第56話 逃亡者レオンと、《エリュシオン》の危機
「はぁ、はぁ……」
放課後の廊下を息をひそめながら駆け抜ける。俺は誰にも気づかれないように寮へと急いでいた。背後から何やら複数の足音が聞こえてくる気がして、思わず息を潜める。
「よし、誰もいないな……」
壁にぴったり背中を張りつけ、そっと角から顔だけ出して前方を偵察。誰もいないことを確認し安堵する。ここ数日、俺は“ある集団”に執拗に狙われていた。
「はぁ~……何でこんなことに……とにかく早く寮に帰ろう」
警戒しながら校舎を抜け、寮の門が見えたその時。
「申し訳ありません、レオン様……」
「エ、エリス!?」
寮の前で、数人の男女に取り囲まれたエリスの姿がそこにあった。
「オホホホ! もう逃げられませんわよ、レオンくん!」
「くっ……エリスを巻き込むなんて……!」
「おっと、抵抗しようなんて考えないことだね。ケガしても知らないぞ!」
不敵な笑みを浮かべながら俺にじりじりと近づいてくる。すると集団の中から、一歩前へ出てくる人影が。
「ふっ、観念してください」
整った顔でキラキラした眼差しの男子生徒が、満面の笑みを浮かべて俺に襲い掛かってきた。
――くそ。ここまでか……。
「レ、レオンくん! お願いします、私達を助けてくださ~~い!!」
「うわあああっ!? 会長、やめっ、離して!? てか僕の足で泣かないで!?」
俺の足にしがみつき、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で助けを求めてくるのはこの学園の生徒会長、カロル先輩である。
「てかエリスを人質にするのは反則ですよ!!」
俺は即座に水魔法で“ピーちゃん”を生成。青く光る水の鳥が俺の肩に止まった瞬間――。
「ま、待って! ケガしても知らないぞ……俺達が!」
「ひ、ひぃぃっ!! 許してください!!」
(いや、そこまで怯えなくても……)
カロル先輩も他の生徒会メンバーも、そろって土下座の構え。その隙に、エリスが俺の背後へ避難してきた。
「すみません、レオン様。みなさんに懇願されてしまって……」
どうやらエリスも仕方なく付き合っていたようだ。無理やりじゃなくてよかった。
「はぁ~。それで、カロル先輩。そろそろ諦めてくれません?」
「そこをなんとかぁぁッ! 今年の 《エリュシオン》 を成功させるには、レオンくんの協力が不可欠なんです!!」
そう! これがここ数日俺が追われていた理由。生徒会主導で開催されるニューイヤーズ・イヴのダンスパーティー《エリュシオン》。学園の伝統行事なのだが、毎年同じ内容でマンネリ化し、参加者が減って廃止寸前らしい。
「学園祭の執事喫茶、そしてコスプレサークル……。レオンくんが成功へ導いたのは調査済みです! その手腕を、今年の《エリュシオン》にもぜひ!」
「えぇ~……僕だって簡単にアイデアが浮かぶ訳じゃないですよ」
「そんな! 私達を見捨てないでください……!」
カロル先輩のあまりの情けない姿に、エリスも困ったようにこちらを見る。
「レオン様……何とかなりませんか?」
「う、うーん……エリスが言うなら……」
(年越し……年が変わる瞬間か……)
――あ、そうだ。
「じゃあ、年が変わった瞬間に花火でも上げてみたら?」
「花火……?」
全員ポカン。
(おっと、この世界にはまだないっぽい……?)
――転移者の誰かが既に作ってると思ってたんだけどな。
「あ、確か……ミナミさんとユウキくんが言ってたんですよ。夜空に火魔法を放って、色んな形を表現する装置があるって」
さりげなく情報源を転移者二人に押しつける俺。
「ミナミさんとユウキくんとは誰だい?」
カロル先輩が首を傾けると、隣にいた女子生徒、副会長のアドリアーナ先輩が説明した。
「会長。一年次の転移者です。学園祭で話題になった舞台《勇者ユウキと終焉の魔王》を成功させたクラスの方たちです」
「あ~、あれはすごかった! なるほど転移者か……」
興味が完全にミナミさんとユウキくんへ向いた。その瞬間、俺の中の天使と悪魔が同時にささやいた。
――ここは転移者二人に丸投げしよう。
「あ、ミナミさんなら花火作れるかもしれないですよ」
するとカロル先輩の目が輝き、生徒会メンバーに向かって叫ぶ。
「よし! 彼らにも協力を頼もう! 今すぐ呼んできて!!」
(うん、今だ……!)
