第135話 噂のレストランと、二人の事情
「エマ、落ち着くんだ!」
俺たちが動けずにいると、低く落ち着いた声が店内に響いた。そして、しばらくすると厨房から、がっしりとした体格の男性が出てきた。
日に焼けた肌に短く刈り込まれた金髪。腕まくりをした両腕には、料理人とは思えないほど鍛えられた筋肉が浮かんでいる。
「フェリクスさん!」
エマさんは振り返ると、慌てて両手を広げた。
「私が時間を稼ぎますから逃げてください!」
そう言って俺たちの前へ立ちはだかる。しかし――。
「もういいんだ、エマ」
フェリクスさんはゆっくりと歩み寄ると、彼女の隣に並んだ。
「でも、このまま捕まったら……」
「覚悟はできている」
決意の込められた言葉を聞いて、エマさんの目から大粒の涙がこぼれる。
カラン――。
エマさんが握っていた包丁が床へ落ちた。
「……フェリクスさんは悪くないのに……」
そう言うとエマさんはフェリクスさんの胸へ飛び込んだ。
「今までありがとう、エマ」
まるで今生の別れのように優しくエマさんを抱きしめる。そしてフェリクスさんは顔を上げると、真っすぐに俺を見る。
「さあ代官様。行きましょうか」
「え? いや、その……」
俺は思わず間抜けな声を漏らした。フェリクスさんは妙に覚悟を決めた顔をしているが、事情が全く分からない。
「レオン様。これって……?」
隣を見ると、リュミナ先生も困惑した表情を浮かべていた。
「うむ、そうじゃな……」
ユキさんは腕を組みながら難しい顔で壁を見ていた。
(まずは事情を聞かないとだよね)
俺がそう考えていると、ユキさんがおもむろに声を上げる。
「よし、とりあえず……日替わりランチひとつ!」
「いや、なんでやねん!」
ぺしん!
思わず関西弁でユキさんの頭をはたいてしまった。
「むぅ~! 何をするのじゃ!」
ユキさんは涙目で頭を押さえたまま俺を睨む。
「いきなり注文するからですよ!」
「えっと、お二人から事情を聞く流れでは?」
リュミナ先生も呆れたように言う。
「そんなことは妾も分かっておるわ!」
「では何故?」
リュミナ先生の問いに、ユキさんは人差し指を立てた。
「よいか。これはどう考えても厄介ごとじゃ」
「まあ……そうですね」
「そうなると解決まで時間がかかるであろう」
「おそらくは……」
「つまり今注文しておかねば――」
ビシッと壁にかかったメニューを指差しながらキメ顔をつくるユキさん。
「当分ここの料理を食べられなくなる、という事じゃ!」
「はっ! 確かに今のうちに食べないと――」
「いや、納得しないでくださいレオン様」
リュミナ先生が額に手を当てながらため息をつく。一方で――。
「……」
「……」
フェリクスさんとエマさんは抱き合ったまま固まっていた。先ほどまで悲壮感たっぷりだった空気が、一気に行き場を失っている。
――なんというか……すごく気まずい。
「えっと……とりあえず――」
俺は咳払いを一つした。
「日替わりランチを三つお願いします」
「へっ?」
「私を捕まえに来たんじゃ……?」
「何を言っておる。妾たちはただの客じゃ」
困惑する二人を見ながらユキさんが答える。
「うまい飯を食べに来ただけじゃぞ」
「ほ、本当ですか?!」
フェリクスさんが俺を見てくるのでコクリと頷く。
「ただ後で詳しい事情を教えてもらえますか?」
「……分かりました」
こうして店が終わった後に、二人の事情について話を聞くことになった。
* * * * * * *
「指名手配ですか」
客の居なくなった“ひだまり亭”の店内で、俺はフェリクスさんとエマさんに話を聞いていた。
「はい。以前住んでいた領地で暴行犯として指名手配されています」
「フェリクスさんは悪くありません!」
フェリクスさんの言葉を聞いて、エマさんが勢いよく立ち上がった。
「悪いのはあの男なんです!」
「エマ、落ち着いてくれ」
「でも!」
フェリクスさんに宥められながらも、エマさんは悔しそうに唇を噛む。
「えっと、順番に聞かせてもらえますか?」
俺がそう言うと、二人は小さく頷いた。
「殴った相手は、その領地で大きな商会を営む豪商の息子でした」
「なるほど」
「昔から女性関係の悪い噂が絶えない男で……」
リュミナ先生が露骨に眉をひそめる。
「典型的なろくでなしですね」
その言葉を聞いて、フェリクスさんは苦笑した。
「ある日の夜、その男が店へやって来ました」
「その頃から二人で店を?」
「ええ。それなりに繁盛してたんですよ」
フェリクスさんは懐かしそうに目を細める。
「その男は席に着くなりエマに絡んできまして――」
エマさんの表情が曇る。
「しつこく食事に誘われて……何度断っても帰ってくれなかったんです」
「最終的には――」
フェリクスさんは拳を握り締めた。
「エマの腕を掴んで無理やり連れて行こうとしました」
「最低じゃの」
ユキさんは嫌悪の感情とともに吐き捨てた。
「私は慌てて止めに入りました」
「そして殴ってしまったと?」
「離せと言ったのですが聞かなくて……つい……」
フェリクスさんは観念したように頷く。
「その後、私は奉行所へ向かいました」
「自分からですか?」
「はい。事情を説明すれば分かってもらえると思ったのですが――」
フェリクスさんの表情が苦いものへと変わる。
「その豪商は領主お抱えの商会だったのです」
この後の展開を想像して、俺は思わず眉をひそめてしまった。
「奉行所は私の訴えを取り合わず、逆に私が暴行犯として訴えられました」
「だから二人で領地を出たんです」
エマさんがフェリクスさんの手をギュッと握る。
「フェリクスさんは最初、一人で行こうとしてたんですよ!」
「いや、エマを巻き込みたくなかったんだ」
「置いて行かれる方の気持ちも考えてください!」
「うっ……」
フェリクスさんが言葉に詰まる。どうやら頭が上がらないらしい。
「それで最近人が集まってると噂を聞いてルミス村へ来たんです」
「なるほど、わかりました」
話を聞く限り、少なくとも二人は悪くない。いや、むしろ被害者だ。
「では問題を解決しましょう」
俺は肘を机に立て両手を組み合わせると、おもむろに二人の顔を見る。
「残念ですが……お二人には死んでもらいます」
「へっ?」
「えっ?」
店内が静まり返る。フェリクスさんとエマさんは、まるで理解が追いついていないような顔で俺を見ていた。




