるほど、エリスが涙目になっていく。
「……私も、誘ってほしかったです」
「……! 次は絶対誘います! だから許してください!」
思わず敬語になってしまった。その後もしばらく、エリスからの追及は続き、俺はひたすら「はい」「ごめんなさい」を繰り返すしかなかった。
(どうしてこうなった!)
ちらりと見ると、リヒト様とカインくんが楽しそうに頷き合っている。
――絶対、面白がってるよね……。
* * * * * * *
「あははは。それはレオンくんが悪いね」
「ふん。そんなんじゃエリスはやれんぞ」
学園のカフェテリアで、俺はユウキくんとミナミさんに朝の出来事を責められていた。
「はい……何も言い返せません」
エリスに散々詰められて精神的に削られた直後の俺に、二人の追撃をかわす余力はない。
「いや。エリス嬢はミナミのものではないだろ」
俺の代わりに、カインくんが冷静にツッコミを入れてくれる。ミナミさんは気にも留めず、エリスの隣に座ると、遠慮なく頭を“なでなで”し始めた。
「ふぁ~……エリス成分補充だ!」
「み、ミナミさん……」
――何だその成分!? 俺も補充したいぞ……って、違う!
思わずおかしな方向に思考が逸れたところで、向かいに座っていたリヒト様が、呆れたようにため息をつく。
「まったく……そんなことより、今学期に開催される武闘祭について話をするぞ」
そう。そもそも俺たちがこうして集まっていた理由は、武闘祭の情報交換だったはずだ。
「そういえば、そんな話だったね。それで……武闘祭って結局、何をするの?」
ユウキくんの率直な疑問に、カインくんが当然だと言わんばかりに答えてくれる。
「なんだ、知らんのか。武闘祭はクラス対抗戦だ」
「クラス対抗?」
俺が聞き返すと、リヒト様が満足そうに頷いた。
「うむ。しかも学年は関係なし。全クラス合同のトーナメント戦となる」
「えっ……それって、一年の僕たちが優勝するの、無理じゃない?」
思わず本音が漏れる俺。だが、ユウキくんは首を横に振り、いつもの爽やかな笑顔を浮かべる。
「そうかな? 俺たちなら優勝も狙えると思うけど」
その言葉に、カインくんの口元がわずかに吊り上がった。
「ほぅ……『ガルム』クラスは、随分と自信があるようだな」
「まぁ、転移者が二人もいるしね」
「ふん。だが、優勝は我々『グラニ』がいただく」
どうやら、カインくんの負けず嫌いに火をつけてしまったらしい。
「はっはっは、面白くなってきたな」
リヒト様は楽しそうに笑い、エリスは少し不安そうに俺を見る。
「レオン様……大丈夫でしょうか?」
「う、うん……なんとかなる……と思う」
正直、不安はある。だけどこうして、皆で目標に向かって頑張るのも悪くない。こうして、学園の2大イベントの一つ、武闘祭への準備が静かに、しかし確実に始まったのだった。
――≪千客万来≫さんが、変なことしないか……それだけが心配だ。