「それじゃ僕たちはこれで――」
静かに逃げようとしたその時、俺はあっさり捕縛された。
「じゃあレオンくん、行こうか」
「えっ、ちょっ!? なんで腕を掴むんですか先輩!!」
「生徒会室で作戦会議だよ」
俺の目論見は、音を立てて崩れ落ちたのだった。
* * * * * * *
「さて諸君に集まってもらったのは、ほかでもない」
生徒会室。カロル先輩は大きな椅子にどっしりと座り、机越しにこちらを見つめていた。連れ込まれたのは、俺とエリス、そしてユウキくんとミナミさんの四人。
「まずはミナミさん。君には花火の制作を――って、あれ? ミナミさんはどこかな?」
辺りを見回すカロル先輩。するとユウキくんが反応する。
「あ、ちょっとミナミさん。また俺を盾にしてる……」
「うるさい。私をこんな陽キャの巣窟に連れてくるなんて……。あっ、やめろ、眩しいだろ!」
ユウキくんの背中に隠れながら、ミナミさんが半ギレ状態。相変わらず初対面のイケメンは苦手らしい。カロル先輩は困惑顔。仕方ないので、俺が話をつなぐ。
「あの、ミナミさん……花火の魔道具って作れる?」
その瞬間、ミナミさんの目がキラッと輝いた。
「なに! 花火だと!? もちろん作れるぞ! 本当は学園祭の舞台でも使いたかったのに、ユウキがダメって……!」
「いや、室内で花火はさすがにダメでしょ……!」
――ユウキくん舞台で爆破されてたけど、あれはOKなんだ……。
俺がユウキくんの基準に困惑していると、カロル先輩が感激のまなざしでミナミさんへ身を乗り出す。
「そ、そうか! 本当に作れるのか! では……花火の魔道具の制作をお願いしたい!」
ミナミさんは眩しさに目を細めながらも、魔道具制作という誘惑に負けてユウキくんの背中から顔をだした。
「いいだろう。それで? どんな花火がいい?」
そこへユウキくんが腕を組みながら言った。
「というか、さ。なんで俺たち、生徒会室に呼ばれたの?」
もっともな疑問だ。そこでカロル先輩が改めて《エリュシオン》の現状を説明し始めた。
「なるほど、新年に花火か。確かにインパクトあるかもね」
ユウキくんは納得したように頷いた。
「よし、それじゃ花火も作れることになったし、僕たちはこれで――」
生徒会室を出ようとした瞬間、カロル先輩が俺の足にしがみついてきた。
「ま、待ってください~~ッ!!」
「うおあっ!? 会長! 本当にやめて、僕の足で泣かないで!!」
「レオンく~~ん! 花火だけじゃダメなんですぅ~~!!」
ぐしょぐしょの顔で訴えてくるカロル先輩に、エリスも若干引きながら尋ねた。
「え、えっと……花火だけじゃダメなんですか?」
「はい……! 他にも何かイベントがないと、わざわざ《エリュシオン》に参加してくれないですよ……!」
するとユウキくんが冷静に分析する。
「あ~、確かに。花火だけなら寮からでも見れるしね」
「そ、そうなんです! だから……だからぜひ、何か考えてほしいんです! レオンくん!」
どうやら、企画を出さない限り解放してもらえないらしい。俺が頭を抱えていると、ユウキくんがぽつりと言った。
「ダンスパーティーと言えばさ……昔、仮面を被ってやる舞踏会って見たことあるよ」
ほう。それは面白い。お互いの顔がわからないなら、ハードルも下がるし……これ使えるかも!
「じゃあさ、《マスカレード・マッチング》なんてどう?」
「《マスカレード・マッチング》……?」
こうして俺たちは、《エリュシオン》成功のために本格的に動き出すことになったのだった。
――ってか、あれ? 俺たち、生徒会メンバーじゃないのにいつの間にか主催側になってない?




