第137話 没落した洋品店と、家族でお買い物
「あ、レオン様。こっちに雑貨屋さんがありますよ」
「本当だ。せっかくだし何か買って行こうか」
「僕もリリアーナちゃんたちにお土産買いたいな」
俺は今、代官としてルミス村の視察に来ていた。地下闘技場の開業以来、村には移住希望者が殺到している。それに合わせて新しい店も次々とオープンし、以前よりずっと活気が増していた。今日はそうした店舗の視察……というのは建前で、本当の目的は――。
「あら、ノクス。遠慮することはありませんよ」
「せやで、主。今日はレオンのおごりなんやから」
「うん。えっとレオン……お土産買ってもいい?」
「ふっ! もちろんだよノクス。金ならある!」
「どこぞの成金みたいなセリフやな」
「ふふふ。では私にもたくさん買ってくださいね」
「あっ……お手柔らかにお願いします……」
先日のレストランでの出来事を許してもらうため、今日はエリスとノクスを連れてのお買い物。もちろん支払いは全て俺持ち。財布は痛むが、これでエリスの機嫌が良くなるなら安いものだ。
「おや、レオン様。こんにちは」
「今日は家族でお出かけですか?」
店を見て回っていると、俺たちに気づいた村人たちが気さくに声をかけてくれる。
「か、家族!?」
その言葉に反応したエリスは、耳まで真っ赤に染めながら呟く。
「ねえレオン。僕たちって家族に見えるのかな?」
隣を歩くノクスが俺を見上げると、不思議そうに聞いてくる。
「そうだね。僕がお父さんで――」
俺は自分を指差した後、エリスへと視線を向けた。
「エリスがお母さんかな」
「お、お母さん!?」
エリスは頬に手を当てると、とても幸せそうな顔でニマニマし始める。
「じゃあ僕は二人の子供だね」
ノクスは嬉しそうに俺とエリスの間へ入り込むと、俺たちの手をぎゅっと握った。
「うん。毛玉のペットもいて、どこから見ても家族だね」
「誰がペットやねん!」
ノクスの頭であくびをしていたベルゼは、ペットの言葉を聞いて、瞬時にツッコミを入れてくる。
「何だ? 家族って言われて照れてるのか?」
「ちゃうわボケ!」
そんな騒がしいやり取りをしながら歩いていると、エリスがある店の前で足を止めた。
「ん? どうしたのエリス?」
「えっと……このお店なんですが……」
エリスが見つめる先には、一軒の衣料品店。ショーウィンドウには前世で見たようなお洒落な洋服が並び、看板には《アラーネウム》という名前と蜘蛛のイラストが描かれていた。
「てか何で蜘蛛の絵が看板に?」
「確か……蜘蛛の糸を使ったお洋服を扱っているからだったかと」
「エリスはこのお店知ってるの?」
「はい。私が小さい頃、王都で流行っていたお店です」
「へぇ」
俺は改めて店を見上げる。
「あれ? でも僕は聞いたことないな」
「数年前に、どこかの貴族を怒らせたとかで……」
「もしかして潰れちゃったとか?」
エリスは頷いた。
「輸送業なんかもやっていて結構大きな商会だったんですが……」
それだけ手広く商売してた商会でも、貴族を敵に回せば没落する。身分社会とはつくづく恐ろしい世界だと改めて実感してしまった。
「そんな有名店が何でルミス村に?」
首を傾げていると、ノクスが俺の袖をクイクイと引っ張った。
「お店入らないの?」
「せや。考えてても仕方ないやろ」
ベルゼも一緒になって俺の袖を引っ張る。
「そうだね。じゃあ入ってみようか」
「はい。別のお店かもしれませんし」
カラン、カラン――。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、長い髪を後ろで束ねたスラリとした男性だった。そして何より目を引いたのは――。
「エルフが……店員さん?」
俺は無意識に、その特徴的な尖った耳を凝視してしまっていた。
「おや? 私の顔に何か?」
「あっ! いえ、何でもないです」
俺は慌てて視線を外すと首を横に振る。
「ただエルフの店員さんが珍しかったもので……」
「ふふふ、そうですか。では改めまして――」
男性は柔らかく微笑んだ。
「私はこの店で店長をしてますリドルムです」
リドルムさんは優雅に一礼する。
「本日はご家族でお買い物ですか?」
「そんな所ですね。少し見てもいいですか?」
「ええ。ゆっくりと見て行って下さい」
しばらく服を見て回っていると、服のタグを見ていたエリスが何かに気付いた様で、リドルムさんに話しかけた。
「あの、この花の紋章って――」
「ああ。それはスミレの花ですね」
「やっぱり。ではこの服は『ビオラ』ブランドのものですか?」
「おや、お若いのによくご存じですね」
「エリス、それってもしかして」
「はい。先ほどお話したお店で間違いありません」
どうやら本当に王都で有名だったお店らしい。俺はリドルムさんへ視線を向けた。
「あの、失礼ですがどうしてこの村でお店を?」
リドルムさんは少し気まずそうに目をそらす。
「我々の商会についてはご存じですか?」
その質問を聞いて、俺とエリスは同時にコクリと頷いた。
「貴族を怒らせた後、王都での商売が出来なくなりまして……」
リドルムさんは伏せていた目をこちらに向ける。
「心機一転、この地でやり直そうと思ったんです」
「そうだったんですね」
「だからこんな有名店がルミス村に来たんですね」
「ははは。昔の話ですよ」
リドルムさんは自嘲気味に笑った。
「それにしても……」
俺は近くの服を手に取る。
「手触りが凄くいいですね」
「ええ。それは《アルブス・スパイダー》の糸を使っています」
確かに驚くほど滑らかだ。貴族が着るような服にも負けていない。
「こっちは凄くふわふわです」
エリスがセーターを抱きしめながら感嘆の声を漏らす。
「そちらは《ネブラ・シープ》の毛ですね」
リドルムさんは誇らしげに説明してくれた。
「どれも良い商品ですね。ただ――」
俺はちらりと値札を見る。
「かなり高額ですね」
「うっ……」
リドルムさんの表情が曇る。
「ここって庶民向けのはずでは?」
「……はい」
「この値段で売れるんですか?」
「それは……その……」
その反応を見る限り、答えは明白だった。
「頭取の意向でして……」
「ああ、昔の栄光が忘れられへんっちゅうやつやな」
「ちょっ、ベルゼ! そんなハッキリと――」
「いえ、良いんです。本当の事ですから」
慌てて止めるが、リドルムさんは天を仰いでフッと笑った。
「何度も値下げや新商品の提案はしたんですけどね……」
――何だろう……すごく不憫だ。
これ以上つらい話を聞くのも気まずいし、少しくらい売り上げに貢献しておこう。
「そ、そうだ。せっかくだし二人の服を買っていこうか」
俺はエリスとノクスを見る。
「はい。では私がレオン様のお洋服を選びます」
「うん。僕も選んであげる」
それから数分後――。
「こちらはどうでしょう?」
エリスが持ってきたのは落ち着いた紺色の上着だった。
「おお、格好いいね」
「はい。レオン様に似合うと思います」
「じゃあ僕はこれ!」
ノクスが持ってきたのは真っ赤なロングコートだった。
「ちょっと派手すぎない」
「ええやん。目立ってて代官らしいで」
「いや、どこの悪徳貴族だよ」
「なんやレオンは最近、悪徳貴族の仲間入りしたって聞いたで」
「ぐっ……あれはお芝居で……」
こうして俺たちは、お互いに似合いそうな服を選びながら、楽しい買い物の時間を過ごすのだった。




